元サラリーマン、日本空母を検討する(4)
いずも型護衛艦。
全長は248m、最大幅38m、排水量は19500トンで満載時の排水量は26000トンとなる全通飛行甲板を有した海自最大の艦艇である。
その全通飛行甲板もひゅうが型から大型化した事により、ひゅうが型に用意されていたヘリスポットの4機からひとつ増えた5機となっている。
またヘリの最大搭載数もひゅうが型の11機から14機と増加している。
いずも型はしらね型DDHの後継艦として計画、建造されたが、はるな型DDHの後継であるひゅうが型がそうであったようにいずも型も空母型船体である。
そして、いずも型はひゅうが型の拡大・発展型であり、より航空機運用に適した甲板レイアウトになっている。
格納庫と飛行甲板とを連絡するエレベーターは飛行甲板の前後に2基設置してあるが、ひゅうが型と違って後部エレベータは艦橋後方右舷のデッキサイド式となっており、大型の機体の収容にも対応している。
とはいえ、航空機運用能力が拡大したからといって、常駐ヘリの機体数は増えるわけではない。
そこまでの余裕は残念ながら現在の海自にはないのだ。
いずも型と入れ替わる形で退役となったしらね型も登場時は海自最大艦艇であり、長らく海自旗艦を務めるなどしたが、しらね型はヘリ3機を同時に運用できるという設計コンセプトであったにも関わらず3機同時運用には限度があり、退役が迫った末期には2機、下手をすれば1機しかヘリを搭載せず運用していなかった。
そもそも、はるな型、しらね型が護衛艦隊の中心だった時代の防空システムは脆弱であり、対潜ヘリを同時に3機運用できるコンセプトがあっても、はるな型、しらね型に対潜ヘリを集中させる事はリスクがあったのだ。
これが解消されたのは日本初のイージス艦であるこんごう型が就役する1993年。
イージス艦の登場以降、ようやく日本もヘリ空母を艦隊護衛できる体制が整ったのだ。
とはいえ、隊員の数と保有機体数には限界がある。
船体が巨大化し、より多く機体が積めるようになったとはいえ、それを運用、整備する人員とそもそもの機体がなければ意味がない。
だからこそ、いずも型に搭載される機体の多くは任務に応じて様々な基地から派遣される形を取っているのだ。
そして、常駐している機体が少なかろうと問題はない。
元よりいずも型はひゅうが型同様に対潜戦中枢艦であり指揮管制艦だ。艦隊として行動する分には十分に真価を発揮できる。
さて、そんないずも型の前級であるひゅうが型は自前で戦闘ができるほどの重武装であった。
なら大型化したいずも型はどうか? と言うとひゅうが型と比べると必要最低限の武装しか施されていない。
ひゅうが型には備わっていたVLSが設置されておらず魚雷発射管も装備していない。これらの代わりに投射型静止式ジャマー(FAJ)や自走式デコイ(MOD)は装備されているが、肝心のソナーに関してはその数が減らされている。
そんないずも型が有する武装は2基のSeaRAMと同じく2基のファランクスCIWSのみとなっており、SeaRAMに限って言えば海自の艦艇としてこれを装備したのはいずも型が初である。
武装がひゅうが型に比べて大幅に減らされたいずも型であるが、おかげでひゅうが型より大型化したにも関わらず、建造費を大幅に抑える事に成功したのだ。
そんないずも型は22中期防でしらね型の後継として建造されるはずであったが、2009年の総選挙の結果、政権交代が起こり中期防策定が遅延したため平成22年度の単年度予算での建造を余儀なくされた。
こうして1番艦「いずも」は2012年1月起工、2013年8月進水、2015年3月25日竣工する。
2番艦「かが」は2013年10月起工、2015年8月に進水し、2017年3月22日に竣工した。
その大きさや規模はイタリアのカブールやスペインのフアン・カルロス1世と同規模でありアメリカのワスプ級よりもやや小さい。
とはいえ、いずも型の搭載機数はこれらの空母や強襲揚陸艦の搭載機数に比べたら少なく感じてしまう。
しかし、そもそも他国の空母や強襲揚陸艦は飛行甲板に露天係留する事を前提としているが、日本の場合は基本的に露天係留は考えておらず、格納庫に搭載できる数を基準にしている。
そのため、いずも型も各国のように露天係留する事を前提とした基準にすれば搭載機数は倍に増えるであろう。
とはいえ、日本がそういった運用をする事は上記でも述べた通り海自という組織全体で保有するヘリの総数からいってもないであろうが……
さて、2015年に就役したいずもであるが、就役当時は予想された通り隣国からの反発が大いにあった。
どう見ても空母である軍艦を就役させたのはかつての軍国主義を復活させ、侵略の歴史と反省を忘れた傲慢で野蛮な象徴だと言い張ったのだ。
これにはどう見ても見た目が空母という以上に、その艦名が気にくわなかった部分もあるという。
中国にとっては「いずも」という名は刺激的すぎたのだ。
日本が軍艦に「いずも」の名を付けるのはこれが2度目であり、初代いずもは1900年に就役した装甲巡洋艦「出雲」である。
いずもの艦内には初代いずもである装甲巡洋艦「出雲」の写真が飾られているという。
そして装甲巡洋艦「出雲」は日露戦争における日本海海戦で活躍後、第一次世界大戦ではメキシコや地中海に派遣され、戦後は練習艦となるも旧式化した事から海防艦に格下げされて第三艦隊旗艦に就任し中国に派遣された。
そして迎えた第二次上海事変とそれに続く日中戦争において支那方面艦隊旗艦となり、中国からすれば悪しき侵略者である日本軍の象徴と捉えられる軍艦となったのだ。
更に続く2番艦の「かが」もその名を与えられたのは2代目であり、初代は言うまでもなく日本帝国海軍栄光の一航戦、第二次大戦におけるレジェンド空母ともいうべき空母「加賀」だ。
空母「加賀」は1932年に勃発した第一次上海事変において出撃しており、これが空母「加賀」初の実戦参加であった。そして日中初の空中戦が発生したのもこの時である。
そして奇遇にも空母「加賀」と護衛艦「かが」の大きさはほぼ同じであり、そういった経緯から中国はいずも就役時には露骨に嫌悪感を示したのだ。
とはいえ、そもそもいずも型は東シナ海での中国軍の活動の活発化と将来的にその範囲が拡大していく事への懸念から、同空域における航空優勢を確保する必要があるとの考えから計画が始まっている。
そういった事から就役当初こそ、「いずも型」は空母ではなく「ひゅうが型」同様に対潜プラットフォームでありヘリの運用を前提としたヘリコプター搭載護衛艦である事から固定翼機の運用は考えていないし、その取得も検討していないと当時の防衛相は説明したが、防衛相の公式の場での否定とは裏腹に海自関係者や政府関係者から「いずも型」の空母改装は決定事項との話は度々聞かれるようになる。
何より2009年の最初に19500トン型DDHを配備する方針が発表された際の完成予想図には固定翼機を運用するためのスキージャンプ勾配が描かれているのだ。
これは後の最終版の設計図では消されているが、計画当初から空母を意識していたことは間違いないだろう。
何より2008年には海幕防衛部装備体系課長によって将来多目的空母でF-35Bを運用する構想が公然と語られているし、建造計画の時点で技術研究本部内ではすでにSTOVL機の搭載を想定していたのだ。
これは技術研究本部研究員がインタビューで「将来の国際情勢を予想して開発することは当然」と答え「40年後まで使える拡張性のある装備である必要性がある」と語っていることから設計時からF-35Bの搭載は前提とされていたのだ。
そして、いずもの空母化構想はいよいよ2010年代後半から本格化する。
海自だけなく、空自もいずもが就役した2015年から、この空母型艦艇にF-35Bを搭載して運用する事を検討していた。
そうした中、2016年12月に行われた公募によって2017年4月から2018年3月にかけて「いずも型」の建造元による委託研究「航空運用能力向上に係る調査研究」が実施された。
そして2017年12月、防衛省が将来的に「いずも型」で運用する事を視野にF-35Bの導入を検討していることが発表される。
それを踏まえ2018年12月18日に発表された防衛計画の大綱、いわゆる30大綱で戦闘機の運用の柔軟性を更に向上させるため、必要な場合には現有の艦艇からのSTOVL機の運用を可能とするよう、必要な措置を講ずると明記され、合わせて発表された平成31年度から令和5年度までの中期防衛力整備計画、いわゆる31中期防において必要な場合にSTOVL機を運用できるように「いずも型」の改修を行う旨が明記された。
改修後もいずも型が多機能の護衛艦として多様な任務に従事することや、憲法上保持し得ない装備品に関する従来の政府見解に変更がないことが確認されながらも、政府としてはついに公式に空母保有へ踏み切ったのだ。
そう、ついに歴史は動いた。
戦後、長らく導入を検討しながらも度々頓挫してきた空母保有の夢はついに日の目を見る事となったのだ!
この12月の30大綱と31中期防の発表よりも前にすでに空自は「いずも型」でのF-35B運用に向けての準備に取りかかっており、2018年春に空自の百里基地で行われた雑誌の取材では、第301飛行隊はすでに「ひゅうが型」護衛艦の2番艦「いせ」の艦上で研修を受けていると語っており、その第301飛行隊のパイロット談話室には「いせ」のイラストが飾ってあるというのだ。
また空自だけでなく海自も2019年2月に幹部が佐世保基地に配備されている米海軍の強襲揚陸艦ワスプに乗艦してF-35Bなどを視察している。
こうした海自、空自の動きが慌ただしくなる中、2020年、いよいよいずも型を空母へと改装する作業が開始される。
まず改修費31億円が計上され第1次改修が3月からはじまった。
これはF-35B戦闘機の発着艦を可能にするために必要な4番、5番スポットの甲板の耐熱強化や電源設備の設置であり、飛行甲板の中心に赤と白が交互に塗られたセーフ・パーキング・ラインを引いて滑走路とエプロンを区別し、F-35Bが滑走するための黄色のトラムライン(表示線)を艦首尾線と平行に記載し黄色のショート・テイクオフ・ラインとバウ・ラインも記載された。
このラインはF-35Bが発艦の際に滑走するセンターラインであり、ショート・テイクオフ・ラインまで滑走したところで推力ノズルを下に向け、バウ・ラインまで完全な飛行状態となって飛び立つのだ。
つまり、このラインが記載された事でいずも飛行甲板上でのF-35Bの運用指針が定まったわけである。
とはいえF-35Bを安全に運用するためには現状のいずも型の艦首形状をワスプ級強襲揚陸艦やアメリカ級強襲揚陸艦のように四角形に変更する必要がある。
だからトラムラインにショート・テイクオフ・ラインとバウ・ラインが記載されてもこれで終わりではないのだ。
あるいはスキージャンプ勾配を設置すればそれで完了とも言えたかもしれないが、「いずも型」にそれを設置する予定はない。
しかし、「いずも」の第1次改修では艦首の形状変更までは行わなかった。
理由はアメリカ側からF-35Bの離陸に現状の滑走路の距離でも問題なく行えるとの回答を得た事から、まずはF-35Bの着艦と発艦の実験を行うことにしたからである。
改修工事を終え、2021年6月25日に復帰した「いずも」であるが、2番艦の「かが」については2022年3月から改修工事が始まった。
そして「かが」については「いずも」と違って艦首の形状を四角形に変更する改修もまとめて行い、この改修は2年の歳月をかけて行われる。
そして「かが」の改修が終わって復帰すると、入れ替わるように「いずも」が第2次改修に入るのだ。
その後の予定では2025年に空自向けのF-35Bがロールアウトし、2026年に初期作戦能力が承認される事になっている。
その頃には「いずも」の第2次改修は完了し復帰している事だろう、そして2027年には「いずも」「かが」共にF-35Bを運用できる体制となる。
しかし2026年にF-35Bの運用をはじめる空自が、それまでにアメリカで研修を受けるとはいえ、はじめての海自艦艇との連携でスムーズに運用できるかは未知数だ。
そこで在日米軍は「いずも型」を日米で共同運用する方針を示しており、空自が慣れるまでの穴埋めとして在日米海兵隊のF-35Bが搭乗する案が示されている。
そして在日米軍だけでなく、近年連携を深め関係を強化しているイギリス軍とも日英の空母とF-35Bの共同運用が模索されている。
まさに空母好きとしてはワクワクする未来がすぐそこまで迫っているわけでだが、それを実現するためにまずは「いずも」の第1次改修が有用である事を確認しなければならない。
そこで2021年10月3日、アメリカ海兵隊のF-35Bが「いずも」での発着艦試験を実施した。
そう、戦後長らく誰もが待ち望んだ瞬間、海上自衛隊艦艇に戦闘機が着艦する瞬間が訪れようとしていた。
特にオチもない短い連載作品になるかと思いますが、気が向いたら☆評価なりブクマなり感想ください