元サラリーマン、インド空母を検討する(3)
さて、ヴィクラマーディティヤ以外の別のインド空母を検討するわけだが……
しかし現在インドで就役している空母はヴィクラマーディティヤのみだ。
では何を検討するのか?
決まっている、それは2022年8月に就役予定というデビューがまもなくに迫ったインド初の国産空母IAC-1「ヴィクラント」だ。
全長は262.5メートルで幅は62メートルであり、ヴィクラマーディティヤと比べるとやや小さい。
ヴィクラマーディティヤには1基しかなかった飛行甲板と格納庫を繋ぐエレベーターはアイランド式艦橋の前後にふたつ設置されており、航空機の出し入れに関してはヴィクラマーディティヤより各段に改善されている。
しかし、そのエレベーターの幅は狭く、MiG-29Kが丁度収まるほどの広さだ。
そのため今後、機体が大型化していった場合、対抗できないのではないか? という懸念が残る。
動力機関はインド海軍初のガスタービン。
艦首に14度のスキージャンプ勾配を装備したSTOBAR空母であり、艦載機はMiG-29Kが20機およびヘリ10機ほど、また国産戦闘機テジャスの艦上機型の搭載も視野に入れている。
しかしインド海軍内ではMiG-29Kの性能に不満があると伝えられており、そのためかアメリカのF/A-18E/FスーパーホーネットやフランスのラファールM、スウェーデンのグリペンなどを検討しているといった話もある。
さて、そんなヴィクラントであるが、お気づきの通りインド初の空母の名もヴィクラントであった。
つまりは間もなく就役するヴィクラントは2代目なのである。
インド初の国産空母がインド初の空母の名を引き継ぐのは当然の流れであろう。
そして艦の掲げるモットーも初代ヴィクラントから引き継いでいる。
そのモットーとは「我を仇なす者を打ちまかす」である。
そんな2代目ヴィクラントであるが、ここに来るまでには苦難の連続であった。
無理もない、何せインドがはじめて挑む国産空母の建造だ。
空母を買う側から造る側に移行する。
この大変さは素人でも容易に想像ができるだろう……
インドで国産空母建造の計画が持ち上がったのは1980年代になってからだ。
すでに老朽化していた初代ヴィクラントの後継艦を自前で建造しようと話が持ち上がったのだ。
この時計画された空母は排水量17000トンほどのSTOVL空母であり、艦載機にはハリアーⅡが検討された。
しかし、インドは高温多湿地帯。
初代ヴィクラントやヴィラートで運用しているシーハリアーは高温多湿のため運用に制限が多かったため、この案は立ち消えとなったのだ。
結局、この最初の空母建造計画は予算不足で中止となる。
だが90年代後半、国産空母建造計画の話は再び議論される事になる。
これは老朽化する空母の後継艦をどう取得するかの議論の中ででてきたもので、他国からの購入と自国での建造の2つの計画が進められる事になる。
他国からの購入は言うまでもなくヴィクラマーディティヤであるが、自国での建造に関してはプロジェクト71型坊空艦ADS計画と呼ばれ、IAC-1(Indigenous Aircraft Carrier 1)の名で2009年に起工した。
とはいえ、インドではじめて自国で建造する空母という事もあって、計画は二転三転していく。
1995年当時は国産LCAを艦載機とする15000トン型のSTOBAR空母が検討されていたが、1999年には33000トン規模のSTOBAR空母に変化し、艦載機運用能力を強化すべしといった意見から、2003年に37500トン規模の中型空母という案にまとまり、2004年に建造契約が締結される。
当初の計画では2004年にIAC-1は建造を開始し、2012年に竣工する予定だった。
しかし、空母の詳細設計中にまたしても大型化が図られる。
そのため設計が難航し、実際に起工したのは2009年となったのだ。
起工してからも建造用部材が調達できなかったり、そもそも空母より沿岸作戦用の艦艇の建造を優先したりといった具合で工事がどんどん遅れていった。
さらに2011年には建造する造船所にて、空母よりも民間船建造を優先し、ドッグから引き出される事態も発生する。
そのため2010年末に当初は進水が予定されていたが、結局進水したのは2013年8月であった。
さらに2014年には就役時期は2019年に引き延ばされ、2016年には就役は2023年になるだろうと示唆された。
計画では2010年に進水、2013年に就役となっていたのだから建造がいかに難航しているのかがわかるだろう。
これは無理もない。
何せ今まで空母を買う側だったインドがはじめて自国で空母を建造するのだ。
計画通りスムーズに進むわけがない。
このIAC-1建造に関して、インドはできるだけ国産の技術を用いる事にこだわった。
設計に関してこそイタリアの協力を得たものの、インド国内で建造するのをはじめ、多くの部分を自国技術で補っている。
ヴィクラントに携わったインド企業は大小併せて200社ほど、一説には500社ほどになるという。
これはインドが工業力向上を目指して掲げるメイク・イン・インド政策に基づき、インド海軍が押し進める「買う海軍」から「つくる海軍」への転換の結果であろうが、インド海軍としても国産化によって輸入コスト増や経済制裁による技術導入の途絶のリスクを回避する目的もある。
インドは1998年におこなった核実験の際、欧米諸国から経済制裁として武器禁輸の措置を受けた苦い経験がある。
そういった事がIAC-1における国内企業の多くの参加に繋がっているのだろう。
特に構造材に関しては画期的な出来事が起こっている。
当初、ヴィクラントの構造材はロシアから輸入する事になっていたがロシアからの納入が大幅に遅れるトラブルが発生した。
そこでインドの国防材料工学研究所と国内企業が合同で建造に必要な鋼材製造設備を立ち上げる。
これによって国内で構造材をまかなえるようになり、事実上、ヴィクラントはインド初のインド製鋼材のみで建造された軍艦となった。
この事に関して海軍関係者は「どうせ2隻目の空母も近く建造するのだから、自国に鋼材施設ができてよかった」と地元新聞記者に話したという。
とはいえ、この国産構造材は品質が安定しないという欠点も抱えており、長らくヴィクラント建造を苦しめる事にもなるのだが……
元よりインドがはじめて挑む国産空母建造だ。すべてがうまくいくわけがなく、すべてを国産でまかなえるわけがない。
艤装に関しては各国の技術が多く取り入れられる事になった。
まず機関のガスタービンはアメリカ製だ。
そしてレーダーはイタリア製とイスラエル製。武装もイタリアやロシアのものが目立つ。
また航空艤装はロシア製のものが採用されており、艦載機もMiG-29Kにカモフ Ka-31とロシア製だ。
もちろん国産にこだわるインドとしては国産戦闘機のテジャス艦上機型を採用したかったが、空母で運用するには重量過大であると評価され、2016年に採用中止が決定した。
とはいえ、これはテジャスMk2であり、この改良型が今採用に向け試験を行っている。
2020年1月にヴィクラマーディティヤで試験をおこなったのはこの改良型だ。
しかし、これが完成したとしてヴィクラントで採用されるかは微妙だろう……
武装に関しては当初の計画では空母としては重兵装であったが、これは設計の協力をしたイタリアの設計思想の影響だろう。
後に武装に関しては見直され、修正されている。
とはいえ、イタリアやイスラエル、それにインドとイスラエルで共同開発した兵器などが搭載され、欧米の空母に比べると個艦の防空火力は高い。
この当たりは伝統的に親しいロシア空母の影響だろう。
そんなヴィクラントは度重なる工事の遅延により工費はどんどん膨れ上がり、当初計画された時からは考えられないほどの建造費となってしまったが、いよいよ完成は間近に迫る。
新型コロナのパンデミックによって工事が中断したりもしたが2021年8月、ついにその時が訪れる。
2009年の起工から12年、ようやくヴィクラントは海上公試のためインド洋へと出航したのだ。
この処女航海にて推進機関や運行性能、各種艤装が作動し、作戦能力が確立されているかのチェックが行われた。
2021年10月から11月にかけておこなわれた2回目の海上公試では空母としての機能のチェック、航空機運用能力が確認された。
この8月と10~11月の海上公試にて乗組員の練度も審査されたという。
そして2022年1月、ヴィクラントは3回目の海上公試へと向かった。
今回の海上公試では様々な操艦が試されるという。
このまま問題なく進めばヴィクラントは2022年後半に就役となるだろう。
インド初の国産空母の勇姿が見られる日はすぐそこまで迫っている。
そうなると気になるのは、空母3隻体制を目指すインドの2隻目の国産空母だ。
このIAC-2はすでに「ヴィシャル」という名前が決定している。
一様はIAC-1「ヴィクラント」の2番艦という位置づけであるが、ヴィシャルはその規模も内容もガラッと変わり、2番艦と言いながら同型艦ではまったくない。
というよりも、ヴィシャルはまだその全容も決まっていないのだ。
建造計画自体は発表されているが、具体的にいつ起工されるかは不透明である。
これは海軍が、建造に多くの時間と費用を費やしたヴィクラントと同じペースでヴィシャルを建造されたらたまらないという思いがある。
現在のインド海軍は原子力、通常動力の両方の潜水艦の整備と建造を優先しており、これらの戦力化を阻害するいつ終わるかわからない大型空母建造は邪魔者でしかないのだ。
もちろん、ヴィクラント建造のノウハウは2隻目にいかされ、工期は大幅に短縮できる可能性はある。
しかし、それはあくまでヴィクラントと同規模の同型艦をい造る場合だ。
インドは国産空母2隻目のヴィシャルについて、なんと65000トンの大型で原子力、カタパルトを装備するCATOBAR空母を計画しているのだ。
カタパルトに関しても電磁カタパルトを想定しており、2030年代の戦力化を目指すという。
そんなものが果たして、遅延に遅延を重ねたヴィクラント完成直後に実行に移せるだろうか?
特に電磁カタパルトでの原子力空母という面での実現性が乏しい。
インドは電磁カタパルトに関してアメリカに技術協力を依頼しているが、アメリカがこれに応じるかは不透明だ。
特にインドは中国包囲網「クアッド」の一員ではあるが、一方でアメリカが採用しないよう求めていたロシアの防空システムS-400を購入したという経緯がある。
トルコの例を見ればアメリカが技術協力を行うかは微妙なところだ。
ヴィシャルの建造にはアメリカ、イギリス、フランス、ロシアに協力を呼びかけているという話があるが、この中でインドが求める原子力空母、電磁カタパルトを持っているのはアメリカとフランスだけだ。
フランスに関してはPANGでようやく電磁カタパルトを開発しだすところであり、インドが求める技術を持ってるのはアメリカしかいない。
こういった部分もヴィシャルが計画通りに建造できるのか疑問がつくところだろう。
何にせよ、ヴィシャルは今後計画が凍結されるかどうか不透明な段階だ。
これは検討しようにもできない。
となれば、就役目前のヴィクラントをどう見るかだが……ヴィクラントはMiG-29KからF/A-18E/Fスーパーホーネットに機種替えを検討しているなど、まだ不透明な部分が多い。
こればかりは就役し、インド海軍で戦力化された姿を見てからでないと何とも言えないだろう。
なのでヴィクラントは保留だ。
まだまだ他国の空母を検討する必要があるだろう。
特にオチもない短い連載作品になるかと思いますが、気が向いたら☆評価なりブクマなり感想ください
※追記
インド海軍は2022年7月、ヴィクラントの海上公試の最終段階を無事終了し、造船所から海軍へと引き渡されたと発表した。
インド海軍は錬成訓練などを行った後、8月15日に行われるインド独立75周年を記念する式典「アザディ・カ・アムリット・マホトサブ」に合わせてヴィクラントを就役させる予定であったが、結局ここでは就役する事なく、9月2日、ようやく造船所に首相を迎えての就役式典が行われ、正式にインド海軍にヴィクラントが就役した。
2023年2月6日には国産戦闘機であるテジャスがヴィクラントへの発着艦に成功したと発表。
これでインドは事実上、空母と艦載機両方の国産化に成功した世界でも数少ない国のひとつとなった。