元サラリーマン、インド空母を検討する(2)
空母ヴィクラマーディティヤはロシア空母を検討した際にも触れた通り、元はキエフ級の4番艦にして3番艦までの設計からは改良された艦艇だ。
しかし現在の空母ヴィクラマーディティヤの姿はかつてのキエフ級4番艦アドミラル・ゴルシコフとはまったく異なっている。
キエフ級が飛行甲板がアングルド・デッキのみで前甲板にはP-500超音速巡航ミサイル発射ランチャー12基を搭載していたのに対し、空母ヴィクラマーディティヤはそのランチャーやVLS、砲艦が撤去されている。
そして武装が撤去された前甲板には14.3度のスキージャンプ勾配が設置された。
これにより空母ヴィクラマーディティヤの全長はアドミラル・ゴルシコフ時代の273.1メートルから284メートルへと伸びている。
前甲板にスキージャンプ勾配が設置され、後部には新たに着艦誘導灯が設置された事によりその姿は全通飛行甲板の敢然たる空母そのものとなった。
そして、その内部も変化している。
アドミラル・ゴルシコフ時代の機関は重油焚きボイラーだったのに対し、ヴィクラマーディティヤは軽油焚きボイラーへと換装されている。
また電子機器も一新されており、レーダーが新たに旋回式の3次元レーダーなどに換装され、イギリス製のレーダーも搭載する事になった。
またロシアが作成した空母への着艦の際、航空機が自動でのアプローチを可能にする航空機飛行管制デジタルシステムである電波技術複合体「レジストル」も本艦で稼働している。
艦載機はMiG-29KにMiG-29KUBが合わせて12機ほどとヘリが6機だ。
そして早期警戒機としての役割は早期警戒ヘリのカモフ Ka-31が担っているが、このカモフ Ka-31は行動範囲が狭いのが難点である。
そのためインド海軍では行動範囲を広げるため様々な改良やヘリ同士の空中給油など策を講じている。
そんなヴィクラマーディティヤの甲板事情は少し複雑だ。
何せ本来は航空巡洋艦だった艦なのだ、元々は武装が施されていた前甲板に設置したスキージャンプ勾配へと向かうため、航空機は少々肩身の狭い思いをしなければならない。
これにはアイランド式艦橋が甲板左よりになっている事も絡んでいる。
航空巡洋艦だった頃はそれでも問題はなかったが、全通飛行甲板となり前甲板のスキージャンプ勾配から戦闘機が飛び立つ今となっては右よりの艦橋は飛行甲板を圧迫している。
尚且つ飛行甲板の昇降機はアドミラル・ゴルシコフ時代の1基のみをそのまま継続する形となり、舷側エレベーターが新たに設置されなかったため、航空機の収納、展開には時間を要する形となってしまった。
そんな航空巡洋艦時代の遺物が一件、弊害をもたらしているようにも思えるヴィクラマーディティヤだが、2014年の就役以来、多くの軍事演習に参加、プレゼンスを発揮している。
特に日本においては日米印合同軍事演習マラバール2017における護衛艦「いずも」、原子力空母「ニミッツ」との空母3隻並んでの並走シーンや日米豪印合同軍事演習マラバール2020におけるミニッツとの空母2隻の並走シーンが印象深いだろう。
今やヴィクラマーディティヤはインド洋のみならず日米豪印の協力枠組み「クアッド」の一員として活動の幅を広げている。
しかし、そのヴィクラマーディティヤは決して順風満帆にロシアからインドへ渡ってきたわけではなかった。
当初、インドはアドミラル・ゴルシコフを取得する際、今のような完全な空母の姿に改装せず、航空巡洋艦の姿そのままでのインド海軍への編入を考えていたという。
その時検討されていた艦載機は当時インド海軍が保有していたシーハリアーの発展型、もしくはYak-141であったのだが、シーハリアーの発展型については例えハリアーⅡを取得したところで性能に限界があった。
そしてYak-141はソ連の崩壊によって開発が中止されたため、インドが資金を提供したところで完成する見込みがなかった。
ならば全通飛行甲板に改修して、CTOL機が運用できるSTOBAR空母にしようとなったのだ。
そのための資金をインドが提供するかわりに船体自体は無償提供という形が取られ、艦載機もインドがロシアから買い取る形で2000年、インドとロシアは合意文書を取り交わした。
とはいえ、契約価格に関しては折り合いがつかず工事はすぐには始まらなかったが2004年、インドとロシアは価格交渉で合意し、改修工事がいよいよはじまった。
当初は2008年に改修工事は完成しインド海軍に引き渡される予定であったが、そう物事はうまく進まなかった。
2007年、工事に遅れが生じだし、ここで改装費用問題が浮上したのだ。
当初の見積もりよりも費用が大幅にかかることが発覚し、インドとロシアの間で追加費用についてのすったもんだが繰り広げられる。
ロシアは追加費用をインドに要求。インドはこの時、空母ヴィラートが老朽化で退役が迫っており、強く出てもインドは断れないと思っていたのだ。
しかしインドはすでにいくつかの費用をロシアに支払っており、アドミラル・ゴルシコフはすでにインドの国有資産だと主張して価格を維持するよう求めたのだ。
この価格交渉は揉めに揉め、一時はロシア国内でインドに引き渡さずロシアで買い取る案も浮上したほどだ。
これほどまでに揉めた価格高騰の理由は、アドミラル・ゴルシコフの改修を担当した造船所が原因の一旦であった。
アドミラル・ゴルシコフを完全な空母に改修するにあたり、ロシアは国内の造船所で入札をおこなった。
これを落札した造船所というのが、大型の水上艦の建造をおこなってきた造船所ではなく、主に原子力潜水艦の建造を専門とする造船所だったのだ。
いうなれば大型水上艦に関しては経験がほぼない素人同然、当然ながら見積もりには誤りが生じる。
尚且つアドミラル・ゴルシコフは元はソ連時代に黒海の造船所で建造された船だ。
当然ながら黒海の造船所はソ連崩壊後はウクライナの所有物であり、キエフ級の詳細な図面を入手できなかった。
このため工数の算出は推定で行うしかなく、大型水上艦の経験がほぼない造船所が数値を過小に見積もるのは仕方がない事だったのだ。
さらに大型水上艦の経験がないがゆえに、前甲板の武装を撤去し、スキージャンプ勾配を設置する工事にとまどい、大幅な工事の遅れが生じた。
これによって納期は2012年に順延することが見込まれたが、しかし一方でインドとロシアは価格交渉が難航したままだった。
2008年から2009年に合意と費用問題浮上を繰り返し、2010年、両国の首脳会談によってようやく価格問題は解決する。
その後もいくつかのトラブルが続いたものの、2012年6月、ようやくヴィクラマーディティヤは海上公試にこぎ着ける、が……
2012年9月、高速航行試験を行った際にボイラーが破損、8基のボイラ-のうち3基が最大出力が出せない事態となった。
この修理のために引き渡し時期が2013年にずれ込む事となったが、まるで呪われているかのような数々の苦難を乗り越え、2013年11月、ヴィクラマーディティヤはインド海軍へ引き渡されインド向けて回航を開始し、2014年1月ついにインドに到着した。
こうしてヴィクラマーディティヤは2014年6月、インド海軍に就役する。
しかし、まだトラブルは終わっていなかった。
2014年、ウクライナ問題とロシアによるクリミア併合によって欧米がロシアに経済制裁を発動。
これによってインド海軍向けのMiG-29Kに搭載するコンポーネントのいくつかが入手できなくなったのだ。
つまりは空母は完成しても、肝心の艦載機が不完全な状態でインドに納入される事になる。
このため、ロシアで入手できなくなったコンポーネントをインドが取得し、それをインド国内でロシア人技師がインテグレードする方策がとられた。
このような事態になった背景にはインド海軍が導入するMiG-29Kにはロシア製の火器管制レーダーや電子光学システムを搭載する一方、航行システムやヘルメット・マウント・ディスプレイにはフランス製を採用するという東西ごちゃ混ぜのシステム搭載が要因であると思われる。
まさにインドらしいと言えばインドらしいトラブルであるが、何にせよ空母ヴィクラマーディティヤはこうしてインド海軍に就役したのである。
そんなヴィクラマーディティヤであるが、2020年11月にはMiG-29Kが墜落、2021年5月には居住区に火災と災難が続いている。
だが、運用自体に深刻な問題は生じていない。
インド海軍はヴィクラマーディティヤの運用年数を公表していないが空母への改装工事をおこなった造船所と40年の保守整備契約を結んでいることから2050年代までは現役に留まることだろう。
ならば2020年1月に国産戦闘機テジャスの艦上機型の試作機のテストを行ったことから、今後テジャス艦上機型がヴィクラマーディティヤで運用される姿を見られるかもしれない。
そんなヴィクラマーディティヤであるが、確かにインド洋での存在感は大きいが、異世界に持っていくにはどうだろうか?
上記でも述べた通り、ヴィクラマーディティヤの飛行甲板はやや窮屈だ。
そして早期警戒ヘリのカモフ Ka-31の行動範囲が狭いことからMiG-29Kの活動もやや制限される側面もある。
とはいえ、この空母の信頼性が高いことは間違いない。
ちなみにヴィクラマーディティヤ艦内にはインド国営銀行のATMを設置されており、これはインド海軍の艦艇としては初である。
話が逸れたが、ヴィクラマーディティヤに関しては今のところ保留だ。
もう少し、別のインドの空母を検討してみよう。
特にオチもない短い連載作品になるかと思いますが、気が向いたら☆評価なりブクマなり感想ください