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元サラリーマン、ロシア空母を検討する(3)

 重航空巡洋艦アドミラル・クズネツォフ。

 ソ連最後の空母である本艦はソ連が崩壊する1991年12月のちょうど1年前、1990年12月に就役した世界初のSTOBAR空母である。


 STOBAR空母は以前に述べた通り、戦闘機を発艦させる際にカタパルトを使用せずスキージャンプ台を使い、戻ってくる戦闘機をアレスティング・ギアで受け止める方式だ。


 飛行甲板にスキージャンプ台を設置して発艦させる戦闘機は普通、短い距離で離着陸ができるSTOL機や垂直離着陸が可能なVTOL機、その両方を備えた垂直・短距離離着陸機であるF-35BやAV-8B ハリアーII、Yak-38のようなSTOVL機であるが、STOBAR空母においてはこれら垂直・短距離離着陸機ではく通常の航空機であるCTOL機が運用可能だ。


 とはいえ、短距離離着陸機ではない通常のCTOL機をカタパルトなしで発艦させるため、スキージャンプ台での補佐があるとはいえ、滑走距離はCATOBAR方式よりも長い。

 尚且つ効率よく発艦させるため機体重量を軽くする必要があり、最大離陸重量は当然ながらCATOBAR空母の艦載機よりも大幅に減量する。


 つまりは機体への搭載燃料か武装どちらかを犠牲にしなければならず、十分な航空戦力を発揮できるとは言い難いのだ。


 しかし、実際のところは空中給油機を使用すればこの問題はカバーできる。

 アドミラル・クズネツォフの艦載機に空中給油機は存在しないが、僚機によるシェアでも空中給油は可能だ。


 そんなアドミラル・クズネツォフの飛行甲板の長さは305mと米空母よりも小さい。

 スキージャンプの勾配は14度で、艦首にスキージャンプ台が設置されているのではなく、艦首の前端部すべてが勾配している。

 これはイタリアのジュゼッペ・ガリバルディやスペインのプリンシペ・デ・アストゥリアスと同じ形だ。


 搭載機数は最大で52機から53機ほどであり、現在おこなっている大規模な近代化改装が終わればさらに搭載数が増えるであろう。


 艦載機はSu-33。シーフランカーの愛称で知られるソ連の傑作機Su-27フランカーの艦上機型だ。

 ちなみにフランカーの愛称はNATOのコードネームであってソ連/ロシアの正式な愛称ではない。


 ソ連/ロシアにおける愛称はジュラーヴリクであるが、しかしこの愛称はロシアではほぼ使われていない。

 フランカーという愛称をロシア人も気に入ったのか逆輸入して彼ら自身が愛称として使っている。


 そんなSu-27フランカーはプガチョフ・コブラでも有名な高い機動性と長大な航続距離を誇るが、その艦上機型であるSu-33は発艦時の揚力を増加し、上空での機動性を高めるためSu-27にはなかったカナード翼が追加されている。

 また、離着艦時に尾部を擦らない様にテールコーンを短縮し、そこにアレスティング・フックを装備するなど空母での運用を前提とした改良がなされているのだ。


 しかし、空母での発艦がスキージャンプ台方式のため、さきほども述べた通り兵装搭載量はSu-27からは減少しており、最大離陸重量もSu-27より大幅に制限されているが、これの解決策はさきほどすでに述べている。

 何よりSu-33の兵装を搭載するパイロンはSu-27より数が増えているのだ。


 そんなSu-33であるが、やはりソ連崩壊後の混乱の煽りを受けている事は否めない。


 アドミラル・クズネツォフ就役初期の90年代はロシア経済の混乱の影響で活動が低調であった。

 Su-33も試作機の運用試験が1995年になってようやくはじまり、正式に実用化されアドミラル・クズネツォフで運用が開始されるのは1998年になってからである。


 同時に練習機であり、Su-33の後継機も兼ねたSu-33UBも1999年からアドミラル・クズネツォフでの発艦訓練をおこなっているのが確認されているが、こちらは後継機に採用される事はなかった。


 Su-33はロシア経済が建て直り、かの政権の「強いロシア政策」が実施される2000年以降は近代化改修が行われ、2010年からは延命改修が行われている。

 これによって2015年までとなっていた運用期限は十数年延びたとされている。


 とはいえSu-33は大型機であるがゆえに着艦時に機体にかかる衝撃が大きく、そもそも機体が損耗しやすい。

 そしてSu-33は艦上機型であるがゆえに生産数が少ないため、整備における部品の融通が効かないのだ。


 何せロシアの空母はアドミラル・クズネツォフのみなのだ。当然ながら空母1隻に搭載するぶんと予備の機体しかSu-33は生産されていない。

 アドミラル・クズネツォフの2番艦となるはずだったヴァリャーグを買い取った中国にロシアはSu-33を売り込んだ事はあったが、購入機の数を巡ってロシアと中国の間で溝が埋まらずこれは失敗に終わってしまった。


 そんなわけでSu-33は35機ほどしか生産されていないが、現在その数は墜落事故などで減っていっているのだ。

 そこでロシアはSu-33の後継機としてMiG-29KRと複座型のMiG-29KUBRの購入を決めた。


 MiG-29Kはもともとアドミラル・クズネツォフが進水した1985年に艦載機の座をSu-33(当時はSu-27K)と争った機体だ。

 Su-27KとMiG-29Kはアドミラル・クズネツォフで何度も発着艦試験を繰り返し、最終的にSu-27Kが採用を勝ち取りSu-33となった。


 しかし、敗れた後もMiG-29Kは資金不足ながら改良が続けられ、そして日の目を再び見る事になる。

 とはいえMiG-29Kを表舞台へと返り咲かせたのはロシアではなくインドであった。


 インドはロシアから「アドミラル・ゴルシコフ」を完全な空母へと近代化改修して買い取り、空母「ヴィクラマーディティヤ」として就役させたが、その艦載機にMiG-29Kを採用したのだ。

 そしてMiG-29Kは外観は変わらないものの、性能も装備も一新した別物のMiG-29Kとなって2009年からインドへの納入が開始される。


 これに先立ち、空母での運用試験としてアドミラル・クズネツォフでMiG-29Kの発着艦が行われたのだが、これがロシアでもMiG-29Kを導入するきっかけになったのは間違いない。


 Su-33と違い、MiG-29Kはインドという購入国がある。

 つまりは生産数が多く、整備のための環境が整っているというわけだ。

 何せインドはMiG-29Kをヴィクラマーディティヤだけでなく、インド初の国産空母ヴィクラントの艦載機にも採用したのだから。


 またMiG-29KはSu-33よりも機体が小型で、MiG-29Kに艦載機がすべて置き換われば搭載機の数は増える。

 当初は倒産しそうなMiGを立て直すための政策であった事は間違いないが、結果的にみればMiG-29Kの優れた短距離離陸性能や小回りのきく小型機、何より多用途戦闘機の艦上機型であるため多彩な武器を運用でき、その運用能力も高く艦載機としては大正解だったのだ。


 こうしてロシアでも2014年からMiG-29KR(MiG-29Kはインドのほうが先に採用したため、ロシア型と区別するためMiG-29KRと呼ばれている)の購入がはじまり、アドミラル・クズネツォフへの配備が始まっている。


 そして2016年11月、アドミラル・クズネツォフは初の実戦に挑む。

 シリア内戦への介入であるシリア作戦だ。


 地中海に展開したロシア機動部隊はシリア反体制派の拠点である北西部のイドリブと中部のホムスに対して大規模な爆撃をおこなった。

 このシリア派遣時に搭載されていた艦載機はSu-33とMiG-29KR、MiG-29KUBRであるが、作戦開始2日前にMiG-29KRは着艦時の事故で墜落しており、初日にMiG-29KRは参加しなかったのではないかと言われている。


 結果的に見ればシリアの反体制派への空爆はアドミラル・クズネツォフ付随のフリゲイト艦の巡航ミサイルやシリア国内に展開したロシア軍の巡航ミサイルも使用されており、アドミラル・クズネツォフから飛び立った航空隊の空爆が純粋にどれだけの損害を与えられたかの試算は難しい。


 しかし、ロシアのマスコミ各社が報じたアドミラル・クズネツォフ艦上での映像にはSu-33の胴体下面のパイロンに搭載された兵装が映し出されており、FAB-500M54無誘導爆弾にFAB-500M62無誘導爆弾を2発、翼下には空対空ミサイルと誘導兵器がまったく見られなかった。

 また搭載する兵装も少なく、重量が抑えられている印象を受ける。


 搭載兵装の重量ももう少し積めるはずであるが、やはりカタパルトがないSTOBAR空母から飛び立ち、一定の航続距離を確保しなければならないとなれば、これが実用限界となってしまうのだろう。


 そんなSu-33にMiG-29KRは空爆が始まって間もなく、イギリスの衛星写真でシリア国内のロシア航空宇宙軍の拠点であるラタキア県にあるフメイミム基地に駐機しているところを撮られている。


 アドミラル・クズネツォフに搭載されているはずのSu-33やMiG-29KRが同基地になぜ飛来したのかは色々憶測ができるが理由は不明だ。

 何せロシア側も衛星で監視され、衛星写真を撮られる事もわかっていたはずだからだ。


 とはいえ、考えられる一番の理由はどうしても搭載する兵装が抑えられるアドミラル・クズネツォフ艦上からでなく、搭載兵装上限まで積むことができる地上から作戦をおこなっていたのだろう。


 何にせよ2016年11月から2017年1月までアドミラル・クズネツォフが従事した初の実戦は艦載機が420回の出撃を行い、内117回は夜間の出撃と活発なものとなった、またシリア沖からの帰投の際に立ち寄ったリビアでは内戦への軍事援助や将軍を艦上に招くなどの地中海におけるロシアの政治的影響力拡大の役割を担った。


 とはいえ、このシリア派遣でSu-33とMiG-29KRを着艦事故による墜落で損失するなど手放しで大成功とは言えなかった。

 それが絡んでの事ではないが、この2017年からアドミラル・クズネツォフは本格的な大規模な近代化改修を開始する事になる。


 そんなアドミラル・クズネツォフの近代化改装であるが、2018年に大型浮きドックPD-50へ入渠し船体部分の作業が完了するが、出渠作業中の事故により大型浮きドックPD-50が沈没してしまう。

 この際、アドミラル・クズネツォフの飛行甲板にクレーンが落下、飛行甲板に穴が開く自体となった。


 さらに不幸はこれだけに留まらず、2019年乾ドックへの回航され損傷した飛行甲板の修理も含めた改修工事は再開されるが、12月に火災事故が発生する。

 当初は2021年に近代化改装が完了し、ロシア海軍へと引き渡されるとしていたが、火災の修理も含め近代化の完了は2022年となった。

 しかし、アドミラル・クズネツォフを入渠させる近代化された乾ドックの設置が2022年6月となったため、引き渡し時期は2023年にずれ込むことになるという。


 そんな不運ばかりが目立つアドミラル・クズネツォフであるが、近代化によって何が変わるのか?

 正確な情報は提示されていないがわかっているところでは兵装や電子機器に通信機器、航空艤装に戦闘情報管理システムなどが新型へと換装されるという。

 特に航空機飛行管制デジタル電波技術複合体の設置は着艦の際、自動でのアプローチを可能にするというのだ。

 これはすでに電波技術複合体「レジストル」としてインドで稼働している。


 またアドミラル・クズネツォフは推進機関がロシア海軍では本艦だけとなった重油ボイラーと蒸気タービンであり、そのためもくもくと黒煙があがる。

 これを原子力推進に換装する事は不可能だろうが、ガスタービンへと換装するという。


 そして重航空巡洋艦としての「巡洋艦」の機能。

 キエフ級から引き継ぐ、空母とは思えぬ個艦戦闘能力のその火力を撤去する予定だ。


 アドミラル・クズネツォフはキエフ級のP-500艦対艦ミサイルから、さらに火力があがったP-700グラニート大型艦対艦ミサイルを装備し、これを発射できるVLSを飛行甲板前部に12基搭載している。

 とはいえ、このVLSであるSM-233A垂直発射システムは潜水艦の949A型オスカーⅡ型を移植したもので、発射時には潜水艦同様にVLS内に注水する必要があるという。


 P-700は総重量7トン、全長10メートルと巨大な対艦ミサイルであり、個体ロケット・モーターで加速後、ラムジェットエンジンで海面上をマッハ10.5で飛行するソ連が開発した恐るべき兵器だ。


 弾頭も500ktの核弾頭を搭載できたこの恐るべきミサイルをC4ISRシステム(US-Aレーダー衛星とUS-P電波情報収集衛星からなる衛星海洋偵察/目標指示システム)「レゲンダ」にTu-95RTs捜索/中継機を使って誘導する。

 最終的にはミサイルに搭載された電子機器が情報処理をおこない、敵艦隊でどの目標に突入するのが最適かを自動判別し、データリンクによって他のミサイルと目標の割り振りをおこなって突入するのだ。


 まさに重航空巡洋艦の名前に恥じぬ、空母とは思えない打撃力である。

 とはいえ、このP-700グラニートの運用はかなりのコストがかかり、発射する際には艦上機の発着がおこなえないなど課題は多い。

 尚且つC4ISRシステム「レゲンダ」が冷戦終結後に運用を停止したため、P-700グラニートを装備する必然性は薄れている。


 そもそもC4ISRシステム「レゲンダ」は強大な軍事力である空母機動部隊を持たないソ連が、米空母機動部隊に対抗するために生み出したシステムだ。


 キューバ危機に代表されるように、ソ連海軍はアメリカ海軍と真っ向から対峙した場合に引かざるを得ない屈辱を味わう場面が度々あった。

 そんなアメリカ海軍を打ち負かす戦法としてソ連海軍が編み出したのが対艦ミサイルによる飽和攻撃戦術である。

 スラヴァ級ミサイル巡洋艦などを見れば、その思想が垣間見れるだろう。


 特に西側諸国を驚かせたのが、1970年に実施されたソ連史上最大級の海軍演習「オケアン70」だろう。

 この演習では水上艦、潜水艦、航空機から発射された100発以上の対艦ミサイルがわずか1分半の間に目標に次々と着弾するという集中攻撃をおこなってみせたのだ。


 ちなみに有名な原子力潜水艦「K-8」が火災により沈没したのはこの演習に向かう最中である。


 それはさて置き、アドミラル・クズネツォフのC4ISRシステム「レゲンダ」によるP-700グラニート運用はまさに、そんなソ連ミサイル飽和攻撃戦術の最終到達地点と言えるのだが、しかしそこに到達するにはあまりに時代が遅すぎたのだ。


 アドミラル・クズネツォフ就役時、すでに冷戦は終結し、アメリカの空母機動部隊と対峙する必要はなくなっていた。

 するとコストのかかるC4ISRシステム「レゲンダ」は無用の産物となり、ソ連崩壊後は予算が確保できない事からC4ISRシステム「レゲンダ」を運用するための衛星は打上げられなくなった。

 そうすると、高度な演算処理ができないP-700グラニートはただのデカい対艦ミサイルとなり搭載する意味はあるのか? という疑問が湧いてくる。


 そんなわけで冷戦終結後に就役した冷戦の思想の体現のようなシステムは近代化改装で撤去される事が決まったのだ。

 実際、アドミラル・クズネツォフの格納庫は超巨大な対艦ミサイルP-700グラニートを収納しているため極めて狭いというわけではないが、このスペースが既存の航空機格納庫と繋がれば搭載機数を大幅にアップさせる事ができる。


 とはいえ、話はそこまで簡単ではない。

 アドミラル・クズネツォフの艦内はP-700グラニートを収納していたスペースと格納庫との間にCICや航空隊指揮所といった指揮、統制関連のセクションが集中している。

 もしP-700グラニートを収納していたスペースと格納庫を繋げるならば、これら指揮、統制関連のセクションの場所も変更せねばならず、艦内の構造を大幅にいじらなければならない。


 それはいわば、艦内配置から練り直すという事だ。

 アドミラル・クズネツォフの近代化改装の詳細は表にはあまり出てきておらず、どこまで手をつけているかはわからない。

 すべては現場に復帰する2023年にならなければわからないという事だ。


 そんなアドミラル・クズネツォフを異世界に持って行く場合、全容はまだわからないが近代化した姿の方がいいのだろうか?

 それともC4ISRシステム「レゲンダ」によるP-700グラニートを駆使する近代化前の姿がいいだろうか?

 実に悩ましいところだ。


 個人的には地上の魔王軍相手にP-700グラニートをぶっ放つ作戦をやってみたい気もするが……

 しかしその場合、US-Aレーダー衛星とUS-P電波情報収集衛星を打上げなければならなくなる。

 果たしてそれは可能だろうか?


 恐らく実現は厳しいだろう……

 ならばここはアドミラル・クズネツォフ以外の別のロシア空母を検討してみよう。

特にオチもない短い連載作品になるかと思いますが、気が向いたら☆評価なりブクマなり感想ください

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