元サラリーマン、スペイン空母を検討する(2)
強襲揚陸艦フアン・カルロス1世。
2010年に就役した本艦は空母プリンシペ・デ・アストゥリアスの後継艦として強力な航空機運用能力を誇るが、当初の目的は強力な戦略投射能力を有する事であった。
フアン・カルロス1世が空母ではなく強襲揚陸艦である事からもわかる通り、スペイン海軍は当初老朽化したLST2隻の後継艦を求めていた。
とはいえ、スペイン海軍はそこまで潤沢な予算を保持していない。
LSTのみならず空母プリンシペ・デ・アストゥリアスの後継艦の問題もあった。
ならば新たに更新する艦艇により多くの任務をこなせるように多機能にしようと考えたのだ。
そして計画されたのが戦略プロジェクション艦(BPE)である。
揚陸艦任務や軽空母任務、戦力投射また人道援助まで考慮した多用途性を有したBPEはスペイン史上最大の軍艦となった。
その船体は背が高く独特の形状をしている長船首楼船型だ。
全長は230mあるが飛行甲板は201.9mと空母プリンシペ・デ・アストゥリアスに比べて長くはなったが、同じ強襲揚陸艦のワスプやトリエステと比べるとやや短い。
しかし傾斜角12度のスキージャンプ台を有するため、これは問題ないだろう。
艦載機は空母プリンシペ・デ・アストゥリアスから引き続きEAV-8B マタドールIIが10機ほど、中型、大型ヘリも十数機ほど搭載できる。
そして、何よりフアン・カルロス1世は計画時にF-35Bの運用を前提としていた。
そのため、飛行甲板の耐久性や長さはF-35Bの運用に耐えうるとされている。
しかし、F-35Bの運用に関して言えば、そもそもの戦闘機搭載数が少ない。
これに関しては中型、大型ヘリも同様で、飛行甲板の下の層である航空機格納庫兼上部車両甲板が狭すぎるのが問題なのだ。
とはいえ、これに関しては格納庫に収めず、飛行甲板に野ざらしにする露天係止を導入する事でなんとか搭載数を確保する事ができるだろう
輸送能力、揚陸能力も申し分ない。
ウィルドックを要しているため海上からの素早いLCAC-1級エア・クッション型揚陸艇の展開が可能だ。
しかし、ウェルドックの甲板中央に隔壁があるためLCAC-1級エア・クッション型揚陸艇は1隻しか搭載できない。
それでもLCUなら2隻、LCMなら4隻搭載可能だ。
また接岸状態であれば右舷に設置された車両ランプから素早く車両の揚降ができる他、ウィルドックには戦車が最大46輌搭載可能だ。
揚陸部隊も最大で1200名ほど収容可能である。
固有兵装はエリコンKA 20mm機関砲4門と12.7mm機銃3基のみと接近する小艇攻撃対処用のみとSAMの装備はしておらず、やや不安を感じる所ではあるが、ここは気にしなくてもいいだろう。
また、多用途艦として医療機能も充実している。いざという時は病院船の代わりにもなるだろう。
うむ、まさに私が求める性能そのものだ!
不安要素があるとすれば、それはスペインの財政問題だろう。
現在のスペイン経済ははっきり言ってあまり良い状況とはいえない、そして当然ながら、経済のツケは軍隊にしわ寄せがくる。
スペイン海軍は現在、財政面の問題でF-35Bを取得する目処が立っていない。
そのため、EAV-8B マタドールIIの延命作業でなんとか事を凌いでいるが、いずれEAV-8B マタドールIIは退役の憂き目にあうだろう。
そうなれば、スペインはフアン・カルロス1世に搭載できる戦闘機を失う。
空母としての活動ができなくなってしまうのだ。
そんな悲しい未来を回避するためにも、是非ともスペイン海軍には頑張って予算を確保し、F-35Bを取得してもらいたいところである。
さて、そんな強襲揚陸艦フアン・カルロス1世ではあるが、スペイン海軍内にこの艦艇の同型艦は存在しないものの、他国には準同型艦が存在する。
それがオーストラリア海軍のキャンベラ級強襲揚陸艦である。
本艦はオーストラリア海軍史上最大の艦艇であり、1番艦キャンベラと2番艦アデレードの2隻がそれぞれ2014年と2015年に就役している。
オーストラリア海軍の要望に応える形で細部に若干差異があるものの、基本的には外観や航空機運搬エレベーターの配置などフアン・カルロス1世そのままである。
とはいえ排水量が軽かったり、速度が若干遅かったりするのだが……
そして全通飛行甲板にはフアン・カルロス1世同様、傾斜角12度のスキージャンプ台が存在する。
とはいえ、オーストラリア海軍は現在F-35BやAV-8B ハリアーIIを保有しておらず、キャンベラ級に搭載できる戦闘機は存在しない。
当初はF-35Bの取得と搭載も検討されたが、これは却下されている。
尚且つF-35BなどのSTOVL機を運用するために必要な艤装が施されていない。
とはいえ、将来的にキャンベラ級にF-35Bを搭載する余地は残されている。
そもそもF-35Bを運用せず、航空機はヘリのみとするならば、傾斜角12度のスキージャンプ台を設置する必要はなかった。
工期短縮や建造費の削減という意味でもスキージャンプ台など設置せず真っ平らな飛行甲板でよかったはずなのだ。
これに関してはオーストラリア海軍自体はSTOVL機を運用しないが、有事における他国との共同作戦において、キャンベラ級で他国のSTOVL機を支援したり、今後導入予定の大型UAV(無人航空機)を運用するために傾斜角12度のスキージャンプ台は必要としている。
いずれにせよ、キャンベラ級の導入を検討していた2004年当時にはなかった海洋進出を強める中国への対抗措置として、現在F-35Bの取得とキャンベラ級の軽空母化の議論が進んでいる。
そしてフアン・カルロス1世にはもう1隻、準同型艦が存在する。
それがトルコ海軍の強襲揚陸艦アナドルである。
が、このアナドルは現状では曰く付きだ。
2022年に就役予定のアナドルはトルコ海軍史上最大の軍艦であり、初の空母艦艇となる……はずであった。
スペインとトルコの共同事業としてトルコの造船所で起工された本艦には当初、F-35Bを6機搭載する計画がなされていた。
つまりはフアン・カルロス1世もキャンベラ級もなし得ていない、カルロスファミリー初のF-35B搭載艦となるはずであったのだ。
しかし、これはある騒動を発端に実現不可能な構想となってしまった。
それは2017年、トルコは次期防空システムにロシア製のS-400を選定した事に端を発する。
トルコのS-400購入に欧米諸国は当然反発する。
当たり前だ。仮にもトルコはNATOの一員。
そんなトルコがNATOが仮想敵国としているロシアの防空システムを買うなど、同盟関係を根本から瓦解させない行為であり、NATO加盟国の防空体制を揺るがしかねない事件である。
しかしNATO諸国の散々の批判にもかかわらずトルコは2019年、S-400を納入。
このトルコの行為にアメリカは大激怒、F-35AおよびF-35Bのトルコへの納入凍結を決定した。
元よりトルコはF-35戦闘機計画に2002年より参加しているが2011年にF-35の自国への技術移転のためのソースコード開示をアメリカに要求しているが拒否された経緯がある。
そういった不満がこの騒動に繋がったのは間違いない。
しかし、そうなるとアナドルに載せられる戦闘機は1つもない。
そして問題はそれだけに留まらない。
ロシアに接近しNATO離れを加速させるトルコだが、背景には自国産業での国産兵器開発のための技術を習得したいというものがある。
そういった意味でロシアや中国は絶好のパートナーと見えるのだろう。
しかし、現時点でのトルコの国産兵器もヘリなどのエンジン部分は欧米製だ。
実際、アナドルに搭載予定だったトルコの国産攻撃ヘリT129 ATAKはエンジンが米英の合弁企業が供給している。
このエンジンが供給されない以上は攻撃ヘリの搭載すら見送る事になる。
そんなアナドルは進水式の直前、火災事故が発生。
そのせいか、進水式は盛大なものにならず地味なものになったという。
当初の思い描いた姿にならない事がほぼ確実となったアナドルであるが、当初はトラキヤという名の2番艦の建造も予定されていた。
しかし、このトラキヤに関してはアナドルのフアン・カルロス1世の準同型艦ではなく、純国産空母として建造しようという計画が生まれており、研究に着手しているという。
そして、アナドルに関してはF-35Bが取得できなくなった以上、別の使い方を模索するという。
それが無人機空母化計画である。
これはトルコの防衛産業バイラクタル社が開発した無人機バイラクタルTB3を搭載させる計画で、このバイラクタルTB3は主翼が折りたたみでき、その結果30~50機のバイラクタルTB3が搭載可能だという。
しかも、バイラクタルTB3は1つの作戦に10機が同時投入が可能であり、無人機同士のエア・チーミングによってUCAV(無人戦闘機)のあり方が変わるかもと言及している。
しかしアナドルはそもそもF-35Bの運用を想定していたフアン・カルロス1世の準同型艦だ。
固定翼のUCAVを飛行甲板の短い強襲揚陸艦アナドルで運用できるのかは正直怪しい。
仮に本気で取り組みならアレスティング・ギアを取り付けないといけないだろう。
アナドルの就役予定は2022年末、それまでにこれらの課題をクリアできるのか? 先行きは見通せない……
ともあれ、現状で無人機空母化計画が成功するか凍結されるか不明なアナドルは検討できない。
キャンベラ級も戦闘機がない。
となれば、やはり本家のフアン・カルロス1世しかない! となるが……
F-35Bの問題が不透明な現状では一旦は保留だ。
まだまだ他国の空母の検討が必要だろう。
特にオチもない短い連載作品になるかと思いますが、気が向いたら☆評価なりブクマなり感想ください
※追記
トルコ国防省は2022年3月上旬、強襲揚陸艦アナドルの海上公試を始めたと発表。同時に港湾受入試験(HAT)も開始したと発表した。
6月にはマルマラ海で海上公試を行っているその姿が目撃されており、9月時点でトルコ海軍への引き渡し準備はほぼ完了しているという。
このまま順調にいけば予定通り2022年年内に就役する予定であり、そこからバイラクタルTB3無人機発艦着艦システムのアップグレードに取りかかるものと思われる。