パパと呼ばれて
……今俺は、とても混乱している。すごく混乱している。目の前で起こっている事実が受け入れられない。いや、受け入れるとか以前に、意味がわからない。
今目の前で起こっていることは、間違いなく人生の転機、いわゆるターニングポイントというやつだろう。それがいい意味でか、悪い意味でかは別にして。あるいは、すでに起こっていたことか。
人生でこんなことが起こるなんて、思ったことはなかった。自分でもどうしてこうなったかわからないし、頬をつねっても、これは夢ではないということだけしかわからなかった。
夢ではない……つまり、目の前の出来事を事実として捉えなければならない。今日この日は、俺がこれまで生きてきた中で、人生でもっとも驚愕した日。
その日、起こったこと……それは、とある訪問者によって起こった。俺の下を訪ね、俺の頭を悩ませているのは……
「パパ!」
……俺のことをパパと呼ぶ、幼女だった。
…………少し時間を、遡ろう。一時間もない……ほんの30分くらいだ。
俺は高岸 勇也、どこにでもいるごく普通の一般男性だ。現在26歳、コンビニでアルバイトをしている。
一人暮らしをしている俺は、まあ一人で暮らす分にはある程度安定した生活を送っていた。そこへ、突然現れたのだ。
ピンポーン
休日、家でゴロゴロしていたところ、来客を知らせるインターホンが鳴った。変な勧誘とかだったら追い返そう……そう思って扉を開けた先には……
「パパ!」
「……へ?」
まず、なんとか絞り出せたのはこれだ。なんとも間の抜けた声……だが仕方ないだろう。いきなり子供が現れて、あろうことかパパなんて言われたら。
当然、見知らぬ子供だ。まさか罰ゲームかなにかで、俺をパパと呼んでこい、なんて言われたんじゃないだろうか。そんな想像さえ浮かぶ。が、誰がそんなことをするんだ理由がわからない。まさか詐欺の手口か? 変な女が俺の金でも狙っているのか?
だが、もちろん俺の子供ではない。そもそも俺は、その……子供が出来るような行為を、異性としたことがない。経験があれば、万が一があるかもと騙されたかもしれないが……
生まれて26年童貞の俺に、子供なんて出来るわけがない。悲しすぎる現実だが、今この瞬間に限ってはそれがありがたい。
「ええと……人違い、かな」
童貞確認作業のようなものが済んだことで心を抉られるが、今の問題はこの幼女だ。他に考えられることとすれば、人違い。例えば隣の部屋と間違えたとか。ここはアパートだし、有り得る……かな?
「違うよ! パパだよ!」
しかし幼女の回答はこれだ。困ったな……めちゃくちゃ俺を指差してくる。すごい笑顔だ。
俺に子供が出来るわけがない。それは思い返した通りだ。だから俺をパパと呼ぶのが不可解だ。ちょっと恐怖さえ覚える。
マジで覚えがないし、このまま追い返してしまおうか。そんなことを考えていたところへ、幼女の後ろから人影が現れる。
「お久しぶりです、ユウヤ様」
「……ん?」
その人物の、まるで鈴の音のような声を聞き、顔を見るために視線を動かしたとき……目を、奪われた。
目を引くような、輝くような金髪。この子供は明るい黄色い髪の色だが、その女性は美しい金髪だ。耳を隠すように、腰まで伸びた美しい髪。
そして、宝石のような緑色の瞳……整った顔立ち。作り物ではないかと疑いたくなるそれに、目が離せない。
離せない、が……この女性は、聞き逃せないことを言った。
「ユウヤ、様……?」
ユウヤとは、もちろん俺の名前だ。が、この女性と俺は面識がない。面識があれば、こんな美女忘れるはずもない。となれば、たまたまのユウヤ別人問題?
見知らぬ子供と、美女。その訪問こそが……俺の中の、価値観というか、そういうものをいろいろと変えていくことになる。