コミュ障賢者は追放者
「エルミラ・ライトヴェイン! 貴様を追放処分とする!」
見覚えのない始末書を私に突きつけて、目の前にいる王様に言われた。
「え……? あの……」
「もう我慢できんのだ! 貴様はどれだけ失態を重ねれば気が済むというのだ!?」
私は失態などした事はない。王宮魔術師として、言われた仕事はこなしているはずだ。
始末書をまじまじと見てみた。薬品の紛失、経費の不正利用……。果てには、研究施設の倒壊した旨が書かれている物まである。
どれもが同期の始末書のはずだ。何故か当該者が私になっていたが。
「あの……私じゃ」
「もういい! 衛兵!つまみ出せ!」
私は、二人組の衛兵に腕を掴まれ、王城の外へ出されてしまった。
途中すれ違った同期達は、優越感を纏った顔で嗤っていた。
「二度とくるな給料泥棒!」
私は、城下町に出るまで言われ続けた。まあ、そんな罵倒には慣れている。気にも止めずに、王都を出た。
コミュニケーション能力が低く、人間関係のトラブルは多かった。基本的には濡れ衣なのが多い。
強く言い返さず、どもってしまうからだ。
「仕事無くなっちゃったな……」
幸い、寮生活で私物も少なかったので、追放されたその日に、王都を出ることができた。
だが、あの国の魔動力炉の整備は誰がやるのだろうか?
私以外に整備できる人はいない筈だが。
だが、クビにされてもう私の仕事では無い。元の職場のことは忘れる事にした。
「漸く、居なくなりましたわね」
リルヴェ・シュダイン・ツーベルクは自身の屋敷にある私室で高らかに笑っていた。
「目障りでしたのよ、エルミラさん?」
彼女は貴族であった。それ故に傲慢で、怠惰な性格をしていた。
自分や、仲間達と口裏を合わせて始末書を書いていた。
彼女達の失態を、エルミラが背負っていた事になる。
不正の数々をもってしても、学園時代からエルミラに勝てなかったのが、悔しかったのである。
だが、エルミラ・ライトヴェインは天才であった。
平民の出ではあったが、向上心もあり学園の授業の内容は全て覚えていた。
まるで乾いたスポンジが水を吸うかの如く、教えられたことはすんなりと頭に入っていたのである。
学園の在籍中に論文を提出し、世間を驚かせた人物でもある。
時代を何歩も進めた才女として、新聞に載ったくらいだ。
その偉業を讃えて、彼女を賢者と呼ぶ者もいた。
対して、リルヴェは、貴族だと言う事以外は平凡であった。
天才が努力しているのに、怠惰な彼女が勝てるだろうか。
無理な話だ。彼女は、自分のちっぽけなプライドを捨てず、家の力に頼り、名だけの学園二位であった。
勿論、エルミラは一位である。
名だけで入った王宮魔術師と言うことが、後の大事件を引き起こす事になるが、優越感に浸っている今の彼女が知る由もない。
王都から離れて、平原に出たあたりで
「【飛行】」
私は、小さく唱えた。
その呪文を唱えると、だんだん足元の地面が遠ざかっていく。
完全に浮いたあたりで、私は考え耽っていた。
(どうしようか、追放されたのはいいけど何処に行こうか?)
ノープランだった。知人があまり居ないので、隣国に行ってもあてがない。
論文を発表した際、隣国の王宮魔術師団にスカウトされた事を思い出した。
そこにお世話になろう。そう思いながら、魔力を込めて隣国の方向へ飛んでいった。
何も考えず飛ぶのは心地よかった。
隣国へ着くのにそう時間はかからなかった。
追放されてから、三ヶ月ほど経った。
結果から言うと、職に就くことができた。
発表会に参加していた、魔術師が私の事を覚えていた。
とんとん拍子で、王宮魔術師に就くことができた。
私は新しい環境で働いている。前の職場と違い、部署には人がいたし、残業代も出た。
そして、いつも通り休まず毎日仕事しようとしたら、止められた。
「エルミラさん! ちゃんと休暇ぐらい取ってください!」
「え? 王宮魔術師って、休んだらクビになるんじゃ無いですか?」
「そんな訳ないでしょう! 兎に角、休んでもらいますよ! というか、これ以上貴女に仕事を任せると、やる事が無くなっちゃいます!」
追い出された。私は、勉強と仕事以外にした事はない。そして、特に趣味もない。
行く当てもなく城下町をぶらぶら散歩する事にした。
自分の時間ができた事が、学園を卒業してから初めてだった事に気づいた。
元いた国より、綺麗な街並みだと感じた。
その頃、エルミラがいた国は大パニックに陥っていた。
街には火の手が上がり、混乱が混乱を呼び、状況は混沌としていた。
どうしてこうなったのか。それは、二ヶ月程前の事である……。
「はぁ……? マニュアルが無い?」
なんて無能なのかしら。マニュアルが無いと仕事できないなんて抜かして。
リルヴェは、自分の事を棚にあげつつ他人を貶していた。
「あの女が出来て、貴女が出来ないわけないでしょう?」
「しかし、魔動力炉は一歩間違えると大惨事になる代物でして……」
メンテナンスする際の工程を間違えると、大爆発を起こす代物であった。
一台で王国中の機械に魔力を供給する物なのだから、それくらいの力が、魔導力炉にはあった。
エルミラは、そんな魔導力炉の開発者兼責任者であった。
ずっと王家の元で働くつもりだったため、マニュアルを残していなかったのである。
だが、そんな事をリルヴェが知るはずもない。
自分の部下に指示を出す。
「分解でもなんでして、解析すれば良いじゃない!」
そう叫んだ。だが、これが間違いだった。
彼女の部下が、分解する際、誤って炉の中に異物を入れてしまったのである。
精密な機械に塩水を注いだら、当然だが壊れる。
魔動力炉は大爆発し、周辺を消し飛ばした。
その際に発生した火が、城下町の家にも燃え移ってしまった。
何とか消し止める事はできたが、平民街の家は殆ど燃えてしまった。
王は対応に追われる日々を過ごす事になり、国庫の予算が尽きてかけていた。
リルヴェの家であるツーベルク家も責任を問われ、没落してしまった。
だが、これだけで被害が収まる事は無く、事故から四ヶ月後、国庫にあった金が無くなり、国は滅亡する事になる。
とある貴族の嫉妬により、滅亡した国。
彼らはその事に気づく事は無かった。
隣国で楽しく働いているエルミラに、その話が届くことも無かったが。
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