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お風呂場での扉越しの会話

 服を一枚一枚脱衣所で脱いで、浴槽に浸かる前に体を洗うことにした。

 優しい香りのする石鹸(せっけん)で頭や体を擦って、備え付けのシャワーで泡と一緒に汗や汚れを流した。

 甘ったるくない、爽やかな香りに心が癒される。


「いい香り…………私には、もったいないな」


 シャワーの蛇口を止めて浴槽のところまで歩いていく。

 じっと、檜風呂(ひのきぶろ)のお湯をじっと見る。


「…………いいの、かな」


 自分の頭の雑念を首を振って払い、勇気を出して足をそっと浴槽に付ける。

 足にちょうどいい暑さが伝わり、もう片足も風呂に付けてから全身で浴槽に入る。


「ふぅ……」


 優しい人たちなのかもしれないという期待は、お湯の熱さのせいだろうか。

 でもシェイレブさんは魔女様に私を殺すかどうか聞いていたし、絶対にないというわけではないのはわかっている。それでも温かいと、そう思ってしまったのだ。

 目尻から、涙が出そうになるのを顔に両手を当てて抑え込む。

 トントン、と引き戸から音が鳴る。


「稚魚ちゃーん、お湯加減どう?」

「し、シェイレブさん!? どうして……」

「んー? 暇だから稚魚ちゃんと少しお話したくなっちゃった、ダメぇ?」

「………シェイレブさんが、浴槽の中まで入ってこないなら、いいですけど」

「わかった、んじゃ、ここで話すねぇ」


 シェイレブさんはそういうと、引き戸に背を持たれているのが影でわかる。

 けど、どうしたんだろう。急に。


「あのさー、稚魚ちゃんはメ……じゃなくて、人間で言うと女の子でいいんだよね?」

「…………やっぱり、見てしまったんですね」


 溺れていたところを助けてくれたのが、彼だと言うのなら介抱してくれた時に見えてしまったのだろう。私の、痕を。


「見ちゃったっていうか、引きずり込んだからっていうかぁ……まあそんな感じ」

「引きずり込む……?」

「あ、そこ気にしないで。さっき魔女様にめちゃくちゃブチ()られたばっかだから、聞きたくないんだー」

「わ、わかりました」

「稚魚ちゃんはぁ、顔とか手足とか目に見えてわかるところにはケガしてねえじゃん。腹の痣、どったの?」

「…………学校の同級生に、いじめられてまして」


 思い出しただけで、嫌気が差してくる。

 教科書はマジックなりのペンで死ねだのブスだの落書きされたり、椅子に画鋲が一面に敷かれてあったり、机を学校の外に出されてあったり……石田くんもよくあれに耐えていたんだと思ったくらいだ。

 シェイレブさんは、ふぅんと言って、それ以上の詮索はしなかった。 


「陰湿だったんだ、稚魚ちゃんとこの学校の子たち」

「……はい、先生にバレないようにしていたんだと思います」

「そっか。でも稚魚ちゃんすげえじゃん、そんな(あざ)がたくさんあるくらい、立ち向かったんでしょ?」

「…………はい、どうしても童話作家になりたくて」

「童話作家? 何それ」

「え? 知りませんか?」


 シェイレブさんは不思議そうに聞いてきた。

 異世界でも、童話はあるものだと思っていたが、違うのか。


「うん、知らない。聞いたことないもん」

「小説とか、絵本とかは?」

「それも今聞いたなぁ、俺の地元にはなかったと思う。みんな口頭で覚えるものだから、そういうものに書き留める理由がないからなぁ」

「本、もですか?」

「うーん、料理のレシピとか、何かをメモする紙切れ程度ならある感じかな。材料の数値とかならわかりやすくするためにわかりやすくする奴いるっていうし」

「そう、ですか……」


 なんか、少し残念だな。

 異世界の絵本とか小説とか、読んでみたいと思っていたのに。


「稚魚ちゃんのいたところには、そういうのたくさんあった?」

「はい、たくさんありました」

「どういう話が稚魚ちゃんは好きだったの?」

「ファンタジー、いえ、この世界のような異世界とか、そういう話が基本的に好きでした」

「へぇー……そうなんだぁ。どんなところが面白いの」

「えっと、例えばシェイレブさんが見せてくれた魔法を頭の中で想像したり、見たことのない種族の人たちとの関りとか、とっても好きなんです」

「ふーん、じゃあ稚魚ちゃんはきっと、そういう奴らにも会えるよ」

「え? どうしてですか」

「それは教えられない、だってまだ稚魚ちゃんは魔女様とお話ししてないもん」

「そう、ですか……」


 シェイレブさんはうん、と頷いて思い出したように口にした。 


「あ、でもそろそろ上がらないとのぼせない? 長風呂とか稚魚ちゃんは平気なタイプ?」

「それもそうですね。そろそろ上がります」


 そう言って、自分は浴槽から立ち上がった。

 シェイレブさんはその音を聞いたのと同時に、立ち上がる。


「んじゃ、稚魚ちゃんタオルは横に置いとくからね」

「はい、わかりました」

「はーい、んじゃ俺廊下で待ってるから、返事はいいよぉ。んじゃねー」


 シェイレブさんは、そういうと曇りガラスの引き戸から向こうへと消えていった。

 自分は彼が扉を閉じるまで浴室の中に留まる。

 パタン、となった音を聞き取って自分は浴槽から出る。

 新品に見える二つのタオルが近くのカゴに置かれてあるのがあったので、おそらくシェイレブさんが置いてくれたものなのだろうと察する。

 おそらく、大きい方のタオルはボディタオルで、もう一つは小さいから髪の毛用のタオルだろう。

 ありがたく、濡れた体をタオルで拭ていく。

 ふと、自分の着替え用の棚が目に入った。


「……あれ?」


 棚を覗くと、さらしと学ランがない。

 その代わりに自分の着替えの服と思われる物の上に手紙が置かれてある。

 乾いた手で見ると綺麗な字で日本語で書かれてあった。


『これは稚魚ちゃんの分。魔女様が作ったのだから、気に入ってくれたらめっちゃ本人喜ぶと思うよぉ、By、魔女様の弟子より』

「…………シェイレブさん、日本語知ってるんだ」


 異世界なのに、どうして知ってる? なんて普通だったら思うだろうけど、余所者という呼び方で私の世界の人たちが来ているなら多少は知っていてもおかしくないだろうなと無理やり納得させた。

 そして、私は魔女様が作ってくださった服に着替えを開始するのであった。

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