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ご飯のお礼とお風呂場へ

 シェラードさんと話しながら食事を終わらせ、一、二時間経ったくらいだろうか。

 バン、と強い音を立てて開かれた扉の音に驚き振り向くと彼がそこにいた。


「やっほー、二人ともぉ」


 またシェイレブは扉を足で開けた。しかも扉に大きめな穴が開いてしまって、おやおやと特に困ったように思えない声色でシェラードさんは笑った。


「おや、シェーブ。その様子から見るにこってり絞られたんですね」

「るっせぇよシェード。魔女様ずっと俺に説教してきて離してくんねーの、超疲れたぁ……稚魚ちゃん、癒してぇ?」


 ひどく疲れた様子で自分の横のイスに座るシェイレブに、憧は恐る恐る声をかける。


「あ、あの……シェイレブさん、大丈夫ですか?」

「……稚魚ちゃんがぁ、ぎゅーってしてくれたら治るかもぉ」

「え? ぎゅ、ぎゅーですか?」

「こら、シェーレ? ダメですよ」

「えー? いいじゃんケチ―! ……俺は稚魚ちゃんに甘やかされたいだけだもん、ダメ?」


 うるうるとした視線でシェイレブさんは自分の顔を見つめて来る。

 顔面のいい人の潤んだ目は、流石に驚きを隠せない憧は手をあたふたとさせながら説明を始める。


「え、っと……あ! そうだ、シェラードさんのお料理で癒されてはどうでしょう!?」

「即効性の治療薬が欲しいのぉ、だーめ? ……どうしてもぉ?」

「え、え、え、っと……そのぉ」

「……っぷ、稚魚ちゃん初心ねぇ、男慣れしろとまでは言わないけど、それ色々とバレちゃうよぉ?」

「え? 何の話で、」

「シェーレ、あまりショウさんを困らせるのは」

「わかってるってぇ……で、二人は何を話してたの?」

「え? あ、はい……ェイレブさんとモニカさんの話をシェラードさんに」

「は? 何それ」


 怪訝そうにシェラードさんを見るシェイレブさんは、彼に回答を目で要求した。

 愉快そうに笑うシェラードさんは口元に手を当てる。


「貴方と彼女との面白エピソードを話していただけですよ? 変な話はしてません。それと、後で壁の穴はシェーブが直してくださいね、僕は今回直しませんので」

「わかってるってシェード。そんで魔女様部屋で食べるって、後俺喉乾いたから紅茶入れて―」

「わかりました、ショウさんも飲みますか」

「あ、お願いします」


 シェラードさんは席を立ち、自分とシェイレブさんのカップを持ってキッチンの方に行った。

 紅茶を入れる時の音って、聞いていて何となく心が落ち着くものだ。


「ねえ稚魚ちゃん」

「? なんでしょう」

「稚魚ちゃんはメ……異世界のところでは、人間だったってことでいいの?」

「はい……? そうですが」

「やっぱかぁ、匂いがそうだもんねぇ」


 シェイレブさんが頬杖をつきながらじっと自分を見る。

 自分の体臭をそこまで気にしたことはないが、水浴びをしたとはいえ、石鹸(せっけん)とかで洗ったわけではないし、学ランの方はそのままだから臭うのかもしれない。

 

「あの……すみません、水浴びしたとはいえ、体臭いですよね」

「ん? いや、それは違うんだって、だって俺ら――――」

「え? 違うんですか?」


 ……だって俺ら? なんのことだろう。


「……稚魚ちゃん、今お風呂入りたい?」

「はい、できればその……服の洗濯もしたいです」


 正直に言うと、シェイレブさんはシェラードさんのいるキッチンの方に向いてシェラードさんに声かける。


「シェードぉ稚魚ちゃんと俺の紅茶は後ねー、先に稚魚ちゃんにお水おねがーい」


 シェラードさんはわかりました、と言って紅茶を入れながらも自分の水をどうやら用意してくれるらしい。自分はシェイレブさんの発言に不思議になる。


「どうしてですか?」

「んー? 水分補給した後にお風呂入った方が入ってる時に喉乾かなくていいじゃん。トイレには行きたくなっちゃうかもだけど、脱水症状の出る確率減るっていうし」

「そうなんですか……あまり気にしたことなかったです」

「ちなみに、飲む時は入浴前と入浴後にも一回必ず飲むことが大事なんだって、年取ってきたら脳梗塞(のうこうそく)とか心筋梗塞(しんきんこうそく)になったりする場合があるらしいから気をつけな? これ、余所者知識ね」

「……勉強に、なります」


 シェラードさんはガラスコップをコトリ、と静かに置いた。


「ショウさん、どうぞ」

「ありがとうございます、シェラードさん」


 自分はシェラードさんが水を持ってきてくれたのでお礼を言ってから、ゆっくり水を飲む。

 シェラードさんはシェイレブさんの皿などを片付けてキッチンに戻った。

 あまり家でも気にしてなかったが、確かにお風呂上りには喉が渇いていた時なんてよくあったよな。

 ……余所者知識って言ってたけど、もしかしてその人は医者関連だったのかもしれない。

 けれど、憶測や推測を彼に言うのは、詮索するのと変わらないから下手に今は言わない方がいい気がする。シェイレブさんが自分が飲み切ったのを見て立ち上がる。


「それじゃ行こっか」

「お願いします……あ、シェラードさん」


 自分も続けてイスから立ち上がると、紅茶を作っている途中のシェラードさんに声をかける。


「はい、なんでしょう」

「ごはん美味しかったです、ありがとうございました」

「いえ、お気になさらず。いってらっしゃい」

「はい」


 シェイレブさんは足で開けずにドアノブを捻って扉を開けると、「稚魚ちゃんはやくー」と急かされる。慌ててシェラードさんに頭を下げ、シェイレブさんの後を追った。



 ◇ ◇ ◇



 やっぱり、この屋敷は広い。

 魔女の家って、グリム童話のヨリンデとヨリンゲルに出てくる魔女や白雪姫の継母みたいに城を持っていたから、別に魔女の家が小さいという偏見はあまりない。

 しかし、魔法を使って調理する場面に出会えなかったのが少し残念だった。

 まあ、もしかしたら今回はそうしなかっただけかもしれないし、絶対ないとは限らない。

 今日の晩御飯の時に期待しておこう。

 ぐっとシェイレブさんに見えない位置でこぶしを握り締める。

 シェイレブさんはすぐ近くにあるからねぇ、と言われてから黙々と歩いていく。

 キッチンとリビングから真っ直ぐ右の方に進んで来て、白い木製の扉が自分たちの前に現れる。


「着いたよぉ」


 シェイレブさんはまた足ではなく手で開けて中を見せてくれた。

 ……さっき足で開けたのは、何かにイライラしてたから、とかなのかな。

 脱衣所を抜けて、曇りガラスでできた浴室ドアをガラガラと開けると、そこには天国があった。


「はーい、ここは魔女様やお客様専用のお風呂だけどぉ、稚魚ちゃんは余所者だから使っていいよ」

「わぁー……大浴場ですね」


 壁も地面も一面、穏やかな木目があるお風呂場に感動を覚える。

 檜風呂(ひのきぶろ)のような木製の風呂場にはあまり入ったことがないが、銭湯の大浴場ともまた違う優しさを感じられる。はやく入りたくなってしまう気持ちが抑えられなくなりそうだ。

 シェイレブさんは自分の表情に気づいたのか、腕を組んで聞いてくる。


「気に入った?」

「はい。あの、でも……いいんでしょうか」

「いいじゃん、稚魚ちゃんの余所者特権使っても魔女様も俺らもだーれも怒んねぇよ? 利用できる時に利用しておかないと後で後悔してもしらねえよー?」

「……わかりました、ありがとうございます」


 シェイレブさんに促され、思わず頷いてしまう。


「気にしなくていいのに、変な稚魚ちゃん。ちなみに洗濯はぁ……洗濯機ないから自分で洗うことになるけどぉ大丈夫?」

「はい、家でよく自分で洗っていたので」


 いじめっこたちからのいじめで鍛えた家事力を舐めないでもらいたい。

 ……そのことに関しては、言わないでおくか。


「そ? ならいいけど……ちなみに脱衣所の隣の方に外で干すこともできるから自由に使ってねぇ」

「わかりました」

「んじゃ廊下の方で待ってるから、もしもの時は声かけてねぇ」

「はい、ありがとうございます」

「んじゃねー」


 去り際に手を振りながら去っていくシェイレブさんを見ながら、扉を閉めたのを確認してから着替えを始める憧だった。

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