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一時の安らぎ

 シェラードさんが作ったフレンチトーストを一口食べると、とっても優しい味がした。

 別に味があまりしないとか、そういう意味ではない。

 ……なんだか、心がホッとする味だったのだ。

 おばあちゃんが作ってくれるご飯の時と、同じ感じがする。


「おいしいですかショウさん」

「はい、とっても」


 シェラードさんは笑顔で返してくれた。

 自分も彼に笑って返す。

 すこしぎこちなくなってしまっていたかもしれないが、この空気の温度差は嫌いじゃない。 

 シェイレブさんはもうフレンチトーストを食べ終えたようで自分の隣の席で暇そうにしていた。


「魔女様なんかなかなか来ないねぇ、何してんだろ……シェードは知ってる?」


 シェラードさんに声をかけると同時にシュガーポットから角砂糖を一つ手に取る。


「魔女様は詮索されるのがお嫌いですから」

「つまり聞いてねーのね、了ー解」


 口寂しいのかシェイレブさんは角砂糖をガリガリと噛んでいる。シェラードさんが「ダメですよ、シェーブ。砂糖をそのように食べては」と苦笑いした。

 ……やっぱり、気になるな。

 自分はフレンチトーストを置いて、二人に聞いてみる。


「……あの、お二人に一つ聞いてもいいですか」

「なんでしょう?」「なーに?」


 息を揃えて質問する二人は兄弟だからこそだろうか。

 少しびっくりしてしまって間を置いてから自分は続ける。


「あの、シェーレとシェーラって呼んでとお二人はおっしゃってましたけど、どうしてシェイレブさんもシェラードさんもシェーブとシェードってお互いを呼び合っているんですか?」

「んー、そんな難しいことじゃないよぉ、魔女様とそのお客様にはそう呼んでもらってるってだけ。二人の時はわざわざそっちで呼び合う必要はないからさぁ」


 がり、とまたシェイレブさんは角砂糖を噛む。


「つまり私って、何にあたるんでしょうか」

「んー、保護対象的な感じじゃない?」

「保護……じゃあ、自分はシェイレブさんやシェラードさんか、もしくはベルンさんに守られることになるってことですか?」


 砂糖を取った指を舐める彼はコーヒーを一口飲みながらも、答えてくれた。

 ことりとシェイレブさんはカップをテーブルに置いて、だるそうに机に突っ伏すと欠伸(けっしん)した。


「そ、そういう意味も含めてほーご。大抵の余所者ってほとんど魔法使えねーから、もし悪い魔法使いに引っかかったら有り金全部持ってかれたり、オークションに売られることだってあるんだよ」

「人身売買ってことですか?」

「そうなるねぇ、でもここに来た稚魚ちゃんは絶対魔女様が帰してくれるよ、安心しな?」

「え……帰られる、んですか?」

「前例はありますよ、昔貴方のようにここへ突然現れた余所者がいましたから」

「そう、なんですか」


 フレンチトーストをまだ食べているシェラードさんは落ち着いた口調で教えてくれた。

 自分は手に持っていたフレンチトーストを皿の上に一度戻す。

 顔を下に背け、太股に置いた両手の拳を強く(にぎ)()める。


 ――――でも、おそらく自分は死んだのだ。


 体が引き潰された感覚をしっかり覚えている。

 それに帰られたとしても、おそらく不可能だ。もし地球での自分が死んでいるのだとするならこの世界の時間軸もわからない限り、向こうでとっくに葬式をされていたっておかしくないんだ。

 ……そもそも、もし本当に向こうで自分が死んでいたのなら、もう自分には居場所がない。

 帰る家だってないんだ。

 それなのに帰られるなんて、ありえないはずなんだ。

 この世界に転生という形だったら、私は帰られる保証がほぼないと思う。

 転移、というものなのなら体がこの世界に移動したということになるだろうからまだ可能性はあると思うが、そのどちらとも判明できないものをどうやって証明できるのだろう。

 私はぽそりと呟く。

 

「まだ、この世界に私以外にも余所者っているんですか」

「いないとは断定しかねますが、帰られる方法はその人によってばらけてしまうので……貴方がこの世界に来る前のことを教えていただけますか?」


 シェラードはシェイレブで無言でアイコンタクトを図る。

 シェイレブは視線でその意味にすぐに気づき、ポケットから静が見えない角度で杖を取り出す。

 シェラードはシェイレブの行動を悟らせないために(しょう)に問いかける。


「……はい、わかりました」

「では、直前のことを教えていただいても?」

「……駅に飛び降り自殺しようとした友人を、助けようとして電車がすぐ近くまで来ている瞬間までは覚えています、でもそれより後のことは何もわからなくて……」

「では、気がついた時には既にこの世界にいた、という状況だったと?」

「そうなります……でもあの状況で、死んでない人間なんていないじゃないですか。だから、この世界に転生という形で転移した可能性もないとは思えなくて」


 (セイ)がずっと顔を下に背けているため、二人には都合がよかった。

 シェイレブはシェラードにアイコンタクトで会話する。


『ねえ、シェード。今魔女様にも聞いたけど魔女様それを調べる準備してるからまだここに来れないわけでしょ?』

『そうなりますね、モニカから聞きましたから確かかと』

『……わかった、シェードは後片づけお願いしてもいい? 明日の庭当番はやるからさ』

『その条件で飲みましょう、では僕は明日のシェーブの掃除当番をやりますね』

『りょうかーい、じゃあ俺稚魚ちゃんに屋敷の案内するわ』

『頼みましたよ、シェーブ』

『はーい』


 議論が終わった二人は視線を(しょう)に向け、シェイレブが話しかける。


「ねぇ、稚魚ちゃん」

「……なんでしょう?」

「稚魚ちゃんはぁここに来れたのはたまたまだろうし、この世界に来ちゃったことは後で調べていけばわかることだから、そんなに不安にならなくていいんじゃない? 気ー長く持たないと倒れちゃうよぉ?」

「……でも」

「ある意味、海外旅行の気分でいた方が気が楽だと思いますよ。この世界にも他国に行くのにも時間差は多少ありますから……それに、魔女様は昔から余所者を気に入っていますので、絶対に元にいた世界に返してくださると思いますよ」

「……ありがとう、ございます。お二人とも」


 二人の気遣いの言葉に、感謝の言葉を言う。

 シェイレブさんもシェラードさんも特に気にした様子もなく笑ってくれた。


「お礼はいいよー、誰だって知らない場所に急に投げ出されたら怖いじゃん。俺は面白そうだから楽しんじゃうけど」

「それはシェーブに同意しますね、知らない土地の知識を知るのはとても面白いですから」

「そう、ですよね。楽しまないと、むしろ損ですもんね」


 不安で押しつぶされそうになった自分が、少しだけ勇気が湧いた。

 いつまでも暗くいても、しかたのないことなのは確かなことだ。


「んじゃあ、稚魚ちゃん。ご飯食べ終わったら屋敷の紹介する――」

『こんなところで何をしているんですか、シェイレブ』

「……は? モニカ? なんでここにいんの」


 真っ青な青い二つの翅を持つ蝶が自分たちの前に現れる。

 海外番組で見かけたことがある気がする青い蝶がシェイレブさんに話しかけてきた。 

 声はおそらく女性……だとしても、蝶が喋るなんて初めてだ。

 モニカと呼ばれた蝶は冷静に淡々と要件をシェイレブさんに告げる。


『シェイレブ、魔女様がお呼びです。はやく来てください』

「えぇー、今からぁ? せっかく稚魚ちゃんに屋敷の紹介するところだったのにぃ」

『当たり前でしょう、魔女様の命令は?』


 至極当然、と言ったふうのモニカの言葉にシェイレブはめんどくさそうに答える。


「ぜったーい……マジぃ?」

『行きますよ、遅いと魔女様に怒られるのは私なんですからね』

「痛って!! やめろよモニカぁ!!」


 モニカさんはシェイレブさんの耳の上に乗り、虫であるはずの彼女の手足は木の小枝よりも細いはずなのに、人であるシェイレブさんを席から立たせ、強引に扉の方まで連れて行こうとしている。


「あ、あの……そんなふうに連れて行かなくてもいいんじゃ」

「いいんですよ、ショウさん。僕からすればいつもの光景なので」

「で、でも……」


 なんだか見ていられなくなった自分は、助け船を出そうとしたのだが、シェラードさんは必要ないみたいに言われてしまった。


「なんでお前いつも俺の髪引っ張んだよ!? もう少し加減しろってばぁ!!」

『貴方の脳神経が活性化されるいい機会でしょう? こういう時に脳を使わないでいつ使うんです?』

「わかったから、行くから髪引っ張るなって変態蝶人!! バカ!!」

『私はそんな造語程度の罵りで激怒する女でもないのであしからず……それと、馬鹿という方が馬鹿なんですよ。貴方の頭でも知っている話でしょう?』


 シェイレブさんとモニカさんのやり取りを見ながら、シェラードさんに視線を向けると彼は首を横に振る……見ていて心が苦しくなる状況に彼は無言でコーヒーを飲む。


「うるせぇこの毒吐き蝶が!! この野郎!!」

『私一応(メス)なので、そこは尼と呼ぶべきでは? ああ、貴方の素寒貧(すかんぴん)な頭には入ってませんね』

「お前、後で覚えてろぉ!? ぜってぇその翅もいでやるぅううううううう!!」

『できるものならやってみせてください? 魔女様に屋敷を出される覚悟があるのならですがぁ』

「てめぇええええええええええええええええええ!!」


 二人は口論をしながら、バタンと強い音で扉が閉められる。

 静かになった空間で私とシェラードさんお二人っきり。

 ……嵐の静けさ、にも似た空間に少し戸惑ってしまう。


「……行っちゃいましたね」


 沈黙に耐えらず、自分から口を出してしまった。


「そうですね。おそらくあのことについてのお叱りなのでしょうから、しかたのないことだと思いますが」

「あのことって?」

「それは僕が答えるべきじゃないでしょうね、すみません。僕の口から言うのはどうも躊躇(ためら)いがあって……」

「はぁ……」


 なんだか、困った顔と悪い顔が一緒に混ざったような顔をしているシェラードさんに疑問符が湧いたが、なんとなく深く聞かない方が良さそうだ。


「それより、まだ数口しか食べていられませんよ? ……と言っても、僕もなのですが」


 シェラードさんは私にフレンチトーストを食べる催促をする。

 なぜだか、さっきのシェイレブさんとモニカさんのやり取りも面白かったが、彼のその言葉も、なんだかおかしくて。


「シェーブが戻ってくるまで食べながら少しお話をしませんか?」

「いいですね……ふふ」

「どうかされました?」

「いいえ、なんだか賑やかだったなぁって」

「確かに、あの二人のやり取りはいつも面白いんですよ」

「そうなんですか?」

「ええ、そういえばこんなことがありまして……」


 そして、その後から数時間後シェイレブが来るまでずっとシェラードと語り合う(セイ)だった。

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