90.目論見露わに
「……あった」
腕を失って失神した鉱山長の荷物をまさぐっていたメイビスが、俺に見せつけるように鍵束を持ち上げた。
もしかしてしなくても、俺たちに付けられた首輪の鍵だろう。成程、こんなところに鍵があったなら、普通に盗んでも良かったな。俺としたことがそんな簡単な事にも気付けないとは……。
鍵を使って首輪を外してもらうと、滞っていた血が再び流れ出すような感覚が全身を駆け巡る。これは首輪によって封じられていた魔力が循環を再開した感覚だ。妙な脱力感も無いし、解放された実感が湧いてくる。
服を着替え、愛刀も腰に提げるとズッシリとした重みを感じて心地いい。
これだよこれ、やっぱ無手より得物があった方が落ち着くこの感じ。
「それで、さっきの揺れが何なのか知ってるんだろ?」
「……多分、勇者が戦ってる」
緋の勇者か、思ったより状況は早く動いていたようだ。にしても一体誰と戦っているのか、あのリフトとかいう奴なら余裕だろうけど。
「説明はするから、今はとにかく逃げる」
「ああ、いや、ちょっと待て」
そう言ってメイビスが鉄扉へ向かおうとするところを俺は引き留める。
「何……? 急いでるから早く」
「ここ、思った以上に知り合いがいてさ、そいつらも助けたいんだよ」
「余裕は無い、自分の身の安全だけ考えて」
なんだか分からないが、相当焦っているようだ。
しかし、アイツらを置いて逃げるのも忍びないし、何よりブレッタを助けるという第一目標を達成していない。それに――――
「お前、何か私に隠してるだろ」
「……ッ」
この反応を見れば分かる。
いきなり現れて、逃げろだなんて言われて疑わない訳がないだろうに。そもそも俺が逃げなきゃいけない相手なんて、そんなに……そんなに……いや、結構いるわ。俺はごく一般的なAランク冒険者なので、相応の相手にしか勝てないですし。
古龍とか、魔王とか、それこそ勇者とか相手にしたら恐らく負ける。
アース教の教皇も聞いた話じゃ化け物だって言うし、それもアウトだな。
「お前の言う通り、歩きながらでいいから素直に言え。お前を殺さないのは情報を持ってるからだ。それすら出来なくなったらもう、俺はお前をどうにかしないといけなくなる」
「……言うから、物騒な事言わないで」
「ん、それでいい」
こうやって脅しはするが、俺も出来ればメイビスは殺したくはない。逆ストックホルム症候群みたいなものか、暫く一緒に過ごしたせいで情が移ってしまったのかも。
「まず最初に、アキトがルヴィエント侯爵家に情報を流して保護された」
それは良かった。
これで外部からも圧が掛かる事だろうし、ウェンハンス伯爵の断罪も秒読みに入っただろう。だが、勝手してくれたアキトは後で一発殴る、わざわざ危険を冒してまでそんなカッコイイ事しやがって許さん。
「それで、侯爵家の食客の勇者が伯爵に接触したけど……創世の輩に妨害を受けた」
「勇者にか、とんだ命知らずだな」
「違う、命知らずは勇者の方」
「……どういうことだ?」
「今勇者と戦ってるのは、創世の輩――――」
メイビスはそこで一度言葉を区切ると、目を伏せて唇を噛んだ。言うまいかと悩んでいるのか、それとも口にするのが憚れるほどの名なのか。
それは直ぐに分かった。
「――――七聖人序列二位、グラディン・ハック」
まるで絶望を煮詰めたような声がその名を紡ぐと、メイビスは懇願するような目を此方へ向ける。
「……このままだと勇者は負ける、お願い、その前に早く逃げよう」
成程――――黒幕にいたのは、勇者を圧倒する程の強さを持つ七聖人と言う事でよろしいか。
横目に見える戦車に、俺の中で点が線になって繋がっていく。
メイビスによれば聖国はアルトロンドとアルグリアとの間で戦争を起こす算段らしいが、現在のアルトロンドの国力を考えればどうやっても勝つのは帝国だ。だが、この兵器が量産されれば、さしもの帝国も圧勝とはいかなくなる。
苦戦……いや、もしかすると勝つ可能性すらある。
何せこの世界ではあと何十世紀後に開発されるか、一生されない可能性のある切り札があるのだ。最初から全部聖国の思い通りであり、下駄を履かせる気満々だったという訳か。後先や体裁を考えずに他所の領地から人を攫っていたのも、聖国の仕業と言われれば頷ける。
創世の輩なんて組織にやらせている以上、表向き聖国はこの国の奴隷問題に関与していないと言い張れることになるだろう。恐らく、問題が露見して都合が悪くなれば、あちらは知らぬ存ぜぬを押し通すどころか、そもそもメイビスがいなければ気付かれなかった可能性すらもある訳で。
一区でやっている奴隷闘技場すらも、この兵器開発のカモフラージュかもしれないと考えると……。
いや、まさかね!?
うん……やっぱりあの宗教国家は相当な気狂いが統治しているとしか考えられないな。普通は『他国の貴族を操ってこっそり兵器開発、ついでに国民や強い冒険者を沢山奴隷にして国力を下げつつ列強に喧嘩売るで!』なんて思考に行きつかないですもん。
にしても、しかし……戦車なんてものを一体何処の誰が考えたのか。
最も考えられるのは、俺以外にもこちらで転生した人間が聖国の中枢にいると言う線だろう。そして、この国の王はそこまでやられて一体何をしているんだろう?もしかしてとんでもないお馬鹿なのか、それとも裏で聖国とずっぷりなのか。
国民が酷い目に遭っても戦争にさえ勝てればいいとか考えてそうで怖い、というか絶対考えてるでしょ。
ここに来てようやくメイビスが此処まで焦っている理由が分かって、俺もちょっと逃げたくなった。
結論、思った以上に聖国やばい。
最早個人で太刀打ちできるような相手じゃない。
正面から行けば権力で叩きのめされる事は明らかだし、物理的に正面から行った勇者は現在進行形でボコボコにされてるんでしょ? 何か急に面倒臭くなって来たな、ブレッタだけ助けてさっさと脱出しようか。
余裕があればラフィも助けたいが――――
「……ルフレ」
「ん?」
「道、間違えてる」
「あ、え……?」
そう考えていた筈なのに俺の足は出口では無く、第三区へと向かう通路へと伸びていた。
明らかに異質で異常な魔力が足元を流れて行くその道を無意識に行こうとしたのは、一体何故だろうか。
「なあメイビス、勇者が負けたらどうなる?」
「……十中八九殺される」
「よし、分かった」
「あっ……だからそっちは道が違……」
だが……まあ、それに関しては深く考えるだけ無駄だろう。
俺と言う存在が如何に非合理的で、無駄が好きな生き物なのかは他でもない自分が一番よく知っている。自分の為に命を張って戦ってる奴を見殺しにしていくと、寝覚めが悪いというだけで手を貸す奴なんだ。
それに今日の晩飯も不味くなりそうだし。
「なあ、勇者って助けたら謝礼金とかめっちゃ貰えんのかな?」
「……知らない」