87.犬耳と勇者と
近々一話から序盤を少し改稿しようか企み中です。
犬耳奴隷少女がやって来てから三日目の朝。
彼女も特に手を出されるという訳でも無く、困惑しつつも取り敢えずは毎日を凌いでいた。
兵士としては意外過ぎる程に奴隷たちが興味を示さないので、また新たに一区へ女性奴隷が移されるなんて話もあるらしいが。
俺もまあ、別に娼婦という職業を否定するわけじゃないし「同意の上ならいいんじゃね?」とは思う。ので、次にやって来た女性が犯罪レベルで幼く無ければ、無暗にお節介を焼く必要も無いかと考えている。
そして例の犬耳っ娘はと言えば、他に居場所が無いのか基本的に俺の後ろを付いて回っている。
何処へ行くにも付いてくるので、一度なんでか聞くと『群れのボス』だから的なニュアンスの返事が返って来た。犬系の亜人はどうも上下関係とかそう言うのに厳しいらしく、格上には従順に従うルールみたいなのがあるらしい。
特に俺はここの集団で一番強いと認識されているので、雌が付きまとうのは当たり前だと。
なので、そのボスの特権を利用して色々と聞いてみた所、彼女の名前は『ラフィ』で年は十一歳、出身は南西にある森林地帯、種族は狼人族と言う事が分かった。両親が他界し、独りになった後食い扶持に困って身売りしたらしく、無理やり捕らえられた訳じゃないようだ。
起き抜けにそんな事を考えつつ、肌触り最悪の謎植物で編まれた茣蓙の寝床から顔を出すと、ピョコンと立った二つの耳を持つ少女が出迎えた。
「……おはよう」
ラフィは挨拶の代わりにコクリと頷き、食堂へ向かう俺の後ろを付いてくる。
何時でも安定の不味さを誇るスープとパンを受け取り、ほぼ俺の指定席と化している隅っこへ座ると、ラフィも隣へと座ってパンを齧り始めた。
堅いパンも易々と噛み千切るのを見てるとやっぱ亜人なんだなと思うが、あむあむと頬袋を膨らませるのは小動物みたいで可愛い。試しに俺の分のパンを差し出すと、暫く逡巡した後、おずおずと口につけた。
「あ、りがとう……ございます」
「おう」
食べ終わった後、そう言って頭を下げたので、耳ごと頭を撫でるとモフモフとした感触が手に伝わって来てなんかもう……凄かった。もうね、すんごいの、柔らかくてモフモフで。ラフィの方も満更ではない様子で尻尾をパタパタしてるから撫でられるのが好きなんだろう。
よし、これから毎日パンをあげる代わりにモフらせてもらおう。
「別にいつでも好きな時に……撫でて頂いて……いいです」
「えっ、いいの?」
おうふ、心の声が漏れていたのかそう言われてしまった。でも言われてしまったからにはしょうがないよね? 本人が良いって言うんだからね?
「――――ヨーシヨシヨシヨシヨシ、ここがええのんか?」
「あふぅ……」
結局点呼の時間ギリギリまで俺はラフィの犬耳を堪能させて貰った。最後の方はちょっとジト目になってたから、流石にやり過ぎたかもしれんが。
***
明くる日、目を覚ますとなんだか外が騒がしい。
今日もいつもと同じように切り崩した石材を整形して運び出すだけの一日の筈だが、どうにも兵士たちの様子が慌ただしいと言うか、皆顔面を蒼白にして走り回っている。
「おはよう、ございます」
「おはよう」
取り敢えずいつも通りにラフィを連れて食堂まで行くと、入り口でジェイドに捕まった。指で駆けまわる兵士を指すと、取り敢えず席に座れと返される。
「この騒ぎ、何かあったのか?」
「それが、伯爵本邸に勇者が来たらしい」
「……勇者?」
勇者、俺がまだルヴィスで浮浪児をやってた時にもそんな生物の話は聞いたな。
数百年前ならいざ知らず、魔王は滅んで久しい上に新しいのも生まれてないので、勇者は淡々と魔物を間引く為に世界を旅してるんだとか。因みに魔王って言うのは、魔人の国ウェスタリカの王の四代目までの王家の事を指す。
悪徳の存在と言うか、常に人間相手に侵略戦争をしていたせいで大層嫌われていたんだと。それを勇者が討つまでがワンセット、次代の魔王が生まれるとまたその繰り返し。
今ではすっかり穏健と言うか、魔王の血筋が途絶えてしまったので魔王家に連なる公爵家達が代理で国の運営を務めていて、それもほぼ議会制――――つまり民主国家になりかけているらしいし。
しかし、人類国家の多くは魔人排斥の風習が今も根強く残ってしまっているので、子孫の魔人たちは大変なのだ。
それで……話は逸れたが、つまり魔人種の天敵にも近い勇者が伯爵邸へ訪れたという話らしい。
「盗み聞きした様子だと、どうやら緋の勇者らしい」
「緋の勇者……さま?」
ラフィは知らないらしく、首をこてんと傾げて聞き返す。知ったかぶりして頷いているが、実を言うと俺も知らないので助かった。
「緋の勇者と言うのは、遥か北の地にて炎神の加護を授かった勇者の事だ」
「神様の加護ねえ」
俺は基本的にこの世界の神を信用していない、大体あの狂った宗教国家のせいだが。
北の地と言えば火山大国のラグミニアだろうか。確かに……あそこには山の神を祀る風習があった気がする。
「それで、その緋の勇者がまた何でこんな所に?」
「詳しい事は分からんが、どうにも敵対派閥からの差し金だと兵士長がぼやいているのを聞いたな」
「それってつまり、ここの事がバレたって事か……」
その後の話を纏めると、どうやらウェンハンス伯爵の敵対派閥であるルヴィエント侯爵が動き出したらしい。知古の友人である緋の勇者を頼り伯爵に圧を掛けているようで、今後の動向によっては内乱にまでもつれ込む可能性もあるとジェイドは言っていた。
この国がどうなろうと知ったこっちゃないが、内乱が起きるのならそれはそれで都合がいいな。その隙に乗じて国を出る事も容易くなるし、運が良ければここの奴隷たちも解放されるだろう。
次の奴隷闘技場で稼げば、当初予定してた金額は稼げる。
後は外からの連絡待ちだが、予め決めておいたサインを火の魔法で撃ってもらい、俺がそれを感知するという方法を取っている。
俺の尻尾は鋭敏に魔力を感知するセンサーの役割を持っているので、とんでもなく離れた位置でもない限り魔法が使用されれば察知出来るのだが……一向にその連絡が無くて若干心配なんだよな。
アキトも小心者だが頭は回るし、メイビスなら大抵の修羅場は潜り抜けれる筈だ。
いきなり現れた勇者の件もあるし、彼らも何かしら動いていると見て間違いないだろう。余計なことはするなとは言ってないが、連絡くらい入れて欲しいとは思うが。
前世で社会人経験は無いが、報連相が大事なのは冒険者をやっていて痛い程理解したからな。
因みに二ヵ月連絡が取れなかった場合、俺の独断でここを脱出する手筈だ。
具体的に言えば二区にいるブレッタとウミノ、それからアカネとラフィ、ついでにジンを解放して俺も正面から堂々と出て行く。アキト達を探すのはそれからでもいいが、全部がそんな思い通りに行く筈も無いだろう。
きっとこの辺りで予想外の出来事が一つくらい起きてもいい頃合いだ。
「1030番、いるか!? 鉱山長がお呼びだ」
ほら、言った傍から面倒事が向こうからやって来たぞ。
渋々立ち上がったこちらを不安そうに見るラフィの頭を撫で、俺は食堂を後にした。
【公開情報】
『勇者』とは。魔王を討つ為に神性を持つ者の加護を受けた存在を指す言葉。歴史上魔王を倒した者に加護を持つ勇者ではない存在もいた為か、加護の有無に関わらず"魔王を討滅した者"を逆説的に勇者と呼ぶべきだと声高に支持する派閥と、そうでない派閥が存在する。余談として、加護を受けた存在はどの種であっても総じて尋常ならざる力を開花させ、時代に一つの節目を齎す事から、加護持ちの誕生は歴の呼称変更に度々利用されるらしい。