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86.収穫アリ、状況悪シ

 夜、ウェンハンス伯爵邸内。


 既に屋敷の主を含め、夜勤ではない使用人たちは眠りにつく時間帯。仄かに廊下を照らすランタンの灯りを頼りに、僕は前を歩く影……いや、メイビスさんの背中を追いかける。

 

 今、僕らには認識を阻害する魔法が付いているとかで、傍から見ればただ黒い影が蠢いているようにしか見えないらしい。


 ふと前を見れば向こうから巡回をしている使用人が歩いてくる。


「……っ」


 思わず足を止めかけたけど、すれ違う瞬間も僕らには気付く事去って言った。どうやら効果は本物みたいだ、そう言えば僕らの分の足音もしない。一体どういう原理で、とかは気になるけど今はそれを気にする時じゃないか。


 伯爵の執務室兼私室はこの屋敷の三階部分にある。


 メイビスさん曰く『どうやっても侵入は出来る』とのことなので安心だ。彼女は優秀な魔法使いみたいだけど、不思議な魔法を使うなぁ。


 僕からすれば、元素魔法以外の魔法を使う人をそもそも見たことが無いし――――あっ、そう言えばルフレさんも氷とか雷の魔法使ってたっけ。あれは確か、僕のあげた古代魔法の教本で覚えたとか言ってた気がする。


 でも雷はともかく氷って、水の元素魔法の枠組みに入って無いのかな?


 僕は人差し指の先からライターと同じくらいの火しか出せないような感じだから、そう言う魔法に関しての知識はあんまり無いから分からない。


 あっ、でも野営の時に火を付けるのには便利だよ。


 ……この前、それやろうとしたらルフレさんが雷魔法の応用とか言って、プラズマバーナーで火を付けてたからズルいと思ったけど。


 と言うかあの人かなりチートだよね、王族とコネ持ってるし滅茶苦茶強いし。僕の知る限りでルフレさんに勝てる知り合いはいない気がする。竜人族の人たちも強いらしいけど、アレを見せられたらなぁ。


 それと比べればメイビスさんも十分強いと思うけど、まだ現実的だ。


 こういう能力は便利だし、役割の違いみたいなのもあるけど。

 

 う~ん、そう考えるとメイビスさんのこれが何の魔法なのか気になる。ルフレさんは直接聞いても答えてくれないとか言ってたから、調べるしかないのか。そもそもこの人は謎が多い、イグロスの人っぽいけど何故か僕らに協力するし。


「……着いた」


 と、結局関係ない事に思考を割いている内に執務室の前まで来ていた。


 メイビスさんが扉の前へ立つと、その体が数ミリしかないような隙間に吸い込まれる。


 ぎょっとして声を上げそうになるも、なんとか我慢出来た所で隙間からニュッと腕が伸びて来て、なんか手招きして来た。


 腕であろう部分は隙間にぴったりとくっ付くように薄っぺらい影なのに、手だけが元の形でおいでおいでしているので軽くホラーだ。取り敢えず大丈夫なのは分かったので、手招きする扉の前まで行くと、服を掴まれて引っ張られた。


 今度は驚く間も無く引き込まれた事で、幸いにも声を上げる事も無く。気付いた時には僕は執務室の中にいたし、隣にはメイビスさんの姿もある。うん、鍵も開けずに部屋へ忍び込む魔法、便利だなあ……。


 思考停止した僕を余所に、メイビスさんは音も立てずに部屋の中を物色し始めた。


 僕らが忍び込んだのは丁度執務室に当たる部分で、部屋の中にある扉から向こうは寝室になっている。そこで伯爵が寝ているが、目的の物はこっちの部屋にある筈だ。僕も探索を始め、色々と手に取ってみる。


 けど、どれも領地の運営に関するものと、丸められた羊皮紙の報告書等ばかり。 


「……ここにも無い」


 メイビスさんも同様に、例の鉱山や奴隷、契約している創世の輩に関する文書は見当たらないと言う。


 机の中も全て洗ってみはしたものの、当たり障りのない物ばかり。


 まあうん、ここまでは僕らも想定内だ。普通そんな重要な書類を机の引き出しにしまったりはしないし。

 

 そういう訳で僕らは隣の寝室へヌルッと侵入、ベッドで眠る伯爵のいびきと共に掛布団が不規則に上下するのを横目に、部屋の中を探し始める。だが、一見執務とは一切関係ないインテリアのみの部屋だ。


 普通に探せば苦労するんだろうけど、ここで僕のスキルの出番である。


(《能力看破(ステータス・オープン)》)


 心の中でスキル名を唱えると、視界一杯に幾つものウィンドウが表示される。


 壁紙の材質からベッドの木材、品質までありとあらゆる情報が頭に流れ込んできて一瞬眩暈がするが、この程度ならまだ問題ない。そのウィンドウの中でも壁に関するものだけを選別して、一つ一つ確認していく。


==================


 〇壁板


 オーク材の板材。

 王都に卸される高級木材を加工して造られた。

  

 状態:使用済み


==================


 壁の大半はこれと同じ説明文だが、その中で一枚だけ少し異質な物を見つけた。


==================


 〇仕掛け壁板


 オーク材の板材。

 王都に卸される高級木材を加工して造られた。

 横にスライドする事で隠し収納として扱うことが出来る。 

 

 状態:使用済み


==================


 その説明文の書かれた壁面も、パッと見は他の壁と何ら変わりは無いけど、耳を押し当てると微かに空気の音がしている。


 でっぱりの部分を掴んで横へ押すと、小さな音を立ててスライドしていくのも説明通りだ。うーん、やっぱ物探しする時はこのスキルに限る、他人のステータスを見るよりよっぽど便利なんだよね。

 

 そもそも格上相手にステータスが見れたところで、僕の優位性とかは何も変わらないし。お陰でこういうコソ泥みたいなテクニックばっかり上手くなってしまったんだけど。もう商人じゃなくて、盗賊にでもジョブチェンジしようかな……。


(……あった)


 そうして開いた壁の中には、案の定金庫が。

 

==================


 〇鉄の金庫


 鉄製の金庫。

 容量は13L。

 暗証番号は、イ・ハ・ニ・ト・ニ・ハ。

  

 状態:使用済み


==================


 うわ、これ暗証番号まで出てくるのか……知らなかった。もしかして僕金庫開け放題なの? やっぱり商人やめて盗賊やれって事なの?


 まあ……転職の事はさておき、ダイヤル式の金庫をクルクルと回すとあっさりと開錠出来てしまったので、中身を検める。


 中には金貨の詰まった袋や、幾つかの契約書とそして――――


「……ありましたよ」


「……うむ、でかした」


 創世の輩と交わした誓約書らしきものと、鉱山で行われている実情の報告書。


 もしかしたら文書に残していない可能性もあると危惧していたけど、伯爵が変なところで律儀な性格してて助かった。


 メイビスさんも珍しくサムズアップ。


 当初の目的通り、お目当ての物を手に入れたので、とっととトンズラするべく部屋を出ようと扉の隙間を通り執務室へと戻った瞬間――――



「――――ッ」



 僕の目の前に、誰かが立っていた。


「……」


 錆色の髪の上から何重にも巻かれた包帯。その中で、やけにギラついた目だけが月に照らされて爛々と輝いている。への字の口は耳まで裂けたように大きく、鋭い牙のような歯が並んでいるのが見えた。


 二週間この屋敷で働いていたのに、この男は一度も顔を見たことが無い。


 というかいつの間にこの部屋に入ったんだ、音はしなかった筈なのに。隣を見ると、メイビスさんも硬直したまま視線が目の前の男へ釘付けになっている。気のせいでなければその顔には汗が滲み、目の焦点が合っていないようにも……って、これマズいな!? あのメイビスさんが怯えて動けなくなるって相当ヤバイよこれ!


「……お、かしいね、確かにいる、と思ったのに」


 男は耳障りなガラガラ声でそう言うと、伸び切った爪で頭を掻いた。


 その様子からして既に普通じゃない、常軌を逸した雰囲気を感じる。


 幸いにも認識阻害の魔法は発動したままなので気付かれた様子は無いが、この部屋に侵入者があった事はバレているし、ここで迂闊な事をすれば見つかりかねない……。


 加えてメイビスさんの状態が大変よろしくないのが、更に状況の悪さに拍車をかけている。


 このままジッとしてやり過ごすか、メイビスさんの魔法を信じて逃げ出すか。



 ――――そんな中途半端な思考が、今は悪い方へ転がった。


「ッ」

「……ぁ」


 迷った挙句半端に身体を動かした時、壁際にあった机へ肘がぶつかり、音を立ててしまった。他人から見れば僕は薄っぺらい影に見える筈だが、実際身体はそのままだし、物に体が当たれば音は鳴る。

 

 ジッと音の出所を凝視する赤黒い瞳。


 僕は何故か子供の時にやった、だるまさんが転んだを思い出していた。今回は見つかれば負けでは無く、死が待っているだろうけど。


「…………」


(……マズい)


 暫く見つめ合った後も、男は動く気配が無い。


 しかもあろうことか、音のした場所へ手を伸ばし始めた。まるで男の手そのものが凶器であるように感じられて、ぞわりと背中が総毛立つ。触れられてしまうとどうなるか、メイビスさんの絶望に染まった顔を見れば一目瞭然。


 恐怖で足が竦んで、汗が滝のように流れ落ちて行く。


 ――――あと数センチ 

 

 首筋を流れる冷たい汗の感覚も、早鐘のように打つ心臓の音も今は何処か遠い世界の事のように感じられて、息をするのも忘れてしまいそうになる。


 しかし、


「……お客さんだ」


 僕の体へ伸ばされた指先は触れる直前で停止し、男は外の窓を見やった。


 腕を引っ込めると、ユラユラと揺れるように歩いてそのまま部屋の扉から出て行く。


「……っは!」


 扉の締まる音と、遠ざかっていく足音が完全に聞こえなくなってから、ようやく僕は自分が息を止めている事を思い出した。夢中で酸素を取り込み、ズルズルと壁からずり落ちるようにへたり込む。ああ生きてる、なんでか分からないけど助かったらしい。


「メイビス、さん?」


「……まさか、あれが此処にいるなんて」


 けど、この時にはまだ、僕は事の重大さを理解していなかった。


 取り敢えず助かったと安堵していたのは僕だけで――――


「……こうなったらもう作戦は中止、早く逃げないといけない」


 そう言ったメイビスさんの顔は、見たことが無い程に青褪めていた。


 僕の知る限りでは常に無表情で何を考えているのか分からないような人が、明らかに動揺を露わにしている。きっと、さっきのあれが何なのか恐らくメイビスさんは知っているのだろうけど、それを尋ねる余裕は無い。


 と言うよりも、尋ねる勇気が無いと言った方がいい。


 答えを聞いてしまえば、もしかすると僕は此処から一人で逃げ出してしまうかもしれないと思ったからだ。


 なにせ、




「……このままじゃ、ルフレが殺される」




 心底絶望の籠った声で、そんな事を呟かれてしまったのだから。

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