85.犬耳幼女はバッドエンドらない
奴隷闘技場も三週間目が無事終了。
俺目当てで来ている貴族が多数を占め、そのせいでルールはまた勝ち抜き方式だった。まあ、誰も俺を倒せずに終わるのもアレなので、程よい所で負けたが。そうでもしないと俺に賭けた時の倍率がその内1.1とかになるかもしれない。
今はそんな地獄の勝ち抜き雑魚バトルの翌朝、いつもの如く点呼が行われる広場にやって来ていた――――
――――のだが、なにやら今日は少しざわついている。
ここの奴隷たちは首輪が付いていてもある程度自由に行動できるので、割と私語が多い。兵士たちに逆らったりしたら、当然反逆と見なして首輪が閉まるのだがこの程度なら御咎め無しだ。
そして、そんな彼らの話によると一区に新入りが来たらしい。
それ自体も珍しい事で、俺の時も密かに注目はされていたようだけど、丁度闘技場開催日だったせいもあってか殆ど誰も声を掛けてはこなかったし、表立って噂される事も無かった。
だが今回は身体を休めると書いて休身日――――屈強な彼らにとって普通の奴隷の労働は苦ではないらしい――――と言う事と、更にその新入りの姿が珍しいのか皆が密やかに言葉を交わしている。
此処では娯楽なんてものも無く、俺も気になったので少しご尊顔を拝ませて頂こうか。
「ほい、ちょっとごめんよ」
「おうっ、お嬢じゃねえか。おらてめえら道開けろ、殴殺天使様のお通りだぞ」
「だーれがボスだこらおい」
「へへっ、スイヤセン。お姫様って呼んだ方が良かったですかい?」
人の合間を縫って最前列に出ようとしたら、奴隷の一人がそう言って人混みが割れる。
まるでモーゼか何かだ、すっかりアイドル兼ボス猿みたいな感じのポジションに落ち着いてしまったのでもう慣れたが。
「……ほう」
そんな割れた人の道を歩いていくと、兵士の横に立っていたのは小さな少女だった。長い黒髪にピョコンと尖った耳……多分犬系の亜人だろうか、目は伏目気味で表情は暗い。痩せ細った身体は一時期の俺の体型を彷彿とさせ、少し胸がざわつく。
「今日からお前らの仲間に加わる1031番だ、虐め過ぎて壊すなよ」
兵士がそう言うと、ちょっとしたブーイングが沸き起こる。
直後に声を上げた奴らの首輪がちょっと締まって、謝罪の言葉に変わった。馬鹿どもめ、口に出すから行けないんだよ。罵倒と言うのは心の中で済ませておくものだ。だが、どう見てもあれは子供だし、戦う力があるようには見えない。
一応首輪をしていても満足に動けると言う事で連れて来られたんだろうか?
いや、それならウミノやジンなんかも条件を満たしているだろうしなぁ……。
「不思議そうな顔をしているな」
「まあな、戦えるようには見えないし」
いつの間にか横に居たジェイドにそう言われ、若干上の空でそう返す。人は外見によらないを地で行く俺としては、あの娘も実は戦ったら強い説も出ているが。
「あれはお前の代わりだろう」
「……私の?」
屈強な男達に交じる弱々しく小さな少女。
それこそ折れてしまいそうな程に細い彼女が俺の代わりとは一体……
「……って、まさか!?」
「酷だが、そのまさかだ」
あ~、なるほどね、そう言う事か……。
暫く眺めていて答えが出ないのは、俺の中にまだ性善説を主とする日本人的価値観が混ざっていたからだろう。ジェイドの言葉が正しいならば、あれは欲求を吐き出す為の生贄のようなものという事になる。
狭い鉱山に閉じ込められ、週に一度死闘を演じなければいけない男達。
当然そんな事をしていれば、何がとは言わないが昂るし、生物の本能的に子孫を残したくなるのも道理だ。上手くここを回していく為には、ある程度そんな奴隷たちの欲求を解消していくのも必要な事だろう。
だから、生贄として女があてがわれる。
そして、俺の代わりと言うのは……考えたくは無いが、あの時点で俺がその役目を担って此処へやって来たと言う事だろう。多分闘技場内で屈強な男に嬲られた後に、公開凌辱でもするつもりだったに違いない。
ここへ見に来る外の輩は大体人格歪んでいるし、そういうのを好む奴も多いだろうし。だが、俺が予想外の強さを見せてしまった事でそれが破綻、結果として新しい性欲解消の捌け口が用意された。
「あれ、なんか罪悪感が……」
「とは言っても、お前だって人前で何人もの男に犯されたくは無かっただろう?」
まあそうだけどさ、それとこれとはちょっと話が違う。
言ってしまえば俺の身代わり――――俺が奴らの予想通りの働きをしなかったから彼女が犠牲になった訳だし。というかジェイドさん、結構エグい台詞をストレートに言いますね。
「だがまあ、安心していい」
「何がだよおい、それとこれとは話が違うってさっき……」
「前に話しただろう、此処にいる奴の大半は俺たちと同じ事情を抱えてると」
「ああ……」
見れば、誰一人として犬耳の少女に厭らしい視線を向ける奴はいない。
そもそも対象外って奴もいるだろうが、大抵は心に決めた人がいるからだろう。そして、そんな人たちを命張って助けに来るような奴らだ。ここで一線を越える真似は誰一人としてしないのだろう。
「ま、もっと欲に忠実な奴らかと思ってたけど」
「俺たちにだって節操くらいはある。差し出されたのが、妹や娘と殆ど年の変わらない子供なら猶更な」
シスコンお兄ちゃんめが、そんな事言ってどうせ義理だからって妹に手ぇ出すタイプだろコイツ。
まあいいや。それはそれとして、あの娘には少し優しく接してあげよう。何かの間違いが起きないように、普段は近くにいてやるのもいいかな?
と、俺がそんな事を考えている間にも朝の点呼と朝礼は終わった。
朝礼と言えばここ三週間で気付いたことだが、鉱山で働く兵士たちについてだ。彼らは伯爵領に入り浸る創世の輩という人材派遣組織の手先ではなく、ただの雇われだと言う。勿論秘密を握らされた以上離反したら殺される。
この鉱山の事を他者に漏らそうものなら聞かされた側ごと消される。なんてリスキーなお仕事らしく、しかも給料はいいが別に伯爵に忠誠を誓ってる訳でもないらしい。
大抵は元居た伯爵領の自警団の人材らしいし、人的資源の有効活用だろう。
評判悪いから元々好かれてなかったんだろうな、あの成金。
まあ、長い物には巻かれろって言うし、俺は特段興味無いけど。俺だって兵士と同じ立場なら、秘密を守って友人家族に危険が及ばないようにもするし。それでもクソ下衆な貴族共と比べればほんの少しマシな程度って事だ。
加担して黙認している時点でもう同罪である。
二度言うが、俺にとってはまあ……危害を加えてくる可能性のある他人程度の認識です。
それから、この隷属の首輪だって、反抗する抜け道は結構あると言う事が分かった。首輪が奴隷の首を絞めるのは、その奴隷の中で逆らう意思や、明確に害をなす意識があった時だ。要は奴隷の中で逆らった事にならなければいいのだから、ちょっと意識レベルで倫理観を消し去ればどうとでもなる。
俺には《憤怒之業》があるから、そう言った罪悪感やら害意やらを消す事は結構簡単だし。
一度実験として《憤怒之業》を発動しつつ、監視兵を殺す勢いで石を投擲しようとしたが御咎め無し。少なくとも害を成そうと行動していても首が締まる事は無かった。
因みにスキル無しでやったら石を持った瞬間に首輪が締まったので、多分あのまま投げていても首輪の効力は発揮されなかっただろう。それに、間接的にならうっかり不可抗力で飼い主を殺すことだって出来るだろうし。
魔女謹製の本家は飼い主に危害が及ぶことが一切できないとか、色々縛れたらしいけど結局廉価版って事だ。等々、考察を脳内で垂れ流しつつ纏めていると、後ろに人の気配が。丁度石を運ぶ作業をするフリをしていた所なので、兵士にでも見つかったかと嫌そうに振り向けばそこには先程の亜人の少女が立っていた。
「あ……の……」
そして、消え入るような声で二文字そう言うと、再び黙りこくる。
モジモジと足同士を擦りつけながら上目遣いに此方を盗み見て、目が合うと逸らされてしまう。
「どうした、言いたい事があるならハッキリと言え?」
「ッ……! こ、ここ……でのその、"仕事"を……教わるなら、その……あなたに……と言われて」
俺の言葉に一瞬ビクリと肩を震わせる犬耳娘。
そしてたどたどしいながらもそう言うと、後ろにいる男衆を小さく指差して俯いてしまった。因みに野郎共は悪そうな笑みを浮かべてサムズアップしているので確信犯だ。イエスロリータノータッチは異世界でも共通なのか、奴ら成りに配慮した結果だろう。
まあ、後で〆るのは確定だがな。
多分この子自身も何をする為に此処に送られたか知っていたのだろう。それを連中、敢えて何も言わずに送り込んで来やがって……。
「怒られない程度にサボりつつ適当に石でも拾ってろ、ここはノルマとか無いしな」
「…………?」
むしろノルマがある方がありがたい、一区は就業時間一杯働かされるし。
だが、目の前の犬耳っ娘は露骨に『えっ?それだけ?』みたいな顔をしている。
「その……男の人に……ご、ご奉仕……とかは……」
「無い」
「えっ?」
むしろあいつらが俺に奉仕しろ、マッサージとか食料の献上とか。
「じゃ、じゃあ私……何すれば……」
「……普通に働けばいいんじゃない?」
まあ、ここで俺より年が下の子に手を出す奴はいないだろう。この子が『無理やりされるのが好き』みたいな特殊性癖なら止めはしないが。後は懸念として闘技場の日が少し心配だが、まあ大丈夫だと思う。
そして、結局その日の夜は特に何も起こることなく過ぎて行った。




