84.動く
【お知らせ】本当に申し訳ないんですが、本来89部分に投稿される筈だったお話を飛ばして更新していた事に今気づきました。読んでいなくても話が分からなくなるような内容ではありませんので、気になる方だけ見て頂けると幸いです。
それと、今後はストックの都合上毎日ではなく隔日投稿にする予定ですが、どうかご容赦ください。
アデウス・フォン・ルヴィエント侯爵は、頭を悩ませていた。
三十五歳と、当主としてはまだ年若い部類の彼の頭髪は半ば白に染まり、その眉間には幾つも深い皺が寄っている。これも全て、自領の衰退――――数年前から続いている不可解な領民の誘拐事件が原因だった。
アルトロンドは広大なキリシア大陸の南東部、西北南の大国に挟まれる形で存在するいわば中堅国。
大国の恩恵を受けつつ、北にある帝国から親国であるイグロスを守る為の防波堤として今まで機能して来た。しかし、それも数百年前までの話。平和な今の世では、国境線で睨み合う事すらも無く、緩衝地帯としての役目を半ば放棄しつつある。
となれば当然予算は削減され、防衛費も領土の運営費もカツカツの状態だった。
そんな中で近年は稀に見る原因不明の凶作が続き、その上人攫いの一団がこの領地に目を付け、民を攫っているという報告を受けてもう嘆息せざるを得ない。民が飢えないようにと税率も引き下げてしまい、対処へ人員も費用も回す余裕が無いのだ。
六年前まではルヴィエント領には大陸でも数少ないAランク冒険者がおり、街の治安が何もせずとも維持できていた部分もあって油断していたのだろう。今では見る影もない程に街は寂れてしまい、過去の活気は完全に消え失せていた。
アデウスは執務室の机に両肘を突き、眉間を指で押さえる。
ここ数日碌に眠れていない上、丁度先程王都から治める税が足りないと催促の手紙が来ていた為だ。
「此方の気も知らずに、宮中伯は呑気なものだ……」
ルヴィエント領は万が一王都が陥落した時の為に存在する城塞都市。
第二の王都となり得るここは堅牢な防壁によって守られているものの、常駐している兵士の数はむしろ少ないレベル。それもその筈、今は平時であり、辺境伯領ですら戦時中の半分以下の軍事力しか有していないのだ。
しかもこれは急激に起こった事ではない。世が平和になるにつれて徐々に衰退していった結果がこれだ。
これでは他所から応援を要請するのも厳しい。
唯一の救いがあるとすれば、ルヴィエント家は先々代が武勲を立てて陞爵したバリバリの武闘派貴族だと言う事。屈強な冒険者や傭兵たちとの繋がりも深く、この街のギルドマスターとも顔見知りだ。
「だが……」
その伝手を頼り、既に人攫い討伐の依頼は出している。
それも先月の数倍、下手すればもっとだ。予算はギリギリだが、見返りさえ提示すれば冒険者は基本的に仕事を選ばない。悪質な彼らの犯行に対応しきれるかは不明だが、最悪身の回りの物を売り払ってでも何とかしなければならないだろう。
「先代より受け継いだこの土地を、私は守らねばならんのだ……」
貴族とはその責務を果たしてこそ貴族たり得る。
功績を立ててこの土地を得た先々代の面目を立てる為もあるが、責任感の強いアデウスは何よりも領民の生活を守る事を考えていた。
「せめて、こんな時アリアがいてくれれば……」
今はもう何処にいるとも知れない友人を想い、首を横に振る。
単独でSランク冒険者へと上り詰めたあの者なら、きっとこの状況も至って簡単に打破して見せたのだろうが。
「いや、そう言えばアリアの娘も確か……」
何かに気が付いたようにそう呟くと、机の引き出しから一枚の紙を取り出す。
そこには幼い子供が描いたような似顔絵が描かれており、その中にアデウスの顔と名前もあった。実に10年以上前の尊き想い出だが、今は感傷に浸っている場合ではない。
アデウスは勢いよく顔を上げると、直ぐに家令を呼び寄せた。その手には羽ペンと羊皮紙。インクを走らせて何かを書き殴ると封蝋に印璽を押す。
死んでいたりしない限り、あの少女はまだこの国の何処かにいる筈。
そう信じて、アデウスは手紙を持たせた遣いを走らせた。
「この判断、間違っていないと示してくれ」
窓から冒険者ギルドへと走っていく馬を見つめ、そう呟く。
あのアリアの娘、次代の"緋の勇者"ならば、もしかするかもしれないと。
***
「それでは、アンデルス王子は国王様と考えを異にすると?」
「ああ、言ってしまえばそうだね。何故か父上は帝国と戦争をしたがっているが」
迎賓館の客室の中、アンデルス様はそう言ってティーカップを手に取って香りを堪能した。
長い脚を優雅に組んで紅茶を飲む姿は、煌びやかで一枚の絵画のようだ。突然の来訪にアンネは警戒を強めたが私はその逆、予想通りに事が運んでいる事に内心で少し安堵している。
事前にお母様からアンデルス王子か、その派閥に与する貴族の誰かが接触をしてくる筈だって聞かされていたからだけど。いつもの事ながら、お母様の予想はよく当たるわ。
「だが、戦争を否定するわけじゃないよ。戦争も外交の手段の一つだ、必要とあらばどこにだって攻め込むさ」
「王太子様、発言の許可をよろしいでしょうか」
「勿論、君は"あの"女王陛下から遣わされた手の者だろう? 自由に発言してくれて構わない」
「ありがとうございます……では、殿下が戦争に反対なさるのは今はその時ではないからと、そういう事でよろしいですか?」
「そうだ、今のこの国の力では帝国は打倒できないだろう………だが、陛下はそれが分からない程に耄碌したらしい」
アンデルスは途端に顔を険しいものにし、国王に対しての不信感を露わにした。どうやらこの派閥抗争は、親子喧嘩や意見の対立なんていう生易しいものでは無いらしい。
――――そして、そんなアンデルス様から聞かされた話はこうだ。
六年前、人員派遣組織を自称する"創世の輩"という集団がこの国へ現れ、ウェンハンス伯爵の後ろ盾を得た後に、鉱石類の採掘量を例年の五倍にまで引き上げたと言う。
その実績を買われて王家でもその組織の息のかかった人員が出入りするようになり、それから次第に国勢が傾き始めた。具体的に言えば一部の領地で領民が行方不明になる事件が多発し、納税すら厳しくなる程に被害は甚大とか。
逆に中央や伯爵領から生まれる利益のお零れに預かれる貴族達は潤いまくってて、ウハウハらしい。しかも、そこに創世の輩は付け込み、帝国と戦争をするように教唆して、実際国王様を中心とした派閥は相当息巻いてるんだと。
「やり口の汚さもそうだけど、調べても一切出てこない辺りがね、もう」
「戦争仕掛人と言ったところでしょうか、大国の陰謀がちらつきますね」
「ちょっと待って……頭が混乱して来たわ、そもそもその創世のなんたらって言うのは、アルトロンドと帝国が戦争をして何か得する事があるのかしら……?」
情報を持っている事から発言の許可を得ているアンネがそう言うけれど、私には今一つ理解出来なかった。
う~ん……?
わざわざ金づるになっているような国を、自滅へ追い込む理由が分からないのよね。前にルフレがそういう組織を蚤っていう寄生虫に例えて教えてくれたけど、宿主が死ぬことはその虫――――創世の輩の不利益にもなるんでしょ?
「そこなんだ、私にも分からないのは。何の目的を持って戦争の火種を撒くのか、意図が読めない」
「推察ですが、恐らくは介入を狙った第三国の仕業である可能性が高いかと」
その言葉に私とアンデルス様は黙って考え込む。
私の方はアンネが敢えてぼかして発言したその第三国と言うのが、イグロスである可能性が高い事に対してだけど。
聖国がアルトロンドとアルグリアとの戦争を引き起こして介入したとすると――――
「どちらかの陣営に付き、戦勝国として何らかの見返りや負債を求めることでしょうか」
「確かにそれが最も可能性が高いかもね、ただ……私にはどうにもそれだけのように思えない」
アンデルス様は随分と悩んでいらっしゃるけど、この情報は渡さない方がいい。
アンネにも目で釘を刺されているし、私としても下手に口に出してこの事が知られて、聖国とアルトロンドと帝国の三つ巴戦争になんてなられても困る。三国の同盟国も合わせた大戦が始まってしまって、ルフレを探すどころじゃなくなってしまう。
と言うかなんで私こんな話に巻き込まれてるんだっけ?
ちょっと人探しに来ただけの筈なのに、その人が戦争になりそうな組織にちょっかいを掛けてて……それで――――
「……ッ!」
――――そうだ、ルフレは何か知っていて、それで敵の懐へ潜り込んだんだわ。
あの娘の側には、この戦争が起こり得るという事を事前に知っていた張本人もいる。きっと戦争を回避する為に色々とやっているに違いない。なら、中途半端に聞きかじって帰るよりかは、王子の協力者として動いた方がいい筈。
そうしたら絶対ルフレのいる場所に行き着くはずだし、ルフレの為になるもの。
私だって戦えるし、役に立つって事を見せる絶好の機会だわ。
「アンデルス様、私から一つ提案があるの」
ルフレならきっとなんとかしてくれる筈だから、私がやるべきことは一つしか無い。
「――――戦争を、起こしましょう」




