83.二者択三
「「「「お帰りなさいませ、御主人様」」」」
「あぁ、出迎えご苦労」
邸宅へと続く道に並び、使用人たちが声を合わせて頭を下げる。
そこを悠々と歩いていくのは、金髪を後ろへ撫でつけ、趣味の悪いちょび髭を蓄えた中年の男。如何にも成金と言った感じに、金色がふんだんに使われた服を着こみ、金細工が施された今流行のポインテッドトゥの靴を履いているのは正直どうかと思う。
僕はその使用人列――――ではなく、屋敷の外から窓を拭きながら横目にこの屋敷の主"ドゥ・フォン・ウェンハンス"を盗み見る。
領地内の視察と称した遊行へ出かけていた伯爵が今日帰って来たのだ。
ドゥの執務室は上級使用人ですら立ち入り禁止の空間であり、本人が帰って来るまで侵入は不可能だった。運よく小間使いの募集がされており、二週間前からこの屋敷で働いていた僕としては、ようやく巡って来たチャンスである。
今この国はウェンハンス伯爵属する国王派閥と、第一王子も巻き込んだルヴィエント侯爵派閥の二大派閥が睨み合っているのだ。僕が不正の証拠を暴き、上手くルヴィエント侯爵へ情報を流せば、第一王子派は現国王を攻撃する武器を手に入れ、国は恐らく内乱に陥る筈。
そうすれば鉱山で不法労働されている人たちも解放されるだろうし、ルフレさんも安全に逃げ出す事が出来る。
今作戦の為に潜入しているルフレさんには悪いけど、これも貴女の為なんです! だってそうだろう、幼気……では無いにしろ、あの人は心優しい女の子だ。それが危険を顧みずに人を助けようとしているなら、僕だって何かするべきだと思う。
本当は少し……いや、かなり怖いけどルフレさんの為に頑張ります!
「……そこ、よそ見しない」
因みにメイビスさんも一緒に働いていて、今も僕の横で庭を掃き掃除している。
作戦の決行は今夜、彼女の奥の手を使って忍び込むつもりだ。どうやらメイビスさんは空間に干渉する能力の持ち主で、闇夜に姿を隠匿する事が出来るのだと。
ただ、少し気掛かりがあるとすれば、この屋敷には"創世の輩"という組織の人間がいる事。今邸宅で雇われている使用人以上の人たちは大体そこの人間だ。商人として大陸を横断する僕が初めて聞く名前である以上、油断はできない。
なんとなく陰謀めいたものが渦巻いている気がしないでも無いし、本当に僕なんかが首を突っ込んでいい事案なのか怪しくなってきた。
それでもやるしかないんだけどね。
あの日、勇者パーティから見捨てられた時に決めたんだ、僕は僕のやりたいように生きると。
ルフレさんとはそんなに長い間一緒に居た訳じゃないけど、不思議な懐かしさがあって、どうしてか助けてあげたくなる。それが今僕のやりたい事、友達の役に立つことだ。
「……また手が止まってる」
「痛ァ!?」
***
「全く! 何なのよこの国は!」
なんだか無性に腹が立って、豪奢な部屋に備え付けられたソファへ乱暴に座り込む。
先程の出来事を思い出すとそれだけでは腹の虫が収まる事も無く、手近にあったクッションへ拳を叩きつけるが、返ってくるのは柔らかな感触とボフッと言う間の抜けた音だけ。
「……少しは落ち着いては如何ですか、仮にも王族の淑女がそのような」
「うるさいうるさいっ! ていうか、なんであんたまで付いて来てんのよ!?」
後ろに立つ女性――女王の影にして聖人メイビスの手駒であったアンネに小言を貰い、思わず振り向いて怒鳴り散らしてしまう。勿論そんな事に何の意味も無く、アンネはただ不快そうに顔を顰めるのみ。
「女王陛下から直々のお達しです、私とてあの雌豚巨乳の考えは理解出来かねますがね」
「お母様を雌豚呼ばわりしてあんた、処刑されたいの……?」
私がそう言って睨むと、すまし顔で丁寧にお辞儀をして『申し訳ありませんでした、今のは聞かなかったことに』などとのたまうのだから本当に質が悪い。でも、敵である筈のアンネをアルトロンドへ向かう私の従者として付けたのか、お母様の考えは確かに私にも分からない。
そして、ついさっきまで話していたアルトロンド国王の事も。
先触れを出し、この国までやって来た私は国王との面会を望んだ。内容は『フラスカ国内で捉えた賊がこの国へ逃げ込んだ可能性がある』と言う物。王族を狙ったという凶悪性と計画性の高さから、捜索と捕縛へ協力して欲しいと頼んだのだけど――――あっさりと断られた。
『そんな事に兵力を割いている余裕が無い』だとか『他国の尻ぬぐいを何故我が国がやらねばならんのだ?』とか、挙句の果てに『噂によれば、狙われたのは王族だと聞くが、そちが囮となればのこのこと出てくるのではないか?』と言う一国の王にあるまじき発言は正直私も耳を疑ったし、呆れた。
「今代のアルトロンド王は愚王と聞いておりましたが、正しくその通りでしたね」
「本当、話にならなかったわ」
国としての格の違いは当たり前として、フラスカがこの国へどれだけの資源や物資を卸しているのかを理解しているのだろうか。私もこの一年、ルフレに負けないようにと頑張って勉強して来たから分かったけど、アルトロンドの食料自給率は決して高くない。
小麦や芋などの主食を始め、布地や綿製品なんかも他所の国からフラスカを通して貿易によってもたらされている。
要請を拒んでもしうちの機嫌を損ねでもしたら、この国は一気に食糧難に陥る事は間違いないわ。立て直そうにも、フラスカを通じていたことで安価に仕入れられていた物が無くなり、遠方の国と高値で取引しなければならなくなる。
それに、私だって何も無償で手を貸せなんて言った訳ではないし。
今回の協力のお礼として多少の金品や、物資の融通はするつもりだったのにも関わらず、酷い言葉で突っぱねられたから私は怒っているのだ。
「迎賓館への滞在は許可されましたし、一先ずは大人しく情報を集める事を推奨します」
「……そうね、あんたに意見されるのは腹立つけど、そうしましょう」
それから一週間近く情報収集をして、この国の冒険者ギルドにて二人の少女を連れた黒髪の青年が目撃されたという情報を手に入れた。他にも馬車の御者からの話によれば、ウェンハンス領とルヴィス領を往復した変な客がいたとか。
そして、私はこの国に蔓延る問題へ行きついた。
「平民や孤児の違法な奴隷化は、以前より根の者からの報告にはありました」
「この国の貴族は、わざわざ国力を下げるような真似をしてるの……?」
この国へ忍び込ませた間諜――――根からの報告で、一部の貴族が人狩りをしていると言う。
因みに根っていうのは、その国で一生を終える事から木が根を下ろすのに掛けられて付いたコードネーム。影の同僚であり、他にも草や鳥などのコードネームが付けられたスパイが各国に潜んでいたりするの。
「そして、丁度先程の話に出た乗り合い馬車がウェンハンス領へ戻って来たタイミングで、半魔が奴隷狩りに捕まる所を根の者が目撃したと……」
「えっ……!?」
「角の生えた十五歳程度の少女と、ここまでは一致しますが髪色は青みがかった黒だったようです」
ルフレの髪色は綺麗な白の筈だし、別人……?
でも、時期が丁度一致するのが怪しい、偶然とは思えない。
「私としては、あの化け物がただの奴隷狩りに捕まるとは思えませんが……」
それもそうだ、あれを捕まえようとするならウチの騎士団総出でなんとか……無理ね。アルバートがいい勝負するかもしれないけど、それでも多分捕まらない。もしその娘が本当にルフレなら、何か意図があってそうしたとしか思えないわ。
「アンネ、今すぐにここ数ヵ月で売られた奴隷のルートを探って頂戴」
「言われなくとも既にやっておりますし、大方は洗い終えました」
流石、裏切り者とは言え十数年王族をも欺き続けた二重スパイ。私が言う前から既に行動を起こしていて、結果も出ていると言うじゃない。だから口の利き方がなってないのはこの際目を瞑ってあげる。
「違法奴隷たちは全て一度ウェンハンス伯爵領にある鉱山区域に集められ、そのままグリュミネ鉱山へと連れていかれているようです」
「……鉱山奴隷ね」
「規模は数百から数千に及ぶと思われますが、中央はこれを黙認。恐らくは国王とウェンハンス伯爵は何らかの利害関係にあり、強制的に国民を働かせているのだと推察」
数年前からアルトロンドとの交易で鉱石や鉄製品の輸出が増えたのは知っていたけど、裏にそんな事情があったなんて……。
それも国ぐるみと来たら、さっきのあの愚王は自分の国の民が苦しんでいるのを見て見ぬふりをしているって事? そんなの絶対におかしいわ、そもそも労働を強いて鉄製品を量産する必要なんてあるのかしら……。
「これは私の愚考なので聞き流してください」
「え?」
「我が主人メイビス様によれば、近い内にアルトロンドとアルグリアは戦争状態に入ると、そう仰っておりました」
「それは私も聞いていたわ、でも何………………っ! って、まさかそれって!?」
鉱石の大量採取に伴う鉄製品の大量生産、即ちそれは近い内に戦いがあると言う事。
そして聖王国教皇ルース・ゲインは、アンネの言った二国が衝突する戦争を画策している。それがかの国に一体どんな益をもたらすのか、どうやって戦争を勃発させるまで焚き付けるのかは分からないけど、既にこの国は戦争を見越した準備をしているんだ……。
「王都にいる騎士団は精強です、それに自国で生産した武器や鎧を無償で支給できるとなれば……」
――――あの、最強の軍事力を持つと名高い帝国とも一戦を交える事は出来るでしょう
アンネのその言葉に、私は身震いした。
なんて事は無い、事情を知っていれば行き着く一つの結論だ。戦争なんて、国が二つもあれば起こり得る事だし、実際ウチだってそうして国土を広げて来た。
けど、そうじゃない。私が恐ろしいのは多くの民草が無為に虐げられ、血反吐を吐くような環境で働かされ、その中で生み出された物が争いの為に使われると言う事に心底恐怖している。
「……鉱山にいる奴隷がその戦争に駆り出される可能性はあるの?」
「低くはないでしょう、むしろ可能性は高いと……」
「そう言わざるを得ないね、"今のところは"」
「――――ッ!?」
青褪めた私の言葉に返って来たのアンネ返事を遮り、迎賓館客室の入口から声がした。
「あなたは、アンデルス王太子……?」
顔を上げ、入り口を見ればそこに立っていたのは洒落たシャツに短いマントを羽織った青年。この国の王位継承権第一位――――アンデルス・ヴィ・アルトロンド殿下だ。