81.奴隷闘技場
一話飛ばしで投稿するというポカをやらかしました……
「……いいか、棄権しろ。降参すれば敗北扱いになる、魔人と言えどお前のような子供にここで生き残るのは無理だ」
俺の番号が呼ばれ、ジェイドはそう言い募る。
多分、何を言っても分かってくれなさそうだし、見せた方が早そうだ。
「分かった、そんなに心配なら私が戦ってるのを見張ってろよ。ほら、行くぞ」
「……むう」
ジェイドの手を引き通路を進むと、鉄柵の先に上から見たすり鉢状の闘技場が見えた。柵の前まで行けば、地響きと共に鉄柵が上がっていく。
一度呼吸を整えて再び歩き出すと、薄暗い通路とは裏腹に、巨大な魔石を使用した灯りで照らされた闘技場が俺を迎え入れる。だが、これから戦おうという挑戦者に対しての歓声は皆無、静かなる熱気だけが周囲に充満していた。
客席を見れば、朝に見た時は空いていた席も埋まり切っている。そして、徐に歩を進めた俺の目の前には、筋肉質な男が佇んでいた。
「お前が次の相手か……? 子供じゃねえか」
裸足のままペタペタと音を立てて歩いてくる俺を見て、男――――多分オルジフは訝しむように眉を顰める。
『223番に二十枚』『儂は四十五枚じゃな』『勝負は目に見えておる』
頭上から聞こえるオルジフへと賭ける声を聞きつつ、俺は手足をプラプラとさせながら首を鳴らした。やれ勝ち目がないだの、やるだけ無駄だのと聞こえるが、外野は無視。
「……何をしてんだおい?」
「準備運動、急に動くと怪我するし」
「随分と余裕だな、死ぬのが怖くねぇのか?」
「いや、そんなん死ぬのは怖いに決まってるだろ。まあ――――お前に殺されるなんてのは想像すら出来ないけど」
「……ッ!」
挑発すると、オルジフはいとも簡単に顔を真っ赤にして目を剥いた。
発達した筋肉が更に隆起し、赤黒い肌から血管が浮き上がる。
「お嬢ちゃん、ここのルールを知ってるか?」
「知らない」
「降参と死以外で勝負が決まらねぇ事だ」
「つまり?」
「お前は今から俺に泣いて謝るか、死ぬまで甚振られるって事だよッ!」
その叫びと共に試合開始の銅鑼の音が鳴り響き、オルジフが地を蹴った。
「ガキだからって容赦はしねぇ、死ねやぁ!」
肉薄したオルジフは両手をがっちりと組み合わせ、槌のように振り下ろす。地響きと共に土が舞い上がり、客席から小さなどよめきが湧いた。
『女性を、しかもあんな小さな子供を容赦なく殺すとは……こうでなくては』
『流石は無慈悲のオルジフ、勝負はあっという間じゃったな』
『いや……待て!? あれを!』
しかし、その正体はオルジフが無慈悲にも自身の半分程しかない体躯の少女を叩き潰した事ではなく、
「な……」
振り下ろされた拳のすぐ横で佇む俺を見ての事だった。
呆気に取られたように俺を見るオルジフだが、すぐに正気に戻ると今度は腕を横へ振り回す。
俺はそれを半歩後ろへ下がる事で回避。
「があっ!」
掴みかかって来るもう一方の手は掌打で払いのけた。
今までに負けた相手を見ていたから分かる、こいつの武器は異常なまでの膂力だ。一度捕まれば、骨が砕けるまで握りつぶされるのだろう。
「くそっ、どうなってやがる!」
悪態を吐きながら放った右の大振りを避け、続けざまの左拳を腕の上へ逆立ちする事で受け流す。
「舐めやがってこのっ! 降りろぉ!」
激昂したオルジフが再び俺を掴もうとするも、向かい合うように前倒しで肩へ乗る。
「がっ……!?」
そのまま太い首へ足を掛け、勢いを殺さずに体を捻りつつ地面へ倒れ込んだ。音を立てて後頭部から落ちたオルジフは一瞬意識をやったように見えるが、すぐに俺を引き剥がそうと手を伸ばしてくる。
「い……っでえ!」
首を絞めていた足を解き、伸ばされた腕を逆に捕まえて関節を極める。
タフな相手は結構力加減が大変で気絶させても駄目っぽいし、本気で殴ると最悪死んじゃうからな、寝技で締めて降参させるつもりだ。
骨が音を立てて軋み、オルジフはうつ伏せで苦悶の表情を浮かべる。尚も上に乗って頭を膝で押さえ、肩関節を極める俺はゆっくりと籠める力を強めて行く。
「おら、降参しろ」
「誰が……する、かよっ!」
「じゃあ、しょうがないな」
「がああああああああっ!!!!」
硬いものが抉れるような音と共に骨が折れ、オルジフの絶叫が闘技場に響き渡った。
『なんだあの子供は……!?』
『オルジフを手玉に取っているでは無いか……!』
オルジフは痛みで暴れ、じたばたと藻掻くがその程度で俺の拘束は解けない。
「ぐあっ……」
早く降参しなければ逆の腕も折るが、果たしてどうするか。某俳優兼元州知事の出てる映画でも人体には骨が二百以上あるとか言ってたし、二、三本折れたところ問題は無い。
「わ、分かった……降参する……」
痛みに耐え兼ねたのか、オルジフが苦し気にそう言ったので力を緩めた直後――――
「わけねぇだろ、馬鹿が!」
「おうっ……」
俺の顔へ拘束を振りほどいたオルジフの拳が飛んで来た。顔を引いて避けると、奴は這うようにして俺から距離を取る。
「クソがっ! この俺様をコケにしやがって……もう手加減は無しだ、本気で殺してやる!」
「最初から本気で来ればいいのに……」
顔を熟れたトマトのように真っ赤にしたオルジフの周囲へ、上気した汗が煙のように漂っている。痛みと怒りで額には脂汗が浮き出ているし、先程の関節技は相当効いたらしい。
思い返せば、この世界で関節技は暗殺術以外に無かった気がするし、こういう戦い方をする相手は慣れていないようだ。
普通に冒険者をやってる分には、対人特化型と相対する機会なんて無いだろうから仕方ないか。俺が覚えたのも麻薬ブローカーを捕まえるのに潜入し、無手で相手をしなければいけない事態が多すぎたからだし。
「ふんぬっ!」
俺が戦闘そっちのけで考え事をしていると、オルジフが唸るような声と共に力み始め、全身の筋肉が膨張していく。
「どうだ、これが俺のスキル《膨剛力》だ!」
「……」
「ガハハ! 余りの凄さに声も出んか?」
三文字という事はエクストラスキルで、単純に筋力が増加するタイプの強化系だな。普通に有能だし強そうではあるが……あの筋肉量だと、重くて動けなくなるんじゃないか? これ、水の中に投げ込んだら浮き上がって来なさそう。
「行くぞ、一撃で死んでくれるなよ!?」
オルジフは勢いよく走り出し、俺目掛けて拳を振りかぶるが――――
「……う~ん、やっぱ遅いな」
「なんだとっ!?」
先程の三分の一程の速度で放たれたパンチは無論当たることなく俺の横を空振り。
続く攻撃も、次も、幾度となく繰り出される全ての攻撃を避け続け、とうとうオルジフが息を切らして膝に手を着いた。
「ぜぇ……ぐぅ……何故、何故当たらない……!」
「そりゃ、それだけ筋肉量が増えれば重くもなるだろ」
ドラゴン〇ールのセル編を三回くらい読み直してこい。
超野菜人のパワー型は重くて実戦運用出来ないって野沢さんも言ってたぞ。
「だが、俺は負ける訳には……」
「いや、もういいよ。お前」
そろそろ終わりにしないと、後に差し障る。が、腕を折ったくらいじゃ負けを認めなさそうだし、もう少し過激に行くとしよう。
《識見深謀》
「あ――――」
スキルを発動した俺は、棒立ちにも見える程ゆっくりと動くオルジフの足元まで一足で肉薄する。そして、その場で腰を落とし、右のボディブローを叩き込んだ。
「ごっ……ぇ……!?」
筋肉に腕がめり込み、内臓ごと圧し潰す勢いでそのまま振り抜く。
緩やかに流れる時間の中、オルジフは目玉が飛び出んほどの勢いで顔を歪め、大きく開いた口からは胃液を吐き出している。
「がっ……」
続けてもう一発、今度は左の拳を打ち上げるように鳩尾へ放った。白目を剥いて気を失ったオルジフの足が僅かに宙に浮く。
「ぼぇ……」
引き戻した右腕を再度打ち込み、更にガクンとオルジフの足が完全に地面を離れた。
「ごひゅっ……!?」
四撃目を受けたオルジフはその衝撃で意識を取り戻し、喉から空気の音を漏らしながら仰向けに倒れる。
「最後通告だ、降参しろ」
「……ッ! ッ!」
痛みで碌に呼吸も出来ないまま、恐怖に顔を歪ませて俺を凝視するオルジフ。
それをNOと受け取った俺は、足を思い切り振り上げ――――
「ひぎぃ!!」
顔のスレスレ、耳に僅かに掠る距離に踵を叩きつけた。
その衝撃で地割れが起き、オルジフは蒼白になった顔で亀裂が走っていくのを見つめている。
「ま、参りましたっ……だからもう殴らないで! やめてください!」
そして、数秒経ってからようやくそう口にし、逃げるように東側の通路へと走って行った。あ、途中で兵士に捕まって引き摺られてる。
『勝負あり、勝者1030番。賭け金は全額挑戦者へと引き継がれます』
『か、勝ちよった……あの半魔の少女……』
『可憐な容貌でげに恐ろしき強さよ、天使の体に鬼が宿っておる……』
客席の声も言わずもがな、通路で見ていたジェイドは呆然とした表情でこちらを見ている。小さくサムズアップするとハッと正気に戻って、小難しそうな顔に戻った。なんだその不服そうな顔は、まぐれで勝ったと思ってるのか?
『東、467番』
そんな風に俺がジェイドと無言のやり取りをしていると、新しい対戦相手が通路から姿を現した。
如何にも荒くれって感じの、粗野で凶暴そうな男だが、
『始――――』
「ぐがっ!?」
始まりの合図と同時に今度は俺が先手を取り、男の肩と鳩尾、腿を拳で撃ち抜く。
「あ、ぎ……待て、参った! 降参だっ!」
気絶しない程度に打ちのめされた男は即刻リタイア。これで二連勝だ、中々にチョロい。
「さて、もっとペースを上げようか」
今日中に目標金額の半分は集めたいからな、全員ぶちのめしてやる。