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80.第一区

「はぁ!? お前、明日から第一区なのか……!?」


 仕事を終えて食堂へ詰めかける奴隷たちの隅で、俺はジンに驚愕の表情で詰め寄られ、後退りながら首を縦に振った。


「そんなヤバいのか?」


「いや、ヤバいというかなんというか……特殊なんだよ、あそこは」


 そう言ってジンは固くなった黒パンをちぎってスープに浸すと、それをそのままアカネの口へ放り込む。対するアカネも大口を開けてそれを受け止め、完全に餌付けされる猫の図になっていた。


「特殊……ねえ」


「実はな、この鉱山から抜け出せる唯一の方法が、第一区にある」


「どういうことだ?」


「元々第一区は俺らが入る前、それこそ先代ウェンハンス伯爵時代からあるから、もう採掘出来る資源も残っちゃいねえ洞穴なんだが――――」


 ジンはそこで言葉を区切り、一拍置く。


 溜めを作ったことによってより一層興味を惹かれたのか、ウミノが食い入るようにジンの顔を見ている。


「そこでは奴隷を戦わせて、娯楽として楽しむなんて事がされているらしい。勿論賭け金も発生するし、奴隷に報酬もある」


「なんだそりゃ……」


「……」


 まるで奴隷剣闘士だな、それを鉱山の中でやろうってんだから恐ろしいが。呆れたような俺の反応に、ジンも同意を籠めた視線を送ってくる。


「そんで抜け出す方法って言うのが、そこで勝ち続ける事。要は一定の金額を稼いだらその金で自分を買い戻し、奴隷から解放されるって話だ。監視の話じゃ今までにも数人それで解放奴隷になった奴がいるらしい」


 ムショでお勤めを終える感じか、保釈金を自力で稼ぐともいえるか。


「そこへ行ける条件は一つ、首輪の制御下でも戦う力を持つ奴だけが行ける。だが、ここにいる奴は全員資格なしと判断された、使い潰しの効く労働力だ。力のあるやつは最初から第一区行きが決まってるからな。お前は……多分、見た目のせいで実力が分からなかったんだろう」


「恐らく、昼間に見せた()()のせいでしょうね」


 ウミノに言われ、そういえば昼間にちょっと目立ってしまった事を思い出す。成程な、あそこでリフトは俺の話を聞いて俺の評価を改めたという訳か。


 にしても無理やり攫って来ておいて、自分を買い戻す金を稼げとは……





「あ」




 ……いい事を思いついた。


 今やろうとしている作戦よりよっぽど現実的で、上手くいけば波風を立てずにブレッタやウミノ姉妹を救い出せる方法を。


「おい、なんかスゲェ悪い顔してんぞお前」


「してないしてない、要は戦って勝てば、賭けられた金が私に入ってくるって事でいいんだよな?」


「まあ、そういうことだろうが……お前、何しようとしてる?」


「秘密」


 俺はニッと笑って、その場を後にした。


***




「お前が1030番か、分かっていると思うが今日から第一区へ移動だ」


 翌日、兵士の一人が俺の元へやって来た。


 その男に連れられて第三区を後にし、第一区へ向かう。朝飯はどうするのかと尋ねると「胃に食べ物を入れておかない方がいい」と言われた。 途中でウミノとすれ違った時心配するような顔をしていたが、大丈夫だと小さく手を振ると綺麗な姿勢でお辞儀をし、姿が見えなくなるまで見送って貰った。


 第一区は入り組んだ鉱山の中でも上の方にあるらしい。


 一度外に出て木で組まれた階段を少し登り、地上の入り口から十メートル程の高さの場所にある入り口から中へ入る。暫く歩くと一定の間隔で置かれたランタンの光が現れ、それからすぐに大きな空間へ出た。


「……意外と綺麗だ」


 部屋の中央にはすり鉢状の広場があり、その周囲は柵で囲まれている。


 地面の抉れた後や血のシミが出来ている事から、多分あの広場が闘技場なんだろう。そして、その柵に隣接する形で大量に椅子が置かれ、三分の一程の座席は既に人が座っていた。


 最初は監視兵かと思ったが、奇麗な身なりをしている事を考えると……裕福な商人か、貴族……? いや。貴族がこんなところにいるのか?


 でも、彼らの後ろに立っている護衛達はかなりの手練れだ。アレを雇えるとなると、相当な富豪か本物の貴族以外あり得ないぞ。


「ん……ああ、貴様にはまだ言ってなかったな。ここはお忍びで貴族や商会主も訪れる、くれぐれも粗相のないようにしろ」


 俺がジッと客席を見つめていると、兵士はそう言って再び歩き出す。


 お忍びで"非合法奴隷を戦わせる賭博場"へ来ている、ねえ。つまりはそう言う事ね、もはやこの領地だけでなく他の貴族も真っ黒と。勿論白い人もいるだろうが、これはもう国ぐるみと言っても過言ではない。

 

 そもそも、下っ端兵士の賭け金程度で、解放奴隷になれるほどの金が集まるのか疑問だった。しかし、貴族や商会のお偉方が金を落としてくれるなら、そりゃ集まるわな。


 あちらの護衛のお兄さんは首輪が付いているし、恐らく鉱山から解放された後は黒い方の貴族たちに高いお給料で雇われでもするのだろう。奴隷と言っても貴族に仕える奴隷は好待遇だし、鉱山奴隷で一生を終えるよりはよっぽどマシだな。


 まあ……そもそも解放される事自体が嘘である可能性もあるが。


 兵士に連れられて広間を抜けると、また小さな部屋に辿り着いた。


 扉を開き中へ入り、今度は階段を下っていく。


「うっ……わ」


 そうして辿り着いた部屋には、数十人ものヒトが押し込まれていた。何日も体を洗っていないような饐えた匂いと血の匂いが鼻を刺し、思わず口元を覆う。


「ここで待て。番号を呼ばれたらそこの通路を進んで、柵が開いている事を確認してから出ろ」


 そう言って、兵士は元来た道を戻っていく。


 何も尋ねる暇はなく、俺はすし詰めの部屋の隅っこで立ち尽くす羽目に。よく見ると部屋にいるのは人間だけではない、耳の生えた亜人や、緑色の肌をした魔人らしき男、中には皮膚の一部が燃えている奴もいた。

 

 そんな異種混合ちゃんぽん部屋であるが、この場にいる全員が全員相当な実力者である事だけは共通している。


 恐らくはこれが俺の戦う相手、貴族共の遊び道具なんだろう。全員無言で、仲良しこよしって感じの雰囲気ではない。場合によっては殺し合うんだろうし、まあ当たり前だ。

 

「……お前、新顔だな」


 そんな風に戦う相手の観察をしていると、頭上から声がした。


 俺は小さいので大抵そうだが、目の前の彼は特別見上げる程デカい。短く刈った薄いエメラルドグリーンの髪に、精悍だが整った顔立ちの中で光る鋭い目。引き締まった肉体と、その長躯は目の前に立たれるだけで得も言われぬ圧力がある。


「ああ、今日からこっちでお仕事だとさ」


「悪い事は言わない、番号を呼ばれたら舞台に出てすぐ降参と宣言しろ」


「……何でだ?」


「殺されるからだ、此処にいる奴は女子供だろうと容赦はしない。無論、俺もだ」


 彼は顔色一つ変えずにそう言うと、その後は黙ってジッと俺を見つめる。


「それは……やって見なきゃ分からないんじゃないかな?」


「分かり切っている、今日生き延びても明日死ぬ、明日生き延びても明後日死ぬ」


「言いたい事は分かるけど、私もここから出たいしなあ」


「……死ぬ前に、元の区域に戻して貰え。ここはそんな夢を見れる場所ではない」


 何か意図があって近付いて来た様子も無いし、恐らく善意で忠告しているのだろう。だがしかし、その忠告は俺が此処に来る前に言って欲しかったな。


「245番、出番だ」


 俺たちのやり取りの裏で、番号を呼ばれた緑色の肌をした男が通路へと歩いていく。


「がああああああっ!!!」


 その後暫く経ってから、中央の広場から絶叫が木霊した。


 叫び声が途絶えたかと思うと、先程出て行った男が血塗れになって運び出され、今度は別の奴隷が番号で呼ばれる。そして、すぐにまた断末魔のような叫びが聞こえ、両足がひしゃげた男が運ばれて行く。


「あの二人共ここに来る前は名のある冒険者だった、あれではもうどうしようもないだろう」


「ああも簡単にやられるもんなのか……」


組み合わせ(カード)によってはな、今日は勝ち抜き戦のようだ」


 曰く、ここでは事前に対戦相手が決まっているマッチと、東西に分かれて、負けるまで戦い続ける勝ち抜き戦の二種があるらしい。


 前者は戦績によって賭け金の倍率が変動し、後者は連勝すればするほど挑戦者側の倍率が上昇していく仕組みである。そして勝ち抜き戦の特徴として、防衛側(チャンピオン)は一回勝つ毎に賭けられた金額のおよそ三割が累積して行き、負けるとその全額が挑戦者にベットした観客へ支払われるのだと。


「そうは言っても、連勝する奴など殆どいないがな」


「でも、さっきからこっち(西)ばっかり負けてない?」


 俺が運ばれて行く三人目の犠牲者を指差すと、男は少し剣呑な雰囲気を纏って息を吐く。


「その殆どの内に入らない奴が今、ここにはいる」


「ふ~ん……」


「奴の名はオルジフ――――この奴隷闘技場最強の男だ」


 そして、ギラリと鋭い眼光が横目に俺を見て、彼はそう言った。


 いや、でもさ……他己紹介する前にまず自己紹介した方がいいんじゃない?


「貴重な情報ありがとう。私はルフレ、お前は?」


「……ジェイド」


 仕方ないので俺から名乗ると、彼は少し逡巡した後に一言自分の名前だけを呟いた。


 そして、それから数時間の間、二桁ほどの数の奴隷たちが負傷して運ばれて行くのを眺めてようやく――――



「1030番、出番だ」


 俺の番が回って来た。

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