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78.利用するもの、されるもの

 ジンが奴隷になったのは、冒険者ギルドに張り出された依頼が発端だった。


 街に出没した奴隷狩りの調査及び捕縛と言った、きな臭い内容だったが、報酬が良かった事が災いして受けてしまったのだ。その結果、その人狩りの裏にはウェンハンス伯爵がいる事が分かり、それをギルドへ報告する前に謂れの無い罪をでっち上げられて犯罪奴隷に堕とされたと。


 ここへ連れて来られた人間の殆どはジンと同じ冤罪で奴隷堕ちした者と、奴隷狩りに捕まった者達。一部本当に商品として売られた奴隷もいるが、ごく少数だと。

 

 大体の事情はマサリアから聞いていたものと一致している。


 それからジンは鉱山に六年間幽閉され、今まで過酷な労働を強いられていた。主な仕事は鉱石の採掘だが、それと同等に産出した鉄やアビスライトで作る板金(プレート)の鋳造も行っているらしい。


 規格化された型に溶かしたアビスライトを流し込み、一定の形の板金をひたすらに作り続ける。そこだけ聞くとライン作業の工場のようだが、全部手作業だと言うのだから驚きだ。しかも、それは輸出する鉱石よりも割合が多く、およそ7割の鉱石資源が加工されて運ばれて行くのだと言う。


 それを何に使うの知らないで作ってるのかと尋ねると、


「考えなかった訳じゃねえが、加工した板金は奴隷の立ち入れない区域に運ばれるからな。確認のしようがねぇんだ」


 ジンは首を横に振ってこう答えた。

 

 アキトの話ではウェンハンス領の影には何かの組織がチラついている。その組織が何かをやらせているのだとすると合点がいくが、肝心の何かが分からないのだから不気味だ。


「その訳の分かんねぇ事のせいで、何人死んだか分かんねぇよ」


「……」


 そして何より、絶望の詰まったその呟きを聞いた時、俺は此処の碌でも無さを再認識した。


 罪のない人間を幽閉し、死ぬまで働かせる。


 字面にすれば猶更やってる事の悪辣さが際立つ。ジンの呟きに唇を噛みしめるアカネも、きっと同じ事を考えている筈だ。考えれば考える程、俺の中で怒りが沸々と沸き上がる。いっそ思うがままに暴れ回って、全部を滅茶苦茶にしてしまえばスッキリするだろう。


 しかし、後先考えない行いが何をもたらすか、それが分からない程子供でもない。


「――けどな、俺はまだ諦めた訳じゃねえ」


「……」


「お前、何しにここへ来た?」


「どういう質問だよそれ、普通に奴隷に……」


「嘘吐くんじゃねえよ、そんな髪まで染めて目立たないようにしやがって」


「……」


 ジンから縫い留めるような視線を向けられ、思わず目を逸らしてしまう。


 ほんとこいつは変わったな、微塵も隙がありゃしない。

 

「……時に、あの時は助かった。ブレッタの家まで運んでくれたそうだが、あいつは元気か?」


「礼なんていらねぇ……って、お前まさか……そう言う事か?」


 俺が無言で頷くと、目を細めたジンは得心が行った様子で大きく息を吐いた。


 今のやり取りで気付いたという事は、どうやら心当たりがあるらしい。


 が――――


「残念だがここにはいねぇ、番号が若かった筈だから二区だろうな」


「おいおい、マジか……」


「んぅ? どういう事や? お兄さんたちなんの話してんの?」

 

 思わず脱力して机に突っ伏す俺と、腕組みして何か考えているジン。会話の内容が分からないアカネがそんな俺達の顔を交互に見る。いや、しかし……想定はしていたが、悪い方へ転がると何とも言えない虚脱感があるな。


「奴隷の区画間の移動は出来るのか?」


「無理だな、脱走と見なされて捕まる」


「うっわ……」


 元々色々嗅ぎ回るつもりで来たからいいが、ちょっと本気で頑張らないといけないかもしれない。


「――ここにいらしたのですね、ご主人様」


「あ、ウミノ……ってご主人様?」


 そんな風に思索を巡らせていると、不意に頭上から声がした。


 顔を上げればウミノが俺の側に姿勢を正して立っており、俺たちを見下ろしている。


「そちらは……昼間にお話されてた方でしょうか?」


「ああうん、ちょっとした昔馴染みだけど、その呼び方……」


「では、この方がお嬢様の探していた方――――では無さそうですね」


「まあそうなんだけど、なんでご主人さ……」


「そうですか、残念ながら私の方も見つかりませんでした」

 

 ……なんだかウミノがやたらとご主人さま呼びをゴリ押してきているんだが。


 これはアレか? 野良メイドとしての禁断症状で、誰でもいいからそう呼んでないと死ぬ病気にでも罹ってしまったのか? メイビスも似たような症状を発症してるし、ありえん話でもないな、うん。


「……おい、あの半魔のねーちゃんは誰だよ?」


「……いや、なんか妹を探す為に意図してここに来たらしい」


「はぁ!? お前と同レベルの馬鹿がもう一人いやがったか……」


「馬鹿言うなし、それで……目的が一緒だから今は協力してるんだよ」


 ヒソヒソと会話をしている俺をジッと見つめるウミノ。


 汚い麻の服だと言うのに、背筋がいいせいかどことなく気品を感じる。


「ご主人様、何か失礼な事を考えているのでは?」


「え? いや、気のせいだろ。それより、ちょっと面倒臭い事になった」


「……本当に気のせいですか?」


 そう言って強引に話をすり替え、なんとかウミノの気を逸らす事に成功。


 ついでに質素な夕餉を取りながら先程の話を聞かせると、ウミノは難しい顔をして口を噤んでしまった。恐らく彼女の妹も二区にいるのかと考えているのだろう。その考えは恐らく間違ってはいないが、放っておくと一人で突っ走りそうなので釘を刺しておく。


「もう少しここの情報を集めて、動くのはそれからだ。焦るなよ」


「……はい」


 どうせ外から連絡が無い限り、事を起こす事は出来ない。急いては事をなんとやら、時間一杯使ってじっくりやる方が確実だ。

 

「なあ、さっきからなんの話してるん? なんか、脱走とか、わざと来たとか聞こえたけど……」


「お子ちゃまにゃ関係ない話だ、お前はもう寝とけ」


「子供やないもん! そんな事言うたらそっちのお姉ちゃんだってウチと同じくらいやんか!」


「……私、今年で二十歳なんだけどな」


「えぇ!? 嘘やん!? どう見ても十三かそこらやろ!」

 

 ぷりぷりと怒る姿は可愛らしいが、どう見ても俺の方が年上です。


 にしても……若く見られるのは良い事なんだろうけど、あんまり幼く見られるのは複雑だ。軽視されがちだし、何も知らない人間は俺を社会的弱者だと勘違いして侮ってくる。敵なら油断を誘えるものの、それ以外だとあんまり子供っぽくっていい場面はないしな。




***




「……その名前、それにその姿」


 眼前に立つ女性を見据えたまま、私は小さくそう呟いた。


 幽体なのか、そこに佇むだけで何もしない彼女もまた、私――――ではなく、手に持った手紙をジッと見つめている。


「私の娘と(ゆかり)のある方、どうかその手紙をルフレへ……」


 ほんの微かに魔力の残滓が残るそれと、目の前の存在の持つ魔力が同質な事はとっくに気が付いていた。そして、ルフレと言う名の娘がいる事、目元や口元、髪の色までそっくりな事。私の知る半魔の少女と同名である事は、きっと偶然じゃない。

 

「あなたは、ルフレの母親?」

「……」


 しかし、こちらからの声は届いていないようだ。


 私が呼びかけても返事は無く、ただジッと手紙を見つめている。恐らく、この手紙に掛けられた魔法で封じ込めていた思念が形を持って言葉を発しているだけなのだろう。


 北東の帝国ではどういう原理か、口にした言葉を記録して何度も聞く事が出来る道具があるらしい。多分、きっとこれもそれに近い仕組みの筈。


 いや、今はそんな事はどうでもよくて、


「……ルフレが、ルヴィス男爵の娘」


 ここに来てから様子がおかしかったのは知っていた。


 それでもまさかルフレの父親が貴族で、しかもそれがこの問題の領地だったのは驚き以外の何物でもない。半分意図していた事とは言え、予想外の出来事が多すぎる。この手紙をルフレに渡すかどうかもだ。


 何が書かれているのか気にならない訳ではないが、渡してしまえば良し悪しに関わらず何かが起きてしまうような気がする。


 それが()()()()の妨げになるかも知れない以上、慎重に考えなければいけないだろう。渡した方が利になるのなら、迷いなく渡すが。とにかく、アキトにはこの事は伝えない方がいい。


 全部終わってから、それからルフレに渡すかを考えよう。


「……まずは、あの鉱山をどうにかする事」


 そう呟いて、私は再びカビ臭い廊下へと歩を進めた。


 扉が閉じた瞬間、先程まであった筈の空間は元から存在しなかったかのように消え失せ、ただ漆の白壁が佇んでいる。


「……」


 ルフレを"私の復讐"の為に使うのは少し心苦しい。


 あの娘は、金なんかでは価値が付けられない程の可憐な容姿と、武神の如き強大な力を持っている。その気になれば大国の王族すらも誑かし、力で脅し、裏で糸を引いて大陸を手中に収める事だって容易い筈だ。

 

 だが、きっと彼女はそんな事はしないどころか、考えもつかないんだろう。


 未だ自分の価値を理解しきっていない節もあるし、何より根が善人過ぎる。だからこうして、利用しているつもりが――――利用されてしまうのだ。


 きっと彼女はこれが自分の為にやっている事と思っている筈。それは確かにルフレの視点から見ればそうだ。けど、一度(ひとたび)主観から外れれば、自分を操る糸がありありと見えるだろう。

 

 私は、操り人形(ルフレ)によって、己の糸を断ち切る。




「……だから、精々無事でいること。死んだら許さない」


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