77.思わぬ再会
「辛うじて確認出来た魔力の痕跡は、東へと続いておりました」
「ご苦労、下がって結構です」
お母様の言葉で宮廷魔術師団師団長は一礼して場を後にした。
その横で思案気に目を伏せるリルシィは、きっと今何処に居るかも分からない恩人の身を案じているんだろう。私だって同じ気持ちだ、あの人の行方が気になって何も手が付かない状態だから。
「東……と言う事はいるとすればアルトロンドか、オスカント王国ですか。可能性としては前者の方が高そうですね、すぐにでも使者を出しましょうお母様」
「ええ、そうですね」
いや、違った。リルシィは既に何をするべきか分かっていて、その上で考えていただけなんだ。
私の妹はつくづく凄いと実感する、何も出来ない私とは違うわね。
やっぱり次代の女王はリルシィが適任だと思うけど、悲観的な理由で言っている訳じゃない。
私は私でやりたい事が見つかったの、それもきっと皆認めてくれる筈。
「お姉様」
「えっ? な、なによリルシィ……」
「絶対に見つけましょう、ルフレ様とアキト様を」
「……そうね、必ず見つけて、それでしっかりと残りの一ヵ月間の契約、守らせるんだから」
リルシィの言葉に力強く頷き、私は決意を新たにする。
碌に礼も言えずに消えてしまった私の英雄。
リルシィにとっても二人には返しきれない位の恩があるから、絶対に見つけなきゃいけない。
貴族達の間ではあのメイビスという子と共に消えたという情報だけが流れて、あの人たちが『敵を助けて逃げた国賊』だなんて噂する人もいる。その中に魔人種だからって言う理由だけでそう言う人もいて、信じられない思いだった。
その貴族たちは、彼女に助けられた恩を感じていないんだろうか?
謀反を起こしたローレイン卿へ怯む事無く挑んで打ち負かした彼を見て、それでも国賊だなんて罵る事が出来るのか?
――――いいえ、出来る筈がない。
例えこの国の人間全員がそう言っても、私が認めない。
何があっても私だけは最後まで彼女の味方でいると決めたの。
もう守られるだけではいられない。
私はあの人と、ルフレと並び立てるように強くなる。
「お母様、アルトロンドへは――――私自らが行きます」
だから、考えるよりまず先に動く。
***
饐えた匂いと、鉄や土の匂いが充満する空間を裸足で歩いていく。
当たり前のように整備されていない地面はゴツゴツと隆起し、皮膚の柔らかい子供はこれだけで足から血を流してしまいそうだ。実際、俺の他に連れて来られた奴隷の中でも三分の一が子供。彼彼女らは辛そうな顔をしながら、それでも無理やり歩かされている。
今歩いている場所はグリュミネ鉱山道の入り口で、ここから二つの区画へ別れる三叉路を進んでいくらしい。因みに俺は奴隷番号1030番、ウミノは1029番で、1000番から先の五百人は一番新しい第三区行き。
そんな奴隷たちを連れて先頭を歩くのは、監視兵と言われるウェンハンス伯爵の息が掛かった私兵。
奴隷を人とも思っていないような目で見る、俺が大変嫌いな人種だ。特に俺たちの担当は魔人と半魔を毛嫌いしているのか、先程から鋭い視線を浴びている。
三叉路の右を進み暫くすると、道の先にカンテラの灯りが見え始める。どうやらここからが採掘区域のようだ。耳を澄ませば、遠くから何かを叩く音や怒号が微かだが聞こえて来た。
「……」
横目にウミノの方を見ると、彼女は視線だけを寄越して小さく頷く。
事前に教えてもらったウミノが探す妹の特徴は青髪。彼女と違い普通の人間であり、身体的特徴としては空色の瞳が上げられる。
彼女が妹の所在を見つけた当時九歳で、現在は十五歳。老けないエルフの特性を引き継いだウミノもそれくらいの外見年齢なので、彼女に似た少女を探せばすぐに見つかる筈――――
「あ?」
「う、そだろ……」
――――そう思って先輩奴隷たちの働く現場までやって来た俺は、目を疑った。
俺の目の前で巨大な岩を肩に担いでこちらを見下ろしている筋骨隆々の男は、どうやっても見覚えがあり過ぎる顔をしているのだから。
頬に刀傷を付けた、やけに目つきの悪い三白眼男。何時も上げるか後ろへ流していた短い黒髪は見る影もなく伸び切っていたし、ここまでガタイが良かったかは思い出せないが、俺がコイツの顔を忘れる筈がない。
「ジン……だよな?」
「……お前、なんでここにいやがる」
ジンは逞しい胸板を上下させながら、いやに低い声音でそう言った。
当時の軽薄さなど微塵も感じさせないその佇まいは、まるで静かに眠る獣だ。首に付けられた隷属の首輪と足に嵌められた鉄枷を見るに、監視兵ではなく奴隷としてここにいるのだろう。
その瞳には薄っすらと絶望の色が浮かんでいるが、それと同じかそれ以上に生への渇望が満ち満ちている。
一体この五……いや、六年間で何があったのか。同窓会にイメチェンした同期が来たなんてレベルじゃない。昔と雰囲気が違い過ぎる、これがあの物語序盤に出てくるようなチンピラの噛ませ犬か?
「……まさか、奴隷狩りに捕まったのか? あのお前がか? というかその髪色はなんだよ」
「いやまあ、色々あったんだよ」
ジンは信じられないと言った顔で俺を見つめるが、俺はそれに対して少し目を逸らして適当に誤魔化す。 確かにバエルとの戦いを間近で見ていたコイツなら、俺がただの奴隷狩りに捕まるなんて思わなかっただろうな。
だが、何をしに来たかを今は伝えるのは避けた方がいいだろう。
監視の目もあるし、何よりジン自体がまだ味方だと断定出来た訳じゃない。もしかすると裏で監視兵と繋がっている場合もあるし、慎重になるべきだ。
「おい、1030番! 立ち止まってないで早く付いて来い!」
「……また後で話聞かせろや」
「ああ、こっちも色々聞きたい事が出来た」
監視兵に怒鳴られる俺を見て、ジンは致し方なく仕事に戻っていく。これからの事を考えると、信用できるかは置いておくとしても内部の状況に詳しい知人と出会えた願っても無い事だ。後でジンにはじっくりと話を聞かせて貰う事にしよう。
***
喧騒鳴り止まぬ中、長机が幾つも並ぶ空間にて奴隷がすし詰め状態で食事を貪っていた。
今は時間で言えば午後の六時かその辺りだろう。
この鉱山で男は坑道の掘削や掘りだした石の運搬などの重労働が主。女は女で魔物の出現する可能性のある、地下の横穴からしか採掘出来ないアビスライト鉱石を探すという仕事が待っていた。
因みに横穴は子供か女性しか入れない程に狭いので、恐らくそう言う事なんだろう。
残念なことに今日見ていた限りでは、ブレッタの姿もウミノの妹の姿も見えなかった。がしかし、唯一の救いがあったとすれば昔馴染み……と言う程の仲では無いにしろ、知っている顔に出会えた事だろう。
「――――これ綺麗やろ、今日たまたま横穴で見つけてん」
「あ? ただの鏡石じゃねえか、そんなん何処にでも転がってるわアホが」
「……」
俺の目の前で、飴色の髪に可愛らしい猫耳を頭部から生やした少女と、目つきの悪い筋肉モリモリマッチョマンの男が仲睦まじ気に談笑をしている。
「んぅ~もういけずやねぇ、お兄さんにあげよ思て拾って来たのに……」
「いらねえよ、その辺の野郎にでもやってろそんなゴミ」
「あぁん、そんな風に冷たいお兄さんも素敵やわぁ♡」
「……」
似非感の拭いきれない関西弁と、含みのある笑いや口調は獣系の亜人達の故郷の方言らしく、俺の知り合いの亜人も似たような喋り方をする。今日はここに来るまでに魔人と半魔は見たが、亜人は彼女が初めてだ。
恐らく一人だけなんじゃないだろうか?
「……おい」
「あ? あ……おう、来たか」
「来たか、じゃねえよ。なに人をほっぽってイチャコラしてんだ、殴るぞ」
声を掛けてようやく気付いたジンを睨みつけながら、その横へ腰を下ろす。
「お前、魔人とか亜人嫌いじゃなかったっけ?」
「……別にそんな仲じゃねえよ、こいつが引っ付いて来るだけだ」
「そんな事言わんといてぇな、あの時の情熱的なお兄さんの言葉にウチは心を射止められたんやんかぁ♡」
「まさかお前、こんな小さい子に手を……」
「出してねえって、お前も変な事言うなボケが。どんくさいコイツが見てられなかったから、声を掛けただけだっつーの」
まさかのロリコン疑惑が浮上したが、本人の手によって一瞬で掻き消された。
それにしても異種族嫌いで有名だったジンが、亜人の子にここまで好かれるとは。一体どんな手を使って手籠めにしたのか、後学の為に後で詳しく聞かねばな。
「冗談は置いといて、そちらのお姉さんは?」
「ただの顔見知りだ」
「ふ~ん……」
そう言って少女はジッと俺を見定めるように見つめる。琥珀色の瞳の内にある丸い瞳孔は、本物の猫のようだ。
「……もしかして、昔の女?」
「ぶっ……!? いや、ちげぇよ!? 何言ってんだアカネ! もし仮にそんな冗談言ったらエイジスに殺されるわ!」
「エイジス?」
「……ッ、いや、なんでもねぇ」
訝し気な表情を浮かべる少女――――アカネの言葉に食い気味で叫んだジンは、すぐにハッとした表情で口を噤む。
「はぁ……茶番が済んだなら本題に入りたいんだが、いいか?」
「あ、ああ。すまん」
こいつはこいつなりに、あの時の事に対して思う所があるんだろう。
わざわざ聞くなんて野暮な事はしない。それでも、随分と変わってしまった昔の知り合いが、今まで何をして来たのかくらいは知っておいてもいいだろう。
「――――じゃあ、聞かせてくれ、今までのお前の事を」