76.信用、そして同志
あの後、リフトという男は去っていき、俺とウミノは檻へと入れられた。
明日にはここにいる奴隷全員を鉱山へ連れて行くと言っていたので、今日一日はここで過ごすことになるのだろう。因みに中に入った後の事は既にどうするか決まっている。計画では二週間かそこらでどうにかなる筈、あくまで順当に行けばだが。
なに、ちょっと鉱山から奴隷が二人不慮の事故で"死んだこと"になるだけだ。誰も気にしないし、すぐに忘れ去られるだろう。聞いた話によればここは数千人規模で奴隷を集めているらしいからな。
「……大丈夫でしたか、大分怯えているように見えましたが」
「演技に決まってるだろう、あの程度」
そんな風に考え事をしている俺へ、同じ檻に入れられた彼女が声を掛けて来た。
事前に決めていた作戦通り、鉱山へ侵入する事が叶った後は各々目的の人物を探すステルスミッション。こっそり忍び込んで、ブレッタを見つけたら外の連絡を待ち、俺たちが事故で死んだように見せかけて脱出という算段である。
隷属の首輪は無理やり破壊するが、基本は岩盤崩落で死んだことにするので恐らく不自然には思われないだろう。極論、どれだけ不自然でもその時に気付かれなければ、他国へ逃げ遂せる時間くらいは稼げる筈だ。
「お前が探しにきたのは、生き別れの妹だっけか?」
「はい……とは言っても腹違いの子で、顔も見たことは無いのですが。放浪している父が一時期ルヴィスに居た事と、そこで父が産ませた子供がいる事を情報屋から知って探しに来たのです」
「現地妻……」
「家族を放ったらかしにするような放浪放蕩癖のある最低な父ですが、生んだ相手方と子供……妹に罪はありません。無責任な奴のことです、きっと相手を孕ませるだけ孕ませてまた何処かへフラフラと去っていったのでしょう。腹違いでも私が見つけて保護してあげなければ……」
成程、妹か。
かくいう俺も、妹は好きだ。
恋愛系のゲーム等ではそう言うシチュの物ばかり選んでやってたし、前世ではいた妹も反抗期に入るまではお兄ちゃんっ子ですこぶる可愛かった。同じ妹を持つ身としては、彼女の気持ちは痛いほど分かる。
「今度は此方から質問よろしいでしょうか?」
「別に構わない」
「……こんな出会って間もない半魔の言葉を鵜呑みにし、手を貸してくれたのは何故ですか?」
「協力を求めたのはそっちだろ、それに……半魔って言うなら私もだぞ」
そう尋ねる彼女の顔に宿っていたのは胡乱さではなく、戸惑いのようだった。
俺とウミノは出会ってまだ二日と経っていないがしかし、あの時、訴えるように俺を見つめた瞳は悪人のそれじゃないと俺の経験がそう言っている。まず、嘘を吐く人間というのは、絶対に人の目を真っすぐに見ない。
もし見たとて、必ずその瞳の中では揺らぎが生まれるし、濁るものだ。彼女にはそれが無かった、それにこんな状況で嘘を吐いて得をする奴なんかいないだろう。それに妹が好きと言う点で言えば、俺は彼女の同志。
「もし、全て演技で、私が嘘を吐いていたらどうするつもりですか? 先程の男に密告して、あなたに危険が及ぶ可能性があるかもしれない」
「その時はまあ、信用した私の責任だろう。致し方ないと割り切って――――――――皆殺しにする」
「みな、ごりょ……!?」
ウミノは驚愕で思わず噛んだが、別にそんな大した事は言っていない筈だ。
あのリフトとか言う奴は、確かにそこそこ戦えるんだろう。
それでも尚、反抗できないという首輪の仕様を抜きにすれば、弱体化を受けている今も負ける未来は見えない。俺には、あいつが腰に提げた武器へ指を掛けるより先に首を飛ばせる自信がある。
今の俺は強さで言うと、メイビスには負けるだろうが黒蟲なら勝てる程度、といった感じだろうか。なのでぶっちゃけメイビスが裏切ると割とやばい、一応釘差しといたけど、それでも内心では多少の不安が残っている。
「……あなたが助けたい御人というのは、そこまでの覚悟を賭す程の人物なのですか」
「恩人だ。きっとあの時に彼が居なければ、私は折れたままだっただろう」
彼には世話になったきりだから、ここいらで恩を返しておかないと次に返せる機会が何時巡ってくるとも分からない。
そんな俺の顔を見て何かを察したらしいウミノは、それ以上は言わず。
「先程の男の言では無いのですが、もしや貴女はさぞ名のある家柄の生まれではないのでしょうか? ここまで勇猛な女性は、平民にはそうおりません」
「ああ、一応は貴族だが姓は母方のウィス………いや、聞かなかった事にしてくれ」
母方の物とは言え、なんとなく家名を名乗るのはやめた方がいいと運命の神様辺りが言ってるような気がしたので訂正。なんかウミノってTRPGで言うと高INTな上にアイデアとか目星に死ぬ程ステ振りしてそうな顔してるし、情報を与えるといらん事に気付かれるかもしれない。
この世界ってスキルといい魔法といい妙にゲームっぽいし、アキトのスキルにもそう言う値――――しかもローマ字――――が見えたから、『ここってゲームの世界なのでは?』とか変に疑ってしまう。
本当にそうならPCが無力な形容しがたき混沌の神々の世界と、剣の世界と洞窟と竜の世界が入り混じってるけど。
「何か事情がおありなのですね……元従僕としては貴種と対等な立場というのは落ち着かないので、家名でお呼び出来ればと思いましたが。せめて今後はルフレ様と、そう呼ばせて頂きます」
ウミノは俺に家名がある事とそれを名乗れない事情を察し、その上で様を付けた。
半魔は人の国で暮らす以上は、余程の事が無い限り家名を持たない。持っているのは貴族の子か、親が元々魔人の国で暮らしていた民だろう。尚、俺の場合は両者だが、そこまで畏まらなくてもいいんだけどね?
貴族家と言えど男爵位のしかも妾の子だ、地位なんて無いのと同然だろう。
まあ、そんなまどろっこしい上下関係は一先ず置いておいて。
「同志ウミノよ、一時とはいえ同じ目的に身を置くんだ。背中を預けるつもりで行くから覚悟しておけ」
「……はい!」




