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75.男爵邸へ

 まだ昼間だと言うのに、男爵邸はまるで何かで陽の光を遮られたかのように薄暗く、ジメジメとした雰囲気で佇んでいた。


 鉄で出来た厳かな門には蔦が伸び、元は綺麗だったのだろう庭も雑草が好き放題生えている事から、もう何年も手入れをされていない事が見て取れる。


 敷地内にやって来た二人はおこげを柵に繋ぎ、門を潜って屋敷への道を歩く。幸い男爵の屋敷であったためか敷地面積はそれほど広くない、数分も歩けば母屋が見えて来た。


「うわ、なんというか……お化けでも出そうな雰囲気ですねぇ」


「……アンデット系は、火に弱い」


「そういう話じゃないんですけどね……」


 ルフレに釘を刺されている為か大人しくアキトに追従するメイビスは、蔦が巻き付き生物の気配すら感じさせないこの幽霊屋敷をジッと見つめ、フンと鼻を鳴らす。アキトもそんな感想を漏らしてはいるものの、余り怯えている様子は見せない。


 メイビスは眼前にそびえる本館のその横に隣接する離れへ一瞬目を向けると、思索するように瞑目してからそちらへ歩き出す。


「……あっち、調べてくる」


「あ、え? メイビスさん?」


 ほっぽり出されたアキトは行ってしまうメイビスに伸ばした手を宙に彷徨わせるも、暫しの逡巡の後に母屋へと向き直った。


 手分けして探索した方が早いと、暗に言われたような気がしたのだ。


 実際メイビスは何となく気になっただけではあるが、それでも時短である事には変わりない。アキトが扉の蝶番へ手を掛け引くと、重苦しい音を上げて隙間が開き、中へ光が差し込む。


「うっ……」


 一拍置いてから、陽光が反射した埃の煌めく中に足を踏み入れた瞬間、カビ臭さが鼻を刺して思わず口元を覆った。


 どうやら中も手付かずの様子で、荒れ放題。


 エントランスホールの真ん中には、金属部分が錆びて落下したシャンデリアが横たわっている。そして、パッと見ただけでも二桁はある部屋数に息を吐く。二階と三階を含めればもっと膨大な数になるだろう。


「……片っ端から調べるしかないよな」

 

 そう言って『まずは右を済ませよう』と、アキトは埃塗れの邸内を歩き出した。が、探索において、坊主という結果はままある事だと理解させられるのはここから約半日経ってからの事。


***


 アキトと別れ、離れへやって来たメイビスはなんら躊躇することなくその扉を開いた。


 ここは本館と渡り廊下のような物で繋がってはいるが、かなり距離がある。しかもこちらはかなり最近に建てられたようにも見え、後から森を切り拓いて無理やり増築したような様子さえ伺わせる。


 そして、内部はと言うと――――


「……?」


 やや埃っぽい感じはするが、意外にも綺麗なまま。


 それこそ定期的に誰かが掃除をしに来ていると言われても信じられる位だ。メイビスは訝しみながらも廊下を少し進むと、すぐ突き当りにぶつかった。


「……狭い」


 だが、そのことに違和感を覚える。外観と比べて建物の中が余りにも狭すぎるのだ、明らかにおかしい。一本道である廊下にあったのは三つの扉、そして突き当りにも一つ。最初はここへ勤める女給たちの為の家かとも思えたが、先程の違和感を考えるにどうも何かがあるようだ。


 取り敢えず入り口に一番近い扉へ引き返し、開ける。


 当たり前だが誰もいる気配はなく、色褪せた家具だけが部屋の中で佇んでいた。その隣の部屋も同じような感じで、最後に見た突き当りにある部屋は、浴室や水回りの為の部屋のようだ。


 これと言って何がある訳でも無い、ただの使用人の為の離れ。


 一度外へ出て、改めて建物を見直すが大きさに差異がある以外に違和感は無い――――


「……ん」

 

 と、納得しかけたところでメイビスはある事に気付いた。


「窓……?」


 先程、横並びの部屋三つの部屋それぞれに、窓が一つずつ付いているのを確認した。


 そして今、外に出て確認した所、入り口から見て一つ目と二つ目の窓は普通なのに、二つ目と三つ目との間にだけ妙な距離がある。もう一度確かめる意味で中に入ってみると、部屋はどれも同じ大きさ。窓も同じ位置に嵌っているし、外から見た隙間に何かある訳でも無い。


 だが、これでいよいよ違和感の正体が明らかになった。


 メイビスはそれを確かめるように部屋のある方へ手を這わせ、壁伝いに歩いていく。


「……!」


 すると、二つ目の部屋を過ぎた辺りで頬に小さいが空気の流れを感じた。確信が確証へと変わり、真剣な表情で口をギュッと引き結ぶ。先程の違和感を頼りに流れの元を辿っていくと、部屋の間の極僅かな合間の床に白いチョークで記された文字を発見した。


「これは……魔力の信号? 音の古代魔法、珍しい」


 その文字から直ぐに情報を読み取り、メイビスは不規則なリズムで足を床に打ち鳴らし始める。


 トントン、トン、トトトン、トン


 何処か間の抜けた音が廊下に響き渡り、数秒後――――ただの壁だった場所が横へと広がっていき、扉が生まれ、そこにもう一つの部屋が出来上がった。

 

 他の三部屋とは違う、重厚な扉と広い部屋。


 外から見えた不自然な程の窓の距離感は、きっと全てこの部屋のものであることが考えなくても分かる。メイビスは迷わずに扉を押して中に入ると、一瞬の明滅の後に部屋のランプに明かりが灯った。


「……魔道具」

 

 内装も他の部屋とはかなり趣が違い、天幕の付いたベッドに真鍮のドレッサー、そして先程の魔法の灯りを放つ魔道具と、まるで上級貴族の住まう部屋のようだ。


 そして、この部屋だけが今の今まで時が止まっていたかのように、何もかもが綺麗なまま。もしくは、まるで先程まで誰かが此処にいて、お茶でも飲んでいたのではと錯覚してしまうような温もりすらあった。


 だが、それ以外は特段部屋におかしい様子は無い。


 家具が相当意匠を凝らした高級品である事は分かるが、何か特別な仕掛けがされているでもなく。タンスの中には幾つか、七~八歳の少女が着るような洋服や下着が詰められている事から、ここが子供部屋である事だけ分かる。


「ここは一体誰の……?」


 部屋の豪奢さが凄まじいので、公表されていない息女がいた可能性がある。秘匿された隠し子か、はたまた平民との間の落し子か。恐らくここまでの魔法によって隠された部屋にいたと言う事は、かなり重い事情があったのだろう。


 そんな考察を重ねつつもメイビスが部屋の奥へと歩を進めると、小さな丸机の上に置かれた一通の手紙が目に留まった。四角形のよく見る封筒に押された封蝋にはウェンハンス家の紋章が施されており、その横には見たことのない竜の紋――――恐らくはかなり家格の高いと思われる朱の印も押されている。


 どちらかが出したにしては少々おかしいところのあるそれをメイビスが手に取った瞬間――――


「――ッ!?」


 触れてもいないのに封蝋が割れ、中から便箋が飛び出した。


 これにはメイビスも慌てて封筒を取り落とし、誰宛てなのかも分からない手紙を見ないように目を瞑って拾い上げる。だが、手に取った便箋には何故か微かに魔力の残滓があり、その痕跡に今度は驚いて目を見開いた。


「……なるほど」


 その証拠と言わんばかりに、今メイビスが広げた手紙は解読不能の文字列が並ぶのみ。しかも、数秒経つとその文字は配置を変え、まるでインクが生きているかのように文章を変化させていく。


 恐らくは送り主が宛てた者以外の人間が手紙を開くとこうなり、読ませないようにしているのだろう。だとしたら『勝手に封が開く仕様もどうにかしろ』と内心で毒吐きつつ、便箋を封筒へ戻した。持っていても仕方が無いが、収穫の無いままにアキトと合流するのが悔しいのでそのままローブのポケットへとしまい込む。


 因みに、黒を基調としたワンピースの上から羽織った白いローブは、道中でルフレに買って貰ったものだ。当時は暫定でも未だ敵である人間に服を買う馬鹿が何処に居るのかと言いたくなったが、口には出さず大人しく着ているあたりメイビスも大分ルフレに絆されてきている。


 そして、目ぼしいものも見当たらないのでそろそろ部屋を出ようかと言う時の事、


「誰っ……!?」


 メイビスは背後から視線を感じ、勢いよく振り向いた。


 その視線の先にいたのは人――――ではなく魔人。


 右側だけこめかみ辺りから白い角が生えており、首から頬と手の甲の殆どを白い鱗が覆っている。白雪のような髪を掻き分けて存在する翼、白い毛が生えた尾、半魔であるルフレよりも数段人外度の深いその姿は紛う事なき純血の魔人種の姿だ。


 だが、その腰から下は透けており、肉体の存在を確認出来そうもない。


 すぐに彼女が死霊系(アンデッド)系の魔物に変質した何かと判断したメイビスは、否が応でも身構える。そんなメイビスを見ても動く様子を見せない白髪の女性は、襲ってくる代わりに言葉を発した。


「――――ルフレ、愛しい私の()にこの手紙を」


「……え?」


 此処にいる人間ではメイビスとアキト以外、知り得る筈の無いその名を。





【公開情報】


 キリシア大陸で共通する貴種制度において、各家々の紋章とはその貴族の格を表す顔でもある。フラスカであれば、流通及び産業を象徴する馬や鼠、アルグリアにおいては軍神の眷属である獅子や猿など、各々の国に見合ったモチーフが多々用いられるが、どの国家においても『翼』を持つ生き物をモチーフを使用していいのは、王族を除けばそれに連なる血族である、公爵の家系のみである。

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