73.懸念あり
※かなり大幅な改稿を致しましたが、話の流れとしては以前と変わっておりません
鉱山での魔物駆除依頼を受ける為、ウェンハンス領の冒険者ギルド支部へとやって来た。
同国家間でのギルド支部でも貼り出される依頼書の内容は違いがある為、一応ラーマ支部のギルドも確認したがそちらは外れだった。
そして、こちらの支部でも……
「無いな」
「無いですね」
「無い」
まさかの当てが外れるという事態に。
依頼書が追加される朝の鐘から昼の鐘の間中、掲示板と睨めっこするも惨敗。時期を見誤ったか、それとも魔物駆除は暫く前から行われていないか。真偽の程は不明ではあるものの、正面から侵入することは不可能のようだ。
「どうしますかねぇ、大人しく引き下がりましょうか? 長丁場になりますが、ウェンハンス伯爵の対抗派閥に情報提供をして外から圧力を掛けるというのも手ですし」
「いや、この国の貴族は余り信用ならない。目的は人間一人なんだ、余り大事にするのも嫌だしな」
国の問題である以上、必要以上に首を突っ込んで掻き回すのも気が引ける。加えて国の頭である王政が黒いのなら、諸侯とは関わりあいにならない方が身のためだろう。俺たちは言わば鼠、別に不当に労働を強いる圧制者を討ちに来た英雄ではないのだ。
だが、当初の案が潰れたことで、暗黙的に全員が入り口へと踵を返した時のこと。
「それではグリュミネ鉱山からの依頼は全て打ち切られたということですか……!?」
背後から聞こえた女性の声に、思わず足が止まった。
「は、はい。難度に見合わない帰還達成率の為、依頼の受注は行わないと。アルトロンド全支部に向けた決定事項ですので……はい」
再び窓口へと視線を向ければ、些か気難し気な表情で職員を見る女性の姿が。夜闇のような藍色の髪に、ヒト種のそれよりも幾分尖り伸びた耳。そして憂いを帯びた横顔は、世の女性が羨むほどに整っている。
「耳長族……いや、半魔か」
純血であればエルフは皆一様に暖色の白金に近い髪色をしており、耳も彼女よりも長い。しかし、何故この国にハーフエルフがいるのかは不可解だが……そんなことよりも、俺には何故かその横顔に見覚えがあるような気がしてならなかった。
そして、彼女もまたグリュミネ鉱山に用があるのは偶然だろうか。
「……依頼が受注出来ないのは分かりましたが、鉱山への入山自体が禁止された訳では無いのですよね?」
「え、ええ……ただ、あの土地はウェンハンス伯爵の直轄地でもあるので、色々と問題が……近づかないほうが良いと思いますけどぉ……」
「ご忠告感謝します、ではこれで失礼」
丁寧なお辞儀とは裏腹の冷めた声でそう告げると、彼女もまた扉へ向かって歩き始める。それを俺は殆ど無意識で、特になにか算段があるだとかそういう物とは無関係に藍色の彼女の行く手を塞いだ。
「なんでしょう、そこに立たれると外へ出られないのですが」
しかし……完全にノープランであるが故に、一体どうやって声を掛ければ良いのか分からない。
メイビスとアキトも、俺が何故こんなことをしているのか理解していないだろう。俺だって殆ど咄嗟に道を阻んだのだ、幾ら目的地が同じであろうと関わりに行く必要性は無かった。
「小さなお嬢さん、私は忙しいのです。そこを退いてください」
「グリュミネ鉱山、私達もそこに用がある」
「子供の遊びではないのですよ、死にたくなければ彼処には近づかないことです」
いや、無かったと言えば無かったのだが、彼女の発言は何か違和感を感じる。単に魔物の討伐依頼を受けに来た冒険者が『死にたくなければ』とは、貴族の直轄地である土地を評する時に使う言葉か?
それも俺を子供と侮っての発言、やはり彼女も鉱山について何かを知っている。
「人を探している。労働に適した年齢の、それも鉱山のような劣悪な環境で働ける人達を」
「……その言、どうやら訳知りのようですね」
図星。女性は少し驚いたような表情をした後に、今度は態度を改めてそう呟いた。
あれだけ大規模に隠すこと無く人を攫えば、嫌でも目につく。中には身内が攫われた者が情報を流しているだろうし、ルヴィスの領主然り、他領の領主も耳に入っている筈だ。市井の者も知ろうと思えば手に入れられる情報である為、俺達と同じように行動を起こす者がいるだろう事は想定内。
協力者として動くかは別だったが、彼女は恐らく相当に腕が立つ。
「位階は?」
「上銀等級」
銀証の上位、即ちBランク。立ち振舞いからしてもう少し上に見積もってもいいだろう、Aへの昇級をしていないのが勿体なく感じる程だ。
腕と関節部分以外に暗器を仕込んでいる――――微かに金属と血の匂いがする――――事から、余り目立ちたく無いという事情も伺えるのでさもありなん。シーフ系の職業は同じ理由で実力に見合わない位階で留まる事はままある。
「立ち話もなんだ、何処かで腰を落ち着けて話したいが、そちらはどうだ? 乗るか?」
「話を聞くだけならばまあ……良いでしょう」
***
場所は移り、宿の一室。
「名乗り遅れましたが、私の名はウミノ。元々は貴族家に女中として仕えておりましたが、故あって今は上銀の冒険者をしております」
部屋に入り、話し合いの態勢を整えるや否や、彼女――――ウミノはそう言って頭を下げた。
「彼女がメイビスで、男のほうがアキト、最後に私がルフレだ」
「はい、メイビス様とアキト様、覚えました。それでルフレ様……は……」
俺も外套と仮面を外し、寝台へ腰掛けながらそう紹介をする。声に合わせて彼女の視線がアキトとメイビスを行き来すると、アキトは同様に会釈を、メイビスは一言「ん」とだけ返事を返した。
が、そうして最後に俺へと向いたウミノの顔が一瞬顰められ……。
「……あの、此方の勘違いでしたら失礼ですが、以前に何処かでお会いした事はございませんでしょうか?」
「いや、私の記憶には無い。そもそもエルフとは初対面だよ」
妙な既視感を覚えたのは俺だけでは無かったのか、彼女も似たような事を口にした。まさか、本当に何処かで出会っていて、忘れているだけだったりするのだろうか。諸国を巡っていた頃も、余り他人に興味を持つことが少なかった為か、人の顔は覚えていないんだよなあ。
「おかしいですね、私が人の顔を見間違えるなんて……」
「どうでもいい、早く話を進める」
そんな冷めたメイビスの声で、記憶を探るように宙を睨むウミノが我に返る。
「失礼しました。ではまずお聞きしますが、グリュミネ鉱山の事は何処まで知っておられるのでしょうか?」
「箝口令も何も無いからな、殆ど事実を知っているつもりだ。奴隷狩りが行われて、民が不当な労働に従事させられている」
ウミノは頷くと自分の胸に手を当てて一瞬逡巡するように目を伏せ、
「概ねその通りでしょう。そしてその奴隷狩りの被害の大半が、貧民窟の住民達。六年程前からルヴィス及びパンネ領にて、断続的に奴隷狩りが行われています」
一息にそう言って俺の目をじっと見つめた。
その濁りのない深い藍は確かな強い意志を秘め、俺へと何かを訴えかけている。
「私が探しているのは生き別れの妹です。何年も探し求め、ようやくルヴィスで目撃情報を手に入れた直後、再び消息を絶ちました。それが六年前です」
「つまり、鉱山へ連れ行かれた可能性が高い、と?」
「確証はありませんが恐らくは……」
成程、彼女もやはり俺達と同じ事情を抱えていたようだ。嘘を吐いているようにも、悪辣な輩にも見えないので信用しても問題はないだろう。
「なら、私達と協力する気は無いか? こちらも鉱山へ攫われた人物を助けに行こうとしているところだったんだ」
「その前に、あなた方がどういう人物なのかを聞いてよろしいでしょうか? 足手纏いになられても困るので、協力するというのなら信用に値する価値をください」
ウミノはそう言うと金の瞳を細め、こちらを値踏みするように見つめる。
強者というのは得てして他人の力量もある程度目測で分かるものだ、これは恐らく此方側の誠意を見せろと言う催促か。相手の腹の中をある程度開示させ、裏切りの心配がない事を証明させたいのだろう。
「金等級の、お前と同じ冒険者だよ。アキトは非戦闘員だが、こっちのメイビスも含めれば力押しでも鉱山一つなら制圧出来る程度の力はあると思う。元々はルヴィスに住んでたが、知人の家族が鉱山に攫われてそれを助けたい。これでいいか?」
「分かりました、では作戦を立てましょう。私としては、奴隷として鉱山に忍び込むのが最も速いと思います」
「……変わり身が早いな、おい」
金等級、と言った辺りから既に目の色を変え、ひとしきり言い終えた頃にはすっかり居住まいを正して協力する体制になっていた。あまり表情筋の動かないメイビスも若干呆れている辺り、彼女からは残念美人の香りが漂ってくる。
まあ……この変わり身の早さはさておき、彼女の提案した作戦は一考の余地があるだろう。
「敢えて奴隷狩りに捕まって、鉱山内部に侵入する……か。ありだな」
「それ、脱出が大変そうですけど……ルフレさん、もしかして焦ってます?」
「……焦ってない、残った奴が外から手引きするなら問題はないだろう。それよりも優先すべきは迅速さだ、一々回りくどいやり方をしていられないんだよ、私達は」
「そう、隠密作戦なら多少粗があっても大丈夫」
俺に同調したメイビスも合わせて、不安がって反論を呈したアキトは渋々引き下がった。
焦っている、というよりかは精神的にやや不安定な気はするのは確かだが、俺には見失ってはいけない本来の目的がある。つい先日妙な噂を耳にしたのもあり、一刻も早くこの問題を片付けてイミアを探す旅に戻りたいのだ。
「兎も角、作戦の方向性はこれで定まった。後は詳細を煮詰めて行くぞ」
「……もう、どうなっても僕は知りませんからね」
その言葉が心配から来る物だと分かってはいる、彼は相も変わらず人がいいので憂慮せざるを得ないのだろう。ただ、今だけは無茶と言われようが、効率のいい道筋を辿らせてほしい。
俺は内心でそう言い訳をしながら、不安を和らげる気休め程度に彼の肩を叩いた。




