72.稚拙な作戦会議
ルヴィスからとんぼ返りに俺たちはラーマへと戻って来た。
現在は口の回るアキトによる情報収集の最中で、俺とメイビスは目立たないように買い物客のふりをして市場を歩いている。
傍から見れば姉妹か何かが買い物をしているようにしか見えないだろう。
俺の身長が140cmギリあるか無いかで、メイビスはそれよりも高い為に恐らく妹は俺だが。
とは言っても仮面を外し、フードを深く被っているので俺の顔は見えない。
魔人だとバレるとマズイ可能性もあるし、何より白髪は目立つのだ。
異世界においても俺の髪色はアキトの黒髪並みに珍しいらしく、銀色がかった光沢があると言うか、ただの老化による白髪とは違うものなんだとか。晒していると悪目立ちするという理由で、俺は基本髪や顔を晒す事を良しとしない。
と、話は逸れたが、ただ買い物をしている訳ではなく、不自然でない程度に人から話を聞きだすのも兼ねていた。
その筈だった――――
「……」
「……ぐぅ」
のだが、聞き込みをしている時以外、メイビスと俺との間で一切会話が無い。
元々あまり喋る方ではないらしく、変に声を掛けるのも気まずいかなんて思いつつも、不自然さを目立たせないように世間話くらいはした方がいいのかと悶々としている。
その原因ともいえるのがこれで、
「王都で聞く限りでも、ヤツは相当悪い噂が立ってるな」
「……当然、人の口に戸は立てられない」
「そ、そっかぁ」
そんな感じで二言で会話が終了するのだ。
俺はコミュ障になった覚えはないが、生憎と気の利いた会話が出来る訳でも無い。いっそもう無言を貫いた方が潔いのでは、と思い始めた矢先。
「……どうして私がお前に付いていくか、理由は聞かないの?」
「え?」
顔は前を向いたまま、そう尋ねられた。
これは恐らく、俺が鉱山からブレッタを救出しようとしているのに対して『協力的な姿勢を見せるのに不信感は抱かないのか?』という遠まわしな問いかけだ。
確かにメイビスには俺たちに協力するメリットは無い。
前科持ちである事を考えると、罪を少しでも軽くするために加担するというのはあり得るが、俺が今からやろうとしている事はれっきとした犯罪だ。力のある貴族への反逆だし、下手すればアルトロンドと言う国自体から追われることになる。
そうすればいよいよ、メイビスは誰からも助けてもらえなくなるかもしれない。
「今更聞かなくてもいい気がしてた」
「……そ」
けど、そもそもを考えると、彼女は俺から逃げれる場面は幾らでもあった。半分意図的にそうしている部分もあるが、それでもメイビスは逃げる素振りすら見せず付いてくる。
何か意図があってそうしているんだろう事は分かるが、それがどうにも分からないと言うか、矛盾しているのだ。このままではまた城に突き出されてしまう一方で、何か俺に対して期待しているような……そんな雰囲気さえ感じる。
「逆に聞くけど、お前、逃げたいとは思わないのか?」
「……逃げても一緒だから、意味ない」
「まあ、そりゃ私が捕まえるからそうだけど――――」
「そうじゃない」
俺の言葉を遮って、メイビスは少し語気を強めてそう言った。
「私はどこへも逃げられない」
***
「んふ、ふふ……やっぱりこの魔力からは逃げられない」
「あの……ふっ、う……」
人気のない広間のベンチで、一人の少女を膝枕する桃髪の少女はその娘の髪を優しく梳くように撫でていた。
「……一度味わったら病みつきになる」
「メイビスぅ……っさん?」
しかも尻尾までフェザータッチで撫でられ、悩まし気に吐息を漏らす少女に気をよくしたのか、更に角の付け根をコシコシと摩る。
「……ここか? ここがええのんかぁ?」
「んっ、そこ……はっあ、だめ、だって……」
ええ……その、メイビスにいいようにされて何故か俺が喘ぐという大変お見苦しい光景を見せている自覚はあるのだが、これについては酷く浅い理由――――一日に一度女の子と濃厚な触れ合いがなければ死ぬ病気だとか言う彼女の戯言のせいだ。
そして、人のいる通りでそんな乱痴気なことをされると面倒なので渋々了承したらこの醜態を晒す羽目になった。
正直抱き着かれたり、匂いを嗅がれる程度だと思っていたので俺も油断していた。まさか奴がそういう方向で接触を図って来るとは……次からは気を付けようと思いつつ身を捩っている次第。
マジでコイツ、時代が時代なら速攻でお巡りさんのお世話になってたところだぞ。
「あ、いたいた! ルフレさ~……ん……?」
「あぅ……」
「何してるんですか?」
「……酷い辱めを受けている」
俺たちを見つけて戻って来たアキトは、呼びかける声を尻すぼみに小さくして、最後には疑問形に変わっていた。
やめろ! そんな目で俺を見るんじゃない!
まるでそう言う事をされて喜ぶ変態みたいじゃないか。
「……コホン、それで情報は手に入ったか?」
「あ、ああはい。整理しながら話すので、少し長くなりますけど」
俺はそう言いつつメイビスの魔手から逃れ、起き上がる。
心なしか艶の増した髪をフードへ押し込んで、いつものクールな雰囲気を取り戻した……筈。
それから始まったアキトの情報整理によると、まずウェンハンス伯爵が不正に街の人々を奴隷として酷使しているのは確定らしい。具体的に言えば、ルヴィスや自領の村々から攫った平民と、各地から集めた正規の奴隷のどちらもを使っている。
中央がそれを黙認しているかは確認が取れなかったが、まず黒と見ていいと。
つまりは、俺らが伯爵領で奴隷を連れだせば、連鎖的にアルトロンド自体からお尋ね者として追われる可能性が非常に高い。
その辺りはバレないでやる方法や、隠蔽工作など色々とやりようはある。
もうそれを折り込み済みの計画も半分立てているしな、一人奴隷を連れ出すくらいなら訳ない筈だ。
そして次にウェンハンス伯爵についてだが、その妻であるアデーレ夫人が既に亡くなっていると聞かされて、俺は衝撃を受けた。
死因は事故死らしいが、それがどうにも怪しいらしいのだ。
数年前にアデーレ夫人は行方不明になっており、ずっと捜索が続けられていた中、つい先月に屋敷の裏にある森で夫人と思わしき白骨死体が見つかったのだと。
明らかに不自然かつ事故とは思えないこの状況だが、ここは封建社会を煮詰めたような世界。
権力者が黒い物を白と言えばそうなり、王都の発表により事故死と断定された。
俺としては屋敷を追い出した忌々しい女が死んで清々したと、そう思っていた筈なのにどうにも腑に落ちない。その死に不審感と、何故かほんの少しの感情の揺らぎがあったのだ。
ここ最近、少し感情に振り回され気味な気がする。
独りでいれば情緒を乱される事も無く、基本的に凪いだように穏やかだった。
きっと一年もあの感情豊かな王女様と一緒にいたせいだろうし、俺はそれが悪い事だとは思わない。
(……むしろ、感情が希薄なよりよっぽどいいか)
「それで、これが一番大事なことですが――――伯爵の裏に何者かの影があります」
「影……?」
疑問符の付いた俺の返事に、コクリと頷くとアキトは言葉を続けた。
「冒険者や商人、当たれるところを当たった上で詳細は一切分かりませんでした。ですが、確実に伯爵の裏には何かがいます」
そう言って、アキトがこの国の地図を広げて、
「元来、グリュミネ鉱山は安定した鉄の産出量を誇りましたが、一国の全体を賄える程の量はありませんでした」
その上――伯爵邸のある町と鉱山との間に銅貨を一枚置いた。
「ですが、六年前に突然王都へ流れてくる鉄が増えたそうです。それも不自然な程に」
「それって、奴隷狩りが始まった時期の一年前くらいか」
「はい、それで少し踏み入った所まで調べた所、その年に伯爵邸で大規模な出入りがあったんです。屋敷の使用人はほぼ総取り換え、そして新たに雇われたのは……"創世の輩"と呼ばれる組織の組合員だと」
余りにも具体的な話に『一体何処でその情報を』とアキトへ目を向けると、無言で首を横に振られた。
商人にしか知らない情報のルートか。
これ以上の詮索は野暮だろう。
……聞いたらなんかやばそうだし。
「彼らに関する情報は名前以外一切不明、ですが時期的にその組織がウェンハンス伯爵と何か企てた事は確かでしょうねぇ」
「この国以外の奴らからの干渉……って事か?」
「恐らくは、ですが。彼らが伯爵を利用していると考えていいと思います」
正直、そこまで深い所にまで足を突っ込むつもりは無いのだが……って、この台詞前にも言った気がするな。
ともかく俺はブレッタをその鉱山から連れ出せればそれでいい。
外部の思惑とか、そういうのは一切知らんぷりだ。
唯一、アデーレ夫人の不審死だけは気掛かりだが、今考える事ではないだろう。
「最後に、鉱山へ侵入するルートですが……こちらは真正面から、正規のルートで行きましょう」
「真正面? そんな堂々と入れるものなのか?」
「ええ、鉱山には奴隷と常駐する監視兵の他、定期的に魔物を駆除するために冒険者へ依頼が来ますのでそれを受けます」
冒険者として正面から堂々と入る。
一見大胆不敵に見えるが、こっそり忍び込むよりもよっぽど安全だ。
侵入と脱出の両方で一々頭を悩ませずに済むし、何よりもさりげなく目当ての奴隷を見つけ易いという利点もある。
そういう点からアキトの案は採用され、俺たちはグリュミネ鉱山へ堂々と忍び込む事にした。
【公開情報】グリュミネ鉱山で行われる魔物の掃討は、冒険者への外部委託によってその殆どがされているが、受注した冒険者の約三割が未帰還であるとギルドに報告が上がっている。原因は依然不明であり、鉱山に何かしらのユニークモンスターが湧いた可能性もあると上層部は結論付けた。
 




