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71.見て見ぬふりはしない

 何もない平地をガタガタと揺れる荷馬車が、ゆっくりと進んでいく。


 背後に見えるのは王都ラーマ。あれから二日かけてウェンハンス領から脱し、現在は更に西へと馬車を乗り継いでいた。

 

 乗客は俺達の他には誰もおらず、荷物の隙間に体を預けて思索に耽る。

 俺の横では何やら地図と所持金とで睨めっこしているアキトと、うつらうつらと舟を漕ぐメイビスが共に馬車に揺られていた。


「えっと……ここからルヴィスへ向かうのに大銅貨5枚、それで折り返して再びラーマに同額……食事代と都市での宿代を考えると……節約気味に行かないといけませんねぇ」


 アキトの広げる地図の上には、銀貨が50枚、金貨1枚に銅貨が120枚転がっている。

 大体旅費としては2週間分くらいだろうか、贅沢をしなければ1ヵ月半は持つかもしれない額だ。 

 

「なあ、やっぱり私が出すよ。それ、お前の全財産だろ?」


「いえいえ、お構いなく。ルフレさんのだって自分で稼いだお金でしょうし、なんなら僕と宿は別でも構いませんよ」


 旅費は俺が負担すると提案したのだが、アキトは頑なに首を横に振った。

 伊達にもAランク冒険者なので、街で一番高い宿に泊まり続けても余裕で半年は暮らせる程度には金は有り余っている。具体的に言うと金貨100枚に相当する王金貨を5枚、普通の金貨をおよそ50枚と銀貨は600枚。銅貨は面倒なので数えていない。


 元々趣味以外に金をつぎ込まないタイプだったので、趣味らしい趣味の無いこの世界で散財する理由も無かった。

 やたらに銀貨が多いのは金貨での支払いが面倒なのだ、万札じゃなくて千円札をいっぱい持ってるみたいな感じだな。


 そして、何故アキトが頭を悩ます程に旅費の計算をしているかというと、一応念のためにルヴィスの様子だけでも見ておきたかったから、王都とルヴィス一往復分の旅費が掛かる為だ。ウェンハンス領へ連れていかれた孤児たちも気になるし、エイジスの墓参りもしたい。


 そういう訳で寄り道をすることになったが、別にこの問題に首を突っ込むつもりは無かった。

 勝手にやってくれというのが本音だし、ただでさえロスしているのに更にイミアを探す時間が取られるのも嫌だ。


 だから――――




「な……」


 


 ――――そんなつもりは無かった。

 

 ルヴィスの惨状を目の当たりにするまでは。


 街の入り口へ止められた馬車から降りた俺は、まず真っ先に自分の目を疑った。


 ルヴィスと言えば王都に繋がる領地の一つで基本的に人で賑わっているのに、それが一体どういう訳か、中央通りは殆ど人の気配がしないのだ。


 ポツポツと街の住民は見かけるが、よく見ると泥だらけで汚らしい。

 これじゃあまるで裏街(スラム)と変わらないか、それ以上に酷いじゃないか……。


「ここが、あのルヴィス……なんですか? 前に来た時と大分様子が違いますけど……」


「……間違いないが、明らかにおかしい」


 立ち尽くしてても仕方が無いので、とにかく街を歩いていると、人々の腐った感情が充満しているのが分かる。まるでこの世の終わりを嘆くかのような、そんな雰囲気。


 アキトの言う通りとても五年前と同じ街とは思えない。

 路傍で座り込んで、汚いボロ切れしか纏わずに物乞いをする男。

 その横では少女が寝ており、飢餓からか憔悴しきった目でこちらを見ている。


 少し痩せた妙齢の女性は、フラフラと覚束ない足取りで俺とすれ違う。

 しかし、一瞬俺の方を見たかと思うと、足を止めてその落ち窪んだ目を見開いた。


「ねえ、あんた……もしかして」


 そう声を掛け、俺の外套の裾を握る。

 ルヴィスにこのくらいの年代の知り合いはいなかった筈だ。

 いや、俺を知っているという点なら、そこそこの有名人ではあったが、それにしても声を掛けてくるような人は――――


「まさか……マサリア……さん?」


「……ッ、そうだよ、久しぶりだねぇルフレちゃん」


 そうだ、痩せてはいるがこんな風に人好きのする笑みを浮かべる人がいた。

 俺に暖かいシチューを食べさせてくれたブレッタの奥さん、マサリアさんだ。


***



 少し傾いた家屋の中、年季は入っているものの綺麗に磨かれた椅子へ座る。

 ブレッタ夫妻の家は何もかもがあの時のままで、妙な懐かしさを感じさせて止まない。

 俺の横にはおずおずと言った様子で椅子を引くアキトと、無遠慮にちょこんと座りこむメイビス。


 そして


「ごめんねぇ、折角久しぶりのお客さんだって言うのにこんな物しか出せなくて……」


 そう言ってテーブルの上へ置かれたのは、少し硬くなったパン。

 それにただの水と、ジャガイモ切ってを茹でただけのスープ。


「いや、お気遣いなく……」


 よく見なくても、この家は建物だけでなく家計も傾いているのが分かる。

 それもルヴィスの酷い変貌ぶりと関係あるのだろう、詳しく話を聞きたいところだが。


「それよりも、あの……五年前は禄に挨拶もせずに出て行ってしまい、すいませんでした。改めてお礼を言わせてください」


 俺はまず最初に立ち上がって深く、深くお辞儀をした。

 あの時俺が折れずにいられたのは間違いなくこの人達のお陰だ。


 イミアがいなくなって、それから俺は謝罪やお礼も言わずに逃げるようにこの街から出た。


 だからそれも含めての謝罪と、礼。


「色々、あったんだね」


「……はい」


「ちゃんとご飯、食べてたかい?」


「はい」


「なら良かった、お腹いっぱいでいる事が一番だからねえ!」


 そう言って、五年前と変わらずに笑って見せるマサリアに思わず鼻の奥がツンとする。

 

「それで、そっちの二人は旅のお仲間かい?」


「あ、はい。オーキッド商会副会長補佐のアキト・メイブリアと言います」


「……メイビス・メリッサハーツ」


 自分の役職も一緒に言う辺りアキトは職業病、対するメイビスは簡潔の一言。

 二人の自己紹介を聞いて「そうかいそうかい」と、鷹揚に頷くマサリア。


「こちらも色々と聞きたい事があるんですが……ブレッタさんは仕事ですか?」


 その流れで俺がそう訊ねると、マサリアは少し顔を曇らせて窓の外を見る。

 愁いを帯びたその横顔は、痩せて細くなった顔立ちと普段見せない表情と言うのも相まって、全く別人のようにも見えた。


「連れて行かれちまったよ、みーんな」


「連れていかれた?」


 俺が思わずオウム返しすると、一度大きくため息を吐いてマサリアは語り出した。


 曰く、5年前に俺が出て行った直後、何やら人が消えるという怪事件が頻発したのだと。冒険者も含めてその調査に乗り出すと、所謂奴隷狩りと呼ばれるものと発覚し、この街の衛兵であるブレッタもそれを阻止しようとした。


 だが、奴隷狩りの調査をしていた冒険者と、衛兵、他にも被害に遭って個人で動いていた街の人々は、何故かウェンハンス伯爵の書状を持ってやって来た騎士たちによって謂れのない罪を着せられ逮捕されたらしい。


 敏くない者でもこの時点で、ウェンハンス伯爵が奴隷狩りと繋がっている事は分かる。

 それを抗議しようと街の代表者たちが馬車で王都に向かったのだが、道中で事故に遭い全員が帰らぬ人となった。


 そして、この街から人々が離れて行き、奴隷狩りも段々と苛烈になっていく。

 終いには裏街に住む人間は一人としていなくなり、今はこの表街もスラムのような惨状なのだと。


「酷い話だ……まさかそんな事になってるとは……」


 俺がそう溢すと、唇をかみしめてマサリアは顔を伏せた。

 きっとまだブレッタが帰ってくる事を信じて、この街で待ち続けたのだろう。

 五年間、彼女はたった一人で耐え続けていたんだ。


「えっと、この国って確か、犯罪を犯した人か自分か親族が同意の上で売りに出した奴隷以外は認められていませんよね……?」


「そうだな、それにここまでやってしまえば、国から目を付けられる筈なんだが……どうしてアルトロンド王は黙ってるんだ?」


 貴族とは言え、伯爵がここまで好き勝手にやって、王都の公爵や王が黙っている筈がない。

 

 それが一体何故ここまでの横暴を見過ごしているのか分からないのだ。

 まさか、そもそも気付いていないのか……?


「それなんですが、ウェンハンス伯爵領にはグリュミネ鉱山がありますよね?」


「あるけど、それがどうした……」


「うちの副会長に聞いた話で、この国の武具製造はその鉱山から産出される鉄鉱石や聖銀(ミスリル)、アビスライトにほぼ頼りきりなんですよ。なのでウェンハンス伯爵はそれらの輸出を制限するなどの手を使って、王都に圧を掛けて好き勝手しているのではないかと……」


「ああ……成程! 確かにあのクソが使いそうな手だな」


 つまり『お前らが俺の我儘見て見ぬふりしなかったら、もう鉱石を流すのやめるからな』という事だ。


 汚い手だが、鉱石の供給をウェンハンス領に頼り切ったこの国なら通用するだろう。

 しかもそうして攫った人々は奴隷として鉱山で働くのだから、猶更。

 むしろ王族側にとっても、利のある話かもしれない。苦渋の決断などではなく、喜々として加担している可能性すらある。


「あああ……! 虫唾が走るな、この国はっ!」


 一部の善良な市民を喰い物にし、人間を家畜同然に扱う。

 俺はお人好しでは無いが、そんな腐った連中の為に連れていかれた恩人を見捨てる程冷たくはない。


「……悪いアキト、私の我儘聞いてくれるか」


 俺がそう訊ねると、アキトは目を瞬かせてキョトンとし、すぐに呆れたように溜息を吐いた。


「危ない橋だ、この国を敵に回すかもしれないし断ってくれてもいい」


「いや、でもそれ……僕が断ってもきっと一人で行くんでしょう?」 


「そうだな、ちょっともう看過出来ない」


 別に誰かの為という訳ではない、これは本当に俺の我儘だ。

 なんのメリットも無く、ただ危険なことに首を突っ込むだけ。

 それでも尚、俺はこの街で炎竜と戦った時に決めた"誓い"を破る訳にはいかない。


 ――――俺の手の届く範囲で、大切な人が苦しんでいるのなら絶対に助ける。


「はぁ……乗りかかった船です、最後まで付き合いますよ」


「そう言ってくれて、本当に助かるよ」


「けど、命の危険を感じたら真っ先に逃げますからね? 僕、戦えないんですから」


「そういう訳だ、マサリアさん。ブレッタさんは私達が連れて帰る」


「ほ、本当にそんな事……危ないよっ、あんたたちまで捕まっちまう!」


「大丈夫だ、私達を信じてくれ」


 俺はそう言って、苦笑を浮かべながら肩を竦めるアキトの肩を叩いた。

 その横に座っている、不貞腐れたように頬を膨らますメイビスにも「期待してるからな」と目で訴えかける。


 そうすると少し顔を赤くして、そっぽを向いてしまった。

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