70.認識の違い
(色々勢いで書き殴った感が凄いので推敲不足です、後で書き直すかも)
アルトロンド王都、ラーマを境に東側に位置するウェンハンス伯爵領。
ウェンハンス卿の住まう屋敷は領地の丁度真ん中にあり、グリュミネ鉱山はそこからやや離れた北西部に位置する。
そして俺達がいる村は最も南――アキム村と呼ばれ、隣接する複数の村を合わせて補佐官である男爵が統治していた。因みにウェンハンス領の北部と東部には村は無く、巨大な森林部にその面積の殆どが覆われている。
魔物が生息する森林部によって他領と比べて大きなデメリットを抱えている筈だが、むしろウェンハンス伯爵はここ数年で最も勢力を拡大している貴族の一人でもあった。
その理由はグリュミネ鉱山が産出する高純度のアビスライト鉱石にあり、これらによって莫大な利益を得つつその利権を独占、輸出量を制限することで中央にも圧力をかけている。
「――が、よりもよって、ここかぁ……」
俺は椅子からズルズルと滑り落ちながら、色々と感情の籠った溜息を吐いた。
ダリル含め周りにいる全員何のことか分かっていないようだが、別に理由を言うつもりは無い。
ある種の我儘というか、自分の汚点隠しと言うか……とにかく話してしまうとダリルはともかくとしてアキトや子供たちの俺を見る目が変わってしまう気がして嫌だった。
子供じみたプライドだって言うのは分かっている。
けど、どうしても自分から「実はそこの男爵家の庶子です」なんて言える筈も無い。
幸いに俺が名乗っているのは母方の方の性だ、此処から気付かれる事はないだろう。
それに、
「アヴィス男爵が統治していた……って過去形だったのは」
「ああ、数年前に突然いなくなってしもうた」
ダリルは今ガーランドが此処にいないと言う。
実家がどうなっていたのか気にならなかった訳ではないし、突然いなくなったとはどういうことなのかも気になる。
この世界での俺の母親、リーシャは生きているだろうか。エイジスは母と面識があるようなことを言っていた。その点だけは、いつか直接確かめてみたいと考えているのだけど。
「この村に衛兵もいないのはそのせいじゃ、伯爵様は村々から税だけ巻き上げてなんもせん」
「それで自主的に森で狩りを?」
「ああ」
今朝見た、少年たちがラージボアに追われているのを思い出し、そう言う。
俺の記憶の中のウェンハンス伯爵とは、典型的な悪徳貴族の一人で、自分の私腹を肥やしたり欲望を満たすのに他者を虐げるタイプだ。かくいう俺もそこで操を散らすかどうかの瀬戸際だったんだから。運よく伯爵夫人に見つかり、その怒りに触れたお陰で守られたが、それでもその後の事を考えるとどうにも……。
「……あれ?」
いや、おかしいな。
貴族は側室――――すなわち愛人を囲うのは割と一般的だ。妾の子と嫡子が同じ家で生まれる事も稀ではない。今更ながらそれを貴族の正室が、夫人が激怒する程の事なのか?
俺は13歳より前の記憶は夢の内容を掘り返すように思い出している。だから、当時屋敷の裏口から追い立てられるように、逃げ出した事くらいしか思い出せない。
まあ……この事は後で考えれば良い、それよりもだ。
「鉱山に連れていかれた男達を連れて帰って欲しいって言ってたけど、どうして私にそれを頼むんだよ」
「お山に行く道中も、山んなかにも魔物がおる。俺らじゃそもそも助けにいけないんやが、あんたは強いから行ける筈じゃろ」
そりゃ出来るか出来ないかで言えば普通に出来るだろう。
「いやでも、私がそんな事したら当然騒ぎになるんじゃないのか……?」
「そこはあんたが魔人じゃからなんとかなるじゃろ? ここは人の国じゃけ」
「は?」
当然のよう言い切ったダリルに、俺は思わず威圧するように声を低くしてそう返した。
というか駄目だ、そもそも互いの価値観が違いすぎて話になっていない。もしや、未開の地に住む原住民だとでも勘違いしてるのだろうか、馬鹿げた話である。
「何が言いたいんだ?」
「魔人は人間じゃな……」
「魔人は人じゃないから、私が貴族と敵対してもお前らには関係が無いと?」
「あ、いや……」
「お前……私を、魔人を魔物や獣と同列に見てないか?」
俺がそう言うと、ダリルは目を瞬かせて口を噤む。まるで図星、思っていた事を言い当てられたとでも言わんばかりの顔だ。ここまで来るといっそ笑えるくらいの差別ぶりで、人権も何もあったものじゃない。
大変腹立たしいが、こういう輩は稀にいるのだ。
そもそも、歴史深いアルトロンドに魔人排斥文化が根付いた原因の一つに、『魔人は人間の形を取った全く別の生き物』という誤った認識が市井へ広まったというものがある。
少し前にも蟲人族が無脊椎動物、虫の同類種として扱われていたという歴史や、魚人族が魚類、翼人族が鳥類として認識されていた事が社会問題にもなった。
こいつはきっと魔人が『人語を介すが、人間社会から切り離された生活をしていて、人間と諍いを起こしても問題ない秩序の外にいる存在』だとでも認識しているのだろう。
言ってしまえば自然災害の一種だと思われてるって事だ。尤も、俺からすれば村から一歩も出たことが無いような田舎者の方がよっぽどだと思うが。
「……話にならないな、アキト、メイビス、行くぞ」
「あ、はい」
「……ん」
「最後に一言――――そんなに助けてほしけりゃ冒険者ギルドに依頼を出せ、以上だ」
金にもならない頼み事をされた時点で嫌な予感はしていたんだ。こちらになんの得もない仕事を請け負う程、俺はお人好しではない。
それから呆気に取られるダリルを無視し、俺は早足で村を出た。
念のため着ている外套のフードを深く被り、黒の仮面を付け、尻尾も服の中に隠して。こんなことするのは久方ぶりだが、迫害されている実感が湧いて胸糞が悪い。
***
それから俺達は、ウェンハンス領唯一の街を目指して北上を始めた。
距離にして大体40キロ。正午に差し掛かった辺りなので、ゆっくり歩いても明日の同じ時間頃には到着する筈だ。
「それで、これからどうするんですか?」
「街に行って乗合馬車で王都を目指して、そっから更に乗り継ぎでフラスカへ戻る。大体一週間かそこらだな」
「げ……」
長閑な田舎道を歩きながら俺のプランを口にした所、メイビスだけが嫌そうに顔を引き攣らせる。
大方、また城へ突き出されて牢屋生活に戻ってしまうからだろう。
「これで貴族殺害、王族の殺害未遂に加えて脱獄、情状酌量の余地なしだな」
「そ、それは困る……」
「あ、あと僕らの誘拐罪もありますねぇ、人質にして脅しましたし」
「げげっ……」と言った感じで頭を抱えるメイビスにアキトが止めを刺し、彼女は顔を青褪めさせたまま一瞬足を止めた。
「と言うか、僕らをアレに巻き込まなければ一人で逃げられたんじゃないですか?」
「ああ、それに関しては私も気になってた。巻き込まれたって感じでは、なさそうだったし……」
「それは……内緒」
また禁則事項とやらに触れたのか、メイビスは恨めし気に俺達を見ながらそう言った。
謎が多すぎるんだよなぁ、何考えてるのか分からないし。
でも悪意とか敵意みたいなものも感じられないから、どう扱っていいのか未だに悩むところである。正直に言って女王に引き渡すのかどうかも、少し躊躇しているところがあるのだ。メイビスは確実に何かを知っていて、俺達に何かさせようとしている。
それが何なのかを知る為に、彼女を幽閉するのは違うのではないないかと思っていた。
「ま、トイレ付きの部屋に入れて貰えるくらいの交渉はしてやるよ」
「垂れ流しは……嫌」
それからその日は野営し、翌日の昼前には街に到着していた。
途中メイビスの足がガックガクになって、おんぶする羽目にはなったが。元々超絶インドア派だったらしく、馬車以外で移動したのも久しぶりだったせいで筋肉痛らしい。
流石にアキトに背負わせる訳にもいかず……と言うか、メイビスが俺じゃなきゃ駄目と言い出して仕方なく背負ったのだが、奴が本性を露わにして体のあちこちを弄られた挙げ句、終いには胸を揉まれたので"紫電"で気絶させた。
そして、街は至って普通。
ルヴィスよりも人通りも少なく、伯爵領の屋敷があるにしては閑散としている印象。
「この辺りは商会のシマじゃないので来た事は無いですが、なんか寂れてますねぇ」
だが、俺達は別に観光目的でここへ来た訳では無いので、街の情勢などはしったことではない。
すぐに乗合馬車の停留所まで行き時刻表を確認すると、次に王都ラーマに向かう馬車は四の鐘――――つまり四時にならないと来ないと書かれていた。
「うん、観光目的……じゃないけど、時間潰すか」
俺の提案に同意するように頷く二人を連れて、取り敢えず腹ごしらえと定食屋へと向かう。
中に入ると一斉に不躾な視線に晒されるも、特に怯んだ様子も無い。アキトの方は若干嫌そうに苦笑を漏らしているが、この程度は日常茶飯事だ。
外套を外して仮面を取り、全員日替わりの定食を頼んで待っていると、
「――――なあおい、聞いたか? またお山に荷馬車が3台向かったって話」
「伯爵様もえげつねぇ真似するよな、なんでもルヴィスの孤児全員だと」
そんな会話が偶然耳に入って来た。
俺は更にジッと耳を澄ませて、奥の席に座る冒険者らしき集団を見つめる。
「うっわ、それ俺しらねぇわ。マジだったらヤベエな」
「一体どんだけ人を攫えば気が済むんかねぇ、うちの領主様は」
「バッカお前、滅多なことを口にするんじゃねえよ! 聞かれたらどうすんだ!」
どうやらここの伯爵はルヴィスから孤児を攫ってきているらしい。そして、それを正当化する為の何らかの嘘を撒いている。相変わらずこの国の人間は、弱者や少数派に対しては何をしてもいいと勘違いしているようだ。
「あ、あのルフレさん……顔が怖いです……」
「殺気が駄々洩れ、こっちも見られてる」
そんな俺を見て、怯えたような顔つきでアキトが声をかける。
メイビスも注意するような声音でそう言い、俺は自分がどんな表情をしていたのかに今更になって気付いた。店に飾られた真鍮の盾に反射した俺の顔は、一見無表情に見える中で目だけが憎悪の色を含んで細められ、それを浴びていた冒険者が居心地悪そうに俺を横目に見ている。
「……悪い、何でもないんだ」
俺は頭を振って謝罪し、外していたフードを深く被って顔を隠す。どうやら面には出ないものの、知らず知らずの内に怒っていたらしい。実は"憤怒之業"の権能の一つで、俺は激しい怒りで頭に血が昇ったり我を失う事が無いのだ。
『怒ってはいるのだが、それを制御しているので表には出ない』と言うのが一番正しいのか?
どれだけ俺が怒っていようが、表情や仕草に矛盾が生じる。唯一瞳だけは憤怒の色を濃く表してしまうので、能面みたいになってしまうようだ。
「それにしても、やっぱり気になりますか、お山の件」
「いや、まあ……そう……らしいな、私も」
「……素直じゃない」
正直に言って、鉱山の事は気にならないと言ったら嘘になる。
ルヴィスの孤児が連れていかれたと言う事は、そこで行われているのは違法な奴隷の労働だ。村から連れていかれたという男衆も、恐らくは……。
「どうすっかな……」
少し悶々とする中、俺は日替わり定食のオーク肉を食べるのだった。




