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69.思い出したのは

「わ、起きたよ」

「起きたね」

「赤いね」

「真っ赤だね」

「白いよ?」

「目の話じゃない?」

「そうだね」

「そうだよ」




 薄っすらとぼやけた俺の視界の中に、こちらを見つめるどんぐりまなこが幾つも映っている。


 上体を起こそうと、掛布団を捲りながら体を動かすと、「キャーッ!」と蜘蛛の子を散らすように駆けて行く子供たち。


「……」


 まだ少しハッキリとしない意識のまま、額から落ちた濡れタオルを見て、直前の出来事を思い出した。


 何かを思い出そうとして、その負荷に耐えられずどうやら気絶したらしい。


「……我ながら情けない」


 俺が寝ているのは優しい木の匂いがする部屋の中。

 お世辞にも広いとは言えないが、整理整頓と掃除が行き届いている。


「起きたか」


「結局、入れてくれたんだな」


「仕方なかろうて、目の前でいきなりぶっ倒れるんじゃけ」


 この部屋に運び込んだであろう当人のダリルは、そう言って部屋の入口に立ち、俺の様子を伺っていた。


 その下からは顔だけを覗かせた三人の子供、年は4歳とかそのくらいか。

 あの場にいたイムジとかいう少年はここにはいないようだ。


 だが、外から此方を見るだけで、ダリルは部屋に入ろうとしない。

 

「……怖いか?」


「こ、怖くなんかないわ! ただちょっと、廊下に立っていたい気分っつーだけじゃ!」


「いや、そういう意味わからん強がりいらないからね?」


 プルプルと震えて叫ぶ様子を見るに、まだ俺の事を信用した訳ではないようだ。

 それでも倒れた俺を寝かせる為に家へ入れるんだから、矛盾している。

 

「まあ、もう大丈夫だからすぐに出てくよ」


「おうおう、そうしろそうしろ! 他所もんはとっとと出てけ!」


 俺がそう言うと、ダリルが追い払うようなジェスチャーと共に言葉を返すが、


「えー?」

「なんで?」

「外の人でしょ?」

「外の人は駄目なの?」

「外のお話聞きたい」

「ダリルいじわる~!」

「足くさーい!」


 子供たちによる一斉攻撃を喰らって思わず鼻白む。


「……ぐっ、じゃかしいぞチビ共! 大人の話しとるんじゃこっちは!」

 

「わー! ダリル怒った!」

「怒った怒った~!」

「怖ーい!」


 地団駄を踏むダリルから逃げるようにドタドタと駆け回る子供たちに、思わず俺までポカンとしてしまった。


「ったく、あいつらは魔人がどんだけ怖いかを知らんのじゃ……」


 成程、小さくて無垢な子供はまだこの村の偏見に染まってないから、あんな風に無邪気でいれるのか。


 それに比べてダリルは随分と魔人に対して偏見と言うか、恐怖を抱いている。

 ここまで来ると何かしらの理由がある筈だが、聞いても答えてくれなさそうだ。


「私だって……好きで怖がられたい訳じゃ、ないんだけどな」


「……」


 迫害、嫌悪、蔑視、これら全て今まで生きて来た中で嫌と言う程味わって慣れたが、それと俺の心が受け取る痛みは別の話である。

 

 心無い言葉を言われたり、露骨に差別されたり、嫌悪されたり恐怖されたり。

 それらを受け取った俺は勿論辛いし、悲しいし、時には怒るだろう。

 当たり前の事だ、誰かから嫌われて悲しくならない人間なんていない。

 選べない生まれのせいでこうも言われるものなのかと、時折凄まじく自分が惨めに思える時だってある。


「……付いて()い」


 俺の呟きに何か逡巡するような仕草で鼻の頭をさするダリルは、暫くしてからそう言った。


 その言葉に大人しく従い寝室らしき部屋から出ると、通されたのは居間。恐らくはこの家で一番大きな部屋の中に、アキトとメイビス、それに先程の子供三人がいた。


「あ、ルフレさん目が覚めたんですね……っていででで! 髪の毛は引っ張らないで!」


 子供たちに絡まれ、背中に乗られたり腕にしがみつかれたりと大変そうなアキトへ小さく手を振る。そんなアキトとテーブルを挟んだ向かいに座るメイビスは、無言で一度頷いた。「逃げずに大人しくしてたぞ」とのアピールらしい。


 俺が倒れている間に村人全員殺して逃げ出すくらいは訳ないとは思ったが、未だにメイビスの考えている事はよく分からない。

 

「そっちの兄ちゃんと嬢ちゃんは人間じゃし、村の連中もあんたの顔しか見てなかったから取り敢えず普通に村には入れといた」


「余所者って事で大分ジロジロ見られましたけどね」


 そう言って子供の一人を抱きかかえて苦笑を浮かべるアキト。

 何か凄い子供に好かれている気がするが、万人に分かるお人好しオーラのようなものが出ているのだろうか。


「おかしいな、さっきは出てけって言ってた気がするけど?」


「……感情ではの。やけど俺としてはまだ出て行って欲しいとは思っとらん」


 ダリルはそう言葉を漏らすと、溜息を吐きながら乱暴に椅子へ腰かける。

 俺も逃亡阻止も含めてメイビスの隣に座り、話の続きを促すように視線で訴えかけた。


「魔人のあんたにこんな事を言うんは癪じゃが、イムジを助けてくれたんには礼を言う」


「それで?」


「一つ、頼みたい事があるんじゃ」


 本当に癪なのか、反抗的な色を隠さないままに礼を言われ、更に頼み事と口にしたダリルに俺とメイビスは身構える。


「一応聞こう」


「……お山に行った男衆を連れて帰って来て欲しい」


「お山?」


「パパね、お山に行ったっきり帰ってこないの」

「うちのお父さんも、ずーっと前にいなくなっちゃった」

「そうなの」

 

 ダリルの言葉に続いて、子供たちも口々にそう言いだす。

 お山とは一体何なのかは不明だがそれと入れ替わるように一つ、その発言で俺は内心の疑問が解消された。


「不自然な程大人の男がいないのはそのせいか……?」


「……この人はちゃんとした説明、欲しがってる」


「分かった、一から説明するけん、よう聞けよ」


 そう言って、ダリルからされた説明はこうだ。


 お山とはこの村からおよそ60km程離れた場所にある鉱山の事で、村の男達はおよそ十年程前から領主による命令で鉱山で三年間、持ち回り契約の強制労働が課せられているんだとか。その鉱山はかなり良質の金属が採掘出来るとかで、この領地を支える大事な産業である。


「鉱山……?」


 俺は何か引っかかり、思わずそう呟く。

 何か大事な事を忘れているような、気絶する直前のアレに関係する何かが……。


 そんな風に頭を捻る俺を余所に話は続き、領主の立てた政策ならば領民は従う以外になく、男たちは出稼ぎに行くことになる。

 

 しかし、最初に鉱山へ行った男衆6人の中で戻って来たのは半分。その次の三年では二人しか戻って来ず、二週目が回って来た頃にはもう三年経っても誰も帰ってくることは無くなった。


 中には妻子を残している者もおり、一向に戻ってこない父親をこの子供たちのようにずっと待ち続けている。だが、そんな状況で誰も不審に思わない筈も無い、俺がそう言った旨の質問をすると、ダリルは「勿論した」と少し苛立ちながら答えた。


「勿論領主様に抗議する奴らもいた、けどな……そいつらは森で魔物に襲われて死んだんじゃ……」


「ああ成程、殺されたのか」


「……ッ」


 偶々、本当に偶然領主の意向に反する行為を行った連中が森で魔物に襲われた。

 

 如何せん胸糞の悪い話ではあるものの、魔物蔓延るこの世界では珍しくもない事だ。例えそれがどれだけ不自然で人為的なものを感じさせようが、領主の側が力ずくで、()()()()()として済ませてしまえるのだから。

 

 話を聞く限りここの領主は禄でもないが、ダリル含めた若い世代を残して村が破綻しない程度に留めている所を見ると、何も考えずにやっている訳ではなさそうではある。


「それで、肝心のその領主の名前は? あと鉱山の名称も知りたい」


 俺の質問を受け、ダリルは一息置いてから俺の方をじっと見つめて――――


「ウェンハンス伯爵、そしてその伯爵領にあるグリュミネ鉱山じゃ」


「――――ッ!?」


 そう答えた。


 答えたのだが、その瞬間に俺の中で何か詰まっていたものが流れ出るような――閉じていたものが繋がったような感覚が去来し、思い出した。


 頬を伝う冷や汗と共に、少しだけ心臓の打つ速度が速まる。

 知らず知らずの内に下唇を指でつまみ、息を詰めるのは無意識の癖だ。


「……悪い、もう一度言ってくれないか?」


 そして、先程の一言ははっきりと聞こえていたので、聞き直す必要はなかった筈だった。


「じゃから、ウェンハンス伯爵領のグリュミネ鉱山じゃと」


「……ここで来るか、それ」


 ここは俺が8歳の時に奉公へ出され――――そして追い出された伯爵家の領内であり、一年間ルフレ(おれ)が世界に絶望するきっかけになった忌まわしい思い出の場所だった。


 しかも更に追い打ちをかけたのは、


「少し前まではこの辺りの村々を()ヴィ()()って貴族が統治しとったんじゃが……」


「……」


 そうだ、そうだった。


 ウェンハンス伯爵の補佐官、俺の実の父親であるガーランド・フォン・アヴィス男爵は――――この村の管理者という事である。


 そうしてその時、最も聞きたくないであろう二家の名前を聞いた俺は、密かに奥歯を噛みしめながら黙りこくるしか出来なかった。

読んでいただき、ありがとうございました。

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