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68.記憶の奔流

「あ、そうだ。(これ)借りるぞ」


「ちょ、何を――――」


 踏み込む一瞬前、ダリルの手から斧を引っ手繰ると、俺は地面が陥没する程に深く踏み込んで走り出す。


「ぎゃっ!?」


「うわぁ……相変わらず凄い足の速さですね」


「……あれから逃げ切るなんて無理。馬鹿のする事」


 強化した耳にそんな言葉が入ってくるが、結局単に速く走ってるだけなので限界もある。

 因みにここからだと、最後尾で追われている少年が襲われるまでに間に合うかどうかも分からない。

 

 だが、間に合わせなければいけない。


 一歩一歩の歩幅を出来る限り広く、足を地面に付ける時間を限界まで短く。

 なるべく姿勢を低く保ち、最短ルート――――村を覆う柵を飛び越え家の屋根を駆けて直線をひた走る。


 加速しきった俺の走る速度は多分時速60kmくらいは出ていると思う。

 そうしてやっと距離を半分まで詰めた所で、ラージボアの牙の先が殿を務める少年の背中を掠めた。


(……まだ足りない)


 もう一段階ギアを上げる為に、俺は身体強化の際に纏わせている魔力を電流に変換。

 

 そして、俺は白い稲光に包まれ髪がふわりと浮き上がり、全身から電流が迸った。

 

「先駆放電――――"天走雷(アマミカヅチ)"」


 自身の肉体を電気と半同質化する魔法である"天走雷"は負荷が凄い為、余り乱発は出来ないがこういう場面においてはすこぶる役に立つ。


 現状俺のトップギアであるこの状態であれば、"射程圏内"にまで一瞬で到達できるだろう。

 実際、踏み込む一歩一歩が先程の倍以上奴との距離を詰めていた。


「ひぎっ……!」


 最後尾の少年が躓き、猛り狂ったラージボアが逸れに襲い掛かる。

 まだこの場所からだと距離があるが、もう悠長に考えている暇はない。


「よっ」


 少年を轢き殺そうとするラージボア目掛け、俺は右手に持った斧を下から掬い上げるように投擲した。


 そうして手を離れた斧もバチバチと電光を放ちながら、凄まじい速度で風を切り裂き、轟々と呻りを上げてラージボアへ迫る。


「ぶもっ!?」


「チッ……やっぱ距離が足りないか」

 

 雷斧の一撃はラージボアの背中を抉り、そのまま奥にあった木を一本薙ぎ倒しながら森の奥へ消えて行った。


 今ので一応足を止める事には成功したが、致命傷には至っていない。

 投擲スキルの持ち主ならいざ知らず、強化されてようとも距離がある分、減速もするし風や色々な要因で狙いも外れる。

 

 それでも立ち止まることなく走り続けていたお陰で、既にラージボアは目と鼻の先だ。

 刀の柄へ指を掛け、足裏でブレーキを掛けつつ型の姿勢に移行。


「弧月流抜刀居合――――撃鉄(ウチガネ)


 刀身が鞘を削る甲高い金属音を奏でながら引き抜かれ、赤黒く光る刃の切っ先から剛毛に覆われた皮膚へ吸い込まれるように切断していく。皮膚を裂き、肉を抉り、骨を断った瞬間――――爆発じみた轟音と共にその巨体の首から上が宙へ跳ね上がった。


 一秒経ってからその切断面から血が噴き出し、横向きに巨体が倒れる。

 落下して来たラージボアの頭部は鈍い重音を立てて地面と衝突し、一度瞬きをしたのちにその目から光が消えた。


「よしよし、なんとか間に合った」


「あ……」


 刀に付いた血を払い、鞘へ納めると水魔法で服の汚れを落とす。

 俺の着ている服は魔法繊維で出来ているので、汚れも落ちやすいしすぐに乾く。

 水属性持ちは毎回毎回洗濯する手間が省けて便利な事この上ないな。


 そして、助けた少年は尻餅をついたまま此方を見上げ、パクパクと口を開け閉めしていた。

 

「怪我はないか? 一人で立てるよな」


「あ、う……うん」


 俺の角や尻尾を見て何か思う所もあるのだろうが、今は死の脅威から逃れることが出来た方が大きいようで、特に何を言うでもなく立ち上がって自分の体に付いた土を払っている。


「その……えっと、な、なんで、助けてくれたの? 魔人は、ヒトを……」


「いや、食べないから人間」


「そう……なの? でも、ダリルは……」


 だが、助けてくれたことと魔人が恐ろしいと言う偏見、双方がぶつかり合ってどう接したらいいのか分からないと言った感じでもあった。 


「イムジ、無事か!?」


 そんな俺達の所へ、ダリルと取り巻き二名が駆け寄ってくる。

 その後ろからアキトとメイビスがゆっくりと歩いて来ているが、双方何故か呆れたような顔をしていた。


「おい、なんじゃこれ……お前がやったんか……?」


「森の主がし、死んでる……」


 どうやらラージボアがこの森の生態系の頂点であったらしく、その森の主を一刀両断した俺を見てダリル達は顔を青くしている。


 しかも、先程も叫んでいたイムジと呼ばれる少年を助ける行為であったが為に、益々複雑な心境なのだろう。

 

「ダリル、この人俺達を食べんって言ってる」


「……信じられるか、大方助けたふりをして後ろから襲う気じゃぞ」


 もうほんと、すっごい嫌われようですね……。

 そろそろ俺のガラスのハートにヒビが入りそうだし、お(いとま)した方がいいかもしれない。


 なんで森の中でラージボアに襲われていたのかとか、他にも色々気になる事はあるけど……何より俺は子供に嫌われるのが一番傷つくのだ。ダリルやその取り巻きもイムジも子供だし……ってあれ?


「子供しか……いない?」


 俺がそう呟いて、村の方を見れば家の窓や建物の陰から此方を見ているのは女子供と老人。

 かろうじて数名の男はいるが、それでも圧倒的に数が少ない。


「……ッ!」


「お、おい……どうした!?」


「ルフレさん!?」


「……ルフレ」

 

 ――――何か、何かを忘れている気がする。

 

 子供と女だけの村、誤った魔人への認識、そしてその特徴的な方言。

 

 頭痛と共に断片的な記憶が頭の中に流れ込み、目の前の光景と色褪せた過去の映像が交錯し、混濁する。


 ――――何処かの窓から見える家々、その先に広がる森と、背後から影を落とす山。

 ――――遠目にしか眺める事しか出来ない、背の高い誰か、その横に立つ……女性らしき後ろ姿。


 思い出せない……なんだこれは、何を見せられているんだ、俺は……。


「……っは、あ、ぐぅ……」


 キンキンと喧しい耳鳴りの音が脳内で無限に反響し、正常な思考が維持できなくなる。

 そうだ――これは13歳の時、記憶を取り戻した時の反動で襲って来た頭痛と同じだ。


 なら、俺はまだ思い出していない"何か"があるのか?


 それが分からない、失った記憶が何なのかすら分からない。

 

 俺は何を忘れてしまったんだろう。

 何かとても大切なことの気がする筈なのに。


「お母、様……」


 止めどなく流れ、交錯する思考の奔流は、突然プツリと電源が落ち、俺の視界は暗転した。

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