67.村発見
「えぇっ!? じゃあメイビスさんもここが何処か分からないんですか!?」
ジャクジャクと、朝露に濡れた草原を踏みしめて進む三人の中で、最後尾を歩くアキトが目を瞬かせてそう叫んだ。
「そうなる、致し方ない事」
「まあ……だろうなとは思ってた、森にいる時点で」
対する俺とメイビスは落ち着いたもので、ひんやりとした静謐な雰囲気漂う森の空気を楽しみながら歩いている。
この辺はまあ……場数の差と言うか、冒険者である俺にとってこういう事態は日常茶飯事だしな。
――――世界にはダンジョンと呼ばれる天然なのか人口なのか、曖昧極まりない魔物の巣窟があり、その中にはトラップとして何処かへランダムで転移させるものがある。
それがダンジョン内であればまだいいが、俺は一度だけ潜ったダンジョンで外へ飛ばされるトラップを踏んでしまった事があった。
その時飛ばされたのが前に話した炎竜の巣のある山岳の麓で、実はフラスカへ抜ける近道でもあった訳だが――――当時の俺はそんな事が分かる筈も無く、道に迷った挙句炎竜と遭遇して戦う羽目になったのだ。
しかし、ダンジョンとは危険以上に財宝や敵の落とす魔石の質が高い為見返りも凄まじく、冒険者たちの中にはダンジョン攻略を専門にしているチームもある。
そんな訳で、冒険者はこういうアクシデントに対応できる力も求められているということだ。
幸いにしてこの森に入ってから見たのは小型の魔物、それも害のないものばかり。
普通に歩いているだけでもその内街道か、どこかの村や町に突き当たるだろう。
「けどなぁ、森を抜けるのはいいんだが問題は地理だよなぁ……」
「そう! ここがもし帝国領でもしたら間違いなく御用ですよ僕ら!」
そう、唯一の問題はここがどの国の領土かという事。
フラスカを含む大陸中央の国家群ならば全然いい。だが、もしもアキトの言った帝国領内だったり、大陸北西部にあるエルフやドワーフのいる亜人の国だったりしたらまず間違いなく不法入国で捕まる。
俺が持っているのは人間の国でのみ機能する冒険者証のみだ。
帝国は冒険者ギルドが関与できないし、亜人国も入国には厳重な審査や所謂ビザの発行に近しい手続きが必要だから、そもそも簡単には入れない。
だが、どうやらそれもすぐに分かるようだ。
「……森を抜けた、村が見える」
その言葉の通り俺の視界の先には、木々の隙間から家々が立ち並ぶ集落のような物が見えていた。
俺は警戒を怠らないよう、改めて気を引き締める。
あの集落の人々が友好的かどうかもだが、目の前の存在にも気を配らなければいけない。
まだ完全に信用しきった訳でも無いし、いつ何時どんな行動を起こすかもわからないのだ。
そうして注意しながら木々の間を抜けると、集落の全貌が明らかになる。
ここから見える家屋は大体40から50、小規模な村か街だな。
井戸で水を汲んでいる女性や、畜産も行っているのか牛を引いている男など、パッと見は至って普通。
「人……?」
俺達が村に近づいて、村の人々がこちらに気が付く。
だが、水を汲んでいた女が一瞬手を止め、俺達を見るや否や――――
「ひっ」
短い悲鳴を上げて桶を手から落とした。
零れた水が靴に掛かるのもお構いなしに後退ると、そのまま逃げるように走り去っていく。
「なんだ、今の……?」
「わかりませんが、僕らを見て……逃げた? ように見えますね」
何か様子がおかしいと思ったのも束の間、今度は俺達の前に若い青年たちが現れた。
その手には斧や桑、鎌などが持たれ、どうにも友好的な様子では無さげだ。
「……おいお前、そこで止まれ」
先頭に立つ俺に向かって、一番体格のいい青年がそう言う。
「魔人がなんでこんなところにいる? 答えろ、俺達を喰いにきたんか?」
「ダリル……あぶねぇって、もう少し離れた方が……」
先程のダリルと呼ばれた青年が続けざまにそう言って、俺の顔付近に斧の切っ先を突きつける。その顔には嫌悪感と言うか畏怖のような物が滲み出ており、明らかな敵意を感じた。
「あぁ……成程ね」
「質問に答えろ! さもないとどうなるかわかっとんのか!?」
俺が納得したようにポン、と手を打つと、ダリルは声を荒げて地団駄を踏んだ。
――――"魔人"、"喰う"。
フラスカのような国の首都部では魔人が理知的で、人間と変わらない生活を送っている事を誰しもが理解している。
だが、少し離れた田舎に行こうものなら、魔人と言うのが得体の知れない化け物だという偏見に塗れた認識をしている地域も存在する。それのいい例が『魔人は人を喰う』という失礼極まりない誤認だ。
自分たちと違う物を否定し、排除しようとする閉鎖的な村の典型とも言える。
日本であっても"村八分"なんて単語があったくらいだ、そう言う余所者を差別する文化は何処に行ってもあるもんだ。
「お前ら魔人は俺ら人を襲って食うんじゃろ、化け物は村には入れさせない」
「化け物? そんなの何処に居る?」
「とぼけるな。その悍ましい白い角と尾は、お前が魔人だっつー確かな証拠じゃろ」
すっとぼけて見ても駄目か、にしても随分と魔人に対して風当たりが強いな……こいつ。
「……礼儀、なってない」
「ひいっ!?」
どうしたもんかと思案中の俺を余所に、後ろに立つメイビスが殺気立ち、黒色の魔力が渦巻く。
「おいやめとけって、あんまり事を荒立てるな」
「むう……こんな田舎者に馬鹿にされるのは屈辱」
「ほ、本性を現したなこの化け物が……! その得体の知れない魔術で、何をする気だ!?」
ほーら見たことか、勘違いボーイが焦って騒ぎ出しちゃった。
魔力を収めたメイビスに、残りの青年二人が逃げ腰ながらも武器を突きつける。
そんなに怖いなら最初から突っかかって来なきゃいいのに。
「私達はここを抜けたいだけなんだけど」
「駄目だ、そう言って村の連中を襲うつもりだろ」
……いや、どういうつもりだよ。
「じゃあ……せめてここが何処かだけ、教えてくれないか?」
「おい、答えるなよダリル! 言霊を奪われて、殺されるぞ!」
……いやいや、どういう原理だよそれ。
俺、一体なんだと思われてんの?
誤解を解かなければ、通る事もここが何処の国なのかも教えてくれ無さそうだ。
「僕らは危害を加えるつもりなんてないんですけどね……どうしましょう」
「どうするもこうするも、相手が話を聞くつもりが無いんだ、無理やり押し通るって言うのも気が引けるし……」
こうなったら森へ戻って反対側から抜けるのも手か?
この村の過疎具合を見る限り、どうにも帝国とかじゃなさそうだし。
ゆっくりと国の都市部を目指す方が賢明かもしれない。
そんな事を考えつつ、引き返す方向へ方針をシフトさせかけていた時だった。
「グモォオオオオ!!」
俺達がいる場所から左にある森の入り口から咆哮と共に、巨大な猪が木々を薙ぎ倒しながら姿を現した。
そして、それに追われるように数人の少年が村へと走っている。
「なっ……あれは、ラージロア!? イムジ達まさか、森の深い所まで行ったんか!」
「やべえって、ダリル! あのままだと村へ突っ込んでくる!」
ラージロアは地球にいたものよりも二回りほど大きな猪型の魔物だ。
冒険者ギルドが定めた討伐難度はC。
駆けだしが若干のリスクを負って狩れる一番強い魔物だろう。
だが、それは装備を万全に整え、冒険者のパーティーが連携を組んだ時の話。
今俺の目の前で追われている少年たちは、ほとんどが布か麻で作った服と短い槍や斧――とても魔物を狩る為の装備をしているとは言えない。
このまま放っておけば大怪我、もしくは死人すら出る可能性がある。
なら、俺が助けるしかないだろうに。
「メイビス、私がいないからって逃げるなよ」
「……お前相手に逃げれる算段が思いつかないし、やるだけ無駄」
呆れたようなメイビスの声を後ろに聞きつつ少年たちを助ける為、俺はラージロアにつま先を向けて勢いよく地面を蹴った。




