66.女児には秘密が多い
メイビスが倒れてから数時間後。
既に辺りには夜の帳が降りており、俺たちは丁度いい広さの空間であるこの場所で野営をしていた。
「……ん」
「あ、目が覚めたか」
パチパチと爆ぜる焚火の音で目が覚めたのか、寝ぼけ眼の少女が徐に起き上がる。
いつもの二割増し程ジトっとした瞳で俺を見て、3秒経ってからようやく意識がはっきりしたらしく、掛けてあった毛布を跳ねのけて後退った。
「あんまり動くなよ、まだ傷塞がってないんだから」
「え……?」
俺が焚火を見つつ横目でそう言うと、メイビスはようやく自分の体に巻かれた包帯に気が付いた。
まるで『寝ている間に何かされたのではないか』と疑うようにペタペタとしきりに体のあちこちを触り、何処も異常がない事を確かめると、今度は胡乱気な目で俺を見る。
「まさか、恩を売ったつもり……?」
「そんなつもりは………………あるな、大いにある。感謝して情報を全て私に寄越せ」
「嘘、その間、絶対今考えた」
「バレたか」
メイビスは不満気な顔で、それでも這うようにして焚火の前へ戻ってくる。
やはり警戒はしているようで、距離はかなり取っているが。
「まあ、お前はアイツに感謝する事だな」
「あの青年に……?」
俺がそう指差した先には、ランニングシャツのような薄い麻の服を着ただけのアキトが眠りこけていた。
「もしここにいるのが私だけだったら即見捨ててお前死んでたし、その包帯だってアイツが自分の服破いて作ったんだよ」
「……」
とんだ奉仕精神だと、俺は呆れたように息を吐く。
だが、メイビスは何かを考えるようにジッと自分の掌を見つめ――
「……対価、支払う」
「対価?」
「そう、対価。救って貰ったことに対する対価は、支払われなければならない」
そう言いながら三角座りになって膝に頬を預けた。
牢獄の中でも言っていた気がするそれは、きっとメイビスの中の不文律みたいなものなのだろう。
彼女にも譲れない物があったり、彼女なりに生きる目的と理由もある筈だ。それを無意味に侵害する事は、例え敵であっても許されてはいけない。
「この世界は全て等価交換で出来ている。何事にも、対価を支払うべきなの」
「それは、何でもいいのか?」
「見合うだけの価値の物ならなんでも構わない、情報なら……二つ応えられる範囲で教える」
二つ、ならば慎重に質問を考えなければいけないな。
今俺がここで彼女に聞くべき事は、恐らく大きく分けて四つ。
聖女――イミアについてか、聖人について、そして聖国の目的もしくは――――
「――――じゃあ、まず聞くがお前は何者だ?」
「……禁則事項」
「そうか、それならいいが……今のも質問の一つに入る?」
「……私が教えるのは情報と言った、今のはカウントしない。でも特別」
ここへ飛ばされる前も話に上がったが、恐らくメイビスには特定の事柄に対して口に出来ない呪いが掛けられている。因みに根拠は今生まれた。
戦闘の直前、メイビスは自らを『七聖人』と名乗っていた。
だと言うのに、今俺が"何者か"と尋ねた時にそうは答えず、禁則事項とだけ言うのは不自然だ。
つまり、メイビスには七聖人以外になんらかの肩書を持っており、それが禁則事項に触れていたせいで答える事が出来なかったと考えるのが妥当。
それを知れただけでも今の質問は収穫があったと言える。
俺の推測が間違ってたら……もう知らん、その時はその時だ。
「では改めて、好きな食べ物は?」
「……え?」
メイビスは虚を突かれ、驚いたように顔を上げて俺を見る。
そして本気で俺が質問しているのだと理解すると、訝し気な表情で再びこてん、と顎を両ひざに乗せた。
「……葡萄、おっきいやつ」
「葡萄かぁ、いいな。私も好きだ」
大きい葡萄と言うと、真っ先に巨峰が出てくるが……この世界にも似たような品種はあるのだろうか。ベリー系に類似する果物は比較的地球と似通った植生をしてて、味も差異はない為果物好きな俺としては夕食の後に欲しいデザートの内の一品である。
「じゃあ次、明日の朝ごはんは何がいい?」
「……香草のたっぷり効いたスープ」
まさかこんな事で質問を二つ使われるとは思っていなかったのだろう、メイビスの顔が益々疑問気と言わんばかりに曇る。
だが、これでいい。どうせ彼女の身辺の事を尋ねても全部アウトだろうしな。
辛うじて七聖人の一人である事と、自分の名前くらいは名乗れるが――――主義目的思想、誰の命令で動いたか、組織の構成やトップの正体、これから何をしようとしているのか、呪いの実際の効果、聖女の行方諸々全部が禁則事項である事は正体を名乗れない時点で察していた。
「最後に、これは質問じゃないから、答えなくていいけど……お前、これからどうすんの?」
「……分からない」
分からない、ね。
ここから国へ帰るでも、もう一度機会を伺うでもなく「分からない」と答えた。
作戦が失敗した時点で、もう何処にも行く宛てなどは無いのかもしれない。
「邪魔をした私やアキトを殺したいとか、ないのか?」
そう訊ねると、メイビスはゆっくりと首を横に振った。
「お前も私を殺そうとしないから、私も意味のない殺しはしない」
「そっか」
憂うように焚火の火を見つめるその横顔は、不安を抱えたまま誰にも言えない思春期の子供のようにも見える。
俺はそんな彼女の姿に、此処へ飛ばされる前に聞いたアザリアの言葉を思い出した。
「何かを抱えている……か」
人は誰しもが不安を抱えて生きているものだ。
大きさは千差万別だが、それが等しく不安である事には変わりない。
そしてそれらは、抱える人間によって重さが変わるとも思っている。
その人にとっては凄く重くても、一緒に抱えてくれる人が軽々持ち上げてくれることだってあるだろう。
俺の生きることに対する不安はエイジスが片手で持ち上げてくれた。
アザリアの王女として立つ不安は、俺が微力ながら支えてあげれたと思っている。
なら、今暫く彼女の事をゆっくりと観察するのもいいのではないだろうか。
バエルの時のように激しく敵対している訳でも無いし、もう少しメイビスの人となりを見極めるのに時間を費やしてみよう。
結果的にどうしても相容れなかったら、その時はその時だ。
「なあメイビス、暫く私達と……ってうぁ!?」
そう思ってメイビスに声を掛けようとしたのだが、先程まで彼女が座っていた場所には姿が無く――――
「はぁ……はぁ……新鮮な女児の汗の匂い……うっ……! ふぅ……」
「うわぁ……」
俺の服に顔を擦りつけて何やらほざいていた。
「……私は日に一度女の子の匂いを嗅がないと死ぬ病気」
「いや、そんな病気は無いし、私は女児ではないから早く離れろ、ブッ飛ばすぞ」
ドン引きしつつもメイビスを引き剥がそうとするも、腰に抱き着いて離れない。
というか女児というのなら、こいつもそれに相当するのではないのか?
どう見たって外見年齢は14歳かそこらだぞ、私よりも子供だ。
「そんなに女児が好きなら自家発電でもしてろよ、いい加減マジで殴るぞ」
「むう……ケチな奴、そんなだから人に優しく出来ないんだ」
「まるで私の心が狭いみたいな言い方してるが、お前のその変態じみた行為のせいだからな?」
人となりを知ると言った矢先に、俺はこいつの本性を少し知って早くも後悔していた。
まあ、
「……決めた、暫くお前たちに付いていく。なによりルフレ、お前がいないと私が発作で死ぬ」
「それには激しく同意しかねるが、一緒に行動するって言うのは私も言いたかったことだ」
「んっぐ……あれ、二人とも起きてたんですかぁ、というかそんなくんずほぐれつ……なにやってるんです……?」
「卑猥な表現をするな!」
一人旅に戻るのは少し寂しかった事だし、少しうるさいくらいで丁度いいか。




