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閑話.グリュミネ鉱山

 グリュミネ鉱山で行われているのは主に鉱石の採掘、そして製錬だ。


 切り崩した岩を運ぶことや、その他の雑事を合わせてそれらは全て奴隷の仕事。およそ1000人近い数がいる彼らは、日替わりでそれらの仕事をこなしている。


 ジン・シールダーも例外なく、今日は溶鉱炉の前で延々と鋳造作業をする予定だった。

 

 朝、けたたましい銅鑼の音で目を覚まし、朝食に半ば腐ったパンと水だけを与えられ、碌に腹も満たされぬままに駆り出される。


 隣を歩く壮年の奴隷も後ろを付いてくる若い女も、誰も彼も頬は瘦せこけて目は落ち窪み、まるで死を待つだけの家畜のような様相だ。いや、もしかすると肥え太ったそれらの方がまだマシかもしれない。


 ただ、こんな状況でもまだ目が死んでいない者もいる。それらはまだこの鉱山へ入って日が浅いか、あり得ない程に精神が強靭かの二択だが、大抵の者が前者。


 そんな、日の浅い者の中には勿論子供も含まれる。


「あ……」


 ジンの目の前で間抜けな声を上げ、抱えたパンを地面へ落としたのは先日連れてこられた亜人の少女だった。

  

 飴色の髪の頭頂部には猫のような耳が一対生えている。


 その他にも臀部から伸びる尾や特徴的な刺青が頬に入っており、これらは全て妖猫族(ケット・シー)の特徴に当て嵌まっていた。


 アルトロンド領内では亜人及び魔人の排斥が当たり前になっている為、こうして労働奴隷として彼女らのような者が連れてこられるのは珍しくない。だが、ジンはそんな猫耳の少女に幾何かの違和感を覚えていた。


 昨日連れてこられた新入りだと言うのに、ガリガリに瘦せこけた手足。

 それと相反して琥珀色の瞳だけは、未だ生きる事を諦めていない光が宿っている。


「チッ……」


 ジンは、かつて見た竜人の孤児を思い出し、舌打ちをしてその少女の横を通り抜けた。

 違和感の正体を呑み込むように、口を引き結んで。


 すぐに人の波に攫われ、落としたパンなどを気にしている間もなくこの場所の過酷さを知ることになるだろうと。



***



「おい1028番、何チンタラやってやがる! とっとと運べぇ!」


 太陽が丁度一番高い所まで昇った頃――――と言ってもそれを確認する術は無いが、ジンの作業する溶鉱炉付近にて監視兵の声が響き渡った。


 ふと顔を上げて見れば、怒鳴られているのは今朝の猫耳少女だ。子供と言う事で、多少は小さいがそれでも身の丈程もある木箱に入った鉄鉱石を抱えて歩いている。


 元来妖猫族は力が弱い代わりに俊敏性や、手先の器用さに優れた種族だ。こんな重労働など最も不向きなのだろうが、ここでそんな言い訳などが通用する筈も無く、ただ見張りの兵を苛つかせる要因にしかなり得ない。


 それに加え今日の監視兵は特別奴隷への当たりがキツイ、所謂ハズレだった。


 彼らも日によって担当する区域が変わるらしく、アタリハズレがある。アタリの場合、奴隷の監視など程々に隅っこで酒盛りを始めるので、奴隷たちも多少なりとも手を抜くことが出来た。


 つまりはハズレの監視は働き者と言う事になるが、ジンや少女らにとってはいい迷惑である。


「ご、ごめんなさい」


「ならとっとと運べぇ! 鞭で叩かれてぇのか!?」


 しなった鞭が岩肌へ叩きつけられ、鋭い音が空気を震わせる。


 それを聞いて少女は益々委縮し、涙目になりながら立ち竦んでしまった。こうなるともうあとの流れは決まっていて、監視兵が満足するか少女が無理にでも仕事に戻るまで鞭で打たれるだけだ。


 周囲の奴隷たちはいつもの事だと、憐みの視線を向けつつも各々の作業に戻っていく。

 ここでは誰も助けてくれないし、誰かがこういう目に遭っていても助けてはいけないのだ。


 同じ奴隷という身でありながら、連帯感や結束などとは無縁。見て見ぬふりをすると言う点においては、外界の人間と変わらない。


 だが、


「あ……え?」

 

 ジンは無意識の内に自分の持ち場から離れて少女の元へと向かっていた。

 そして、少女の抱えた木箱を片手で取り上げると、


「……お前が遅いせいで作業が滞ってんだ、早くしろ」


 そう言って元の場所へ戻っていく。

 監視兵はそれを見て何も言わない、口うるさいハズレは仕事さえすれば文句を言ってこないのだけが唯一の救いだった。


「ジンさん……あんたもお人好しだねぇ」

「……仕事が遅いと連帯責任で俺が怒られる、鞭打ちは勘弁だ」


 隣で作業をする親父にそう囁かれ、辟易した様子でジンは言葉を溢す。


 実際鞭打ちの痛みは常人には耐えがたい苦痛で、ジンは既に五回――――一度に数十回叩かれるのを考えると五十回以上もあの激痛を味わっていた。


 それを避けたいと思うのは当然だと言わんばかりの態度に、ジンよりも古株の初老の親父は苦笑を漏らしつつも作業の手は止めない。


 この鉱山は三つの区画に分けられ、今ジン達がいるのが第三区画。


 番号制で管理された奴隷の中で、200番から600番、そしてつい先日入った1000番から先の28人が働いている。


 第一区画はジンが奴隷になるよりも遥か昔、十年前には既に存在し、第三区画は最近開拓されて、ジンの後に入って来た奴隷の殆どがそちらにいた。


「どっちにせよ、仕事を覚えなきゃこの先生きていけねぇよ」


「違いねぇ」


 ジンはそう言って、再び熱された鉄を金型へ流し込む作業へと没頭していく。これが一体何の為に行われているのかも知らず。


***


「おいテメェ! なにしてやがんだよ!」


 仕事を終え、ようやく体を休められると食堂の隅でカビたパンと腐った肉のスープを啜っていたジンは、そんな怒号に顔を上げた。


「デジャヴか……?」


 そして、懸念というかなんというか、案の定その声の発生源にいたのは猫耳の少女。

 この一日でこの少女は一体幾つ問題を起こせば気が済むのだろうかと、呆れ半分に様子を伺う。


「俺の分の飯が無くなっちまっただろうが! どうしてくれんだよオイ!」


「ごめんなさい……」


 そう叫ぶ男の服とも呼べない服には、何か濁った水のようなもののシミが広がっていた。

 そして足元には木をくりぬいたお椀と、土埃に塗れたパン。


 恐らくは少女と奴隷の男がぶつかったのだろう、その勢いで今日の分の食事を落として激昂している。

 

「謝って済むと思ってんのか!? 弁償しろやおい!」


「ごめんなさい、できへん……」


 そりゃ無理だろうな、と肩を竦めてジンはパンを半分に千切る。

 すっかり堅くなったそれは細かく千切ってスープに浸さなければ、とても食べれたものでは無い。


「……」


「……なら、お前その体使わせろよ、おい」


「――――ッ!」


 男の言葉に、幼いながらもそれが何を意味するのか理解して、少女はビクンと肩を跳ねさせる。


 ジンもその言葉を聞いてパンをスープに浸そうとする手を止めた。丁度思い出してしまった忌々しい過去の記憶に小さく舌打ちをすると、何を思ってか席を立って諍いの場へと向かう。


 下衆な思考をする男を怯えた目で見る少女。

 いつかどこかで見たような光景だと、溜息を吐く。


 それから、


「なんだよジンじゃねえか、邪魔すんじゃねえよ」


「……これ、やるからもう座れ。他の奴らも疲れてんだ、あんまり騒がないでくれよ」


 そう言って自分のスープと、半分になったパンを男へと渡した。


「チッ……次はねえからな」


 かなり威力のあるジンの眼力と、周囲からの疎まし気な視線に男はスープの入った椀をひったくって去っていく。


「あ、ありが……とう」


「知らん、面倒事を起こされるのが嫌だっただけだ」

 

 ジンもそう言い放つと、猫耳の少女を一瞥して踵を返した。


 ――――明日からはどんな面倒事が起きようが絶対に関わらないと心に誓いながら。

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