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7.初めての実戦

 コボルドは直ぐに見つかった。


 村の近くの森の中に、数匹の斥候が立っているのを目視出来たのだ。

 

 俺の視力は通常でも人間の数倍は遠くの物を視ることが出来る。それに加えて《識見深謀》も使えば、多分砂漠でコンタクトレンズを探せるだろう。

 

「よし、取り敢えず借りもんだが、これ使え」


 そう言って師匠が手渡したのは、刃渡りの短い鉄剣。


 俺が持つには少し大きすぎるくらいだが、膂力には些かの自信がある。コボルド相手であればそう遅れは取らない筈だ。


「俺が先に行くから、お前は退路を塞いでどれでもいいから一匹叩け。残りのは俺がやる」


 その指示に無言で頷き、俺はエイジスと別れて森の中に入った。


 鬱蒼と茂る木々の中を、極力音を立てないように歩く。丁度コボルドがいた位置と直線になるような場所までやって来ると、息を潜めて静かに合図を待つ。


 そうしている間にも、遠くから歯軋りにも似た奴らの鳴き声が聞こえる。


 人語を介さない魔物の言葉だが、同じ魔種である俺にはその意思が少し理解出来た。外国人へ身振りで意思を示せるようなものだろうか、直感的なもの故に口頭で説明しようにも難しいだろう。


「……大きな赤? 銀色?」


 とはいえ、奴らの言葉は抽象的で要領を得ない。


 何か、大きな赤いものに怯えているという事以外は、何を伝えたいのかが今一つ理解出来なかった。大きな赤と言えば、思いつくのは太陽。聖の象徴である日光を嫌う魔物らしいと言えばらしいが、俺的にはどうも違う気がする。

 

 ……おや、まだコボルドの会話が続いているようだ。

 

『大きな赤に追い立てられ、森から人里までやって来てしまった。そして人と遭遇し、慌てて森へ逃げ込み、どうしようか思案中』


 本能に基づいて吐き出された言葉は大分端折ったものの、要約すれば上述の通り。奴らは森へ現れた上位者に棲み処を追われてここに来たという。


 が、そんな事情で見逃す訳にはいかない。下級と言えど、コボルドは魔物で、人を襲うのだ。今襲わなくとも、いつか襲う。

 

 そういう仕組みになっているから、俺達は魔物を狩る。


「キィ!?」


 コボルドが一際甲高い声を上げた瞬間、先頭の一匹の首が宙へ跳ねた。


 スプリンクラーのように飛び散る血潮と共に姿を現わしたエイジスが、頭部と泣き別れになった胴体を蹴りつける。


「ギギィ!」


 それを合図に俺も剣を抜き、退路を塞ぐようにコボルドの集団に向かって行く。念のため《識見深謀》を発動して、最も俺から近い一体に標的を定める。


「っ!」


 だが、コボルドは小柄な俺ならば突破できると、鉈のような武器を振り上げ迫った。

 

 慌てるな、教わった事を忠実にこなせ。


 掌に感じる柄の感覚から伸びる一筋の刃、それによって目の前の敵を切り伏せる。ただそれだけを考え、相手の動きに合わせて体を横へ動かした。


「――――《鋼斬(こうざん)》」


 流水のような勢いで飛び掛かるコボルドの脇をすり抜け、同時に刃を添わせるようにして交差。その直後、コボルドの胴体は俺の刃に切り裂かれ、真っ二つに裂けた。むせ返るような血の匂いと、肉を斬った感触が掌から鮮明に脳へ伝わる。


 正直忌避すべき感覚だろうが、背徳感が這い回る感じが何とも言えない。


「そっちに一匹抜けるぞ!」

 

 そんな一瞬浮ついた俺の思考はエイジスのその言葉で頭が冷え、現実へと引き戻される。

 

 追い立てられるようにこちらへやって来るコボルドが一匹。俺は返す太刀で、相手の動きと同調させるように剣を添える。眉間へ迫る剣先に目を見開くが、既に相手の動きとは正反対の方向に俺の剣は振り抜かれていた。


「ギ――――」


 横薙ぎの一閃はいとも容易くコボルドの頭部を切り裂き、脳髄が辺りへ撒き散らされる。


 嫌な水音と共に地面へ跳ねる血肉を尻目にし、奥にいるもう一匹へ斬りかかった。ただ、目の前で仲間を二人やられ、どうしたらいいか分からないコボルドは右往左往するのみ。


 動かない標的などは練習用の木人も同然。


 一歩で距離を詰め、先程までとは違う力強い剣閃が煌めいた。刃の部分と身の両方を宛がうようにして脇腹へ剣を叩きつけると、骨の歪む感覚が掌を伝う。そのまま振り抜けば、衝撃と共にコボルドの体は地面を数度跳ね、最後は木に打ち付けられて絶命した。


 今使ったのは弧月流の剣技、《裂破(れっぱ)》。


 やって来るコボルドは反撃主体の神鉄流で対処できたが、攻勢に転じるには弧月流でなければいけない。尚、俺が今現在修得しているのは裂破のみなので、さもありなん。


「……ふぅ」


 早鐘のように打つ心臓を宥めるように息を吐き、視線を奥へ向ける。


 どうやらエイジスの方も終わったらしく、剣を鞘に納めて肩の筋肉をほぐしていた。ただ、その足元に転がる無数の死体を見れば、俺の倍以上の数を仕留めているのが分かる。


「お、そっちも終わったか。怪我は……してないようで何よりだ」


 討伐数は三と、師匠の三分の一という結果だが、初戦はなんとか無傷の勝利で終える事が出来た。学んだことは問題なく使えていたのだし、いい感じではないだろうか。


「じゃ、とっとと剥ぎ取りしてずらかるぞ。血の匂いに誘われて何が寄ってくるか分かったもんじゃねえ」

「分かった」


 倒した魔物からの剥ぎ取りは勿論冒険者の貴重な収入源だ。


 獣系の魔物なら毛皮や角、肉。そしてなにより、魔物が落とす魔石がかなり金になる。


 魔石というのは魔物が体内に有する結晶のようなもので、魔力を溜め込む性質を持つ。そして、冒険者が剥ぎ取ったそれを職人が魔晶石へ加工すると、魔力を籠めて様々な用途に使用する事ができるようになる。 


 単純に杖へ埋め込み、魔法の威力の底上げに使ったり、いざと言う時予備の魔力として取り出して使ったり、属性を付与して灯りにしたりと、多岐に渡るのだ。


「ま……やっぱコボルドじゃあんま質の良いのは取れねぇな」


 エイジスの言う通り、下級の魔物から取れる魔石の質はたかが知れてる。


 強い魔物であればある程、魔石も純度と大きさを増していく。それと……魔石は魔物だけでなく、魔人の体内にも存在するのだ。魔人が生む魔石はかなり純度が高く、闇市で非常に高値で取引されるらしい。


 なので、ある地域では過去に魔人狩りが横行し、とんでもない虐殺事件があったとか。

 

 魔石の有無、これは人間が魔人を差別する原因の一つでもあるだろう。かくいう俺も体内に魔石を持っている筈である。と言うのも、魔石の有無で何か違いがあるのか分からないので、今一つ実感が湧かない。 


 魔法が使えれば、その恩恵にも預かれるかもしれないが。今の俺にはあまり関係の無い話だろう。 

 そんな益体の無い思考の折に、 


「――?」


 俺が魔石の剥ぎ取りをしながら顔を俯かせていると、ふと森の奥から視線を感じた。


 背の低い草の擦れる音と共に、一瞬白銀の尾が視界の端に映る。


「なんだ……?」


 血の匂いに釣られて魔物がやって来たのだろうか? それにしては随分と早いし、気配も無かった。魔物じゃなく、ただの獣かはたまた……。


「キュウ」


「おう……?」


 草木に紛れた影は、一声そう鳴くとそれっきり姿を隠してしまった。この感覚は……あれだ、道端で猫を見つけて逃げられた時と似ている。私を見て逃げたという事は、恐らく害は無いんだろうけど、何となく気になって仕方ない。


 追ってみようとも考えたが、森の奥にはコボルドよりも強い魔物もいる。ここで意味も無く危ない真似をする必要もないだろう。


 この森に生息しているなら、その内また見つける事も出来るだろう。


「なにしてんだチビ助? とっとと帰んぞ」


「チビ助言うなし」

 

 エイジスに呼ばれ、急いで魔石を革袋に詰めて立ち上がる。コボルドの皮はそこそこいい値になるので、それも目敏く回収。


 その時、背後から何者かの碧い双眸が見つめていたと言う事に、俺は気付く事は無かった。

読んでいただき、ありがとうございました。

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