64.鬼謀の影
タイトルやあらすじの一部変更をしましたが、内容自体は変わりませんのでご安心を。これからも本作をよろしくお願いします。
アルバートと別れた俺は、当初の予定通りメイビスの尋問を執り行う為に地下牢へやって来た。
のだが、
「なにこれ……?」
階段を降りた先で見たのは、何やら難しい顔をして考え込んでいるアキトと、それをジッと見守るアザリア達。
アキトの手には一枚の羊皮紙が握られており、彼が書いたらしき文字の羅列が見える。
そして、その正面の牢の中には、鬱血する位にきつく手枷を嵌められ、痛々しい程に全身ボロボロの聖人――――メイビスの姿があった。
「あ、ルフレさん」
「おう、今どんな感じ?」
「それが、ちょっとややこしい事になってまして……これ、見て貰えますか?」
「ちょい待ち、その前に――――」
いち早く俺に気付いたアキトと言葉を交わすと、そのまま手に持った羊皮紙を渡される。
そこには恐らく、彼がスキルによって見たメイビスの情報が書かれているんだろう。
だが、それよりも先に俺は、メイビスの状態について女王に言及したかった。
「……女王様、なんでコイツこんなにボロボロになってるんですかね?」
俺が付けた傷は精々が掠り傷と、後はほんのちょっとの心の傷くらいだ。
しかし、それ以外にもぱっと見ただけで打撲、裂傷、火傷、etc……と五日前の数倍以上の傷が増えている。
「実は……私も実際に立ち会うのは初めてなので確かな情報ではありませんが、恐らく宮中伯達の仕業かと……」
申し訳なさそうに目を逸らすアマリアと、どこか居心地の悪そうなアザリア、リルシィ。
アマリアの言う通り今までの尋問は宮中伯や、騎士達に任せていたと聞いたが……少し俺の考えは甘かったようだ。
「実際、王族の命を狙った相手ですし、厳しい対応をしていると言われればそうかもしれませんが――――これ、ただの暴力ですよね」
「申し訳ありません、尋問に際して暴行は加えるなと伝えたのですけど……」
拷問は効率的に苦痛を与える事で、相手から情報を引き出すもの。
日本での倫理観が残る俺的にはあまり好ましくないが、尋問で情報が出なければ致し方ないとも思っていた。
普通の拷問なら水責め、鞭打ち、爪剥ぎなど継続的かつ肉体・精神的に苦痛になるように追い詰めて行くものだ。意識を失わないよう、痛みで狂わないようにギリギリを攻めるある種の技巧にも近しいものがある。
だが、メイビスに付けられた傷は明らかにそうじゃないものだ。頬を固い何かで殴りつけた打撲痕、ぼろを着せられた足には刃物での切り傷と火で炙ったような火傷の痕がある。
これは確実にただ溜まった鬱憤を晴らす為だけの暴力、アンネが豚と罵った奴らによる報復なのだろう。それをされても仕方ない事をメイビスがしたのは事実ではあるし、俺は擁護もしない。
そして有益な情報が得られたら、王族殺害未遂の罪でメイビスはタルタロスと呼ばれる監獄島へ送られるか、ここで絞首刑かのどちらかの筈だった。
「けど、そう言う事しない為にアキトを呼んだんだけどなぁ……」
「えっと……何がですか?」
「お前のスキルで情報を抜き取れば、こいつが進んで自白したと貴族たちにも言える。そしたら未遂と言う事も鑑みて、メイビスの死刑は無くなり、結果私が得をするんだよ」
「それって、どういう……?」
「……聞くな、こうなりゃもうおじゃんだから」
貴族たちがこういう態度なら、もうこの手は使えないだろう。死刑を取り消そうとすれば当然ブーイングの嵐だ。
「……本当に愚か、人間の本質は昔からこれっぽちも変わっていない」
そんな俺達の会話を聞いてか、メイビスが一言吐き捨てた。
確かにそうだな、人間の本質っていうのは極論『無駄』というこの一言に集約される。
生きる為に必要な事以外の無駄な事を考え、無駄なことをし、そして無駄に他者を傷つける。
どうしようもなく愚かで、間違える生物なのだ。
「えっと、それでルフレさん……その人についてなんですが……」
「ああ、そういえば忘れてた」
今の会話も含め、俺自身無駄が多い生き物だしそれが悪い事とは思わないが。
「その紙に僕が書いた内容が少し問題でして……」
アキトに促されてようやく手に持った羊皮紙に目を通す、どうやら一番上から箇条書きされているようだ。
「名前はメイビス・メリッサハーツ。性別女、年齢……450ね、うん。まあいいや」
取り敢えずツッコミたいのを抑えて、目で文字を追っていく。
人の年齢まで暴けるのはちょっとどうなんだろうと思わない事も無いが。
「これは、ステータスか。STR……って、ゲームかよ。しかもこの文字……」
「ゲーム……?」
「うん……いや、何でもない」
懐かしい単語を目にし、思わずそんな事を口走った俺をアキトが訝し気に見た。
そりゃゲームなんて概念この世界には無いから当たり前だが、にしてもSTRとか、AGIとかの表記は無いだろ……。
いや、まあスキルというトンデモ概念がある時点でそういう話は野暮だと思うけど……
「……っ」
「見ましたか、それがさっき言った問題ですよ」
ステータス欄の下、状態へ書き殴られた"呪い:口呪"の二文字。
これは先程のゲーム的表現で言えば即ち、状態異常:呪いが発動している事になる。
一体誰が何の目的でどうやって彼女に呪いを掛けたのか、分かるのは口呪――即ち発言に関する何らかの制約が敷かれていると言う事のみ。
「すみません、まさかこんなものが掛けられているとは……女王様たちの知りたい情報もありませんですし……」
「そうか、いや、いいんだ」
確かにこれは情報を抜き出す以前の問題だろう、四人がメイビスに何か聞くでもなく押し黙っていたのは理解できた。
「……恐らくは秘密保持の為の呪いと見ていいでしょう」
「そうですね、それに……もし、無理やり喋らせる事が引き金になるタイプなら厄介だ……」
呪いとは、魔法とは違った形で存在する異能の力。
一般的には"呪法"と呼ばれ、魔法と合わせて"魔術"という一つのジャンルを形成している。
呪法は直接攻撃的な魔法とはまた違った、内面への攻撃を主とする力だ。
主に対象者に喋る内容を限定させたり、ストレートに体調を悪くしたり、術者に都合のいいように洗脳を施したりと、質の悪いものばかり。
メイビスは呪いによって必要な事以外を口に出来ない、あるいは口にした瞬間に彼女もしくは会話の対象者に何らかの危害を加えるように細工がされていると考えていい。
もし仮にそうでなかったとしても迂闊に口を割らせるのは危ない、というかこれでは情報を引き抜くのはほぼ不可能と言っていいだろう。
「……分かった? 私に何を聞いても無駄」
ここで初めて、顔を上げて笑みを浮かべたメイビスが俺達を見た。
成程、貴族連中が暴力に訴えたのは、きっと呪いで何も喋らないからというのもあったのか。
「でも、対価を支払うのなら一つだけ教えてやってもいい」
「対価……?」
そう言ってメイビスはアマリアをジッと見据え、紫紺の瞳を細める。
「アンネの身の安全を保障すること」
「それが私達が支払う対価ですか……いいでしょう」
「……む、今代のフラスカの王は物分かりが良くて助かる」
おいおい即決だな、というかここにきてアンネの身の安全と来るのか。
一方的な盲信かと思いきや、そんなに悪い扱いは受けてなかったらしい。
「それで、お前が教えてくれる情報って言うのはなんでもいいのか?」
「……駄目、私が決める。でも、これはお前たちの必要としている情報だと思う」
「私達の……一体何を」
「現教皇、ルース・ゲインはアルグリアとアルトロンドとの――――――戦争を画策している」
「……ッ!?」
メイビスの言葉に、俺を含まない全員が驚愕に目を見開いた。
アマリアは驚きの余り手に持った扇を取り落とし、肩を震わせている。
「そ、それはつまり……イグロスが裏で戦争を勃発させる為の工作をしていると言う事ですか?」
「言えないというか、そこまでは知らない。今の教皇とは付き合いも浅いから、何がしたいのか分からない」
他国同士で戦争を起こさせる為の工作。
何故メイビスがこの情報をアマリアに伝えたのかは容易に想像できる。
フラスカは貿易都市国家と呼ばれる程の産業大国だ、勿論武器防具も大量に輸入している。
予め戦争が起きる事が分かっているなら二国間の目の前でそれらをチラつかせて、一方的に得をすることだって可能だ。
血に塗れた歴史を歩んで来た地球において、戦争が経済を循環させる事は証明されている。
「……お前、女王に死の商人になれって言ってんのか」
「別に、私は口を滑らせただけ」
誰かが泣けば誰かが笑う――――軽い言葉だが、確かにその通りだろう。
「……」
押し黙るアマリアと、事の重大さを理解して青褪めるリルシィ、アザリア。
アキトも何となくだが分かっているのか、不安そうな顔で俺を見ている。
……やばい、とんでもない事に首を突っ込んでしまったかもしれない。
俺はただイミアを探していただけで、国同士の問題にまで関わるつもりは無かったのに。
「というか、お前そんな重大な秘密をばらして、問題ないのかよ……?」
「……んふ」
何で笑った? と思う間もなく、尻尾の毛が魔力を鋭敏に感じ取って逆立つ。
「ね、悪役が重要な情報を惜しげもなく口にする時は、どんな時か知ってる?」
「お前、まさか――――」
直後、拘束されている筈のメイビスの足元から地下牢一杯に魔法陣が展開される。
魔法の使用を禁止する拘束具を付けていた筈だが、どうやって外したかもわからない。
だが、今からこの魔法の発動を阻止するのが間に合わない事だけは分かった。
予め仕込んでいたか、時限式の陣を体のどこかに隠し持っていたか……。
「正解は、自分の勝利を確信した時」
魔法陣が完全に展開され、禍々しい黒の魔力が溢れ出す。
「アマリア、先程の対価は必ず守れ」
そう言いながら浮かべた、悍ましい程に可憐で、底の見えない暗がりのような笑みを見て、俺は初めて恐怖を覚えた。
「何を、あなたは一体……!? これはどういうことです!」
「……じゃあ、またね」
その言葉を最後に、地下牢は漆黒に包まれ――――
「"黒霞転移"」
俺は、目の前が真っ暗になった。
更に次の瞬間には既に地下牢に俺とアキトの姿はなく、
「お、お二人は一体何処へ!?」
「母様、メイビスもいません!」
「る、ルフレ……!? どこへ行ったのよ!? 返事しなさいよ! ルフレェ!」
――――残されたアマリアとリルシィ、そしてアザリアは、訳も分からず辺りを見回し、そして、それが複数人を巻き込む転移系魔法である事に数分経ってから気付くことになった。




