63.ライバルに塩を
奥義って響き、いいですよね。これからも軽率に沢山中二臭い技名考えていきます。
「ルフレ・ウィステリア」
「あ?」
会議室での話を終えて廊下を歩いている最中、不意に後ろから声を掛けられ、振り向くとそこにはアルバートが立っていた。
いつもの穏やかそうな笑みを浮かべつつも、少しやつれた雰囲気を纏っているのは気のせいじゃないだろう。
「おう、アルバートじゃん。どした?」
「いやなんだ、後で少し君と話をと思ったが……時間は無さそうだな」
ちら、と俺の前を歩く王女二人と、尋問の為に合流した女王を見てそう言う。
「いいよ、今話そう。ぶっちゃけ私がいなくてもいい案件だしな」
「いいのか……?」
俺が目線で女王へ訊ねると、快く了承を得られた。
尋問自体は彼女らとアキトがいれば済む話だし、俺は後で結果だけ聞かせて貰えればいい。
メイビスも魔法行使無効のアイテムを使って無力化してるから、危ない事も無いだろう。
それよりも俺は、アルバートと話をしなければならない気がした。
「歩きながらで良いかな。座っていると言いたい事が纏まらないんだ」
アルバートはそう言って、廊下を歩き始める。
奴は半歩後ろに俺が付いてきているのを確認し、何度か口を開いては噤み、それを暫く繰り返した後にようやく言葉を発した。
「その……剣は、いつから振ってる?」
「十三歳の時、六~七年前かな」
「ッ……そうか、"俺"は三歳から振ってる」
「それであんなに強いんだな、英才教育って奴か。流石お坊ちゃんは違うねえ」
「冗談を、君の方がよっぽど才能がある」
明け透けな俺の言葉を聞いて、アルバートの顔が少し曇る。
初めて出会った時とは大違いの自信も何も失ったような顔だ。
その原因も、理由も大体わかるが、俺から言う事では無いだろう。
「そっか、それで?」
「え……?」
「言いたい事は嫉妬的な意味で心の籠ったお世辞なんかじゃないだろ」
アルバートは俯き、暫しの逡巡の後、立ち止まって俺の方へ振り向いた。
「一度剣を交えたあの時、相当に手加減してただろう」
「悪かったって思ってるよ」
「……正直、君が怖い。底が見えないんだ。そんな君と俺が互角だなんだと言う騎士団の連中は、君の異常さを分かっていない」
「随分な言われようだな。言いたい事言えとは言ったが、流石に傷つく」
怯えと、畏れ、それからほんの少しの嫉妬の入り混じった青い目が、俺をジッと見据えている。
きっと、これも直接話そうと思うまで葛藤があった筈。
自惚れじゃない、そんなつもりも無かった。
だが、アルバートは――――俺のせいで自信を喪失したんだ。
「竜狩りだなんだと持て囃されて、いい気になっていたのが馬鹿らしいよ。"溜池の中のサハギン"とはまさにこの事さ」
"溜池の中のサハギン"、ねぇ……。
恐らくは井の中の蛙と同じニュアンスだと思われる。この世界のことわざは日本のものをファンタジックにしたようなものが多いが、やはり世界を隔ててもそういうものなんだろうか。
「俺が今、何度君に挑もうが結果は同じだろう。数年後、数十年後もきっとそうだ」
「そうとも限らないとは思うけど」
「いや、俺は一度立ち止まってしまった。王国最強の名に胡坐を掻いて、上を目指す事を辞めてしまったんだ。それを、今も走り続ける君に追いつける道理はない」
そう言ったアルバートは酷く小さく、まるで子供のように見えた。
自分だけの世界から、他を知って、挫折感に打ちひしがれる子供のように。
昔の俺も、そうだった。
子供ながらに現実と言うものを思い知らされ、他を拒絶し、殻に閉じ籠った。
そうやってしまえば楽に生きられて傷つかずに済むが、もう一歩も前に歩くことは出来なくなる。
だから、
「なんで一回立ち止まったら、また走り出しちゃいけないんだ?」
「……っ」
敢えてそう言う。
俺はズルいと。
一度完全に終わったものを、誰のお陰か知らないが二回目のチャンスを貰った。
ルフレとしての人生を走り直す機会を得ることが出来た。
二度言うがこれはズルだと思う。
「私も、何回諦めようかと思ったか分からない……いや、一度は完全に諦めた。辛い事、痛い事が何回もあって、こんな事しなきゃよかった、やめとけばよかったって、後で死ぬ程後悔もした」
「けど、君は才能に溢れた強い人だから耐えられた……違うか?」
「違うよ、私は弱かった。弱くて、そのくせ正義感だけは人一倍で、それでも何も出来なくて、全部失った」
「君が……?」
「そうだ、でもまた歩いてる。そういう失敗とか、挫折とかに背中を押されてな」
だからこそ、彼の才能をここで終わらすことは、既に失敗を経験した俺が見逃していい筈がない。
もう二度と間違えないと決めた以上、俺の目の前でそんな事はさせない。
「それとお前、ちゃんと飯食ってるか?」
「……そんな関係ない話を今する必要は無いだろう」
「違う、まったく違う。ナンセンスだなおい。インテリなのは顔だけか?」
「は……?」
アルバートが少しやつれているのは、落ち込んでいるからだけではない。
これはここ数日、確実にちゃんと食事を摂っていない奴の顔だ。
なにより俺もそういう顔をしていた時があるからよくわかる。
「まず第一に飯だ、飯を食え。これは師匠の受け売りだがな、空腹の奴は何をやってもダメ! お前がダメダメな思考をしてるのもそのせいだ。 まず腹を満たせ、強くなりたいとかなれないとか、そういう話はそれからだ馬鹿野郎!」
「えぇ……?」
俺が一気に捲し立てると、アルバートは気圧されたように顔を引き攣らせる。
「それともう一つ、お前は一回見てるからやるつもりは無かったが――――出血大サービスだ」
俺はアルバートに背を向け、距離を取りつつも姿勢を屈める。
左手は剣の鞘へ、右手は柄へ手を掛けて右半身を正面へ戻すと、大きく息を吐いた。
「これは――――」
力を抜くとともに全身に魔力を纏わせ、一瞬で集中の極致へ。
「神鉄流奥義――――"斬鉄剣 朧"」
一歩足を踏み出した途端に景色が目まぐるしく変わったかと思えば、その時既に俺の刀はアルバートの肩の上。髪を数ミリ切った所で止まっていた。
「ヒントはやった、後はお前次第だな」
俺はそう言うと、刀を鞘へ納めてカッコつけながらそのまま歩いていく。
こういう実際の技を見せてヒントを与える、という剣と魔法の異世界においてやりたい事リストの一つがここで達成されたのだ……と、冗談は置いておいて、優秀な奴の事だ。恐らく今ので何か掴めたことだろう。
それをどうするかはアルバート次第。此処まで手の内晒したんだし、立ち直って貰わなきゃ困る…………凹ませたのは俺の責任なので、割と困る。
「……君はずるいな、これじゃもう引き下がれないじゃないか」
「ズルいのは認めるが、引き下がるかどうかはお前が決める事だ」
ま、すれ違いざまの一言と、俺へ向けたアルバートの目に闘志の色が宿っていたので問題ないとは思うが。
けど、もし身体強化をマスターされたら、次に会った時はマジで負けるかも知れんし、俺も最近サボってた分本気で鍛えるか……。
俺自身頭打ちにはまだ全然だし、伸びしろは十分にある。
世界最強も、魔王も勇者も英雄も目指してはいないけど『それらと戦う事になった時に勝てないにしろ、逃げられるくらいには強くなっておこう』というのが目下俺の目標だ。
因みにイミアを見つけて、襲ってくる聖国相手に完全勝利するのが最終的な目標だがまだまだ全然遠い。
個人の強さ以外にも仲間を見つけたり、そういう環境を作る方向性でもそろそろ考えないといけない気がするな。
補足:神鉄流の技は足運びから奥義まで、最初から誰でも学べる上に習得するだけなら簡単ですが、練度を上げないと役に立たないという設定でございます。そのうち段位みたいなの設定したいですね、範士のエイジスは免許皆伝なので、ルフレが大体その一つ下くらいでしょうか。




