58.舌戦の行方
勢いで書いたので文章とっ散らかってます。その内修正するかも。
「な、なんだ貴様は!」
一体何処から姿を現わしたのか、会場の隅に立つ黒髪の少年に全員の視線が向く。
小奇麗な恰好を見るに、パーティーコーディネートの為にこの場へ遣わされた商会員である事は直ぐに分かった。
しかし、かといって商会員が何故口を挟むのかも分からない貴族たちの訝し気な視線に晒される。
少年はそんな事は気にすることも無くズンズンと歩いていき、ローレインの前で立ち止まる。
周囲は呆気に取られ、止めようとすることも無くただただその少年を見る事しか出来ない。
「あ、どうも。オーキッド商会副会長補佐のアキト・メイブリアです」
「しょ、商人ごときが口を出すでない! これは我々の問題だ!」
大胆不敵、そう言うしかない態度に思わず鼻白むローレイン。
対するアキトは淡々、喋る事を止めようとはしない。
「あの、僕も今来たので、状況は何となくしか分からないんですけど――――」
そこで一度言葉を区切り、ポリポリと頬を掻きながらチラリと倒れた侍女を見て、
「あの人は、どうして死んだふりなんかしてるんですか?」
「――――ッ!!?!?」
そう言い放った。
ローレインは途端に目を見開き、アキトと侍女を交互に見る。
しかもびっしょりと汗を掻き、脇やおでこが凄まじい事になっている。
「な、なにを言うんだ貴様は、あれはどう見たって死んでいるだろう」
「そうですか? 僕には生きているように見えますけど」
アキトは「おかしいなぁ」と言った風に視界の端に何かがあるように目をやると、侍女に近付く為、ローレインの横を通り抜けようとする。
だが、それを阻むようにローレインの私兵が立ち塞がる。
「か、カラマニアを飲んで死んだのだ、近づいたら危ないだろう!」
「ああ、カラマニアって死体から排出される汗とか皮脂からも揮発するから、近づくと周りにいる人も死ぬんですよね」
「そ、そうだ! だから近付いては……」
言い募るローレインはアキトの解説に頷きかけるも、
「あっすいません、それはパラミニノミスでした。カラマニアは直接経口摂取しないと効果が発揮されませんでしたね……って、あれ? じゃあなんで揮発性があると勘違いしてるのに、こんな近くにいるんですか?」
「ぐっ……!」
「……カラマニアを飲んだなんて嘘を吐いて僕を遠ざけるし、変な人だなぁ」
見事にアキトに騙され、自らボロを出してしまった。
「この若造が、嘘吐きは貴様だろうが!!」
「確かめれば分かる事なのに、そうさせてくれないのはそっちじゃないですか」
「そんな必要はない!」
「必要が、無い……?」
怒鳴り散らして無理やり丸め込もうとするローレインだが、その言葉にアキトの様子が変貌する。
「なんで必要が無いんですか? あの……あなたは今疑われている立場にあるんです、もし仮に嘘を吐いていないのなら僕に確認させてもいい筈ですよね。何も後ろめたい事がなければそれくらいさせてもいいと思うんですが、そうさせないと言う事は、生死を確認されたら不味い事でもあるんでしょうか?」
「そんな事は無いっ! 貴様のような何処の誰とも知らん平民に、確認させるのは駄目だと言うておるのだ!」
口の端から唾を飛ばし、ハゲ散らかした頭部に青筋を立てて激昂するローレイン。
しかし、アキトはそれに全く怯む様子も見せず、ただ淡々と事実だけを述べて行く。
「そもそも、直接証拠どころか、状況証拠が一切無いのに王女様を犯人と断定するのはどうなんでしょう? この世界じゃ指紋やDNA判定が出来る訳でも無いわけですし、ただの推察と妄想だけで人を悪人呼ばわりするのは駄目だと思いますよ」
「なっ、でぃーえぬ……? 何を訳の分からんことを!!」
「あ……」
アザリアはハッとしたようにアキトと捲し立てるローレインを交互に見て、涙の溜まった目尻を拭う。
「あ、これは僕の推察と妄想なんで聞き流して頂いて結構なんですが、そこの王女様とあなただと、状況から見て後者の方が企んだ殺人の疑いが高いんですよねぇ」
「な、何をっ……貴様!?」
生前、アキトは直接、間接的にでも犯罪や事件に関わる事は普通の人間の比では無かった。一年間で大体9回、ほぼ毎月なんらかの形で大変な目に遭っていたと言っても過言ではないが、別に事件を解決に導いた名探偵という訳でも無い。
これはひとえに彼が不幸な巻き込まれ体質だからとしか言えないが、そのお陰で培った能力がある。
「あと、その人の手に持ったポーションの瓶、元々何も入っていなかったように見えるのは気のせいですかね?」
「な――――」
視野の広さと、頭の回転の速さ。
目敏く、嘘に敏感な彼はそれに加え――――
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〇空き瓶
ただの空き瓶。
主に水やポーションを入れる為に使われる。
状態:未使用
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《能力看破》がある。
追撃のようにそう問われ、ローレインは顔を真っ青にして固まる。
いつだったかは分からないがアキトはこれが生物だけでなく、物に対しても有効だと気付いた。
その結果、ありとあらゆる物の本質を見抜くことが出来る彼が、これを生きるために使うのは必然。雑草の中から薬草を見つける事も、石ころの中からミスリル鉱石を見つける事も出来るこの能力で商会No.2の補佐にまで漕ぎつけたのだ。
相手の状態が分かるアキトは舌戦において無敵。
彼は転生者だから神童と持て囃されたのではない、アキトは元より――――類まれな才の持ち主だった。
それが実力至上主義のこの世界で通用する場面が圧倒的に少なかっただけ。
彼を捨てた勇者パーティーは勿論そんな事を知る由もないが。
「で、結局通してくれるのか、くれないのかどっちなんでしょう?」
「ぐぎぎぎぎ……戯言を……!!」
歯軋りしながら今度は顔を真っ赤にして怒り狂うローレインだが、これ以上アキトを妨害すれば逆に怪しまれる事くらいは理解していた。
だが、同時に――――
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アンネ
種族:人間
HP:60/60
STR(筋力):30
DEF(防御力):15
AGI (敏捷性):45
MAG(魔力):10
MGR(魔法耐性):10
状態異常:なし
スキル:《幌金霊語》
称号:暗殺者
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このままでは嘘がばれるのも確かだった。
たかだか20歳かそこらの男に追い詰められ、既に伯爵のプライドもクソもない。
いっそ、このままばれてしまうのならせめて、ともいう気持ちもあったが――――
「……命令に背いた?」
ふと、人混みの中から、やけに明瞭にそんな声が響いた。
ローレイン含め、アキトも、誰も彼もがその声に振り向く。
「……駄目、お前はもう取り返しのつかない事をしたの、後戻りしようと思わない事」
そこにいたのは、まだ14かそこらの少女。
桃色のブロンドヘアーを腰の当たりまで伸ばし、外見不相応な漆黒のドレスを着ている。
そして、
いつから、一体いつからそこにいたのか誰も分からない。
眠たげな紫紺の瞳でローレインを見つめるこの少女に、他の貴族は全く見覚えが無いのだ。
「……わざわざ間諜のアンネを死んだようにみせかけて、そこの第二王女が本当に持っているのかを知りたかったのに……この役立たず」
「あ、あ、ああああ、あな、あなた様、は……どうしてここにっ!!?」
ただ、その可憐な少女を見て、ローレインだけは眦が裂ける程に目を見開き、ガクガクと震えながら滝のような汗を流している。
「も、申し訳ありません、メイビス様、で、ですが、わ、わたし、わたしは」
「……言い訳はいい、契約の遂行は絶対」
冷たくそう言い放ち、コツ、コツ、とヒールの音を響かせローレインへ近づく少女。
ローレインはただ、子供のように震えながら立ち尽くすだけで、一歩も動けない。
「……お前はとっくに堕ちているんだから、もう命を惜しんだらそこで終わり」
「あ、はが……あっ、お、おやめください、やめ、やめてっ! やめろ、やめろぉ!!」
少女は腰が抜けてへたり込んだローレインの額へ手を翳すと、涙と汗と鼻水でグチャグチャになったその顔が――――
「ぎぁ」
――――弾けた。
肉と骨と血が辺りに飛び散り、頭部を失ったローレインの身体は仰向けに倒れる。
「黒蟲」
それだけでも衝撃の光景で、誰もが驚愕に身動きが取れないと言うのに、まだ彼女による惨事は続く。
「ギ、あぁ、ギいぅあ」
少女――――メイビスのスカートの裾から黒い瘴気を纏ったミミズのようなものが這い出たと思うと、ローレインの身体を食べ始めたのだ。
肉を食い破り、骨を砕き、貪り食うそれはローレインの体内へ侵入し、体を乗っ取った。
死んだはずの男がゆらりと、幽鬼のように立ち上がる。
失った頭部には代わりに真っ黒い靄が立ち込め、全身から黒い触手が顔を覗かせている。
「な、んだ……これぇ!!?」
アキトも何かのゲームで、こんなモンスターを見たことがあった。
ヘッドショットによる一撃で殺さないと、頭部から大量の寄生モンスターが湧きだしてくるゾンビ。
目の前の存在は、正しくゲームの中のソレだった。
だが、これは現実。
画面越しとは違う、震える程の恐怖が襲ってくる。
そして、このモンスターが殺すのは当然――――
「……あの黒いのと灰色を捕まえろ」
本物の人間だ。