56.求婚はちょっと願い下げ
エルマ君、後々また出てくるのでその時は思い出してあげてください。
――――ぶっちゃけた話、退屈だというのが俺の感想。
パーティー会場は確かに豪華で、テーブルに並んだ色とりどりの料理は美味しそうだ。
各国から訪れている貴族も、全員がモデル並みの美しさをしている事からもこれはとても大きな催し何だと言う事も十分に理解している。
だが、それを差し引いても……退屈だった。
「これはこれは、アザリア第一王女殿下に置かれましては……」
「ご機嫌麗しゅう、ブラム辺境伯様。この度は妹リルシィの誕生日会にいらしてくださって、誠にありがとうございます」
すっかり禿げあがった頭にハンカチを当てながら、そう言ってペコペコと頭を下げる隣にある小国の貴族。
対してアザリアも定型文の如くお淑やかな言葉で返事をするのみ。
それがかれこれ二時間近く、人がやって来ては去って、やって来ては去っての繰り返しだ。
アザレアとリルシィは飲み食いするどころか、それこそその場から移動する事もままならないくらい挨拶回りにやって来た人らの対応で忙しい。
これが貴族、これが王族、全くもってげに理解出来ない人種である。
俺だったら三十分で辛抱耐え兼ねてやけ食いしてる事間違いなし。
二人ともよくやってると思うよ。
実際アザリアは既に半笑いで目の端がピクピクしてるし。
リルシィも何処か疲れた様子で、アルバートに目線を送っている。
だが、それだけで済めばいいのに何故か――――
「失礼、そちらのお美しい御令嬢はどこの家の者だろうか?」
俺にまで声を掛けてくるのだ。
しかもやって来る貴族の7割近くが。
「ウィステリア男爵家の四女、ルフレ・フォン・ウィステリアでございます」
「ほう……これは中々……」
アザリアが俺の代わりにそう答えると、ねっとりとした視線に晒される。
品定めをしているのか、俺なんかを見てどうするのか分からないけど。
「……!」
「どうされました?」
「お、お花を摘みに行きたいのだけど」
「……分かりました」
突然肩をビクンと震わせ、そう言ったアザレアに仕方ないと俺は同行する。
まあ二時間もここで立ちっぱなしじゃ、トイレ行く暇も無かったわな。
一旦部屋を出て、廊下の先にあるトイレへとアザレアが駆けて行く。
ちなみに汲み取り式、その後の排泄物とかは国の管理する家畜と言う名のスライムが全部分解吸収、処理しているらしい。本物の中世ヨーロッパみたいに道端へ捨てる文化は無いし、この辺の衛生面は地球よりも優れていると言えよう。
と言うか、この世界って魔法に頼り切ってはいるが、実際前いた世界の文明レベルと比べると相当に生活水準は高いんだよなぁ。
その内生活に役立つ魔法シリーズの本でも書いてみようか。
もしかしたら魔術師の女子層に大ヒットするかもしれん。
「おい、そこのお前」
ああ、そう言えば冒険者向け講習会でそう言う事言ってた奴もいたっけ。
パーティーに一人は水属性魔法の使える魔術師を入れろだのなんだの。
「おい、聞いているのか!?」
でも実際、水が魔法で出せるのと出せないのとでは、天と地ほどの差がある。
飲料水として日に2リットルでも水が生み出せれる魔術師なら、行商が嫌と言う程喰いつくからな。
「おい!」
「……なんでしょう?」
「お前、先程から何度も呼んでいるのに返事をしないとは何のつもりだ!」
うん、まあ俺の事を呼んでいるのは分かっていた。
分かっていた上で、面倒臭いので敢えてスルーしていたんだが。
怒気を露わにして俺の前に立っていたのは、栗色の髪をした少年。
服装からしてどっかの貴族だろうが、まあ偉そうなことこの上ないな。
こういう奴は下手に出ると付け上がるので、最初から辛口対応がいい。
「私の名前は"お前"ではありませんので」
「……ッ! いや、まあ良い。お前、名前を何という」
「ルフレです」
「ルフレ、そうかルフレと言うのか……お前、明日にでも我がミシリア王国に来い。俺の嫁にしてやる」
名前も知らない貴族の少年は、そう言うと「どうだ、光栄だろう?」とでも言わんばかりの顔で俺を見る。
「嫌です」
「いっ!? 俺に逆らうと言うのか!?」
「名前も知りませんし、そもそも私はアザリア様の側付きですので」
「あ、ああ、俺としたことが名乗るのを忘れていたな。俺の名はエルマ、エルマ・ヴィ・ミシリア。ミシリア王国の王子だ」
ミシリアか……一応聞いたことはある。
確かフラスカの左隣の国で、牧畜が盛んな田舎の小国だ。そんな国の王子様が俺に求婚とは世も末か?
「な、何故嫌がる!? 俺は王子だぞ、お前は王族になれるんだぞ!?」
「興味無い」
「くっ……生意気な、王族に逆らうとどうなるか分かってるのか!?」
そしてもう一つ、ミシリアはフラスカの属国であり、あの女王がその気になれば『はい王家お取り潰し』なんていう荒業も出来てしまう。
少なくともアザリアは俺の事を役に立つと思ってくれているだろう。
アマリアも俺を重用してくれているし、俺を引き抜くとなればそれなりの覚悟がいるのだ。まあ雇用期間はこのパーティーが終われば丁度一ヵ月なので、その時に言えばワンチャン……無いな。
「というか、何故私なんだ? もっといい女性は何人もいるだろうに」
「お、王族相手にそんな口を聞くなっ……!」
おっと、ついつい素の口調が出てしまった。
「と、ともかく、俺はお前が気に入ったのだ。だから俺と来い!」
「嫌だ、ぜっっっっったいに嫌だね」
まあいいや、最近いい加減敬語にも疲れて来たところだし。
こういう生意気なガキには遠慮なんて物はいらないだろう。
元々俺は日本人で、そんな階級制度とは無縁だったんだ。
「そ、そこまで嫌なのか……」と、露骨にショックを受けるエルマを余所に、アザリアがトイレから出て来たのを見つけてその横を通り抜ける。
「アザリア様、トイレ長いです」
「しょ、しょうがないでしょ! 緊張してお水いっぱい飲んじゃったんだから」
「アザリア様も緊張するんですね、意外です」
「どういう意味よ!」
うん、気が強いと言ってもこっちはなんだか落ち着くな。
漫才のツッコミのようで心地いいテンポを感じる。
だが、
「では、戻りま――――」
そんな事を考えていた直後、
『キャアアアアアッ!!!』
俺がアザリアにそう言い終える前に、絶叫がパーティー会場の方から木霊した。
***
つまらんパーティーだと思った。
第二王女の十二歳を飾るお祝いだと言うが、どうせ貴族のジジイ共が腹を探り合うだけの会だ。
俺の国はこの国の属国で、どう足掻いたってその権力には敵わない。
今頃親父も女王に謁見しに行って、ヘコヘコ媚び諂っている頃だろう。
どうして他国の王族に頭を下げなければいけないのか、甚だ疑問だ。
俺達だって王族じゃないのか? 何代も前の血族が戦争に負けたから俺達も下に見られなければいけないのか?
ああ、腹が立つ……。
女共も皆、有力な貴族に取り入る事しか考えていない。
生まれつきの顔を否定するわけでは無いが、そこを磨かずに高いドレスと装飾品で着飾るだけの女はもう飽きた。
男をただのアクセサリーとしか見ていない、腹黒女なんていらん。
俺の求めているのはもっと、こう何者にも穢されていない純真な――――
「――――あ」
そんな、理想像を内心で思い描いていた俺は、思わず間抜けな声を漏らした。
今しがた会場に入って来た集団。先頭はこの国でも最強と呼ばれる騎士、ラインハルト家の次男アルバート。後ろにアザリア第一王女殿下と、リルシィ第二王女殿下。
そして――――最後尾を歩くその少女の姿に俺は目を奪われた。
魔人、それもヒュム族とほぼ同じ外見を見るに、恐らく半魔だ。白磁の陶器のような肌に、それを流れる滑らかな絹糸の如き白髪。紅玉よりも一層眩い輝きを放つ瞳は切れ長で、小ぶりながらも通った鼻筋、花のように可憐な唇がその現実離れした美しさを際立たせている。
すべての顔のパーツが完璧な位置取りで、まさしく神の創造物に等しい顔立ちだった。
着ているドレスもそうだ。紺で纏まったそれは一見地味だが、白い肌との対比が素晴らしく映える。華奢な体や顔に残る危い幼さと、大人の余裕を兼ね備えたその堂々たる佇まいも相まって、彼女は凄まじい存在感を放っていた。
言い換えれば、それは威圧感。
凡人には辿り着けない頂に到達した、圧倒的強者の立ち振る舞い。
あのアルバートと比べても、その風格はなんら遜色ない。
むしろ俺にはあの娘の方が勝っているように見えた。
周囲の貴族共も圧倒されていた、あの娘の放つ圧に。
そして同時に見蕩れていた、俺と同様に。だから、俺は横取りされる前に彼女に声を掛けようと決めた。嫁にして国へ連れて帰るためだ、地位的に言えば俺には逆らえない筈。
しかし。
そんな事を考えて、後を追ったあの時の俺はその後思い知ることになる。
彼女と言う存在が如何なるものなのか、その片鱗でもいいからこの時に気付く事が出来ていれば――――あんな声のかけ方はしなかっただろうに。