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6.少しずつ、強くなる

 一週間後、町はずれの平原にて。


「うーむ……、合格だ。まさか七日で習得するとは……」


 俺は神鉄流の基礎的な構えと型を完璧にマスターした。

 

 最初に識見深謀を使ってエイジスの動きを無理やりトレースしようとしたのが幸いしたらしい。勉強と違い、感覚の要素が半分近くを占める戦闘の技術は掴んでしまえば後は反復するだけだったのも要因だろう。


 それに加えてこの体はかなり物覚えがいいというのもある、一度でも達人の動きを体で覚えてしまえば、スキルの力も相まってほぼ同じ精度で練習できるのは強い。

 

 しかし、本気で何かに取り組んだのなんて久しぶりだったなあ。


 真面目に運動する等は前世において面倒極まりない事の代名詞のように思っていたというのに、意外と楽しかったのも事実。


 まあ、考えてみればファンタジー世界観での修行なんて、RPGのレベル上げとなんら変わらない。関節の可動域も身体能力も前世のヒト種とはかけ離れているから、思ったように身体を動かせて楽しいのだ。


 それから、一週間で習得するとは思っていなかったエイジスの驚いた顔を見れたのは良かった。


「……ゴホン! では、次のステップに進むとするか」


 だが、エイジスも切り替えが早い男だ。


 ちょっと驚いたかと思えば、直ぐに厳めしく表情を引き締めた。ただ……そのキメ顔はもっと別なところで使って欲しいな、おっさん。


 俺がそんな事を考えていると、エイジスは足元に転がった石の礫を拾い上げる。

 

 一体何をするんだ――――


 「うわっ!?」


 なんて疑問を浮かべる前に、拾ったそれを此方へ向けて投げて来た。


 いやいやあぶねえなおい! 結構本気で投げてんじゃん!


 なんとか体を逸らして避けたが、危く胸の辺りに当たる所だった。小ぶりな石とは言え速度が速度なので、痣くらい出来ていた可能性はある。マジでびびった。


「ちょっ、師匠!?」


「今、避けたな?」


「そりゃ避けるだろ! 飛んで来たんだから!」


 俺がそう叫ぶと、エイジスはニヤリと笑う。

 

 何がそんなに面白いのか問い詰めようとした所、間髪を置かずに今度は銅貨が頭目掛けて飛んで来た。


「ッ!」


 完全な不意打ちの一撃は、確実に直撃ルートの筈。が、しかし、俺の体はこの一週間で染みついた基礎の型通りに投擲物を受け止めていた。そんな自分でも驚きの反射神経に、思わずエイジスと銅貨を交互に見る。

 

「ほう、受け止めたか。避けるだけでも十分だったが」


「まさか……これが……?」


「体に無駄な力が入っていなければ、咄嗟の反応も機敏になる。これが神鉄流の真髄ってやつだな」


 エイジスは、まるで最初から私が反応するかのような口ぶりでカラカラと笑う。


 とはいえ、心臓が止まる程驚いたので正直やめて欲しい。


 まあ……確かに型通りの動きで不意打ちを防げたので、納得せざるを得ないが。現状竜人族の身体スペックに甘えているとはいえ、これは実戦でかなり役に立つ力だろう。


「神鉄流に不意打ちは意味がない、どの流派の門戸を叩いた奴でも最初に叩きこまれる常識だ」


「成程、これが私の攻撃が防がれた理由って訳か……」


 いやはや、とんだカラクリである。事前に神鉄流がどういう物か知っていたとて、私がエイジスに勝てたかどうかは……敢えて口にしないでおこう。時に真実とは人を傷つけるものだから。


「次の鍛錬はこれだ、四六時中俺が不意打ちを仕掛けるから、お前は避けるか受け止めるか、受け流すかをしてみろ」


 げ……、それはホンマですか……?


 これが24時間続くという事は、いつ何時でも気の休まる時間が無いという事ではないか。せめて寝てる時と水浴びの時だけは勘弁を――――

 

「っでぇ!?」


 ――――そんな俺の気持ちも他所に、脳天へ軽快な音と共に衝撃が走る。


 どうやら頭に直撃していたのは、薪用の木片らしい。いつの間に取り出したのか、乾燥させたそれは気持ち二割増しで痛かった。


 余りの仕打ちに涙目になった俺が頭を抱えてエイジスを睨むと、


「おいおい、鍛錬はもう始まってるぞ。一瞬たりとも気を抜くんじゃねえ、今が実戦だったら死んでたところだ」


「こんのっ……、クソジジイめ……!」


「あ? 師匠に向かってなんだその口の利き方は」


 逆に睨み返され、思わず口を噤む。


 エイジスは顔が厳めしいので、基本笑っている時以外は怖いのだ。俺的に言わせて貰えば、この手のチョイ悪な感じのおっさんは、前世じゃ割と迷惑な人種だと思っていた。


 というか世のパリピ共は、カースト下位の俺のような人間を馬鹿にして見下しているので全員嫌いだ。偶にDQNは実はいい奴なんて説を吹聴して回る奴がいるが、DQN共が優しいのは身内と自分より強い奴だけ。


 俺の事をアホ面で嘲笑する奴を優しいとは言わない。あれは自分より弱い奴を虐めて喜ぶ根っからの加虐趣味者達なのだ。


「いいか? 俺はお前を半端な強さで一人前にする気は無い、そんな奴は直ぐに死んじまう」


 それでも、エイジスはそんな奴らとは違うのを俺も知っている。


「俺はそんなアホな理由でお前を死なせたく無いし、お前だって死にたかねえだろ。だから死ぬ気で鍛錬しろ、生き抜くために、強くなれ」


 エイジスはそう言って俺の頭をゴツゴツとした大きな手で撫でた。無骨で、無遠慮だが、優しい男の手だ。


 本当は可愛い女の子に痛みを他者に移す魔法の言葉を囁いて貰い、その上でナデナデされたいところだが今日の所はこれで我慢しよう。


 

***




 ――――それから三日間。


 昼夜問わず襲い来るエイジスの魔の手を、俺はどうにか回避していた。


 ある時は本の角、またある時はフォーク、終いには花瓶まで飛んでくる始末だ。尚、最後に関しては、店の物を使ったので二人してシェリーにしこたま怒られたが。

 

 エイジスは本当に何気ない会話の合間に、突然脳天に本を叩きつけてきたりする。食事中も然り、飯を掻き込んでいるかと思えば、手に持っていた皿を飛ばしたりもされた。


 俺はそれを屈んで避けたり、受け止めたりと防ぐわけである……。

 

「いでっ!」

「気が抜けてたぞ、ちゃんと警戒しろ」


 が、三回に一回は必ずと言っていい程被弾する。先程『どうにか』と、言ったのはこういう事で、やはりまだまだ修行が足らないらしい。

 

 一度腹いせとして俺が不意打ちを仕掛けた事もあった。


 背後から忍び寄って冷水をぶっかけてやろうとしたのだが、逆に頭からバケツごと水を被って卒倒した。水浴びも水も嫌いじゃないけど、不意打ちは駄目なのです。




***


そして更に半月経ち、俺の背も少しだけ伸びたような気がする頃。


「じゃあ今日はちょっと実戦でもしてみるか」


「へ?」


 仕事の為に近隣の村へやって来たエイジスは、そんな事を言い出した。一体どういう風の吹き回しなのか、いつも基礎練ばっかで仕事の手伝いすらさせて貰えないと言うのに。


「相手を攻撃する勘ってのも養わないといけないしな、今日の仕事はお前にもやって貰う」


 因みに、今日の仕事はコボルドの討伐である。コボルドとは、上背が人間の子供程度で、犬に似た生き物の頭部を持つ下位の魔物として有名だ。


 冒険者組合が定めた討伐難度はF、初心者が腕試しをするのに丁度いいと言われている。位階で言えば最も低いFのジェリーと同等だ。


 因みに難度は魔物がもたらす被害の規模によって定められており、Fは「一般人が戦えば割と死ぬ」Eは「冒険者でも油断すると死ぬ」Dは「パーティー組まないと死ぬ」はCが「小さな街及び村を滅ぼしかねない」Bが「都市が壊滅する恐れがある」Aが「国を襲う未曽有の危機」みたいな感じで大雑把に決められている。


 余談だが、同程度の難度Eであるゴブリンは、初心者にはあまりお勧めできない。


 はぐれを数匹狩るのならいいが、群れと対峙するとなると一匹たりとも逃がしてはいけないからだ。アレは半端に賢いだけに、生き延びた一匹は知恵を付ける。そうして人間に対抗する手段を得て、どんどん手に負えなくなる。


 それに、逃がせば何処かでまた数を増やし戻ってくる。半端な仕事をして被害を被るのは魔物の住む森に隣接する村々。若い女性の肉が好物の奴らは必ず人のいる村を襲う為、ゴブリンによって少女が行方不明になる事件は後を絶たないのだ。

 

 と、話が逸れたが、そんなゴブリンと比較するとコボルドは森に縄張りを持ち、滅多に人里へ降りてこない。だが、そのコボルドが村の付近へ出没したと言うので、討伐依頼が出されたという。


「村長から聞いたけど、コボルドの目撃情報は実に4年ぶりだとさ」


「成程……珍しい事もあるもんだ、森の生態系が狂っちまったのか?」


 森へ続くあぜ道を歩きながら、俺とエイジスはそんな言葉を交わす。


 この森に生息する魔物は最高ランクでB、他はDやEが平均。そのような感じで均衡がとれており、コボルドもその生態系の中で生きていた。


 故に、コボルドが森から出てここまでやってくる理由も見当たらないが……。


「もしくは、エリアボスでも湧いた……か」


「エリアボス?」


「少し前までこの森の主は灰大熊だったが、討伐されちまったからな。新しいボスが出現していてもおかしくはない」

 

 ああ、そう言えば、冒険者の噂では勇者が倒したとかなんとか言ってたなあ。


 森の主が死んで、新しい魔物が頂点に立つ。当たり前だが、俺の知らない所で命と言うのは廻っているのだ。

 

「ま、いずれにせよ俺達の仕事は変わんねえ。とっとと終わらせて帰んぞ」  


 その言葉と共に、エイジスは俺の背中を叩く。時刻は大体正午丁度。


 昼食に食べたサンドイッチの腹ごなしに、一仕事と行こうじゃないか。

「痛いの痛いの飛んでけ」という魔法詠唱は、この世界にはありません。故に彼、いや彼女がどれだけ望んだとしても綺麗なお姉さんにそういう事はして貰えないでしょう。

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