55.Another.2
アルバート君硬直の理由とは一体……!?
ああ憂鬱だ。
何が憂鬱かって?
そりゃ俺の今の状況だよ。
「とても良くお似合いです」
「まるで本物の御令嬢のようですよ」
午後からあるパーティーの為、アザリア付きのメイドたちに着せ替え人形にさせれられて早数時間。早朝から湯浴みを何度もさせられ、その後はこれでもかと言う位櫛を掛けられ、化粧をされ。最後には数着のドレスを全部着せられてワーキャー言われる始末。
もう色々始まる前から疲れた気分だよ本当、ドレスとか二度と着ない。
メイドたちは似合うと言ってるが、それは平民の感覚だ。俺は今からこれを着て貴族たちの前に居なきゃいけないんだぞ?
「な、なんというか……似合ってるわよ、それなりに」
「……慰めですか」
ほら見ろ、アザリアだってどうリアクションしたらいいか分からずにオドオドしてる。
いつもツン気味のお姫様に気を遣わせるビジュアルってもう……どうなんだ。
もう自分がイケてると勘違いした女みたいじゃん、鏡が見れない……。
けど、それに比べてアザリアは凄い。
いつものツインテールではなく、ハーフアップにした赤髪と白いドレスの対比がとても美しいのだ。
まるで一輪の薔薇――――凛とした佇まいだが、大人の階段に足を掛け始めたばかりの幼さを残す顔立ちも相まって、何とも言えない可憐さがある。強気そうな彼女の雰囲気と、清楚なホワイトドレスの組み合わせも絶妙にマッチしている。
これが本物のお姫様って奴なんだろう。
確かに偽物とは比べ物にならないオーラがある。
うわぁ、俺今からこれと並んで歩くのか、ヤバイな。
誇らしい気持ちもありつつ、いつもの恰好で隣を歩きたいと言う気持ちもある。
護衛と分かる恰好なら、きっとまだ劣等感は覚えない筈なのだ。
「失礼します、そろそろ会場へ行く準備は出来ましたでしょう……か……」
「まあっ!」
そんな事を考えてたら連れだって歩く予定の、リルシィ&アルバートコンビが部屋にやって来た。
なんかアルバートの方はこっち見て硬直してるけど。
リルシィはパァッと顔を輝かせると、いつもは見せない駆け足で走り寄ってくる。
「素敵です、二人ともっ!」
「あらそう? 当然よね」
そんな褒め言葉に対して上から目線の、でも満更でも無さそうな声のアザリア。
「というか、何固まってんのお前……」
「……いや、失敬。君の素顔は初めて見たもので、少し意外だった」
どういう意味だ、というのは敢えて聞かない事にした。
これ以上外見に対する感想を貰うと自己嫌悪スパイラルに陥りそうだからな。
聞きたくない事は聞かなくていいのだ……こういう場面では。
「――――では、行きましょう。主役が行かなくてはパーティは始まりませんから」
***
同時刻
「……そか、それで進捗は?」
「概ね順調かと、既に調理師と給仕の者に一人ずつ紛れ込ませています」
ガタガタと揺れる馬車の中、まだ幼さの残るピーチブロンドの髪の少女が側近と思われる男から報告を受けていた。
「……食事、それから飲み物にも忘れず」
「承知しております、メルビンが滞りなくしてくれるでしょう」
「……準備は万端に、あの娘は私のもの」
「ハッ! 抜かりなく」
凄まじい美貌を怪しく歪ませ、ほくそ笑む姿に側近の男は内心で恐怖を感じざるを得ない。
その幼い外見からは想像もできないが、彼女がその気になれば目の前の自分などは瞬きする間もなく屠られるのだと。
「……とっても以外な見つけもの、これで教皇様もきっと満足する」
その美しい紫紺の瞳が愉悦に細められ、心なしか頬に熱が集まる。
何せ数百年ぶりの大仕事なのだ、彼女にとっては昂らない方が無理な話。
否、"無理やり"にでも昂らせなければ、仕事にならないのだ。
「……リルシィ・ヴィ・フランベルク、あなたは私のもの」
繰り返すようにそう呟き、窓の外に映る王城に想いを馳せる。
これから起きる『惨事を』『大混乱を』そしてそれを自らの手で行う事に対する不安と恐怖と期待の感情を綯交ぜにして。
「……?」
故にだろうか、彼女は背筋を撫ぜる一瞬の畏怖とも呼べる何かを――――あの城の隅から感じた。
気のせいだと思うにはやけに明瞭で、問題と思うには曖昧過ぎる感覚。
だが、『もしかすると自分の予想だにしていないイレギュラーがあるのではないだろうか』
そう思わせるには十分だった。
「……竜狩りは問題外、だとすると……何?」
この胸のざわつきは、一体何なのだ。
あの城で待ち構える何かは、自分の想像を超えた物なのだろうか。
何にせよ、
「……確かめる、私が」
彼女は行くしかなかった。
それが例え大口を開けた竜の口の中でも、逃げ帰る事は許されないのだから。
***
その感覚を久しく忘れていたと言ってもいい。
午後の三の鐘が鳴り響き、王都へ西から眩い陽光が差し込む。
そこから長く伸びた影――――薄闇の路地の中から奴は突然現れた。
イミアがアキトらオーキッド商会と別れ、暫くの滞在の為に宿を探している最中の事。
不意に感じた禍々しい程の魔力に身構えると、奴は徐にこちら側へそのすがたを晒した。
まるで虚無僧のような笠で顔を隠し、錫杖を持った謎の男。
服装は東方由来の物に近く、イミアも文献で少しだけ見たことがあった。
そして、奴は間違いなく彼女――――イミアに対して戦意を見せている。
「ソフラ、先に行っていなさい」
「……はい」
イミアの命令に暫し逡巡するような様子を見せた後、ソフラが小走りで今来た方向へ駆け出す。
「……久しぶりだな」
「私とあなたは、初対面の筈ですが」
「ああ……こちらの話だから、気にしないでくれ」
男か女か、果ては年齢の判別も付かない中性的な声。
かつてルフレに接触した際と寸分違わぬ姿でそこにいる、"何か"。
だが、初対面と自ら言った筈のイミアも、何故か彼?を知っているような気がした。
「……ところで、あの魔人の少女は一緒ではないのか?」
「誰の事でしょうか、私に魔人種の知人はおりません」
嘘。
オーキッド商会の面々には魔人の女性もおり、顔見知りと言っていい。
だが目の前の存在が言うのは、恐らくはそうなのだろう。
この何者かも分からない誰かがどうしてルフレを知っているのかは分からないが、イミアはあの時以上に警戒を強めていた。
その理由は勿論怪しさと言うのもあるが――――
(……格が違う)
目の前の存在と戦って勝てるビジョンが全くもって見えない。
蛇を前にした蛙、竜に睨まれたスライム。
相手がその気になればきっと、木になった林檎を摘み取るような気軽さで、殺される。
五年前なら事前に測れなかった敵との実力差――――これもひとえにイミアが成長しているからこそなのだが、今はそれを喜ぶ暇は無いだろう。
「……まあそう身構えるな、まだ聞きたい事がある」
「あなたに話すような事は――」
「呪いを、解きに行くのだろう?」
「――ッ!?」
図星、またもここではイミア知り得ない情報を言われ、戦慄が走る。
どこで聞かれたかなんて問題じゃない。
あの話は数ヵ月前、此処より遠く離れた北の平原でしたものだ。
「……図星という顔をしてるぞ。それと、解呪したいのなら今すぐ出発した方がいい」
「何故、という質問には答えて頂けますか?」
「……少し難しい、だがヒントならやろう」
「ヒント?」
「ああ、でも」
相変わらず握っている情報の元が分からない。
イミアが呪いに掛けられており、しかもそれを解きにギュリウスまで行くことが何故バレている?
しかし、それもこの直後に感じた違和感と比べたら――――
大差はないだろう。
「俺に勝てたらな」
「ッ!」
一瞬で距離を詰められたイミアに迫る錫杖の薙ぎ払い。
これをイミアは布にくるまれた棒――――ではなく、実体を持つ槍斧で受け止めた。
――――ミスリルハルバード
良質な聖銀を使った槍斧で、店売りの中ではトップの性能を誇る。
だが、頑丈かつ軽量で取り回しが最も楽と言われるミスリルシリーズでの防御でさえも、今の攻撃には0.1秒の対応の遅れがあった。
「だから、そこなんだよ」
「がっ……!」
鍔迫り合いの姿勢のまま、その人物――――仮に男とする、が空いた手によってイミアの顎へ掌打を放つ。
そして、達人同士の死合ではそんな0.1秒の遅れすらも致命傷。
掌打を仰け反って躱したイミアだが、少し掠り、脳に凄まじい衝撃が走った。
まともに喰らっていれば脳震盪どころか、一瞬で意識を刈り取られていただろう。
「まだぬるい、遅い」
「ッ、ッ、ッ!!!」
続けざまの切り上げからの返す太刀で切り下ろし、突きと続く連撃にイミアはただただ防戦一方。
反撃の隙などあろう筈も無く、必死に急所への攻撃を逸らすしかない。
「目で追うな、軌道を予測しろ」
「そんなことっ、言われましても!」
相手は戦闘中に相手へ講釈を垂れる程の余裕っぷりだ。
明らかに実力差がありすぎて、最早勝負にすらなっていない。
「ほら、次は突きだぞ」
「は――――」
先程と同じ軌道を描いて放たれた突きに、イミアは槍斧の柄をぶつける事で相殺を狙うが――――
「悪い、嘘だ」
「ぐっ……!?」
――――軌道が消えた。
確かに突きだった筈。
目を離したつもりも無い。
だと言うのに錫杖は脇腹を狙うように振り抜かれ、横薙ぎにイミアの身体を吹き飛ばしていた。
(似ている……、この男……ッ!)
「う、げほっ……」
フェイント、足運び、そしてこの太刀筋。
その全てが彼の英雄、"蒼の剣士"と酷似していた。
(……まさか、エイジスさんが生きて?)
紛れも無いエイジスが独自にアレンジした神鉄流の剣技を見せられて、一瞬そんな考えが脳裏を過る。
(あり得ない……けれど、いや……そんな?!)
だが、そんな突拍子も無い思考はもう一つの可能性に気付いてしまう。
目の前にいる男の示唆している、ほぼ証明不可能な可能性を。
立ち上がる事も出来ないままその表情を驚愕の色に染めたイミアに、男は静かに歩み寄る。
「お前はまだ弱い」
「わた……しは」
この五年間で強くなったと、イミアはそう思っていた。
「だが、伸びしろの塊だ」
「――――」
けれど、それは大きな勘違いだった。
あと少しで何か掴めるなんて、そんな次元の話ですらない。
強さの頂を登るどころかその麓で這いつくばっているだけだった。
あの時と同じ、何も進歩していない。
――――悔しい
「俺と来い、お前を強くしてやる」
「……ッ」
だから、その言葉にイミアは強く揺さぶられた。
「俺がお前を何者にも負けない――――"最強"にしてやる」
最強。
ああ、なんと甘美な響きか。
魂に響くような言葉を聞きながら、ゆっくりとイミアの意識は沈み込んでいった。
まるで蝶へ至るため、蛹へと姿を変えるが如く。