46.密やかなる進展
今日はもう一本更新予定です。
「……いつの間に」
「失礼、一応ノックはしたのだけど話が盛り上がっていたようで」
「……ごめんなさい、でもアルバートを責めないで。私があなた達に用があったの」
まじか、俺としたことがこんな至近距離の音を聞き逃したのか。
聞こうと思えば吊り橋の警護をしている騎士の欠伸の声だって聞こえるんだが……。
これが敵対的な勢力からの暗殺者だったりしたら、護衛の面目丸潰れだったな。
……次からは気を付けよう、いや本当に。
「それで、一体何の用で?」
「姫様に代わって私が話すよ。なに、そんな警戒しないでくれ、別に君を責めるような内容じゃない」
そう言って、アルバートは困ったように肩を竦めた。
俺コイツ苦手、キザっぽいとことか本当にエイベルとそっくりだ。
一々癪に障るんだよな、イケメンの仕草って。
「単刀直入に問おう、君は何故魔法を無詠唱で扱える?」
「……知らん」
アルバートの問いに、俺はそう答えるしかない。
理由の半分は良く分からないまま使っているからで、もう半分は俺の推論が正しければ口外は控えた方が良い内容だからだ。
「知らん、か。君らしい答えだと思うよ、でもうちの好奇心旺盛な姫君はそれじゃ納得行かないらしいのでね」
片目を閉じてリルシィの事を見るアルバートと、おずおずと言った様子で前に出るリルシィ。
あ、マズイ。早くもアザリアがイライラし始めた。
リルシィはそれを見たのか、慌てて顔を上げて口を開く。
「ルッ……ルフレ様は、水魔法の適性者でしたよね?」
「はい、しかしそれをどこで?」
「実はこの間、庭園で魔法を披露なさっているのを偶然お見掛けして……」
その時に何の詠唱も無く魔法を使っているのも見てしまった――――と。
普段は一応鍵符も口にするようにしていたが、周りに人がいないからと気を抜いていたのが災いしたか……。
そもそも詠唱とはという話になるが、言ってみれば術者が魔法という解を証明する為の式のようなものなのだ。
詠唱、無詠唱の差は式を筆算で解くのか、暗算で解くのかの違い。
俺が最初に魔法を使った際、雷に関するあらゆるイメージを脳内に思い浮かべた。
あの時、なんの詠唱もしていないのに紫電は生まれ、確かに魔法として放つことが出来たのを考えると、詠唱というプロセスは『想像』と『詞を口にする』という二つのどちらか行っているものであり、片方が出来ていればもう片方は必要ないのでは――――という結論に至ったのだ。
この世界の人間は水がどうして生まれるかや火の発生原理を知らない。
だが、俺は水に関して人よりも多くの事を知っており、具体的に頭の中でイメージを膨らませる事が出来る。
それが俺は詞を口にするという過程を省ける理由であり、この世界の人間は逆に想像を省いて魔法を行使しているのだと思う。きっと探せば俺のように無詠唱で魔法を使う奴は見つかるが、基本的にはかなり珍しいものと捉えて問題はない。
なので、
「……とは言っても、無意識の内に使えるようになっていたのでどう説明したらいいか」
「そうですか、無理に問い詰めたようになってしまって……ごめんなさい」
その仕組みを説明する事は相応のリスクがある。
まずこの世界にそう言った概念を持ち込む要因となるだろう。もし俺の様に無詠唱魔法が誰でも使えるようになれると知れば、貴族や国が目を付けない可能性が無いとも言い切れない。そうなったら最悪だ、囲われ、囚われ、一生知識を搾り取られる羽目になるだろう。
ここは天然の無詠唱術士を装って乗り切るしかないのだ。
なのでリルシィの幼い好奇心を満たしてやることは出来ない、すまん。
「やっと――――ようやく私と同じ無詠唱魔法の使い手を見つけたと思ったのに……」
「えっ……?」
***
イグロス聖国第十二代教皇ルース・アルベニア・フォントス・シュバリエ・ゲインは、まるで虫の交尾を見るような感情の薄さで、眼下で跪く男のつむじを見つめていた。
「――――という状況にありまして、七聖人バエル司祭の消息は未だ不明と……」
歯切れの悪い報告を耳にし、それでも尚眉一つ動かさず天上の間に佇むルース。
その横に侍る少女は、ヴェールに顔を覆われ表情も伺う事は出来ないが、床まで垂れる長い灰色の髪が酷く特徴的だ。
先代聖女、イミア・クレイエラの抹殺をアース神より命じられた東地区担当の最高司祭――――バエル・ペルオールが消息を絶ってからおよそ五年。既にもう何十回目になるかも分からないその報告は、最早聞くに値しない。
「死んだか」
ルースが身体の芯から凍てつくような声でそう呟くと、跪いたまま頭を垂れた男は肩をビクンと震わせる。
別に何か感情を向けられている訳でも無いのに、自分の体が石になってしまったかのように感じる程の圧倒的なプレッシャーがあの男からは発せられていた。
仮にもアース教総本山であるこのアリシア大聖堂の大司教であるこの男も、地方司祭ではあるが七聖人という選ばれた力を持つバエルでさえも、あの高みに立つルースとは比較にすらならない。
「新しい聖女の選定は済んだが、そうか、穴埋めをしなければな」
そう言って、ルースは感情の揺らぎを感じさせない瞳を閉じると、その艶のある銀色の髪を指で払いのける。
「オスカントとアルトロンドの司祭に因子適合者を探せと伝えろ」
「御意に……」
改めて深く頭を下へと沈め、大司教が頷くのを見てルースは満足気に椅子へともたれ掛かったが、直ぐに何かを思いついた顔をするともう一つ――――
「……そう言えばフラスカには、聖人がいたな」
「っ! そ、それは流石に教皇猊下と言えど不味いのでは!? 条約違反になりますぞ!」
「なんだ貴様、我に指図すると言うのか?」
「い、いえっ……そのようなつもりは滅相もございませんが、彼の国には竜狩りがおりますし……アルグリアやラグミニアとの強い繋がりもあります。迂闊に手を出すのは時期尚早かと……」
大司教の言葉に、ルースは激昂するかと思いきやその逆、口角を吊り上げて深い笑みを浮かべた。
「構わん、奴なら問題なく事を進めてくれる筈だ」
そう言い、色素の薄い金の瞳を妖艶に細めるルースに、大司教は言葉を噤む。もはやこれ以上の口出しは無用、上に立つ者の思考など凡夫には理解できないのだ。
大司教が早々に立ち去ると、ルースはクツクツと堪えたような笑いを上げ、隣に立つ少女の顎を指でさする。まるで愛玩動物のように従順に、彼の思うようにされる少女はその直後に勢いよく胸元へと抱き留められた。
神の御前である筈のこの場所で淫靡な吐息を漏らす少女の肢体を弄びながら、誰へ向けられたとも分からぬその呟きは広い天井に溶けて消えて行った。
「精々我の掌の上で踊れ、憐れな傀儡共よ」
だが、この測り知れない程の力を秘めた教皇もまた、世界に訪れた小さな差異に今はまだ気付くことは無い。
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