44.不穏の赤い灯火
「でも、そうですね……実は魔法にも計算は応用出来るんですよ」
「魔法?」
俺はそう言って、アザリアに外に出るように促した。
今は自由時間だし、場所は広い場所が良かったので中央庭園を選択。
四季折々の花々が咲くこの城の庭園は、花に興味がない俺でも思わず見惚れてしまう程の美しさがある。
冬が近づいているので椿やサザンカ、パンジーやシクラメン(に似た花)などが見処だ。この世界の植生は地球と酷似していて、農作物系統はほぼ同じだし、植物も多少の違いはあるものの大体同じ。
人間が同じように進化の道を辿っている事を考えると、どこかで分岐した世界なのかもしれないな。
閑話休題。
話を戻すと、魔法の応用についてアザリアに説明するところだった。
ベンチにアザリアを座らせ、俺はその前に立つ。
そして、手を胸の高さ辺りまで持ちあげてお椀の形にし――――
「例えばこの水魔法ですが」
「ッ!!!」
その手の中にテニスボール大の水球を生み出し、維持。
突然現れたそれにアザリアは驚いた様子だが、取り敢えずはスルー。
「プラス、つまり正のエネルギーである熱を足すと――――」
水球が熱を帯び、ポコポコと水泡を立てて沸騰していく。
これは当たり前の事ではあるが当時は考え付かなかったもの。
水をマイナスの力で凍らせるのなら、逆にプラスにして沸騰させる事も出来るのだ。
「そうしてどんどん足し算をしていくと……」
「消えた……!?」
そうしてある一定のところまで行くと、水球が弾けるようにして霧散。
文字通り霧になってしまい、アザリアはまた驚いたように身体を乗り出した。
「足し算の結果ですね、熱を与えるとこうして水魔法で霧を生み出す事が出来ます」
「本当にルフレは何でも知ってるのね」
「なんでもではありませんが、まあ人より長く生きているので」
(この世界の同年代)よりというカッコ書きが付くが。
魔法の応用力はそのまま本人の力に直結するのだ。
今までも俺はこういった小手先の技術に幾度となく助けられた。
霧を生み出せば目くらましに使えるし、暑いときは気温を下げるのにも使える。
沸騰した水は料理や、そのまま湯浴みに使う事だって出来る。
まあ水魔法だと大体が生活力に関するものだが、火魔法とかなら戦闘の幅も広げられるだろう。
俺とアザリアがそんな会話をしている時、
「おや、これはこれはアザリア第一王女殿下、ご機嫌麗しゅう」
「……ッ」
ふと横から声を掛けられた。
その声に振り向いてみれば、そこにいたのは一人の貴族。
贅肉にまみれ、脂ぎった顔に笑いを浮かべている。
(……豚だな)
失礼だが、俺の脳内に最初に浮かんだのはその一言だった。
だってズボンとかパンパンなんだもん。
ベストもいつボタンが弾けるのか不安になるレベルだし。
これは貴族では無く、出荷寸前食べごろの豚なのでは無いだろうか。
「……ローレイン卿」
と言うのは冗談で、この人物はローレイン卿。
王都の程近い場所に領地を持つ伯爵だ。
だが、アザリアはローレインが苦手なようで、顔を見るや否や俺の後ろへ隠れてしまう。
「先程貴方様のお父上とお話をしてきましてな」
「お父様と……?」
「お二人の様子はどうですかな? と尋ねたのですよ。ですがあの方と来たら、アザリア様では無くリルシィ様の事ばかり仰りになりまして!」
ローレインは大仰な仕草でそんな事を言って、憐れむような視線をアザリアに送った。
「いやぁ、これでは次の王位継承もどうなるか分かりませんな!」
「お、王様はリルシィがやればいいのよ……」
「なんと!? そんな弱気な事ではいけませんぞ、アザリア様は第一王女――――王位継承権第一位なのです、くれぐれもその事をお忘れなきよう」
実際に顔を合わせたのは初めてだが、一々発言が気に障る奴だ。
「おっと、もう行かなくては。では、失礼致しますよ……アザリア第一王女殿下」
「……ごきげんよう」
散々言いたい事だけ言って、去っていくローレインを見送ると、アザリアは俺にギュッと抱き着いて来た。
「……ルフレ、私って駄目な子ね」
「そんな事はありませんよ」
……あの豚が言いたかったのは、アザリアを暗に卑下する為の嫌味。
我儘で奔放、頭の方は普通のアザリアと、頭脳明晰で優しく、生まれつき魔法の才能があるリルシィ。
傍から見ている者にどちらが優秀かと聞かれれば、後者と答える筈だ。
次代の王はリルシィの方が相応しい思っている貴族も多い。
だからこうして、アザリアの存在を『よく思っていない』連中が一定数いる。
確かにアザリアは我儘で口も悪いし直ぐに手が出る。
けど、それだけだ。
口が悪いのはあれだが、それは決して性格が悪いという意味ではない。
ただ思った事を口に出してしまうだけなのだ。
なので陰口なんかは絶対言わず、本人に直接言ってくる。
それがまた災いの原因でもあるんだが、これはアザリアの気質の問題だからな……。
***
『見て、アザリア様とリルシィ様よ』『リルシィ様もお可哀そうにねぇ、アザリア様より後に産まれたせいで……』『シッ! 滅多な事を言うものじゃありませんよ』『でも、本当の事でしょう?』『アザリア様もアザリア様で、出来の良い妹を憎んでらっしゃるとも聞きますわ』『この前なんか、リルシィ様から髪留めを取り上げていたのを見ましたし……』『そんな陰湿な嫌がらせを……?!』『陰で何を言ってるか分かったものじゃないですわね』
これは、この前井戸端会議をしている各家の令嬢たちによる会話の一部分。
盗み聞きしていた訳では無く、耳が良い故に偶々聞こえてしまっただけだが。
部外者から見た印象がどんなものなのか、これで良く分かる。
リルシィはどうか知らないが、勿論アザリアはこの事を知らない。
俺が聞かせないようにしているのもあるし、アザリア自体が他の貴族令嬢を遠ざけているのもある。
無意識か、嫌われているのを自覚しているのかは分からないけど。
それを気にしている様子もないので、俺は普段通りに接している。
自分から近づかないと言うのも自衛の一つだ、アザリアはそう言う所はしっかりしているからな。
「ルフレっ! 見なさい、出来たわよ!」
俺が思案に耽り豪奢な壁に背中を預けていると、アザリアが大事そうに手で何かを抱えて俺の元へ走って来た。
その掌の中を覗けば小さな赤い光が灯り、チロチロと燃えている。
「はい、ちゃんと教えた通りに出来たようですね」
「ふふん! 私を誰だと思ってるのよ?」
実は俺がアザリアに魔法を披露した後、彼女は興味を持ったようで、魔法の家庭教師もする羽目になってしまったのだ。
しかも直接俺にではなく、まずバーソロミューに相談する辺り段々と社会の仕組みを分かって来ていやがる。
『姫様がそう言うならば教えて差し上げればよいでしょう? 知識など別に減る物ではあるまいし』
とはバーソロミューの言葉だ。
本気で言っているのでは無く、明らかに契約以上の事をしているのを理解してるのが尚質が悪い。まあ、あの人はアザリアを大事にしている人間だからいいんだけど。そんな訳でアザリアと魔法のお勉強をすることになり、まず初回の授業で彼女の適性を見る事にしたのだが。
"基本元素魔法"の適性を測るのには方法が二つある。
一つ目は真水に対し、魔力を送り込む方法。
これは彼の有名な漫画に登場する水〇式に近い方法で、その人の持つ属性によって水の反応が変わる。
火であれば水の温度が上がり、水上が発火する。
水であれば水量が増して溢れ出す。
風であれば水に波が生まれ、渦が出来る。
土であれば水の中に不純物が生まれ、濁る。
と、分かりやすいのだが、これには一つ欠点があった。
適性とはあくまで個人差があるものなので、結果が曖昧になる事があるのだ。
火の適性があっても水温が誤差レベルにしか上がらない人や、水の適性があっても水量が少ししか増えず、それで揺れた水面で風の適性と見間違う事もある。
なので今回は俺のやった方、もう一つの方法を採用した。
こっちは色々と面倒だが、結果が確実なのでちゃんと知りたい人はこれで調べてくれ。
そしてその方法と言うのは――――
ちゃんとした公的な機関に調べて貰う事です。
魔法の公的機関『魔術師組合』へ採取した血液か髪を同封した依頼書を送ると、金は取られるが魔法の適性を調べてくれる。
血液型を調べるのに病院に行く必要があるのと同じ。
結局この世界でもそういう機関に頼った方がいいし確実なのだ。
因みに魔術師ギルドと冒険者ギルドは違う組織だが、大元は一緒の設立者らしい。
いつの頃か、より"魔法の研究に特化"した組織と、より"戦闘に特化"した組織に分かれたのだとか。
魔術師ギルドは頻繁に研究素材採取の依頼を冒険者ギルドに頼むし、冒険者ギルドも魔術師ギルドの研究結果を優先して教えて貰っている。
なのでこういうのにお約束の仲が悪いみたいな事は無い。
むしろお互いに恩恵があるので、両者とも率先して助け合うのだと。
さて、話は逸れたが、世界を股に掛ける魔術師ギルドは勿論この国にもある。
なので血液は痛がりそうだし、アザリアの髪を一本貰おうとしたのだが……
「……えっ? もう適性は調べたことがある? 証明書も持ってるの?」
そう言われ、火属性に適性のあるという魔術師ギルドの印が押された証明書を見せられてしまった。
そりゃそうか、この国の王女様やぞ。普通生まれた時に適性は調べるわな。
けど……それでも無駄に張り切っていた俺のやる気を返してくれ……。
読んでいただき、ありがとうございました。
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