40.手合わせ
ここは一気に駆け抜けたいところなので二回更新です。どうでもいいですけどランダム2回行動ってドラクエのボスみたいですね。
『竜狩りのアルバート』
フラスカ王国近衛騎士団団長。
本名はアルバート・フォン・ラインハルト。
ラインハルト子爵家の次男であり、稀代の剣の使い手。
五歳の時には既に剣術の頂に立っていた、弧月流を極めた男。
今現在この国で彼に敵う剣士はおらず、事実上最強の名を欲しいままにしている。
その神速のような一撃から『閃光』の名を取る事もある程の剣速を誇る。
だが、それ以上に過去、殺した竜の数の多さから『竜狩り』の名の方が広く知られていた。
以前国を襲った地竜と飛竜の群れをたった一人で全て切り伏せ、更にはそれを追ってやって来た炎竜を一撃で仕留めた逸話を持つ。
まさしくおとぎ話の英雄、現代に蘇った剣聖。
そんな男が今、俺の目の前に立っていた。
「君の事はベルからよく聞いている」
「……どんな悪い噂を吹き込まれているやら」
俺がそう言うと、アルバートは徐に穏やかな目を細める。
更にそれに似合うような酷薄な笑みを浮かべ、舌なめずりをした。
「ところで……竜人族って言うのは竜に数えてもいいのかな?」
「知らん、今まで殺したドラゴンに聞いてくれ」
……ああ、こいつ戦闘狂だ。
今から戦う事が楽しみで仕方がないと言う顔をしている。
ゾッとするような殺気と威圧感は、まるで抜き身の刃物を首筋に押し当てられているような根源的恐怖を湧き起こす。
俺は怖いのか?
否。
これは武者震いだ、俺も今からこの化け物と戦うのが楽しみなんだ。
怪我をさせないなんて言っていたが、冗談だろう。視線だけで殺す気満々だぞ。
「寸止めか、剣を軽く当てた方の勝ち。致死性の魔法及び攻撃は禁止とする」
フォルスタンの言葉に俺とアルバートは軽く頷くが、もう互いの事以外は見えていない。
アルバートが腰のショートソードに手を掛けた。
俺も刀の柄を指でなぞり、精神を研ぎ澄ます。
戦いへと全思考を没入させろ、余計なことは考えるな。
この時だけはなんのしがらみにも囚われずただ、一体の生物として生存本能を満たすことだけを考えられる。
日頃抱えている感情を思考の外に追いやると、頭の霞が晴れて行くようだ。
心地いい高揚感に全身が支配され、思わず口角が上がってしまう。
「では――――はじめっ!」
その言葉の直後、目の前からアルバートの姿が消えた。
俺は姿を追う事なく鞘から刀を半分だけ引き抜き、左足を半身前ずらす。
―――ギィィン!!
丁度ずらした先で俺の真横に現れたアルバートの剣と、俺の刀が鈍い金属音を響かせて震えた。
「ほう、今のを止めるか」
早口でそう言うと、剣を引いたアルバートが今度は手首を捻りながら袈裟切りに振り下ろす。
今度こそ完全に刀を抜き、攻撃を受け止める。
そうして下からアルバートの剣を滑るように受け流し、側面へ移動。
「お返しだ」
鞭のようにしならせた俺の一撃がアルバートの腹部を襲う。
しかし、アルバートの剛剣がそれを受け止め、強引に弾き返した。
剛の弧月流らしい、力と速度に優れた剣だ。
「ぐっ……!」
攻撃を弾かれた俺の隙を狙って、横薙ぎに剣が振るわれる。
受け止めはしたが、ズシリと重い衝撃が刀身から腕へ伝わり、危く押し切られるところだった。
だが、
「ッ!」
足の筋肉にこれでもか、と言う位の力を込め動く。
縮地によりアルバートの正面から一気に背面へ二歩で回り込み――――
「下……!」
下段からの切り上げ。
流石のアルバートも焦った様子で一歩後ろへ下がり避けた。
だが、今ので主導権はこちらが握ったも同然。
一歩前へ距離を詰め、返す太刀で刀を振り下ろすとアルバートはそれを弾く。更に弾かれた勢いで軽く軸足を浮かせ、飛び込む要領で刀を脇腹に滑り込ませる。
アルバートも刀と体の間に剣を挟むようにそれを止め、体勢を立て直して突きを繰り出した。
「っと……」
危く仮面を掠めそうになったのを身体を逸らし、紙一重で躱す。
俺はそのまま重心を下げ、剣を持たない左半身に回り込んだ。
「風月」
捻りを加えた下からの回転斬り。
これに対し、アルバートは型に習った重心運びで受けようと剣を構えた。
がしかし、
「騎士らしい、お行儀の良い剣術だ」
「……」
それ故に、躱せない。
止めようと突き出された剣の隙間を抜け、アルバートの首筋に刀身が伸びる。
このまま行けば首が飛ぶので、寸止めしなければいけないが果たして……
「――――ッ!?」
寸前、
不意に頭の中に警鐘が鳴り、俺は体を強引に後ろへ引っ張り飛び退いた。
その直前、鼻先を掠めたのはアルバートの剣の柄。
「私の剣は行儀がいい? 冗談は程々にしてくれ」
「……悪い、今のはマジで冗談だわ」
俺がアルバートに刀を肉薄させているのと同様、アルバートもまた俺の顔面を拳と柄ごと殴りつけようとしていたのだ。
こんなのが騎士の剣術?
顔面を狙った不意打ちならスラム街の喧嘩殺法の間違いだろう。
というか仮にも女の顔面を殴りつけるか? 普通。
「あ、あのアルバートと互角……?」
互いに間合いを取り合い、ジリジリと膠着状態に陥った時ふと、そんな声が聞こえてきたが――――俺もアルバートもそれに肩を竦めた。
確かに今の打ち合いも全力でやっていたのは間違いない。
勝負が拮抗しているというのも正しいだろう。
だが、互角と判断するにはお互い本気を出していないにも程があった。
ここまで俺は《識見深謀》も、それによる先読みも使っていない。
同じように、あちらも所持しているスキルを使用していない筈。
魔法だって使っていないし、こんな勝負で実力の優劣は付けられないだろう。
「どうする? このままやっても勝負はつかないとおもうけど」
「そうだな、私は少し君を甘く見ていたらしい。そのお詫びと言ってはなんだが、一つ手の内をお見せしよう」
そう言ったアルバートは、再び剣を上段突きの構えに持っていく。
弧月流は突きの技が多い、だからそれも技の一つだと思った矢先の事だった。
「――――竜を穿つ一撃を、受けたことはあるか?」
急激な寒気に襲われ、ゾワゾワと尻尾の毛が逆立つ。
口の中が渇いて、後頭部がガンガンと痛むこの感覚は久しい。
全身が警鐘を鳴らし、逃げろと急き立てる。
これは、死の予感だ。
あの男から発せられているのは死。
剣に籠められたのは常軌を逸した程のエネルギー。
あれがただの剣技?
違う、あれは技なんかじゃない。
ただの力押し、尋常ではない膂力であらゆるものを突き潰すだけの、一撃だ。
「――――"竜牙穿尾"」
ドギャンッ!
そんな、空間が破裂したような音が聞こえたかと思うと、アルバートは地を蹴った。
目視するのが困難な程の速度で俺へと肉薄し、そして――――必滅の一撃を額へ放つ。凄まじい風が部屋内を吹き荒れ、騎士達でさえ顔を腕で庇わなけれないけない程。
二人の王女の事はフォルスタンが守ってくれている筈だが、少し心配だ。
……まあ、だからこういう結果に終わらせたんだけど。
風が止み、ようやく目を開けられるようになると、模擬戦場を囲む騎士達は唖然とした表情で俺達を見る。
ふと後ろを見れば、目を見開いたアザリアが俺をジッと見ていた。
その横に立つリルシィも、驚いたようにして口を開けている。
ポタッ、という水音が静寂の中でやけに明瞭に響き渡り、続いて俺の手の中に握られた刀身からボタボタと重い音を発しながら血が滴り落ちた。
鋭い痛みが掌から伝わって来て、思わず眉を顰める。
だが、仮面をしているお陰で表情は見られずに済んだか。
そして数秒経ってからようやく、
「……しょ、勝者アルバート!」
俺の掴んでいるアルバートの剣と、傷を見てフォルスタンがそう叫んだ。




