39.お嬢様の無茶ぶり
「ルフレはどれくらい強いの?」
家庭教師との勉強の合間、アザリアは突然そんな事を尋ねて来た。
それに対し俺は暫く考え込んだ後、
「この国からもう少し南に行ったところに山岳地帯があります」
「……それは知っているわ」
「そこに住まう炎竜……も、知っているようですね。その炎竜の群れを倒したことがある位ですね」
そう答えた。
二年前、山岳地帯を抜ける為に近道をしようとした時、運悪く炎竜の群れ――――およそ三体に絡まれた事がある。
運が悪ければ死んでいたが、逆に言うと俺は運が良かったのだろう。
一度炎竜と戦っていた事もあり、無傷とは行かないが三体を相手に辛くも勝利した。
頑丈な鱗に強靭な筋肉、高熱の皮膚とブレス。
しかも空を飛び、刃も通らない。
一見すると無敵の炎竜だが、実は奴らには弱点がある。
いや……弱点と呼べる程明確なものでは無いか。
奴らは首の付け根にある、"放炎器官"という部分を傷つけられるとブレスが吐けなくなる。
それどころか発火した燃焼液が大量に逆流して体内で大爆発を起こす。
だからそれさえ分かっていれば、狙う場所を一か所に絞って戦うことが出来るが……
「嘘よ! 炎竜は最強のドラゴンなんでしょ? そんなことできる訳無いじゃない」
大抵の者がアザリアと同じ言葉を返す事だろう。
アザリアの場合、俺が弱そうだから炎竜を倒せる筈が無いという意味も含まれているっぽい。いや、それはまあいい……よくないけど。
そもそも炎竜に傷を付けられる程の業物か、力を持っている事が前提の話だ。俺の"紅蓮刀"はそれに関しては無問題、だから立ち回りさえ気を付ければ炎竜を相手取る事だって出来る。
自惚れる訳ではないが、決して自分がそこまで弱いとは思わない。
あれから五年、人一人守れる程度には強くなったと言う自信はある。
今の俺の力があれば、きっと"あの時"の最悪な状況でさえ覆せたはずだった。
「でも本当に炎竜を倒せるなら、騎士団長と同じくらい強いって事よね……」
そう言って、現在進行形で守るべき相手であるアザリアは考え込む。
そして暫く思案に耽った後に、顔を上げ――――
「そうだ、実際に戦わせてみればいいのよ!」
そんな事を口走った。
***
アザリアの突飛な発想を俺は十八回断った。
しかし、それでも折れると言う事を知らない彼女に根負け。
正直言ってこれは護衛の仕事の範疇を逸脱してると思うのだが、子供相手ではそれを言っても仕方があるまい。
結局午後の勉強を全て放り出し、アザリアに連れられて練兵場へとやって来ていた。
騎士達の訓練するための空間へ入った瞬間、飛び交う怒号が耳朶を打つ。
木人を打つ騎士や、模擬戦で木剣を突き合わせる騎士達、それを指南するため、大声で叫ぶ者。
因みにだがフラスカ王国近衛騎士団は世界でも屈指の実力を誇る。
各々が冒険者で言えば平均Bランク相当、騎士団長ともなれば更に強いだろう。
そんな誉れ高き騎士団が王女の頼みとは言え、一介の冒険者相手に時間を割くとは思えないが……。
「これはアザリア様、一体何用でこんな所へ……?」
その中でも一際大きな、老齢の騎士が俺たちを見つけるや否や駆け寄って来た。
「フォルスタン、騎士団長はいるかしら?」
「アルバートですか、でしたら今はリルシィ様の側付きの為にここを離れておりますが……」
あ、やっぱり忙しそうだしやめておいた方がいいんじゃないかな?
そんな願いを目線でアザリアに暗に訴えかけるも、まだ全然諦めている顔じゃない。
「なら、アルバートをここに呼んで頂戴、リルシィも一緒にね」
「ですが、勝手にそんな事をすればまた陛下に叱られてしまいますぞ」
「構わないわ、それにお母様にバレなきゃいいのよ」
ああ……もうとことん我を突き通すらしい。
こうなったらアザリアは本当に俺と騎士団長を戦わせるのだろう。
王国屈指の実力者に興味が無い訳ではないが、あまり城内で問題を起こしたくないんだよなぁ。
目を付けられたり、危険視されたりすると自由に動き回れなくなる。
と、
「はぁ……分かりました、では呼んでまいり――」
「その必要はないよ、フォルスタンさん」
折れないアザリアに負けたフォルスタンが練兵場から出て行こうとしたタイミングで、入り口から声が響いた。
「ご機嫌麗しゅう、アザリア王女殿下」
「アルバート……」
恭しく礼をしたのは、白銀の鎧を装着した金髪の男。
例に漏れずイケメンだが、ただの優男の雰囲気では無いな。
全身から漲る活力というか、オーラは強者のそれだ。
そして、その後ろに隠れるようにしているのは、淡い灰色の髪の少女。
アザリアよりも二~三歳くらい幼いか。
雰囲気は彼女とは真逆であるが、同様に美少女である事に変わりはない。
「丁度いい時に来たわね、アルバート」
「ええ、わたくしめも此方へ用がありましたので」
アルバートはそう言ってアザリアを見た後、一瞬だけ俺へ視線を向ける。
成程、用と言うのは恐らく――――
「ベルから"白羊"が貴女様の護衛に就任したとお聞きしたので、挨拶をと思いましてね」
「ふぅん……でもね、私は挨拶だけで済ませるつもりは無いわ」
「それは、どういう意味合いでしょう?」
ベルとは、エイベルの事だろう。
そしてこのアルバートと言う男の事も俺は知っている。
知っていると言うか、今思い出したんだが。
「このルフレと、今ここで戦いなさい」
「なっ……アザリア様、それは流石に不味いのでは!?」
思わずフォルスタンが大きな声を上げ、場内の騎士達が動きを止めて此方へ視線を向ける。
「アルバートはこの国で最強の騎士です、ただの冒険者等と戦わせるなど……」
チラリ、と此方を見てそういうフォルスタンの目には憐みが浮かんでいた。
どうやら、はなから勝負にならないと考えているらしい。
「私は構いませんが、リルシィ様……許可を頂けますか?」
「大丈夫なのです? アルバート、怪我をさせたりしないですか?」
「ははは、大丈夫ですよ。怪我をすることも、させる事もありません」
にこやかにそう言って見せる顔は、まさに爽やかイケメン。
それを見て少女――――第二王女リルシィは花の咲くような笑みを浮かべた。
ああ、俺あっちの護衛が良かったな。
アザリアも美少女ではあるが、俺はおっとり系の方が好きだ。
あんな優しい笑みを向けられれば、仕事に精が出るというもの……
「ルフレ、なにしてるの! とっとと準備しなさい!」
「……はい」
……まあ、現実はこんなもんだ。
怒鳴りつけられながら練兵場の真ん中、模擬戦をする為のスペースへ。
向かいにも同様にアルバートが立ち、笑顔で佇んでいる。
どちらかと言うと童顔系だが、その下に隠れた強靭な肉体はゴリラ系。
いつだったか、イミアが言っていた服の上からでも膂力が分かるというのは、こういう事だろう。
「まさか、こんなところで君と手合わせを出来るとは」
「こっちこそ光栄だよ、"竜狩り"殿」
最強のドラゴン――――炎竜を屠った事があるのは何も冒険者だけではない。
目の前の男もまた、俺と同じ竜を殺したことがある者だった。