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転生竜人の少女は、安寧の夢を見る  作者: 椎名甘楚
二章.第一王女護衛依頼
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36.これまでと、今

 回想、と言うには俺の五年間は余りにも何もなさ過ぎた。


 それこそ一年目の夏でも、三年目の春でも、何処を切り取っても変わり映えが無い。ただ、メトロノームのように規則正しく、毎日同じような生活を送っていたからだ。


 どこかへ消えたイミアを探す、ただそれだけを目的に俺はこの五年間を生きてきた。


 豊穣亭で目を覚ました後、混乱する胸中の中イミアを探して回った。


 ルヴィスの街中を探し回って、結局どこにも見当たらない事が理解り、国外まで探すことにしたのが丁度今から五年前。


 先ず、迷惑が掛からないようにと、イミアが聖国へ戻った可能性を考慮して南下することに。その間の旅費は経路にある町や村の冒険者ギルドで稼ぎ、その副産物としてギルドへの貢献度、昇級に必要な功績点が溜まって三か月でDランクに上がった。


 そこから一年の間はもう延々と南方を虱潰しに探すだけの生活を送っている。


 残念ながら聖国へは通行証が無いと入れないとのことで、その周辺を見て周るだけだったが。それでも何か手掛かりを、と思ったのだが……イミアに関する情報も痕跡も、何も見つかる事は無かった。


 一年が過ぎ、南の方でイミアの手掛かりが一切無い事を知り、今度はまた東に戻った。アルトロンド周辺諸国を駆け、ただただ彼女の事だけを追い続け。二年目も終わりに差し掛かろうと言う頃、俺はBランクになった。

 

 この辺りで、白髪の竜人という目立つ外見も合わさって俺の名前は徐々に売れ始める。

 

 しかし、イグロス――――ひいてはアース教から追われるイミアを追う立場上、あまり素性が露見するのは好ましくないと思った俺は、顔を隠す為に仮面を付ける事にした。


 これがのちの二つ名に繋がるのだが、今はまだいい。


 この頃はただ、如何に手っ取り早く旅費を集める事だけを考えていた。依頼内容も碌に見ず、報酬の額だけで仕事を選んだりしていたな。


 危険な仕事も数えきれない程したが、お陰で力は付いた。金が溜まれば護衛の依頼を受けて別の街へ、そこで人探しの為に金を使い、仕事をしてまた金を溜めて次の街と。一か所に留まるのは大体一週間かそこら、最長で三週間だったか。


 とにかくがむしゃらに、ただイミアを追いかけて二年間を過ごして来たのだ。


 それでも、俺の努力は実を結ばず、ただ金と時間だけが無為に消えて行く。


 募る焦りと、情けなさに酒に溺れたこともあった。こっちの世界では十五歳で成人であり、つまり俺は合法的に酒が飲めたのだが、体はまだ未成熟。


 しかもこっちの世界では初めてと言う事もあって、記憶は無いが凄まじい暴れっぷりで酒場を出禁になったりもした。正直、アルコールは好きじゃないが、何かを忘れたい時に無償に飲みたくなる気持ちはこれで良く分かった。


 そうして俺は死んだ目の子供から、荒んだ大人――――大人に見られることは滅多に無かったが――――へと変遷して行く。


 十八歳になる頃には、いつの間にやらAランクへ昇級していた。


 だが、エイジスのような強さを手に入れられたかと聞かれれば、正直怪しい。所詮肩書だけのもので、それは本当の強さとは関係のない物だろう。

 

 それでも気付けば、俺の名前は大陸東部で有名になっていたらしい。この頃に麻薬密売や、人身売買、その他違法な商売に手を染める組織を依頼で潰して回っていた事もあり、そんな裏世界の住人から『白羊の悪魔』と呼ばれ始める。


 羊のようなねじれた白い角と、得体の知れない黒い仮面を付けた風貌から付けられたんだと。

 

 それが冒険者や市井にも広まり、ギルドでも俺は恐れられるようになった。


 単に金になる仕事をしていただけなので、俺としては納得が行かない話だが。まあ、時々そんな俺に擦り寄ってくるような物好きもいた。仮にもAランクなので、パーティーに欲しいと言う輩はそれなりに居たのもまた事実。


 魔法と剣の両方が使えるからと言う理由で重宝され、一時的にパーティーへ入ることは多々あるが、「一生うちに籍を置いてくれ」という勧誘は全て断った。


 あと、何を勘違いしたのかは知らないが、男が所謂そういった目的で絡みに来る事は現在進行系で多々ある。名が知れ渡っているとは言え、情報伝達の速度は現代程ではない。初めて訪れる街で仮面を着けずに顔を晒していると、必ずといって良いほど脳と下半身直結型の男が声を掛けてくるのだ。


 絶世の美女とは言わずとも、醜女でもない俺は丁度いい塩梅なのだろうか?


 まあ、下世話な話は置いておくとして。あれから五年目の冬を迎えようかと言う今、昔に人身売買組織を潰した時の依頼主から連絡があり、先日の仕事に繋がるという訳だ。



***


「これはこれは、金証保持(ゴールドホルダー)の白羊様ではありませんか」


 フラスカ王国の王都、フランベルクに滞在している俺がやって来たのはとある一軒の店。


 金証保持と言うのは冒険者の中でも三十人しか枠が無い、金等級(Aランク)の呼称だ。冒険者証が純金で出来ているからそう呼ぶらしい。


 この中から毎年上位5名と、Sランクの白銀証保持(プラチナホルダー)下位五名が入れ替わる。要は一年でもっとも頑張った五人が翌年Sランクに上がれるという話。


 因みにどうやら俺がAランクになったのは、はエイジスが抜けた一枠に上手い事滑り込んだ為らしい。今では悪魔だなんだのと仰々しい呼び名と共に、ギルド最強の末席に名を連ねている。あくまで()()()()()()()()の中――――ではあるが。 


 エイジスだってあっさり死んだ、Aランクも十年の間で四~五人の入れ替えがある。全種族で見ればヒト種なんて下から数えた方が早いし、そこまで誇れることでもないのだ。


 さて、話を戻そう。 


「メルティア伯爵の名前で予約しているんだが」


「はい、エイベル様は既にご来店です。此方へ」


 俺が尋ねると、そう言って燕尾服を着た男性は落ち着いた声で俺を店内へ促す。

 

 上品なワインレッドの絨毯と、デザインチックな縁取りのされた壁。重厚な扉や窓、金の刺繍がされたカーテンなど、どこ見ても美しい。ここはいわゆる一見さんお断り、日本で言う所の銀座にあるような店だ。 


 俺の給料だと月に一度来るだけでもしんどいようなグレードです。そんな所へポンポン人を呼びつける人種と言えば、大体の察しは付くだろう。

 

「やあ、待っていたよ」


「……エイベル・フォン・メルティア様、お久しゅうございます。その様子を見るに益々ご健勝の様で、何よりです」


 カーテシーをしながら、そう言った俺に目の前の男――――エイベルは苦笑いで以て返す。


 エイベルはもう、それはそれはテンプレのようなイケメンだ。栗色の髪に涼やかな目元、高い鼻梁と甘い唇。微笑まれればどんな女性でも一発でハートを撃ち抜かれかねない。それに加えて貴族特有の厭味ったらしさも無く、実直で快活。


 やや皮肉っぽい部分もあるが、それも愛嬌になってしまうような男だ。しかも剣の腕も立ち、一時期は王国近衛騎士団の副団長もやっていたとか。唯一の欠点と言うか、個人的にどうかと思うのは今年で二十六歳だと言うのに、今だ結婚どころか婚約のこの字も無いのだ。

 

 貴族は大抵政界デビューする十二歳で婚約を決める。


 それを鑑みると、エイベルは行き遅れどころの話では無い。が、本人は気にしてないようで、文字通り独身貴族生活を謳歌しているようだ。 


「堅苦しいのはやめにしようと前に言っただろう」


「ですが、貴方は伯爵家の当主ですのでこれ位の礼儀を払うのは当然かと」


 椅子に座るように促され、礼儀作法に習って着席する。


 この辺りの貴族の作法は教育を受けて来たので問題はない。自分の育ちの良さをアピールするのは、決して悪い事ではないからな。相手に好印象を与え、接しやすくする為の努力なのだ。


「時に……礼儀を重んじるならば、君は食事をするのにも仮面を付けたままなのは頂けないね」


「……失礼」


 ああ、もう完全に忘れていた。

 

 基本的に宿を取って寝る時以外仮面は付けっぱなしなので、すっかり顔の一部として認識していたらしい。


「ふむ、やはり君は素顔を見せている時の方が良い。最も、市井の者には勿体ない可憐な花ではあるから、僕の前以外で晒さないで欲しいと言うのも本音だが」


「エイベル様は冗談がお上手なのですね」


 ほら、こういうところ。


 恋愛には興味が無い癖に、息をするように女性を口説く。

 

 ただ、俺を本気にさせたければ私より強い相手でなければ脈はない、弱い男は興味ないので……いや、冗談です。男と恋愛する気は無いです。胸が張って来たり、初潮が来たりと肉体的には順調に女になりつつあるが、今でも心は男だと信じている。


「……それで、今日呼びつけたのは何の用なんですか?」


「ああ、そうそう。昨日の仕事ぶりは見事だった、そんな君にもう一つ紹介したい仕事があってね」


 まあ、そういう話だろうと最初から分かっていた。

 

 エイベルは王都の治安維持局の責任者でもある為、違法な取引などを取り締まる立場にある。しかしながら警邏や防犯のための人員が慢性的に不足しており、近年は犯罪の温床となりつつあった。そんな時、俺がそういった仕事で成果上げているのを見つけ、ギルドを通して指名依頼を受けたのが彼との出会いだ。


「一応話だけは聞きますけど、明後日にはこの国を発つつもりで――――」


「君の探す女の子の手掛かりがあると言っても?」


 そう、貴族然とした笑みを浮かべ、エイベルは俺を見る。


 当時、俺は『仕事をする対価として人探しをさせる』という条件で指名依頼を受けたのだ。エイベルには治癒の力を持つ、茶髪茶目の女性を探してくれと言った。光属性魔法や、聖女と言う部分は濁したがこれだけで大分絞られる。

 

 俺自身フラスカも幾度となく探したし、今更期待はしていなかった為、いつも金を貰うだけだったのだがまさか今更そんな事を言ってくるとは思わなんだ。


「……内容を言う以前に、既に断らせない気満々ですね」


「まあ、断ってもいいよ、いいけど……相手が相手だ。慎重に考えることだ」


「はぁ……聞きましょう」

 

 勿体ぶるエイベルに、痺れを切らしたように俺は訊ねた。


 それを見て最早完全に喰いついたと言わんばかりのエイベルはより一層笑みを深める。


 そして、


「――――フラスカ王国王位継承権一位、第一王女 "アザリア・ヴィ・フランベルク" 殿下の護衛任務だ」


 その言葉を聞いた瞬間、俺はとんでもない案件に首を突っ込んでしまった事を深く後悔した。

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