閑話.傍観者たちの一幕
「――――さて、どうやら物語は序章を終えて段々と進み始めたようだ」
暖かみのある家具が並ぶ部屋の中、一人の少女が誰へとも知れずそう呟いた。
光の当たり方によって毛先の色が何色にも変わる不思議な金髪と、同じ黄金色の瞳。精緻な人形の如き可憐さを持つ少女の姿は、どこか浮世離れした存在感を放っている。
「ここから見てる限りでも既に各々が大分主線から逸れたようだが、これも選択の違い……なのかね」
再び意味深な台詞を口遊むと、揺り椅子の背もたれに体重を預けて、パチパチと燃え盛る暖炉を見つめながら小さく微笑む。
まるで泡沫の夢の狭間のような、不確かさに溢れているその空間で彼女だけが真実。
その言葉だけがこの世界で唯一の絶対、ある意味で神の一言に等しい言霊を持っていた。
少女はゆらゆらと椅子を揺らし、楽し気に瞑目する。
「まあでも、それでいい。一つとして同じ未来などないのだから」
少女は高級感漂うティーカップを口に添え、一口咀嚼する動作を終えると、今度は立ち上がった。
重厚な絨毯の上に小さな影が伸び、その先に立つ"人物"の足元で揺らめく。
そして振り返りもせず、ただ思索に耽るように顎に手をやり、ふふんと鼻を鳴らす。
「なあ、君の意見を聞かせてくれ。どう思う?」
「今更興味無い、どうせ"終わる世界"の事だろ。そんな事で一々話しかけてくるなよ」
「……相変わらず不愛想な奴め、君も一当事者なんだから意見くらい聞いてもいいだろう」
「もう、当事者でもない。只の傍観者だよ、お前だって分かってるだろ?」
少女の後ろに立つ人物は苛立たし気にそう言うと、木椅子へ乱暴に座りこむ。
そして、同じようにいつの間にか傍に置かれたカップを手に取り、一気に飲み干した。
「不味い」
「そうかい」
感想としては余りに直球で愛想のないそれに、少女は肩を竦めて返す。
「ああ、そうだ。君はヨモツヘグリって知ってるかい?」
「黄泉の食べ物が何たらって話だろ、聞いたことはある」
「そう、黄泉の国の食べ物を口にすると、そこの住人になる。君は今、そのお茶を口にしたよね?」
「……おい、まさかお前」
悪戯に笑う少女に対して、対面の人物は怒気と焦燥の入り混じった声でそう呟く。
「くふふ……冗談だって、冗談。そもそもここはあの世じゃないしね、どっちかと言うと時間の概念の無い三次元的空間って言うのが正しいかな」
「じゃあ、俺達が今こうして動いて話してるのはなんなんだ」
その問いかけに、少女は小難しい顔をして暫く考え込む。
「そうだね――――今ボクらがいるこの空間は過去か、未来か、現在か、それとも本当は存在しない誰かが見ている夢なのか……真実は誰にも分からないとしか言えないよ」
「――――」
そうして熟考の後に返って来た答えに、質問を放った張本人は黙りこくる。
余りにも曖昧で月並みな返事に絶句したのか、はたまた納得して口を噤んだのか。
「僕も、君も世界から爪弾きにされた独り者って事だけは確かだけどね」
「それはまあ、言えてるか」
クツクツと苦笑を漏らす少女。
それに対して対面の"男"は、嫌々ながらも肯定の言葉を返す。
「それにしても、この世界の彼は随分と心が強い。誰かがこっそり手でも貸したかな?」
「……どういうことだ」
「いやね、今までだったら――――って、う~ん……これは君にとってネタバレになるからなぁ」
「なんだよそれ」
呻る少女に対し、苛立ち混じりに男はそう溢した。
「まあ、些事には変わりないんだけどね。身体を洗う時、右腕から洗うか左腕から洗うか程度の違いさ。気にしないでくれ」
「余計気になるんだが……」
あっけらかんと言った少女は、それ以上の質問を許さずに男の口を噤ませる。
「……じゃあ閑話休題だ、そろそろ続きを見てみようか」
そして、その言葉と共に少女は再び椅子へ腰かけ、再び場には静寂が訪れるのだった。
「ただ、小さな差異でも積もればどうなるか…………楽しみだね」




