閑話.どうやら僕は主人公ではないようです
第二話に出て来た少年の正体は……というお話です。ぶっちゃけ一話で収まる話じゃないのを詰め込んだのでかなーり端折ってこんな感じになりました。
初めまして、僕の名前は楓野彰人。
どこにでもいるなんの変哲もない十六歳の男子高校生です。趣味はゲームや読書、どちらかと言えばインドア派で、所謂オタクと言う奴だ。
ただ、オタクと言ってもそれなりに身だしなみには気を遣っているし、傍から見れば本当に没個性満点の日本男児だと……自分では思っている。
勉強も中の上、人付き合いもまあ、悪くは無い。私立探偵の事務所に居候する友人と、警視庁勤めの父親を持つ友人がいるせいか、度々事件に巻き込まれたりはしているけど……。程々に頑張りつつ、順風満帆なオタク生活を送っていた。
そんなある日、学校から帰る途中の道端で、僕は突然真っ白い光に包まれた。
「なんだ……?」
何も見えない……というか真っ白過ぎて奥行き感ゼロなんですが。
突然のことで慌てる暇すらなくただ茫然としていると、僕の目の前に薄っすらと人影のようなものが現れた。
目が慣れて来たのか、輪郭が大分はっきりしてくるとそれが女性だと分かる。肩に流れる金髪と、青い瞳は外国人っぽい。けど、僕にはその人物がどうしても人間だと思えなかった。
何故って?
だってその人の背中には大きな翼があったからね。三対の翼と、頭の上には三重の層を成した光輪がふよふよと浮かんでいる。どう見たって人間じゃない、というかこれ――――
「あ、どうも。あーしが神様です」
「あーし……?」
あ、やっぱり。
完全に姿がはっきりした途端、自称神様はそんな事を口走った。ここは派手なリアクションで思いっきり驚く場面なんだろうけど、不思議とそう言う気になれない。
「あんれ、意外と驚かんのね」
キョトンとした様子で首を傾げる神様。
いや、ごめんなさい、色々訳分からなさ過ぎて逆に冷静になってるんです。
「まあいいや……君、楓野彰人君で間違いないよね?」
「え、あ、ああ、はい」
急に名前を呼ばれ、思わずキョドってしまう。神様登場に驚かず、名前呼ばれてビビるってなんだよ僕。というか、今更ながらなんで僕の前に神様がいる訳……?
「君死んだから」
「あ、はい……ってうぇぇぇぇえええっッ!?!?」
「おー! いいリアクション、こういうの見たかったよね」
いや、そんな事言ってる場合じゃ無くない!? 僕死んだの!? いつ、いつよ!? 全く自覚も実感も無いんですけど、道歩いてたら急に死ぬとかあるぅ!?
「ちょっとした手違いでねぇ、間引く対象を間違えちゃったんだよ」
「オイイイィィッッ!! どういうことですか……それッ!」
曰く、神(自称)が言うにはこうだった。
地球の人間が増え過ぎたので、重い罪を背負った人間を選んで天命――――つまり命を奪う事にしたと言う。だが、何かの手違いで偶々僕はその間引きに巻き込まれ、昇天。慌てた神様がここへ僕を喚び寄せ、今に至る。
「いや……めっちゃ被害者じゃないですか僕、我ながら可哀そ過ぎる……」
「うん、だからね、協議の結果、君には転生の権利を与える事になった」
そう言って神様は鷹揚に笑って見せる。
顔は良いのに、妙にフランクなせいでアンバランスなんだよなぁ。もう少し畏まった方が絶対に雰囲気出ると思う。
「日本人なら君も知ってるでしょ、異世界転生」
「まあ一応は……」
その手のラノベは黎明期を過ぎたとは言え、日本でそれなりに流行している。勿論僕も異世界転生物は好きだし、時々そう言う事を妄想しない訳でも無い。
だが、それがいきなり現実のものになるとは思ってなかったなぁ。
「転生先の世界はこちらで決めさせて貰ったけど、向こうで苦労が無いように言語理解の能力と、ある程度のステータスは確保してあげるから安心してくれ」
おお、これはいわゆる転生特典と言う奴ではないかな?
中にはチート染みた能力を貰って転生する主人公もいるらしいし、僕ももしかすると……。
「一応言っておくと、向こうでの人類圏の文明レベルはこちらで言う欧州の中世とほぼ同等、一部では蒸気機関もあるけど、基本は電気は無い。その代わりに魔法があるのと、こちらの生物よりも全体的な能力の伸び幅がすこぶる高い。けどその分凶悪な魔物とかもいるから、気を付けてね」
成程、魔法や剣マシマシ、ファンタジーな世界と言う事ね。恐らくゲームのようなハイスペックヒューマンがいる世界なんだろう。そんな世界で"ある程度"のステータスと言えば、期待してもいいのかな?
「では、これから旅立つ君に数多くの困難が待ち受けているだろうが、私からも無事を願わせて貰う。グッドラック、若き異界の旅人よ」
とかなんとか考えている僕の肩を、神様はポンと叩いた。すると、全身が淡い光に覆われ、段々薄くなっていく。そして一分もしないうちに完全に身体は掻き消え、僕の意識もそこで途絶えた。
「――――さて、これで私の出来る事はやった訳だが……吉と出るか凶と出るか、頼むよ、少年」
***
――――――――――おい! ちんたらしてんじゃねえぞ荷物持ちィ!
「は、はいっ! ごめんなさい!」
ドスの効いた怒声を浴びて、背中に背負った巨大な荷物を持って駆けだす。だが、余りの重量に思わず足を縺れさせ、盛大に転倒。
「チッ、荷物持ち一つまともにできねえのかよ!?」
目の前を歩く金髪の青年はそんな僕を睨みつけ、大きな舌打ちをした。他の面々も見下したような目でこちらを見るばかりで、誰も助けようとはしてくれない。
――――あれ、僕はどうしてこんな事をしているんだっけ?
砂に塗れた口から唾を吐いて、立ち上がり前を見る。
目の前にいるのは、オスカント王国で選ばれた勇者――――エヴァン・ブランドー。その横には同国の宮廷魔導士であるリリアント・フレンシアと、騎士イーサン・バネット。更に旅の間の資金繰りを任された商人のウェン・ヴェンに、荷物持ちである僕、アキト・メイブリア。
そうだ、僕は転生した後、何の因果か勇者パーティに無理やり組み込まれ、こうして荷物持ちをしていたんだ。
「ご、ごめん……」
「……あーもうウッゼ、いい加減我慢の限界だわ」
「ぐぇっ……!?」
エヴァンがそう言って、僕を蹴りつける。
脇腹に食い込んだ足に息が出来なくなり、蹲るしか出来ない。そんな僕を嘲笑うように鼻を鳴らし、エヴァンは僕の背負う荷物から目ぼしい物を漁り始めた。
「コイツはもうここで置いてく、どうせ役に立たねぇし。魔物に襲われて勝手に死なれた挙句、荷物を無くされても困る」
「いいのですか? 彼は一応王の指示で連れて来たんですし……」
「いいんだよ別に、あんなクソ王の言う事なんか聞かなくて。俺は神の加護受けた勇者だぜ? ぶっちゃけそこらの王族より偉いんだって」
「そうよ、それに実際アキトが何かの役に立ったことなんてあったかしら?」
「無い」という満場一致の答えに、リリアントが、次にウェンが、最後にイーサンが荷物袋から各々の荷物を抜き取り、踵を返して去っていく。
(くそ……僕が何をしたって言うんだ)
内心で毒づきながら、よろよろと立ち上がる。
皮肉にも驚くほど軽くなった荷物袋のお陰で、もう転ぶ事は無かった。服に付いた埃をパンパンと払って、大きな溜息を吐く。
ふと、勇者たちが去っていった方角を見れば、最後尾のイーサンが一度こっちを見て、目を伏せた後にまた視線を前に戻しているのが見えた。
「……これでもう、クビかぁ」
思えば、自分が何故勇者のパーティーにいたのかはよくわからない。
転生した僕は東の小さな国で、同じようにアキトと言う名前を貰って赤ん坊からやり直した。僕が記憶を取り戻したのは五歳の時だ。激しい頭痛と共に、前世の記憶が蘇って来た。
記憶を取り戻すのが生後直ぐでは無かった、というのはきっと幼児の脳には負荷が大きすぎるとか言う理由だろうね。まあ、ともかく記憶を取り戻した僕は神童と称され、貴族でもないのに特待生として高等教育が行われる学校に通い、そして気付けば勇者パーティーに選抜されていた。
あと、理由はそれだけじゃなく、僕のスキルにもある。
僕のスキルの一つ、《言語理解》はどの国の、どの地方の言葉でも理解し、読み書きができる。
勇者は魔物の脅威から人類を守る為、世界中を放浪する事になる。そんな時、通訳として僕のスキルは重宝される……筈だった。だが、いざ旅に出れば勇者は強い魔物の出る地域に行こうとせず、オスカント王国から比較的近いアルトロンドや、それに続く国々を往復するのみ。
この一帯であれば僕の《言語理解》は全く意味をなさない。
だから結局荷物持ち以上の価値を発揮せず、雑に扱われる毎日。元々神童と持て囃されていた事が気に入らなかった勇者は、一層僕に辛く当たった。段々とそれもエスカレートしてきて、暴行紛いの事までされるようになりいよいよ今日、捨てられたという訳だ。
「……はは、笑えるな」
そう言って、僕はすっかり軽くなった荷物を漁る。
中に残っていたのは、僕の衣類、読めるけど内容が難しすぎて使えない魔導書、数十枚の銀貨。たったこれだけだけど、無いよりマシだろう。失業祝いにこのなけなしの銀貨でなにかヤケ食いしようか。
それなら甘い物が良いな、前世から甘い物は大好きだ。
よし、折角一人になったんだ。クヨクヨしてないで、これからは自分の為に生きる事にしよう。一人でだって、異世界生活を満喫してやる。
――――まずはお腹を満たす事、それを目的に僕は表通りへ向け歩き始めた。
こういう子を敢えて脇に置いておいたら面白そう、という理由だけで作られましたアキト君。彼が「俺TUEEEEEE!!!」と言いながら無双することは残念ながら永遠にないです。




