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30.黒い翼

第一章も大詰めとなってきました。

 ――――イミアも、ジンもただその光景を呆然と眺める事しか出来なかった。


 あのエイジスが倒れた事もあるが、それ以上に眼前の少女の姿に息を呑むばかり。


「……殺す」


 そう呟いたルフレの背中から瘴気が漏れ出た。

 イミアにはその瘴気が可視化出来る程に高まった魔力であることが分かり、圧倒的なプレッシャーを伴って広がるそれに額から脂汗が伝う。


 そして、憤怒そのものを具現させたようなルフレの魔力は、徐々に何かを形成していく。

 

「あれは……翼……?」


 生まれたのは肉も皮も無い、骨組みだけの翼。

 しかも片翼で、この世のものとは思えない(おぞ)ましい造形をしていた。

 瘴気は漆黒の羽根となり辺りに舞い散り、禍々しいその姿を飾る。

 

 色素の薄さも相まって幻想的な雰囲気を醸し出す少女は、漆黒の闇に縁どられ、その身を憤怒へと堕とした。


「何が起きた」


 目の前で豹変したルフレに、バエルも今だ状況が掴めない。

 邪魔者を一人消せた筈なのに、嫌な予感が止めどなく溢れてくる。

 最早、取り返しのつかないとんでもない間違いを犯してしまったような気さえしていた。


 天使のような姿に、悪魔の如き黒い翼。

 聖国が誇る文献にもこんな生き物は載っていない。

 もし、こんな存在が許されるとしたらそれは――――


「――――神……いや貴様、魔王かっ……!?」

「……」


 バエルにとって神とは創造神アース、ただ一人。

 ならば、最早バエルの中にはそれ以外の答えは無かった。

 こんな辺境の、人間の国にいるとは信じがたいが、この少女は魔王。

 もしくはそれに準ずる何か、魔王のなり損ないかもしれない。


 だが、その問いかけに目の前の少女は何も答える事は無かった。


 その双眸の奥深くでは煮え滾るような憤怒の色彩が溢れ、一方で表情は静謐な森のような穏やかさを保ったままバエルを見つめている。


 見つめている、ただそれだけの筈だと言うのに、圧し潰すような威圧感を感じる。

 バエルは呼吸の必要は無いが息が詰まるのを感じ、無意識の内に一歩、また一歩と後退っていた。


 殺される。

 根拠は無いが、そう思った。


 この場において不死に近い権能を持つ自分が殺される筈が無いと、確信を持ちつつも拭いきれない恐怖が襲ってくる。


 そして、とうとうガタン、と半壊したテーブルに背中をぶつけた瞬間、ルフレは動き出した。



***


 なんだ、体の底から何かが溢れ出してくる。



【スキル《憤怒之業(ラース)》を獲得】



 これは……頭の中でそう響いた直後からだ。

 新しいスキル?

 スキルとは後天的に獲得できる物なのか?


 憤怒と書いてラースって事は、前世で言う七つの大罪って所か。

 ベタでありふれているが、そんな事は別にどうでもいい。


 ……さっきまで怒りで染まっていた俺の思考は、驚くほど落ち着いている。

 これが《憤怒之業(ラース)》の権能なのだろうか。

 怒りを制御できるか、感情と切り離した思考が出来るか……。


 いや、今はそれも大事な事じゃない。

 俺は一刻も早く目の前の男を殺さなければならないのだ。

 どんなものであれ、新しい力だというのなら使わせて貰う。


「神……いや貴様、魔王かっ……!?」


 何を言っているんだこいつは。

 俺は神にも、魔王にもなった覚えはないぞ。

 ただ、俺はお前を殺す復讐者だ。

 

 後退るバエルを前に、俺は自然とこの《憤怒之業》の権能の使い方を把握していた。


 怒りのままに力を振るえ。

 世の中の理不尽、人間の冷たさ、大事なものを奪われた怒り。

 その全てがこのスキルの糧となる。

 

「その身体、返してもらう」

「は?」


 間抜けな声を上げたバエルを前に、俺は黒刀を抜き放ち、その胴体を真っ二つに切り裂いた。


 これがシェリーの体である事は勿論分かっている。

 だが躊躇はしない。

 もう、シェリーに誰も殺させる訳にはいかないのだ。

 今俺が、ここで全て終わらせる。

 

「ぐっ……なんだ今のは、あり得ない……!」


 奴の目には、俺の剣筋が見えなかったらしい。

 狼狽えた様子で切り離された上半身で這いずり、俺を見上げている。

 この状態でもまだ動けるとは、もはや感嘆の声すら出そうだ。


「"氷葬"」

「が――――」


 それでも、肉体を丸ごと氷漬けにすればもう動けまい。

 念のため切り離した下半身も凍らせておくか。

 すると、奴の取るだろう行動はもう一つに絞られる。

 

 俺は背後から飛び掛かってくる"エイジス"に焦点を合わせ、居合の姿勢を取った。


「この身鋼とし曇天を裂け――――"ハイドラ・ブレイブ"」


 これはエイジス本人の技、"ティアマット・ブレイブ"の模倣技。

 あくまで模倣であり、本人が撃つよりも威力は落ちるだろう。

 だが、彼の最強の剣士の魂はもうその体にはない。

 乗り移った下賎な狂信者相手に、これが見切れる筈も無かった。

 

 否、見切らせる程、俺はこの男に柔な指南をされていたつもりは無い。


「な……ぜ」


 体の正中線から一寸の狂いも無く縦に一刀両断され、エイジスの体はその場に崩れ落ちる。

 

 これでこの場に奴が使える体はもうほぼ残っていない。

 しかし、奴はどこまでも生き汚いようだ。


「がああああああっ!!!」


 全身に風穴を開けたバエルのスペアと呼んでいた体が直進してくる。

 それと同時に、側面からは首を切り落とした方の体が俺を羽交い絞めにしようと襲い掛かった。


「……っ」

 

 いや、慌てる事は無い。


 俺は姿勢を低くし、まず側面にいる体に対して氷壁を張る。

 スペアは一瞬動きを止め、直ぐに壁を破壊して迫る。

 だが、未遂に終わった不意打ちなどはもはや脅威でも何でもない。


「っ」

 

 刀を突き刺し、胴体を貫通させるとそのまま押し倒して地面へ縫い付ける。

 その隙に正面から襲い来るもう一体は、地面ごと凍らせ、その場へ拘束。


 そして、ありったけの魔力を両手に籠め――――




「"氷渦御雷(フロストボルト)"ッ!!」

「ぐおあアあああああアォっ……!!!!!!」





 ――そう叫んだ。


 直後、部屋の中を閃光が満たし、冷気と電流が迸る。

 その衝撃で店の窓ガラスは粉々に砕け、屋根も半壊、机や椅子は木片と化した。


 暫くの間轟いた雷鳴が収まると、徐々に室内に闇が戻ってくる。

 バエルの絶叫はいつの間にか聞こえなくなっており、ただ焦げ臭さだけが鼻を刺す。


 手を天へ伸ばし、真っ黒に炭化した体を見て俺は確信した。 

 もうこの場に奴は居ない、俺はバエルを倒したんだ。


 そして、その証拠と言わんばかりに、店の外が突然騒がしくなる。

 消えていた人々が戻った、きっとそのせいだろう。


「お、終わった……のか?」


 終わったと、そう聞いた瞬間全身に疲労感がドッと押し寄せた。

 今まで張り詰めていた緊張感も失せ、気を失いそうになる。

 この場で倒れてしまいたいが、その前にイミアが無事かどうか確認しないと……。


 そう思い、乱れた呼吸のまま辺りを見回し、イミアの姿を探す。


「ルフレ様……!!」


 すると、すぐに俺へ駆け寄る彼女の姿を捉えた。

 どうやら怪我も無く、無事らしい。


「よ……かった……」


 元気な姿を確認出来た俺は、途端に糸の切れた人形のようにその場で倒れ伏した。

 もう全身の筋肉がズタズタになってしまったような気分である。

 無い筈の場所から絞り出した魔力も枯渇して、一歩も動けない。


 なんだか、とても眠いな。

 この感覚は徹夜した日の夜みたいで懐かしい。

 ニート時代は朝までネトゲのイベント周回に3徹とかしたっけか。

 それを考えるとまだまだいける筈なんだけど……


 ……あ、やっぱ無理だわ。

 

 寝る。

読んでいただき、ありがとうございました。

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