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29.エイジス

今回、少し重めになっております。


 まるで血液が凍ってしまったかのような寒気が背筋を這い回り、全身から力が抜けていく。


――――嘘だ


 それとは裏腹に俺の瞳だけは、大きく見開かれていた。

 眼前の光景を見て、どうしようもない虚脱感に襲われながら。

 

「ぐっ……うあああ!!」


 肉を裂く音と、骨が軋む音が響き渡り、耳朶をこれでもかと言う位に震わせる。 

 エイジスの絶叫はそれ以上に俺の耳を劈き、悪夢のような光景を鮮烈に記憶に焼き付けた。

 

 やめてくれ。


 そう何度も叫んだ。

 

 倒れ伏す身体を抱きかかえ、両手が血で染まるのも顧みずに傷口を押さえた。

 だが、傷は深く、溢れる血は止まらない。

 止血する為に、服の裾を引きちぎり、押し当てる。 


聖女の力に頼ろうとイミアの方を見上げても、彼女は黙って首を横に振るのみ。その顔は最早治癒魔法でどうにか出来る範疇を超えていると、そう暗に告げていた。


――――どうして


「あ……ああ……なんで……なんで……」


 両の目が滲み、エイジスの頬へ滴り落ちる雫を見て、自分が涙を流している事を理解する。


 俺は……俺は今、どうしようもない状況で泣く事しか出来なかった。


 悲しかった。


 何も出来ない自分が恨めしい。

 力の無い自分が情けない。


 悔しかった。


 理不尽に抗う力の無い己が憎い。

 中途半端な力では何も為すことが出来ない。


 エイジスへ致命傷を負わせた首の無い男は、嘲笑うかのように立ち尽くし、俺を見ている。


 俺がもっと強ければ、こんな事にはならなかった筈なのに。


 伸ばされた手を握り、強くそう思った。

 だが、その手は情けない俺を叱るどころか、優しく頭を撫でた。

 まるで最愛の子供を慈しむように、愛おし気な仕草で。


「な……くな……よ」


「でも……エイジス、私はっ……!」


 やめてくれ。

 こんな事をされたら、余計に惨めじゃないか。

 俺が子供だから、何も出来なかったみたいじゃないか。

 違う、俺は子供なんかじゃない。

 あんたと同じ、立派な大人の筈なんだ。


「お前が……泣い、たら……俺まで、悲し……くなるだろ」 

「ごめ……ごめんなさい……ごめん……」


 だと言うのに、何故涙が止まらない。

 ただ謝る事しか出来ないんだよ。

 アイツに一矢報いて見ろよ、ほら早く。

  

「折……角の、べっぴんが……台無しだ……ぜ」


 血塗れの指が俺の涙を拭い、赤い軌跡を頬に残す。

 力なく笑うエイジスに、俺はいつものように言い返す事が出来ない。


 ただ、不細工なんだろう泣き顔を精一杯歪めて笑って見せる事しか、今の俺には出来なかった。


「ほら……やっぱり、笑ってた方が……お前は、いい……」

「……馬鹿め」

「はは……その生意気な口も、もう……聞けなくなると思うと、やけに寂しいぜ……」

 

 本当に馬鹿だ、大馬鹿だ。

 この期に及んで一体何を言っているのか。

 もう喋らないでくれ、傷口が開く。


「生意気なところとか……優しい所とか、やっぱ……お前は、リーシャの……娘だよ……」

「……母さんの?」

「……黙っていて、悪かった……実はな、お前も、お前の母親の事も……知ってた……んだ……」

 

 どういうことだよ。

 なんでエイジスが俺の母親の名前を知ってるんだ。

 しかも、俺の事を知ってたって……なんだよそれ。


「……白い髪と、紅い瞳……それにその角を見た時、どうしてリーシャがここにいるんだって、思った……」

「……」

「そうしたら……ゴホッ……思い出したんだ……アイツ確か、男爵の側室になった筈だ……ここには、いる筈ねぇって……」


 ヒューヒューと、苦し気に呼吸をしながら、エイジスは言った。

 それにどう返したらいいのかも分からず、俺はただ手を握るのみ。


「そんで……、知り合いに……似てるガキを、どうしても放っておけなくてな……」

「じゃあ、私に声を掛けたのって……」

「ああ……そうだ、それで思い出したが、もう一つ黙っていた事があったな……」


 苦痛に顔を歪めながらも、悪戯っぽく笑って見せるエイジス。

 その先に続く言葉を俺は分かっていたが、黙って続きを待つ。


「実は、俺……文字が読めるんだよ……嘘吐いてて、悪かったな……」

「知ってた……知ってたよ馬鹿」


 前々から文字の読み書きが出来ないのは嘘だと、とっくに知っていた。

 貴族の次男が文字読めない訳無いし、俺の前で読書だってしてたじゃないか。

 見え見えの嘘まで吐いて、俺の為に仕事を用意してくれたんだって、分かってたよ。けど……あんたは見栄っ張りだから、言わないようにしてたんだ。


 

「えっと……どこまで話したかな……ああ、そうだ、お前の名前を聞いて、俺ぁ驚いたんだ……」

「……どうして?」

「ルフレって名はな……アイツがいつか、子供が出来たら付けてやるんだって、言ってた……からな……それでピンと来たんだ、お前はリーシャの娘だって……」


 どうして言ってくれなかったんだ、なんて言える筈がない。

 俺がまともな生活を送る事が出来るようになったのは、全部エイジスのお陰だ。

 ただ、知り合いの娘かもしれないと言うだけでここまでしてくれて、俺はエイジスに色んなものを貰い過ぎた。


「……けど、男が生まれたら、どうするつもりだったんだよ」

「いや、アイツは男でもルフレにすると言ってた……確か、故郷の言葉で白い光を、意味するんだとよ……」


 俺の名前の意味もエイジスに出会わなければ、きっと知らないままに生きていたんだろう。


「……人間、魔人、魔物、帝国人、聖国人、沢山の色……人に囲まれて、自分だけの色を見つけて欲しい……そう言っていた……」


 それを、竜人族である母が、魔人を弟子にしたあんたが願うのなら、俺は幾らでも幸せになってやるよ。だから――――



「――――そこにあんたもいなきゃ、意味ないだろうが……!」

「悪い……、俺ぁもう駄目らしい……無駄に生き過ぎたツケの精算時だ……」


 そんな事無いだろ。

 もっと一緒に居よう、もっと色んなことを教えてくれよ。

 あんたは俺の師匠なんだろ?

 俺が半端な強さのまま一人前になるのは駄目なんだろ?

 

 だったら責任もって俺を育ててから、死ぬかどうか考えろよ!

 今じゃないだろ、まだ俺はあんたから全然教えて貰ってないぞ!


「けど、悪くねえ、人生だった……」

「……勝手に終わらせてんじゃねえよ、馬鹿師匠」


「俺は、嫁も子供もいた事ねえが……お前がウチに来てからは、娘がいたらこんな感じなのかって……思うようになったんだ……」

「……ッ!」


 なんだよ、勝手に人の事娘だと思ってたのか。

 傍迷惑も甚だしいぞ。

 私だって、私だってなあ……


「……実を言うとな、俺は自分の力を、残せずに死ぬのが悔いだったんだよ……」

「……」

「……けど、もうお前には全部託した。優秀な弟子と、可愛い娘を両方持てた気分さ」


 最後の最後でどうしてそんな事言うかな。

 私にはまだあなたがいなきゃ、駄目なのに。

 

「なあ、最後に一つ頼みがある……」

「何でもする……何でもするから最後とか言うなよ!」

「一度でいいから、俺の事を、親父って……呼んでくれないか?」

「何回だって呼んでやるよ、バカ親父! だから、だから……死ぬなよぉ、死なないで……父さん……」


 私がそう呼ぶと、エイジスは満足そうに微笑んだ。

 なんだよ、何笑ってんだよ。

 そんなに可笑しいか?

 精神年齢おっさんが泣きじゃくってるのが、そんなに面白いのか?


「父さん……父さん……」

「はは、俺は幸せもんだ……死に目に娘がこうして泣いてくれるんだからなぁ……」


 胸に縋りつき、泣く私の背中をエイジスは優しくさする。

 まるで小さな子供をあやすように、何度も、何度も。


 私だって、あんたの事は本当の父親のように思ってたんだ。

 父親の死に目に泣かない子供がいるものか。

 そんな親不孝な奴になるように、あなたに育てられた覚えはない。


「なんだか……眠くなって、きちまった……少し、眠っても……いいか?」

「寝たら死ぬぞ……」

「なんだそりゃ、ここは雪山じゃ、ねえんだぞ……」


 この世界でもその台詞は雪山での常套句なのか。

 けど、本当に寝たら駄目だ。

 そしたらもうあんた、あなたは二度と目を――――


「……おやすみのキスだ、愛してるぜ、ルフレ」




「………………私もだよ、馬鹿親父」



 ――――目を覚まさなくなるだろ。


 私の額へ口づけし、満面の笑みのままエイジスは瞼を閉じた。





「……なあ、もう寝ちゃったのか?」


「……なんとか言えって」


「……いつもの質の悪い悪戯だろ? 目、開けろよ」


「…………」



「……」


 そして、彼の瞳はそれっきり開くことは無く。

 ただ、冷たくなっていく手の感触だけが俺と、私の中にいつまでも残っていた。


 いや、違う。


 喪失感が胸中を埋め尽くし、言いようのない感情が自分の中に生まれていた。

 今までの物とは比べ物にならないが、よく知っている感情(モノ)だ。

 

――――憎い



 それが憎悪と、殺意である事に気が付くと、途端にどす黒い何かが私を染め上げた。



――――エイジスを、シェリーを殺したのは誰だ?



 そもそも、イミアがこの街に留まらなければ奴らは此処へ来なかった。

 なら、悪いのはイミアなのか?



――――違う



 イミアは悪くない、やったのはあの男だ。


 倫理観も道徳観念も欠落した、話の通じない狂人。

 どうしてあんな人間が生きているのか、甚だ疑問で仕方がない。

 私の大事な父と、姉のような存在を殺した奴は、生きていていいのか?



――――いい理由(わけ)が無い



 こいつは、俺が、私が殺さなければ。

 私がどれだけ傷つこうとも、刺し違えてでも殺す。

 エイジスとシェリーの仇を取り、イミアを守る為に。

 


「…………殺す」





【スキル《憤怒之業(ラース)》を獲得】



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『創成の聖女-突然ですが異世界転生したら幼女だったので、ジョブシステムを極めて無双します-』
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[気になる点] なんだ バエルさんは感動のシーンをずっと棒立ちで見てたのか?
[一言] いや回復魔法使えよ元聖女 って思うから手一杯の描写入れてくれないかな?
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