27.選べない選択肢
「全く、醜く足掻く。他者の力を借りなければ現状を打破できないなんて怠惰極まりない。あなたが普段努力していないからこうなっているのですよ?」
「ああ、"三人寄れば文殊の知恵"なんて偉い人の御言葉もお前は知らないのか、不勉強な奴め」
「なんですと……?」
ま、今は二人なんだけどな。
俺がわざと嘲笑を交えてそう言うと、バエルは眉を顰めて此方を睨む。
見え見えの挑発だが、予想の数倍楽に乗って来てくれた。
「勤勉たる私が知らない事などないのですよ! 口を慎みなさい!」
「あっそ、ならこんな言葉を知ってるか?」
俺の態度が気に食わないのか、激昂して襲い掛かってくるバエル。
しかし、《識見深謀》を発動した俺は奴の動きなど手に取るように分かる。
「"空き樽は音が高い"っつって、お前みたいな中身の無いキンキン喚くお喋り野郎って意味だ」
「――ッ!」
肩を掴もうとした奴の手を横へ半歩ずれて避け、勢いのまま横薙ぎに刀を振るう。
バエルもそれを避けるが、奴がそうする事を分かっていた俺は深く一歩踏み込んだ。
と、同時に掌をバエルの体へ押し当て、魔力を籠める。
「"紫御雷"」
「ぐ……」
紫電が迸り一瞬動きの止まったバエルへ、俺は再度刀を振り上げた。
首を叩き切らんとした刀身は辛うじて腕に防がれ、生々しい音と共に肉が断たれる。
グチャ、という音と共に腕が地面へ落ち、バエルは後ろへ飛び退くしかない。
「……これは中々、私に此処まで迫るとは……貴方、魔人にしては規格外の力をお持ちのようだ」
腕を押さえ、何が可笑しいのかバエルは嗤った。
追い詰めている筈が、何処か余裕すら感じさせるその態度に違和感を感じる。
何か、俺達に隠している秘策でもあるというのか。
「話は変わりますが、よく見れば貴方……あの白竜人ですよね?」
「……それがどうした」
口角を上げ、そう訊ねたバエルに俺は低い声音で返す。
「……ティルトヤの忌み子、災厄の種とも呼ばれた貴方がたは、てっきり滅んだものかと」
「何を――――」
イミアが、白竜人は何処かでまだひっそりと生きていると言っていた。
なら、コイツの言うように滅んでいる筈が無い。
忌み子や、災厄の種と言うのが何を意味するのかは不明だが……。
今、そんな事は重要ではないだろうに、口にする意味が分からない。
「しかし、純血ではないようにも見受けられる。純血は、翼がありますからね」
アニメやゲームの悪役は、ポロポロと色々な情報を喋る風潮みたいなのがあるが、コイツはまさにそれだな。今の今まで俺もそんな事は知らなかった。
『貴重な情報提供ありがとう』 と言いたい所だが、もっと別の情報が欲しい。
例えば、
「その情報は、神から仕入れた物か?」
「いえ、我が聖国には大陸中から集めた文献がありますからね。たとえ古代種の情報とて、手に入れる事に問題は無いのです」
成程。
一般人が知らないような古代種の文献もあると。
イミアはそこから白竜人の事を知ったのだろうか?
「ですが、この国にあの悪魔、イミア・クレイエラが逃げ込んだ事を教えたもうたのは神の啓示。我ら敬虔なる信徒に、異端者を滅する機会をくれたのです!」
「ふぅん……」
俺は基本的に神というのを信じないタイプだ。
だが、厄介な事にこの世界にはちゃんと実在するらしい。
再三言うが、こんな狂信者までいる神なんて碌でもないだろうがな。
「噂じゃ国を追放しただけって聞いたが、どうしてまた殺すんだ?」
「全ては神の思し召し、神が殺せと命ずるなら、我らはそれを実行するのみ」
神の意思なら、疑問を感じる必要も無しってか。
思考を放棄して、脳死で誰かの指示に従って生きるのは楽しいんだろうか。
そう言う点で、俺は宗教があまり好きではない。
勿論イミアみたいに自分の考えを持っている奴もいるだろうけど。
「……お前と話すと疲れる、もういいだろ。何を時間稼ぎしてたんだ?」
「おや、お気付きでしたか」
ニヤリ、と笑ったバエルが狂気じみた目で俺を見つめる。
その直後、建物の壁を突き破って四方から白いフードのキメラが襲い掛かって来た。
「三下が」
だが、自我も無く、ただ機械的に襲い来る奴らは障害にもならない。
迎撃の為に俺の手に魔力を籠めると、青い水流が渦巻き始める。
「死ね」
放出されたのは只の水――――では無く超圧縮され、刃のように薄く引き伸ばされた水の鎌。
「「「「――――」」」」
四方向へ向けて放ったそれは、キメラの頭部を綺麗に切断した。
同時に地面へと倒れ伏す四つの体と、重々しい音を立てて落下する頭。
名前はまだ無いが、今の俺の中で最も威力と精度、コストパフォーマンスが高い魔法だ。
「この状況でよそ見をするとは、貴方、死にましたよ」
「……っ、マズイ!?」
キメラの相手をしている俺へ、バエルがいつの間にか接近していた。
陽動、布石、何でもいいが、この一瞬を狙っていたらしい。
手刀が俺の胸元を狙って放たれ、魔法を撃ったばかりの俺は回避行動を取る事が出来ず――――
「――なんちゃって」
「は?」
心臓へ突き刺さる直前、舌を出して笑った俺をバエルは間抜けな声を上げて見る。
そして、そのまま奴の手が俺の体を突き破り、俺の体は後ろへ吹き飛んだ。
だが、その直後――――バエルの頭が、首から数センチ横へずれた。
「え?」
ズル、とスライドするように頭だけがどんどんと首からずれ落ち、最後には地面へ落ちる。
頭を失った胴体は、幾ら痛みを感じないとはいえ動けなくなり、倒れ伏した。
地面へ落ちた頭部は困惑の表情を浮かべたまま、倒れた胴の横に立つ男をただ、見上げる。
「ふぅ……ギリギリ間に合ったか……」
「相変わらず間のいい男だよ、師匠は」
心臓を貫かれ、倒れた筈の俺が起き上がりそう言う。
バエルはそれを驚きの表情で見て、『何故』 と溢した。
奴は自分の思い通りに事が進んでいると思っていたが……。
時間稼ぎをしていたのはバエルだけじゃなかったのだ。
強化された聴覚によってエイジスの足音が近いのは分かっていた。
なので、一瞬でも隙を作れば不意打ちで奴の首は飛ぶと判断し、わざと俺はやられたふりをしたという寸法。
「ま、これもジンの"スキル"が無きゃ出来なかったんだが」
「本当だぜ!? マジでヒヤヒヤさせやがって!」
倒れたキメラの胴体を抱えて、ジンがそう叫んだ。
そのキメラの胸には、ぽっかりと穴が開いている。
まるで貫手で貫かれたようなその傷は、丁度先程俺が喰らったものと同じ位。
「まさか……身代わり、ですか」
「さあな」
流石に素直に『御名答』と答える訳にも行かないが、バエルの言う通りだ。
ジンのスキルは《魂混形代》と言う、自分か、選んだ対象への外部干渉を一定時間身代わりに肩代わりさせるもの。
豊穣亭へ向かう道すがら、ジンの出来る事は全て聞き出した。
まさか奴がこんな便利なスキルを有してるとは思わなかったが。
今回は三下噛ませ犬の面目躍如と言ったところだろう。
これで二流のネームドモブ程度にはなれたのではないか?
ただ、さっきも言ったがこのスキルに関しては何故コイツが持ってるのかと聞きたくなる程のチート性能だ。
まず、肩代わりさせるのはダメージに限らない。
先程外部干渉と言ったが、つまりはそう言う事だ。
今回はしなかったが、吹き飛ばされる衝撃も無くす事だって出来た。
次に、肩代わりするのは"一撃"では無く、"一定時間"という部分だ。
ジンのスペックだと良くて3秒だが、この3秒間はありとあらゆる攻撃を受け付けない事になる。
身代わりとなる形代が必要となるが、それさえ用意出来れば3秒無敵。
形代の条件は攻撃を受ける対象と同等かそれ以上の大きさの生物。
ジン本人に限り、対象の血肉が染み込んだ無機物でもいいとか。
なので、ジンは形代として、自分の血を染み込ませた身代わりを持ち歩いているらしい。
「ともあれ、これで三人……いや、四人か」
「これは、一体……!? 貴方、バエルなのですか?」
最後に遅れてやって来たイミアが、無惨な姿になったバエルに向かってそう言った。
「これは、抹殺対象が自らやって来るとは僥倖」
「やはり貴方は私を殺しに……!」
何か訳知りの様子でイミアは声を詰まらせる。
やはり、神が異端者としてイミアを殺せと命じたのは確からしい。
「けど、その恰好でこれ以上どうする事も出来ないだろ」
「おやおや……子供にそんな事を言われるとは、私も見くびられたものですね」
どういう意味だ、と尋ねるより先にバエルは邪悪な笑みを浮かべた。
かと思えば、首のない奴の胴体がエイジスの足を鷲掴む。
「ッ!」
「では、まずはこの目障りな男を消しましょう」
その直後、あり得ない光景が俺の目に飛び込んで来た。
バエルの頭部がグジュグジュに溶けて消え、倒れていた胴の背中が盛り上がる。
歪な音を上げ骨と肉を掻き分け、そして――――皮膚を突き破って何かが出て来た。
「あはは、その顔が見たかったのですよ。やはり傑作だ」
それは、先程まで死に体だったバエルだ。
どういう原理か胴体と頭は繋がり、開けた筈の腹の傷も無かった事になっている。
あり得ない、ヱ〇ァンゲリヲンじゃねえんだぞ。
「な……!?」
足を掴まれたまま、身動きの取れないエイジスを再誕したバエルの手刀が襲う。
咄嗟に青龍刀の腹で防いだものの、次撃によって得物を弾かれてしまった。
「っ……"魔氷連槍棘"!」
「おや、またこの魔法ですか」
エイジスだけを避け、氷河の刺突がバエルを捉える。
今ので全身を貫かれた筈だが、やはりバエルは何ともない様子で口を開いた。
ここでようやく俺は確信した、奴は不死だと。
「う~ん、素体が貧弱ですね。もう少しましなモノを持って来ればよかった」
「なんだと……!?」
いや、少し違う。
俺の真横、無惨にも死んでしまったシェリーの居た筈の場所から声が聞こえ、考えを改めた。
「シェリー……お前、シェリーを……!」
怒りを滲ませ、エイジスが声を荒げる。
それを前に、シェリーの声で話す"何者か"は、不満気に溜息を吐いた。
シェリーは確かに死んでいた筈だ。
今更生き返る筈も無い、つまりは――――
「バエル……!」
まさに死の冒涜、最低で、卑劣な行為。
何をどうやったかは分からないが、バエルはシェリーの体を乗っ取ったのだ。
「元々死んでいたら、そりゃ痛覚も無いか……」
「現地調達は私のやり方ではないのですが、まさか一瞬でスペアまでやられるとは」
だが、これは本当に不味い。
幾らバエルの意識とは言え、俺にシェリーが攻撃できるのか?
いや、しなければならないのは分かっている。
けどこればっかりは理屈じゃない、気持ちの問題だ。
「なあ師匠……私、無理だ……」
「……馬鹿言ってんじゃねえぞ、死にてぇのか?」
横目にエイジスを見れば、その手は酷く震えていた。
シェリーは只の知人と言ってはいたが、殆ど実の娘同然だった筈。
エイジスも、怖いんだ。
俺は、私は、彼女を斬らなければ殺される。
これが、あの時エイジスが言っていた――――選択なのか?
なら、迷うな、なんて言う方が無理に決まっているだろうが。
読んでいただき、ありがとうございました。
誤字脱字報告やブックマーク、下にある★など入れて頂くと嬉しいです。




