24.蠢く影
やはり、俺の予感は的中していた。
「おいおい、こりゃどういうこった!? 人っ子一人いねえぞ!」
ジンが困惑を色濃く浮かべた顔でそう言い、俺もジッと人のいない中央通りを見つめる。
普段なら、王都へと向かう道の途中にあるこの街は馬車や人でごった返している筈。だというのに、街は静まり返ったまま。
しかし、人のいた痕跡はしっかりとある。
ついさっきまで肉を焼いてた屋台の鉄板や、家の中から立ち昇る湯気。
商品を広げたままの露店、誰かが座っていたのだろう、道の端に置かれた木箱。
本当に突如として、人が消えてしまったようにしか見えない。
「一体何が起きている……」
火が付いたままの竈に視線を向け、俺はそう溢した。
冷静に努めようとしているのとは裏腹に、訳の分からない状況に思考が乱される。
一体誰が、何の目的でこんな事をするのか。
パッと思いつく心当たりも無い。
命を狙われる覚えも無い。
仮にあるとするなら、魔人排斥主義の過激派相手くらいだろう。
「とにかく、豊穣亭へ向かうべきか」
こうなってはイミアもエイジスもどうなっているか分からない。
まずは彼らの安否を確認して、それからどうするか決めよう。
「……いや、まずはお前らか」
「げっ……!? また出てきやがったぞ!」
だが、そんな俺達を邪魔するように、横道から亡霊のように白いフードを被った男達が8人現れた。
恐らく先程戦った蜘蛛男同様、こいつらもキメラだ。
この数、もはや組織的な何かを確信せざるを得ないな。
「おいおっさん、お前も戦えるんだろうな?」
「おっさん言うなし! 俺にはジン・シールダーっつー立派な名前があんだよ!」
俺がそう言うと、ジンは喚きながらも腰からサーベルを引き抜く。
なんだか腰が引けているが、戦う勇気はあるようだ。
戦力的にあまり頼れるとは言い難いが。
「――――」
「おいガキ! 奴ら来やがんぞ!」
俺達のやり取りを無視し、先頭の一体が動き出した。
空気が読めないことこの上無いが、致し方ない。
「"紫電"」
魔力を電へと変え、荒れ狂う電荷の嵐を手の中で制御。
指向性を持たせたそれを前方へと放てば、紫電と名付けた古代魔法が地を走り、肉薄する敵を捕らえる。
そして、まるで蛇が這い回るように全身を蹂躙し尽くす。
黒煙を上げ、全身から焼けた肉の匂いが立ち込める。
数秒後、キメラはビクビクと数度痙攣したかと思うと、絶命した。
「な……!? 今のは雷……!?」
ジンがギョッとした様子で俺を見るが、無理も無い。
何せ雷なんてこの世界の文明レベルじゃまだ神の怒りとか、神的現象として捉えられているんだからな。適性があるのは古代種のみで見る機会も無いだろうし。
「油断すんなよ、来るぞ」
先頭がやられた事で、残った7体が一気に動き出す。
それに対し俺は刀の柄に手を当てると、グッと重心を低くした。
切り込んで来た一体は、最初の蜘蛛男と同じように大剣を振り下ろしてくる。
《識見深謀》で知覚能力を上げ、それを紙一重で回避。
そのまま居合モドキのような動きで、斜め下から切り伏せる。
同時に背後に回っていたもう一体の攻撃を察知。
半身体を横に捻って攻撃を避けると、そのまま後ろへとターン。
大剣の刃の際へ俺の体を滑り込ませるように肉薄し、頭を斬り飛ばした。
「二」
後隙が出来た俺へ、今度は側面から二体同時に切りかかって来る。
が、地面へ身体が密着する程に屈んで攻撃を躱した。
「っら!」
屈んだ体勢から片方の足を払い、立ち上がる勢いでもう一人の顔面へ肘鉄を食らわせる。
「おい、止め刺せ!」
「お、おう!」
肘鉄を喰らった方のキメラをジンの方へと蹴り飛ばす。
よたよたとよろめくソイツの腹を、サーベルの刃が貫通。
内臓をグチャグチャに掻きまわしながら、血に塗れた刃が引き抜かれた。
一方、足を払われて転んだキメラは、立ち上がる前に心臓部を刀で一突き。
俺は直ぐに刀を引き抜くと、前方にいたキメラへ瞬歩で接近。
「砕月!」
まるで鈍器で殴る時のような大振りの一撃は、キメラの脳天を叩き割る。
中身は鶏に似た生物の頭部だったらしく、脳みそや眼球をぶちまけてその場に倒れた。
「五」
残り二体。
いずれも今殺した奴と戦闘力は大差ない。
一対二であっても勝てる辺り、俺を上回る強さの奴はいないようだ。
だが、奴らには思考というものが無いのか、尚も無策に俺へ突っ込んでくる。
「そういや、考える頭も奪われてたんだな。悪い」
「――ッ!」
俺の全身から冷気が発せられ、ジンの顔が恐怖に歪む。
その直後、半径十メートルの地点を薄氷が覆い尽くし、襲い掛かる二体のキメラの動きが止まった。
肉体が凍り付き、キメラは剣を振り上げたままの姿で硬直する。
そして、勢いよく振り抜かれた刀によって、二体の体が同時に粉砕。
赤黒い氷の礫となって、辺りに散らばった。
「ふぅ……終わったか……」
「と、とんでもねぇな! お前!!」
何やらジンが騒いでいるが、それに付き合っている暇は無い。
死体は……後で片づけるとしてとっとと豊穣亭へ向かうべきだ。
歩みを再開した俺は、足早に我が家となったあの店への道を駆けて行く。
***
二階部分が崩れ、半ば瓦礫に埋もれた廃屋。
男はその扉の前で疲れたように小さく息を漏らす。
その足取りは重く、何か病気を患っていると言われても不思議ではない。
「それで、首尾はどうだったんだい?」
男が廃屋の錆び付いた扉を潜り、部屋の中へ入ると暗闇に潜む"影"がそう囁いた。
「……問題は無い」
どこか禍々しさを感じさせる掠れた声に、淡々と返事を返す。
その後は部屋の隅へ力なく座りこむと、もう一度大きな溜息を吐いて、ズルズルと仰のいた。
「もし失敗すれば、またやり直しだぞ。念には念を入れたんだろうね?」
「……分かってる。人撫の印までしたんだ、失敗は無い」
影から伸びた枝のような指先が男の頬を擦り、そう訊ねる。
首筋を冷たい刃が撫ぜるようなその感覚に、声色で不快の意を示しながら男は答えた。
「クフフ……それでいい。私は勿論、君とて失敗は本意では無いだろう?」
この世界全ての邪悪を煮詰めたような悪魔の嗤い。
常人ならばその狂気に耐えられず、失禁の一つでもしてしまうかもしれない。
だが男は努めて冷静に、冷淡に言葉を紡ぐのみ。
そこに一切の負の感情は無い。
「……ああ。お前と俺の目的は同じだ。ちゃんとやって見せるさ」
「よろしく頼むよ、相棒」
ただ、己のやるべき事を分かっているかのように振舞っていた。
「……俺達はいつ相棒になったんだ?」
「酷いなぁ、もう長い付き合いだっていうのに」
まるで、幾度となく繰り返して来た旧友とのやり取りのように。
慣れ親しんだ同僚と交わす軽口のように。
男は、影と戯れるように、そう言った。
読んでいただき、ありがとうございました。
誤字脱字報告やブックマーク、下にある★など入れて頂くと嬉しいです。




