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23.悪夢の始まり


「あ」

「あ……」


 そんな声と共に、互いに顔を見合わせる。

 片や傷のある強面を引き攣らせ、片や目を眇めて威嚇しながら。


「お、おま……なんでここに!」


「そりゃ私だってこの街に住んでるんだ、いるだろ」


 声の主はジンだ。

 

 表街へ入って直ぐの道すがらで、ばったり出くわした。

 酷く慌てた様子と、頬を抑えている姿から、俺に殴られたのがトラウマになっているらしい。


「そっちこそ何してんだよ、こんな場所で」


「仕事の帰りだよ……って待て待て待て! 雑用にも金はちゃんと払ったから、剣を抜くな!!」


 なんだ、また雑用係に雇った孤児を虐めてたのかと。

 あの頃とはまるで立場が逆になってしまったな。

 もうこの男に泣かされる事は一生無いし、他の誰かを泣かさせるつもりも無い。


 そんな両手でストップのジェスチャーをするジンを余所に、俺の視線は目敏く奴の荷物袋からはみ出た赤い欠片に向けられていた。


「お前、それ炎竜の鱗だろ。どこで手に入れた?」


「こっ、これは違う! 違うんだ!」


 炎竜の素材は一度ギルド預かりになり、細部まで調べられた後にその全てがエイジスの物となった。だから他の誰かが持っている事はあり得ない筈だが。


「偶々市場に出回ってたんだ! エイジスが炎竜を倒したのは知ってるが、これが奴の物だって証拠はねえだろ!?」


「……ふ~ん、もし嘘だったらグーで殴るからな」


「ひぃっ!?」


 14歳(外見年齢11歳)の子供に怯えるおっさんの図。

 傍目から見れば何とも滑稽な物だろう。


 しかし、炎竜の素材が市場に流れていたとは。

 エイジスが売ったという線も無くは無いが……。

 だが、少なくとも俺はそんな話聞いてない。


「その売られてた市場ってのは? それと、その鱗は幾らで買ったんだ?」


「に、西の街のセブマーケットだ、値段は相場の2、いや3倍。金貨2枚もしたんだ! マジだって!」


 セブマーケットか。

 

 所謂闇市と言う奴で、表では出回らない非合法な品や、こうした貴重な素材が売られる市場の事だ。


 一応知識として知っているが本当にあったんだな。

 俺自身、非合法な商売は否定しない派だし、その辺はまあいいだろう。

 それに、ジンの必死の形相から嘘を吐いているとは考えにくい。


 今回は特に悪い事をしたわけではなさそうだし見逃――――


《敵襲》 



「……っ! 伏せろっ!」


「なっ!?」



 俺は叫ぶと同時にジンの襟を引っ張り、地面へ伏せさせる。

 

 直後、頭のあった場所を一筋の刃光が通り抜けた。

 あとコンマ数秒遅れていれば、ジンの頭は胴体とスッパリ別れていた所だ。


 先程までの呑気な思考は、《識見深謀》が死の感覚を視界を通して伝えて来たことで遮断された。


 代わりにひりつくような死の危険と、闘いを予見して全身に緊張が走る。


「な、なんだぁ!?」


「チッ……」


 事態を把握しきれていないのはジンも俺も同じだが、考えるより先に体が動く。


 俺の視界に捉えたのは、白いフードを被った謎の人物。

 顔は見えず、右手には幅広で両刃の剣を持っている。

 確実に今の一撃は奴の仕業だ。


 謎めいたフードの人物は、続けざまに縦に刃を振り下ろす。

 俺はそれを抜刀した刀で受け止め、刀身を滑るように弾き返した。


「――"魔氷連槍棘(フロストスパイク)"」 


 そのまま空いた片手を前に翳すと、敵の少し全面の地面から冷気が放たれる。

 更には何もない空間に波濤が生まれ、それが瞬間的に凍り付いて敵を襲った。

 

 水から波を起こし、それを氷結させる。

 お手本通り。水属性魔法からのプロセスを辿った氷属性魔法だ。


「――――」


 下半身を丸ごと氷漬けにされたフードは慌てる様子なく脱出を試みる。

 が、しかし、それより先に俺の刀が奴の両腕を叩き斬っていた。

 布から肉、骨を断つ触感は未だ慣れない。


 それでも確かに切り落とした腕から赤黒い血が滴り、地面を染めていく。

 フードは腕を斬られても尚、痛みに悲鳴を上げる事も、呻く事すらもしない。


「こいつ、痛みを感じないのか……?」


 フードを被っているせいで表情も分からない。

 というか、これでは相手が人間かどうかも怪しい。

 まさかアンデットか、それに準ずる何かかなのか?


 とにかく、正体を確認しない事には何も分からない。

 俺は慎重に近づくと、敵のフードを勢いよく剥いだ。


「……ッ」


 剥いだフードの中にあったものを見て、絶句。

 隣で立ち上がったばかりのジンも、似たようなリアクションをしている事だろう。


「な、なんだこりゃ……」


「私にも分かんねえよ」


 そこにあったのは、蜘蛛の頭だ。

 幾つもの単眼が並び、灰褐色の皮膚と鋏角を持つ、虫の頭。


 一見すると魔人か、人型の魔物に見える。

 だが、そうじゃない事に俺は何となく理解していた。

 そもそも、人間の胴体に虫の頭部という構造はあり得ない。


 虫型の魔人は、例外なくその全てが虫をそのまま大きくして二足にしたような外見をしているのだ。

 

 つまり体だけ人体と同じ構造で、頭だけが虫の魔人は存在しない。

 そして、よく見てみれば、首には酷い裂傷と縫合したような痕がある。

 

「キメラ……」


 カチカチと顎門を鳴らすだけで、一切の感情が抜け落ちた蜘蛛男を前に俺はそう呟いた。


 恐らくこれは人と蜘蛛の魔物を掛け合わせた合成獣だ。

 ゲームや漫画の知識での推測だが、悲しい事に恐らく合っているだろう。

 

 これが何故生まれ、ここにいて、俺達を襲ったのかは分からない。

 それでも何者かの悪意によるものである事は確かだ。


「悪い夢だろ……あり得ねぇ……」


 ジンがそう言うのも無理はないだろう。

 かくいう俺もこの光景が悪夢以外の何物でもないと、そう思ったのだから。


「……イミアは、師匠は無事なのか?」


 この街で何かが起きている。

 そう感じさせるのはこの襲撃者だけではない。


 辺りを見回しても、人が一人も見当たらないのだ。

 静寂に包まれた道の真ん中で、俺とジン、そしてこの蜘蛛男だけが存在する。

 異常事態、あり得ない状況、危機。

 名状する言葉は何でもいいが、とにかく不味い事に変わりはない。


「……こいつも、これ以上苦しい思いはさせられないか」


 蜘蛛男は身動きが取れず、無機質な目を俺に向けるだけだ。

 何者かに操られて俺達を殺しに来たって言うのが漫画の定石だが、この巨大な瞳に、俺がどんなふうに映っているのかは分からない。


 けれど、きっと魂は苦しんでいると何となくそう思った。

 人としての尊厳を奪われ、物言わぬ傀儡の様な存在になり、生きる事も死ぬことも選べない。


 だから、これは俺からのせめてもの慈悲だ。


「悪いな、俺も生きるのに必死なんだ」


 今度は上半身までを氷に閉ざし、それを自壊させた。

 肉体まで凍結した氷塊は丸ごと細やかな結晶となり、原形を留める事無く蜘蛛男の体を分解していく。

 

 氷葬のダイヤモンドダストが舞う中、俺は少しの間黙祷を捧げた。

 この身体の持ち主の魂が無事解放される事を祈って。


「……」


 それでも内心ではイミアやシェリー、エイジスの安否が気になって仕方がないのだが。


 正体不明の脅威を前に、恐怖と不安が肩に圧し掛かる。

 この先に待ち受けている何かを考えると、足が竦みそうだ。

 確実にヤバイと、俺の短い経験と本能も訴えていた。


「けど、早くいかないとな」


「あ、おい! 待て、置いていくなよ!」


 俺はそう呟くと、不安を振り払い、足へ纏わりつく恐怖を振りきり、街の中心へ向かう道を歩き出した。


 



 それが悪夢の始まりであり、地獄へと向かう道である事に気付かずに。

読んでいただき、ありがとうございました。

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